IH前日の激励

「でも、お願いだから、夏の、IHまでは……部活にいさせてください…」

「…はあ……」

 あの日からしばらく経って、IHの日が近づいてきた。つまりは、私がバレー部を辞めなきゃいけない日。練習中、それを思い出しては溜息ばかりを吐き出す。なんでIHにしちゃったのかなぁー……めっちゃ早いじゃん、春高くらいにしとけばよかった。私馬鹿だ。…あーあ。

「…辞めたくないなぁ」
「何一人でブツブツ言ってんの」
「え? …ぅわあ!? 月島!?」

 突然後ろから現れた月島に、思わず叫ぶ。うるさかったのか片眉を上げる月島。ぅわあ、いっつも私に話しかけられる人ってこんな感じなのか。これは確かに心臓に悪いな。

「急に後ろに立たないでよ…!」
「キミには言われたくないんだけど」
「うるさいな! …っていうかよく私の居場所分かったね」

 いつも比較的一緒にいる潔子さんでさえ未だ私の影の薄さに慣れないというのに、よく私を見つけれたものだ。まあ、武田先生は別としても。

「別に、偶々だよ。それより集合かかってるけど」
「え、あーうん、分かった」
「…ねえ。御国」
「…、」

 珍しく、名前を呼ばれて少し驚く。いつもキミ≠ニか幽霊チャン≠ニか、あまり名前を呼ばないのに。いや呼ばないわけじゃないけど。

「辞めたくない=Aって、何?」
「っ」

 ドキリ、心臓が跳ねる。ヤバイ、聞かれてた。

「…別に、月島には関係ないよ」
「…ふうん」

 聞かないで。やめてよ。関係ない。

「まあ、別にいいけど」

 待って。聞いてよ。ねぇ、止めてよ。

「っ、つき、」
「…なに?」
「…あ、…えっと、」

 思わず引き止めて、ハッとする。月島に言ってどうするんだよ、私。どうにも、なんないのに。…でも、だけど。もしも。

「…あ…、いや、えっと……む、虫が。逃げられちゃった」
「…ふうん。鈍臭いね」

 もしも、私が本当の事を言ったなら、月島は止めてくれただろうか。


 ▽


「うわっ!? …あ! 御国さんだっ! やっほー!」
「ねぇ日向結構そのうわっ≠チて傷付くんだよ分かるか、ねぇ」

 部活に行く途中、日向に出会していつもの反応をされたので少し言い返してみる。すると素直に「えっ、…あ、ご、ごめん」と返してきた日向に、普段月島との会話に慣れている私は戸惑う。うわあ、めっちゃ素直だ。月島に慣れ過ぎてたわ。

「日向放課後なのに元気だねー」
「放課後だからじゃん! だってホラ! 部活!」
「あーうん。まあ部活は楽しいよねー」
「!」

 ピン! と、まるで猫のように私の言葉に反応した日向に首を傾げる。え、なに。

「御国さん! 今楽しいって言った!」
「え? うん? 言ったね。なにどうしたの」
「いやさ、いっつも何かつまんなそうにしてたから! 楽しんでくれてるなら良かったなぁって」

 にか、と真っ直ぐ明るい顔で笑う日向に戸惑う。なんか、眩しいなあ。

「私だってそりゃ、騒ぐのは楽しいよ」
「そっか! 今はIHに向けて気合も入ってるからな! 楽しみだなあ! IH!」
「、」

 思わず、足を止めた。日向が不思議そうに私を見た。

「御国さん?」

 …そうか。皆、何も知らないもんな。日向も。私が、IH終わったらいなくなること。そりゃそうだ、結局まだ誰にも言ってないし。うん。

「…あ、いや、何でもない」
「そう? じゃあ早く行こう!」
「うん」

 IHなんて来なければいいのに。


 ▽


 とある日の練習終わり、帰ろうとしていたら潔子さんが私を探していたので声をかけた。

「あ、千景ちゃん」
「? はい?」
「これ、洗うの手伝って欲しいんだけど」
「え? ……これって…」

 潔子さんの掲げた黒い布を見て、思わず首を傾げた。


「よくこんなの見つけてきましたねぇ」

 潔子さんと共にあるもの≠洗いながら、私はそう潔子さんに笑いかけた。潔子さんは少しだけ照れくさそうにしながら「このくらいしか出来ないから」と俯いた。

「そんなことないですよ。潔子さんはいるだけで皆の志気が違いますもん」
「…そんなことないよ」
「そんなことありますよ! 皆、これすっごく喜んでくれると思います」

 そう言うと、潔子先輩は嬉しそうに笑った。それを見て、私も嘆いてばかり居られないな、と思い直す。辞めなくちゃいけないのは仕方ない。それなら精一杯、期限まで皆を支えていこう。


 ▽


 そしてIH予選前日。烏養さんと澤村先輩が練習を切り上げようとした時、武田先生から静止の言葉がかかった。

「あっ、ちょっと待って! もうひとついいかな!? 清水さんと御国さんから!」
「??」
「!!!」

 皆が一斉に私達を……というか潔子さんを見る。皆さん私もいますよ見えてますか。

「……激励とか……そういうの……得意じゃないので………千景ちゃん行こ」
「あ、ハイ」

 潔子さんに言われ、先日まで二人で必死に洗っていた物を取り出す。

「先生お願いします」
「任せて!!」

 何だか妙に張り切っている武田先生を少し可愛く思いつつ、二人に付いて梯子を登っていく。なんだなんだとこちらを見上げる皆に少し笑って、せーのと武田先生の合図で思い切りそれ≠広げた。

「!!!」

 それ≠ヘ、黒い布に白字で飛べ≠ニ書かれた、烏野バレー部の横断幕。先輩も知らなかったらしく、興奮している。ああ良かった、喜んでいる。隣の潔子さんは、これから言う言葉に緊張しているのか、表情が強張っている。暫く下の方も騒がしかったが、澤村先輩が何か言ったらしくシン、と静まり返る。

「………が」

 小さく、潔子さんが呟いた。

「がんばれ」

 潔子さんのその言葉に、体育館は一気に騒がしくなる。改めて潔子さんの存在の大きさを知り、思わず笑う。すると隣で武田先生が「御国さんは何か言わないんですか?」と聞いてきたので苦笑を返した。

「この後に言えるほど私肝据わってないです」
「?」
「バレー部は潔子先輩の激励が一番だと思いますよ」

 自虐からではなく、本心からの思いでそう言った。すると武田先生は一瞬考えて、上からバレー部の皆に向かって声を張り上げた。

「皆さん! 御国さんからも激励の言葉があるそうですよ!」
「えっ!? ちょ武田先生!?」

 何を言っているのかと、武田先生を制止するが、もう遅い。先程まで騒いでいたバレー部の皆さんがこちらを見上げている。なにこれ居た堪れない。何も言えずにいると、菅原先輩が口を開いた。

「おっ、御国からもあるのか!?」
「え、」
「今日は良い日だな! …な、大地、旭!」
「そうだな」
「えっ!? あ、ああうん」

 続いて田中先輩と西谷先輩も口を開く。

「ノヤっさん……女子2人に激励をもらえるなんて……これは夢なのか…!?」
「落ち着け龍! 夢じゃねぇぞ! ほら千景! 何黙ってんだよ!」
「え、あ」
「言うの言わないのハッキリしなよ」
「こらこら西谷月島、急かしてやなんよ」
「……」

 私の激励でも、喜んでくれるんだ。

「…っ、明日! 頑張ってください!!」

 言ってからすぐに座り込んで隠れる。隣で武田先生が微笑ましげに笑っていて、何だか居たたまれなかった。

SANDGLASS