青春は終わらない

「つ、月島…? やっぱり言うの今度にしない…?」
「は? 何言ってんの今更。大体こんな遅くに帰ったら嫌でもバレるでしょ。いいから早く歩きなよ。家どこ」
「いやいやいや無理無理無理!」
「あーもう何なの」

 何なのじゃねえよお前が何なの。連れ戻しに来るとしたら一番ありえねえなと思ってた奴が一番強引に連れ戻しに来たし、こうやってお母さんに話しつけるのついてきたりするし。キャラじゃないじゃん何で急にこんなことするわけ。意味分かんないんだけど。足を踏ん張って帰るのを拒否する私に月島はため息を吐き出して、私を引っ張る手の力を緩めた。

「先生との約束破るの?」
「っ、!」
「先生と約束してたじゃん。ちゃんと話して認めてもらうって。破るの?」
「…っ、破ったりなんか、」

 俯いて、拳を握る。今日、久しぶりに部活に行って、本当に楽しかった。楽しくて、離れたくないなって、思った。もう、離れたくないなって。

「…行く」
「…あっそ」

 先生との約束だし。あと、それと、

「…なに?」
「っ、別に!」

 隣に月島がいたら、何となく大丈夫かなって思った。…本人には言わないけど!


 家に帰ると、お母さんが玄関で待っていた。心臓が飛び出しそうなほど驚いて、後退りした。お母さんは怒っているような悲しそうな、よく分からない顔をしていた。

「…お帰り」
「た、ただいま」
「…その子は?」
「あ……えっと、とも、だち? バレー部の」
「……そう」

 お母さんは怖いくらいに静かにそう頷いて、じ、っと私を見据えた。

「…バレー部に行ってたの?」
「……うん。…あのねお母さん。私、バレー部に戻ろうと思うんだ」
「……」

 お母さんは何も言わずに、ジッと私の話を聞いていた。

「……こんなに、楽しいって……辞めたくない、離れたくないって思う場所に出会ったのは初めてだった。私を見つけてくれる人もいて、見つけられなくても探してくれる人がいて、今までそんな人橘しか居なかったから、嬉しかった。バレー部辞めても説得しに来てくれたりして……こんな私でも愛されてるんだって、思った」
「……」
「だから、お母さん。私から……大切な場所を……奪わないで、下さい」

 頭を下げた。お母さんは何も言わない。

「…お母さん」
「…私ね、バレー部を辞めるって言った日からあなたに元気がないこと、気付いてた」
「、」
「気付いてて、でもあなたがお父さんに捨てられた私みたいになるんじゃかいかって、怖かった」
「……」

 お母さんの話を、黙って聞いた。

「あなたが集団にいたら迷惑になるなんて、本当は思ってなかった。あなたが信用した人に裏切られるのが、何よりも怖かったの」
「……」
「……だけど、大丈夫そうね。今の千景、本当に楽しそうだもの」
「…、え、じゃあ」
「ええ、ずっと考えてたの。あなたは、バレー部にいたほうがいいわ」
「…っ、ありがとうお母さん!」

 何年かぶりに、私はお母さんに抱きついた。


 ▽


月島side


「…あなた、名前はなんて言うの?」

 何故か御国の家にお邪魔することになった僕は、何故か御国の母と向い合ってお茶を飲んでいた。御国は着替えてくると言って自分の部屋に上がってしまった。早く戻ってこい。何か話題があるわけもなくずっと黙っていると、不意に御国の母がそう尋ねてきた。

「…月島です」
「月島なに君?」
「……蛍です。ホタルって書いて、ケイです」
「そう、蛍くんね。素敵な名前。千景とは仲がいいの?」
「…いえ別に。そこまでは」
「あら、そうなの? 家にまでついてきたから、友達だって言いながらほんとは彼氏なのかなって思ってたんだけど」
「……」

 彼氏……と、頭の中で言葉を反響させて、御国の顔を思い浮かべた。きっとこれを聞いたら御国は嫌がるだろう。

「でも御国…千景さんは好きな人いるみたいですよ」

 先生ですけど。
 そう頭の中で付け足すが、勿論御国母には聞こえないので嬉しそうに「あらそうなの?」と笑っている。

「バレー部の子?」
「らしいですね」
「ふふふ、そう。好きな人も見つけたのね」

 嬉しそうに笑う目の前の人が、御国のバレー部所属を反対していたのだから不思議なものだ。しかしそれも我が子可愛さ故の行動だったのだろう。仕方ない、とは言えないがなんとなく、分からないこともない、かもしれない。

「…蛍くんも、千景のこと認識できるの?」
「…はい、まあ」
「…そう。確か顧問の先生も、千景のこと見つけられるのよね」
「そうですね」
「…本当は、羨ましかったの。千景を見つけられるあなたたちが。私は母親なのに、見つけてあげられない」
「……」

 まあ、そりゃそうだろう、と思う。親の自分が我が子を見つけられないのに、他人が認識できるなんて、そりゃあ面白くない。…だけど、

「その分必死に、探してあげればいいじゃないですか」
「、え?」
「探してくれる人がいるってだけで、嬉しいらしいですよ」

 御国母は少しきょとんとして、しかしすぐに「そうね」と笑った。笑った顔は御国そっくりだった。


 ▽


「…ええと、その、今日は、あり、がとう」
「…お礼は目を見てちゃんと言ったら」
「っ、うるさいなあいいでしょ別に!」

 これから帰るらしい月島を、玄関の外で見送る。何やらお母さんと少し仲良くなったようだが、何を話していたんだろうか。気になるが教えてくれない。

「というか僕いらなかったね」
「…そん、なことは、ない、と思う」
「曖昧」
「そんなことないから! その……月島がいたから言えたとこもあるし…いや別に! おかげってわけじゃないけど!」「……」

 あっそ、と、月島は微かに笑った。嫌味じゃなくて、普通の笑み。

「っ、」
「じゃあ、僕帰るね」
「え、あ、うん!?」
「バイバイ、…千景」
「バイバイ……は!? 何て!?」

 振り返った月島はニヤリと悪戯が成功した子供のような顔をしていた。

「っ、このやろう…っ」

 なんか分からないけど、顔が熱かった。


 ▽


「ああ、おはよう千景」

 月島は、次の日になっても私の事をそう呼んできた。固まる私に月島は呆れた顔をして、「挨拶も出来ないわけ?」と肩をすくめてくる。相変わらず癪に障る言い方をする。

「出来るし! っていうか元はといえばあんたがっ」
「ツッキーおはよー! 誰と話して…ってわあ!? 御国さん!?」
「…おはよう山口」
「お、おはよう? なんか疲れてる?」
「…あーいや、大丈夫」

 山口が来たせいですっかり毒気を抜かれ、私はヘラ、と眉を下げて笑う。まあいいか、別に、名前呼びくらい。

「じゃあね、千景」
「っ、」

 去り際にまた呼ばれて、どきりと心臓が跳ねる。さっさとどっか行ってしまう月島を追いかけて、山口は「えっ、なんで名前呼びなの!?」と騒いでいる。私はドキドキと鳴る心臓を押さえて、赤い顔を隠すように俯いた。
 ……やっぱ良くない、かも。


 ▽


 その日の部活も滞りなく行われた。ただ驚かれるたびに「なんか懐かしいなこの感覚…」と変に感動されたこと以外は、いつもどおりだった。私からして変わったことといえば、谷地さん――基仁花ちゃんがいることくらいだ。その変化も、今日一日で受け入れつつあった。部活が終わって外に出ると、仁花ちゃんを見つけた。

「あ、仁花ちゃん」
「ひょわっ!? …千景ちゃん…! また驚いてしまいましたゴメンナサイ…!!」
「え、ああいやいいんだってば! 皆そんな感じだしさ! ね!」

 ……ちょっとだけ、本当にちょっとだけ困る所は、このネガティブ過ぎるところかなあとは思うが、しかしきっとここも仁花ちゃんの短所であり長所なのだと思う。私の影の薄さと同じ。

「…もう慣れた? バレー部」
「え? …ああうん! 最初は大きい人ばっかりで怖かったけど…」
「はは、まあ皆大きいよねえ、…日向と西谷先輩以外は」

 西谷先輩に聞かれたら説教されそうなことを呟いて、笑う。仁花ちゃんもあははと笑ってくれる。そうやって仁花ちゃんと並んで歩いていれば、後ろからベシ、と頭を叩かれた。

「千景ちゃん!?」
「あれー影が薄いからいるの気付かなかったー」
「…っ月島アンタは見えてるでしょーが!!」

 私の頭を叩いたのは月島で、白々しいことを言いながら厭味ったらしく笑っている。畜生、ムカつく! というか山口はどうしたんだよ! ちらりと後ろを見ると追いかけてきている山口を見つけた。置いて行かれたらしい。

「何か用!?」
「べつに?」
「用がないなら叩くなよ! いや用があっても叩くなよ!?」
「…何言ってんのキミ」

 少し訳がわからなくなっていた頭を落ち着けて、ゴホンと咳を一つ。仁花ちゃんが隣でオロオロと困っている。すると本当に何も用はないのか、さっさと歩いて行こうとする月島。…なんなんだよほんとに……しかしふと立ち止まると、振り返って、

「あ、そうだ」
「、?」
「その髪。似合ってるよ」

 そう言って、さっさと歩いて行ってしまう。バクバクバク、心臓がうるさかった。仁花ちゃんは私が髪が長かったことも知らないので意味がわかっていない。今更かよ! とか、月島に言われたくないし! とかそんな言葉よりも、私の頭に出てきた言葉は、何とも認めがたいものだった。

「…仁花ちゃん」
「え? は、はい!?」
「…フラれたばっかで他の人を好きになるって……その、軽い、かな」
「え!?」

 ありえない。ありえないけど、それがありえてしまっている。先日からバクバクとうるさい心臓や、熱い頬と、先程の言葉に対する感情が、それをありえさせてしまっている。

「(………うれしい、なんて)」

 認めたくないけど、多分、そういうことなのだ。

SANDGLASS