困ったところ

「…よし!」

 テストが返って来た。一番心配だった英語は50点とまあ低めではあるが無事赤点ラインを越えることができた。赤点ラインは40点。英語さえどうにかなれば後は余裕で40点なんて越えているはずだ。グッと拳を握ってガッツポーズをしていれば、ふとテスト用紙に影が差した。

「50点で何喜んでんの?」
「っ、!!!」

 ドッキン!!
 心臓が太鼓のバチで叩かれたように跳ね上がって、一瞬止まってしまったかと錯覚を起こした。バッと振り返れば、そこには私のテストを覗き込みニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる月島がいる。バクバクと高鳴る心臓を抑え、恥ずかしさを隠すために私は大声で叫んだ。

「いっ、一番苦手な教科だからいいの! ていうか勝手に人のテスト見ないでくれる!?」
「通りかかったらチラッと見えて。50点でガッツポーズしてるからどこのアホかと思った」
「誰がアホだ!!」

 やっぱりこんなやつをす、好きだなんて、何かの間違いだ!なんて何度思ったところで、自分の心臓は正直だ。嫌味を言われても未だうるさい心臓に頭を抱えたくなった。

「ツッキー! 誰と話して…っあ、ああ! ごめん御国さん……また気付かなくて」
「え、ああいいよ。というか最近は驚かなくなってきたね山口」

 月島と話すことで自然とよく話すようになった山口は、私の言葉にエヘヘと頬を描いた。男ながらに可愛らしい仕草だ。

「いやあ、ツッキーと一緒にいる御国さんを見慣れてきたから……初めはツッキーが御国さんを認識出来るなんてまさかと思ったけど、本当だったんだね…」

 しみじみとそう言った山口は隣の月島を見上げた。月島はふい、と顔をそむける。本当、私も月島な私を認識できるなんて思ってなかった。早く言えよ! と思ったのと同時に、少しだけ…いやかなり嬉しかった。秘密だ。

「別に……武田先生だけで十分だったし」
「、…へー僕に引っ張られなきゃ部活にすら行けなかった人がよく言うよね」
「ぐっ…っ、そ、っれはっ!」

 思っている事とは真反対の言葉ばかりが出てきて、少し悲しくなってくる。武田先生にはそんな事なかったのに、何でだろう。月島だからかな。相手によるのか、私の態度…
 相変わらずな私達に山口は苦笑しながらまあまあと止めてくる。お互いにフン、とそっぽを向いた時、月島と山口の間からうるさいの≠ェ泣きながら割って入ってきた。

「ちょっと千景いたぁぁ! テスト何点だった!? 私補習確実なんだけど! 千景も一緒に受けよう!?」
「っちょ橘ふざけんなよ!! 補習受けたら私遠征行けなくなるし!! 巻き添えにしようとするな!!」
「私と遠征どっち取るの!?」
「遠征一択でしょ」
「真顔で言わないでっ!!」

 半泣きで縋り付いてくる橘を引き剥がそうと奮闘していると、ふと月島と目が合う。月島は無表情で数秒見返してきた後、先程のようにフイ、と顔を逸らされた。…何だよっ!

「何」
「別に」
「だから何」
「…赤点」
「、」
「なくて良かったね」

 …最近の月島は、ふとした時に優しいので困ります。


 ▽


「え、日向と影山赤点採ったの?」

 部活前の更衣中、谷地ちゃんから聞かされたそれに驚いて思わず聞き返した。あらら。二人共一番遠征楽しみにしてたのにどうすんだろ。

「日向は解答欄ずらして書いちゃったみたいで……解答用紙見せてもらったんだけど合ってるのにピンされててなんか歯痒かった…」
「はは、そういえば仁花ちゃんは二人に勉強教えてあげてたんだっけ。余計悔しいか」
「うん……頑張ってたのに」
「そういえば中間は私が教えたなぁ。一年で勉強会したんだけど……まあ勉強会にならないよね」
「あはは…」

 一度ファミレスで勉強会をした時のことを思い出し、思わず額に青筋を浮かべた。あの時は月島が……っと、仁花ちゃんが心配そうに見ているので自重しようと思う。

「…ホントに日向と影山くん行けなくなっちゃうのかな、遠征」
「さー、大丈夫でしょ。っていうか、来るでしょ」
「え、そ、そうかな…?」
「いやー、意地でも来るでしょー。チャリとか言いそう。馬鹿だよね。ひたすらに」
「き、決めつけてそこまで言うのは…」

 まあ流石に冗談だけどねー。

 と、その時はまだ笑っていたのだが。


「ああ、さっき言ってたぞーホントに」
「マジすか」

 ただひたすらな馬鹿だった。知ってたけど馬鹿だった。部活で菅原先輩がそう言ったのを聞いて、思わず絶句した。何なのホントどんだけバレーに人生賭けてんの怖いし。

「そんな馬鹿いるんだね仁花ちゃん」
「あはは…」
「…でまあ結局田中のお姉さんが車で送ってくれるらしいよ。遅れて遠征には来るみたい」
「へーそうなんですか。というか田中先輩お姉さんいたんですねー」
「おう、似てるらしいぞ」

 田中先輩似の女の人ってどんなだろうと想像しながら、隣の仁花ちゃんに良かったねーと笑いかける。仁花ちゃんはただひたすらに首を縦に振っていて、なんだか可愛かった。

 そして部活終わり、日向の解答欄がズレてる解答用紙を見せてもらった。簡単にその場で答えだけ採点してみたら私よりも普通に点数高くて凹んだ。

「東京チャリで行くとか言う馬鹿に負けた…!」
「えっ、酷い!?」


 ▽


「あ、武田先生!」
「、ああ、御国さん? どうしました?」
「いや、これ遅くなったんですけど、お母さんからの同意書です」

 そう言って昨日お母さんに書いてもらったばかりの同意書を差し出す。先日先生にこれを貰って、流石にOKしてもらえないかなあと渡すのを渋っていたら、お母さんは本当にあっさりサインしてくれた。「これからは千景のやりたいこと応援するわ」と照れたように言われて、私もなんだか嬉しくなった。

「ああ! サイン貰えたんですね、良かった」
「はい、これで私も遠征行けますよね!」
「そうですね! 本当に良かったです」

 にこにこと嬉しそうに笑う武田先生の笑顔はやはり可愛いなあと思うし、私はこの笑顔が大好きだった。勿論今でも好きだが、前とは違う。…多分。

「…武田先生」
「? はい?」
「この間、酷いこと言ってすみませんでした」
「……、」
「私……その、色々と頭がゴチャゴチャになってて、それであの、……先生に当たってしまって」
「ふふ、気にしていませんよ。僕もすみませんでした」
「…え!? い、いえあの、こちらこそ」

 お互いに頭を下げて、ふ、と笑う。…うん、もう苦しくない。

「(多分、月島のお陰だ)」

 進むきっかけをくれたのは武田先生で、また立ち止まってしまった私を引っ張ってくれたのが、月島だ。月島には似合わないな、と笑って、思わず口元を抑えた。

「そ、それじゃあ、失礼します!」
「はい、僕も後で部活に顔出しますね」
「はーい!」

 さてこれから楽しい部活である。

SANDGLASS