三角になりきれない関係

 月島は私のことが好きなんじゃないだろうか、と思ったことがある。ほんのちょっとだけ、一瞬だけ。そう考えてしまったことがある。だって月島が悪い。元々そんなキャラじゃないくせに私のことを連れ戻そうとしてきたり、私の家にまでついてきたり、最近は妙に私に優しかったり。どうでもいいやつにここまでしないから、という言葉も、そう思った原因でもある。だけどすぐにそんなわけないな、と思い直した。だって月島に好きになってもらえるようなことをした覚えがない。月島の前ではあまり良くないところしか見せていないような気がする。武田先生の前とは違って月島の前ではつい可愛くない態度をとってしまうし、月島のことを好きになる前もうじうじ悩んでる姿とか可愛くない態度ばかり見せていた。そんな私を、月島が好きになるだろうか。いやならない。だけどそうなるとこの間からの月島の態度が疑問だ。どうして最近あんなに優しかったんだろう。嫌味は相変わらず言われるが、それだけじゃない。なんでだろう。考えてもよくわからない。
 そんな思考に沈んだのち、ふと、月島に聞いてみればいいじゃないかという結論に至ったのは、多分考えるのが面倒くさくなったからだと思う。勿論、「月島って私のこと好きなの?」なんて自意識過剰な問いかけではなく、「なんで月島は私を連れ戻しに来たの」と、とりあえず疑問を少し横にずらした聞き方をした。ちなみに今、部活からの帰り道、駅まで月島が送ってくれるというので一緒に帰っている最中だ。こういうところも変だ。前はさっさと山口と帰ってたのに、最近はだいたい毎日一緒に帰っている。途中まで山口と一緒だけど、嶋田さんにサーブを教えてもらいに行くらしく山口とは途中で別れて、そこからは月島と二人で。なんか、変。名前で呼ばれるのも優しくされるのも月島からだと思うと変にムズムズする。慣れない。

「…なに、急に」
「急にっていうか……いやずっと気になってはいたんだけど。その……月島って多分私のことそんなに好きじゃなかったじゃん。なのになんでわざわざ連れ戻しに来たのかなーって…」

 そうだ。月島は多分、私のことがそんなに好きじゃない。嫌味に嫌味で返して、悩んでばっかで、月島は私と一緒にいるとき、大体顰めっ面をしていた。かといって私といないとき笑っているかと聞かれればそんなことはないのだけど。だけど、月島は私の目の前で険しい顔ばかりしている。

「…べつに、嫌いじゃないけど。きみのこと」
「え」
「大体、きみがいなくなると周りがうるさいでしょ。現に日向や田中先輩たちうるさかったし、宥めてた澤村先輩たちも元気ないし。王様は普段通りだったけど」
「…影山…」
「それに武田先生もずっと悩んでたみたいだったし」
「え」
「武田先生が捕まえられないってことはきみずっと避けてたんでしょ。結構ヘコんでるみたいだったよ」
「……う゛…」

 それも含めて、またちゃんと謝らなければならないな、と溜め息を吐き出した。

「きみがいなくなると周りが面倒くさい。でも武田先生はきみに避けられてるし、他の皆はきみを見つけられない。だったら僕が連れ戻すしかないでしょ」

 言われて、納得して、ちょっとだけ落ち込んだ。そうか、それならなんとなく、分かる気がする。別に月島個人が私に戻ってきてほしい訳じゃなくて、ただ周りの皆を元に戻したくてあんなことをしたのだ。どうでもいいやつのためにここまでしない、という言葉も大した意味はなくて、「どうでも良くない存在」イコール「いないと周りが面倒なことになる存在」という意味だったのかもしれない。

「…うん、そっか。なるほど」

 頷いて、月島が私のこと好きなんて変な勘違いしないで本当に良かったと、ちょっとだけ安心した。ある意味、武田先生よりも望みのない恋だけど、望みのない恋なんて慣れたものだ。だって初恋は先生で、その次も先生。同級生を好きになれただけマシな方だ。うん。

「じゃあ名前呼びはなんで? 急に」
「…いやならやめるけど」
「い、嫌っていうか慣れないっていうか。その……なんで急に名前呼びなんだろ、って思って…?」
「…さあ」
「さあって」
「一回なんとなく呼んだらきみの反応面白かったから」
「……面白…、って」
「それに」
「え?」
「…なんでもない」

 気になるところで止められてなんだかもやっとしたが、丁度そこで駅に着いてしまった。立ち止まって、月島にお礼を言う。

「じゃあ、あの、ありがとう」
「……」
「えっと……また、あした」

 そう言って、踵を返す。と、月島に呼び止められた。

「…千景」
「っ、え、あ、はい?」

 つい敬語になってしまったのを恥ずかしく思いながら、月島を振り返った。

「…武田先生のこと。頑張りなよ」
「え」
「じゃあ、また明日」

 そう手を振って、月島は帰ってしまった。私は何も言えず、しばらくその場に立ちすくんでいた。


 ▽


 好きな人に、他の人とのことを応援されてしまった。
 最後のあの月島の言葉は、つまりはそういうことなのだろう。武田先生とのことを応援されてしまったのだ。そういえば月島は私が武田先生を好きなことを知っていた。武田先生には先日告白、して、多分、振られてしまった。そのことも、月島は知っている。それをすべて踏まえた上で、応援、されてしまった。私が武田先生を諦めきれてないように見えたのだろうか。月島はまだ私が武田先生のことを好きだと思っているようだ。いや、好きだけど。今はそういう好きではないというか。まあそれはさておき、月島に武田先生とのことを応援された。つまり、月島は本格的に私のことを、恋愛的な意味でなんとも思っていないわけで。

「今回も失恋確定…? はは…笑えない…」

 静まり返ったバスの中で、一人ぽつりとそう呟く。今は東京遠征行きのバスに乗っている最中だ。朝早かったためか、皆寝静まってしまっている。因みにこのバスの費用は仁花ちゃんの作ったポスターで集まったものらしい。武田先生に聞いた。思わず仁花ちゃんを褒めちぎったら顔を真っ赤にしていて可愛かった。
 とまあそれは置いておいて、月島の話だ。始まってまだ数日しか経っていない私の恋が早くも終わろうとしている。駄目だ泣きそう。頭を抱えて唸る。そんな、ちょっとあの。挽回のチャンスがほしいです。とはいえそんなの願って訪れるものでもない。

「はあ…」
「どうかしたんですか、御国さん」
「っ…!?」

 突然隣から声がして、思わず肩をビクつかせた。みれば武田先生で、隣から不思議そうな顔で私を見ている。今私は補助席に座っていて、左隣に武田先生、右隣に仁花ちゃんが座っている。席が他に空いていないわけではなかったがマネージャーで一人あぶれるのも嫌だったのでここに座らせてもらった。

「た、武田先生……起きてたんですか…」
「ついさっき目が覚めてしまって……何か悩みごとですか?」

 問われて、つい、押し黙った。先程も言ったように、武田先生には一度、多分振られている。言葉にして明確に振られたわけではないが、好きだと伝えたときのあの困った顔を見れば、嫌でも気づいてしまった。そういえばあの告白はあれからちゃんとした返事は聞けずなあなあになってしまったけど、まあ多分駄目だろうし別にそれはいい。いや、まあよくはないけどそれは置いといて。

「えっと……まあ……あはは。悩んでばっかで……なんかスミマセン」
「? どうして謝るんですか。僕も学生時代はよく悩みましたよ。そうして育っていくんだから、もっと悩んでもいいんです」

 武田先生は朗らかにそう笑った。うーん、振られちゃったし、もう諦めたけど、やっぱり滅茶苦茶いい人だ。こんな人を落ち込ませていたと思うとなんだか罪悪感が拭いきれない。

「あー、えっと、悩みとは関係ないんですけど、そういえば月島から私が部活辞めたことで武田先生を随分悩ませちゃったって聞いて……えっと……なんか、それも含めて色々謝りたいなって思ってて…」
「謝罪ならこの間聞きましたよ?」
「えっと……それとは他に……先生には謝っても謝りきれないです……本当にお世話になって、沢山嬉しいこと言ってもらえて、助けてもらったのに……私…」

 自分の今までの行動を思い返して、ずん、と沈んでいく。それに武田先生は慌てて首を横に振った。

「そんな、僕はそんなに大したことは……いやでも、そんな風に助けになれてたなら教師としては本望です。…それに、御国さんは僕に沢山嬉しいことを言われたと言うけど、それは僕だって…」
「え?」
「…御国さん、僕は…」

 そう、武田先生が言いかけた瞬間、バスが止まった。どうやら目的地に着いたらしい。武田先生は口元を抑えて固まっている。何も言わない武田先生に、恐る恐る、声をかけた。

「あ、あの……武田先生…?」
「へ、へあ!? あっ、ああ! つ、着きましたね! 皆を起こさないと!」

 明らかに挙動不審な武田先生に首を傾げたが皆が起き出してしまったのでそれ以上は聞けず、悩んだ挙句通路を塞いでしまっている補助席をさっさと片付けてしまうことにした。


 ▽


武田side


 僕は、今、何を言おうとしたのだろう。皆を起こしてバスを降りてから、頭を抱えて、思わず項垂れた。烏養くんに心配されたけど構っている余裕がない。先程、僕はあろうことか生徒に、何かとんでもないことを言おうとしてしまったような気がする。何を、と言われると具体的なことは何も言えないのだが、多分、教師としては言ってはいけない言葉だった。
 彼女――御国さんが僕に特別な感情をいだいていたことは知っていた。最近は僕に向ける感情の色が少し変わったことも、もちろん気付いていた。告白されたときは、こちらが上手くかわせばよかったのについ、あろうことか困った顔をしてしまい、告白してきた本人である御国さんに気を遣わせ傷付けてしまった。それでも彼女は僕を慕い、感謝しているとまで言ってくれる。彼女は僕の言葉に助けられていると言うけど、僕の方こそ何度彼女の言葉に元気づけられたか分からない。彼女に感謝されるたびに自信がつく。ヒーローだと言われたとき、どんなに嬉しかったか、彼女はきっと知らないだろう。御国さんは大事な生徒で、その中で、僕の中で少し、特別な存在だった。恋愛感情があったわけでも、もちろん今もあるわけではない。ただ、少し、本当に少しだけ、彼女は僕の中で特別な存在だったのだ。それをつい、さっき、本人に伝えてしまいそうになった。教師としてあるまじき行為だ。バスがあと少し着くのが遅かったら言ってしまっていたかもしれない。危なかった。

「はあ…」

 溜め息を吐き出して、ちらり、御国さんを見る。最近御国さんをちゃんと認識できると分かった(何となくそうじゃないかなとは思っていたが)月島くんと楽しそうに話している。部活に戻るよう説得してくれたのは月島くんらしいから、それで最近は仲がいいのかもしれない。僕はきっともう、彼女の中の特別≠ナはなくなった。多分、それでいい。彼女はこれでもっと、関わりの輪を広げていける。だけど。

「やっぱりちょっと…」

 寂しい、と思ってしまうのは、仕方のないことなのかもしれない。

SANDGLASS