東京合宿、と喧嘩

 武田先生の態度を訝しく思いつつ、バスを降りた。先生は一体何を言おうとしていたんだろう。頭を抱えて唸っている武田先生をじいっと見ていると、こん、と後頭部を叩かれた。痛みはなかったが驚いて振り返る。

「えっ、わ、つ、月島」
「見すぎ。先生のこと」
「え、あ。いやその…」

 しまった。月島に武田先生のことをまだ好きだと思われてることについて悩んでいたのに、その勘違いを更に促進させるようなことをしてしまった。いや、まあ厳密に言うと勘違いではないんだけど。そうじゃなくて。

「先生を見てたのはそういうんじゃなくて」
「あーはいはい。今までもああやって見てたもんね」
「だからちが……え」
「は?」
「あ、いやなんでも」

 いや、これ普通に喜ぶところじゃないんだけど。ないんだけどさ。今の言葉、裏をひっくり返せばつまり今までも私のことちゃんと見てくれてたってことだ。いや普通にガン見してたから気付いたんだろうけど(というかあの視線で気付かない先生も先生ですごい)それでも気付かれたってことはちゃんと私を見てくれていたということで。え。うわ。いやほんとに喜ぶところじゃないんだけど。

「…何笑ってんの」
「なんでもない」
「はあ?」

 恋ってすごい。こんなことまで嬉しく感じてしまうなんて。


 ▽


「じゃあフライング一周……!」

 もう何度か聞いたその掛け声に思わず苦笑が漏れる。アップをしたあと、ひたすらぐるぐると学校ごとに試合をやっている、のだが。

 現在全敗。一試合も勝てていない。

「全敗……ですねえ」
「……そうだね」

 思わず呟いた一言に反射か潔子先輩が返してくれる。罰ゲームのフライングをもう何周しているか分からない。月島も疲労で苛ついているのが見て取れる。ああいうときの月島は嫌味しか言ってこないから触らぬ神に祟りなしだ。

 何度目かの罰ゲームを見守っていると、遅れて日向と影山がやってきた。二人をわざわざ宮城から東京まで送ってくれたという田中先輩のお姉さんはめちゃめちゃかっこいい美人だった。でもめっちゃ田中先輩に似てた。遺伝子ってすごいな……
 日向と影山が来たことで完成した烏野は9セット目にしてやっと勝利を納めることができた。かっこつけてるけど赤点とって遅れてきたんだよなあの二人……「補習お疲れ」とちょっと嫌味を込めてドリンクを渡しに行くと二人ともちょっとバツの悪そうな顔をしていた。まあこのくらいいいだろう。

 そのままその日の練習は終わり、片付け。参加している学校が多いので片付けるものも多いが、その分人も多いのですぐに終わりそうだ。影が薄いので人にぶつからないように……と気をつけていたが努力も虚しく、人とぶつかってしまう。

「わっ、と、す、すみません」
「え? ……ああ、こっちこそごめん、大丈夫?」
「え? あ、ああ、いえ大丈夫です」

 えーーと、梟谷の人だ。名前が分からない。黒髪の猫っ気に眠たそうな目をしたその人はあまり表情を変えないまま申し訳なさそうに謝ってくる。見えていなかったのだから気をつけるべきなのは私の方で、謝られるのに恐縮してしまい慌てて頭を下げた。

「ゼッケン運んでたの? 手伝うよ」
「えっ、いえこのくらい大丈夫ですよ」
「いや、もう俺のほうは終わったから、手伝わせて」
「えーっと……じゃあ……」

 なんとなく断りきれずに手伝ってもらう。そんなに重いものでもないので何となく申し訳ない。運ぶ道中、名前を聞くと彼は赤葦さんと言うらしい。

「赤葦さん。……あ、私は御国千景です」
「御国さん、ね。烏野のマネだよね」
「あ、はい。試合見てたんですけど梟谷の人達って強いですね」
「はは、ありがとう」

 おお、謙遜しない。梟谷、って聞いた話だと強豪らしいし、自信があるんだろうな。いいなあ、実力を伴った自信、ってかっこいい。いやでも烏野だって強いしかっこいいけど。
 軽く談笑しながら歩いていると目的地に着いた。あとゼッケンを洗濯するのは私達マネージャーの仕事だ。ありがとうございました、と頭を下げれば赤葦さんは軽く手を上げて体育館に戻っていった。おお、かっこいい。ああいうことサラッとできる人がモテるんだろうな。

「……あれ、でもあの人」

 そういえば、私がぶつかったときそんなに驚いてなかったな。……リアクションが極端に薄い人なのかな? あながち間違いではなさそう。

 首を傾げつつ、私はそのまま大量のゼッケンの洗濯に取り掛かった。


 ▽


 合宿2日目、次の日の練習は荒れた。主に烏野が、だが。東峰さんのボールに日向が飛び付き、先輩たちが焦りか緊張か、少しピリピリとしていたのが一つ。もう一つは日向があの変人速攻で目を瞑るのを止めたい、と言い出したことで影山と揉めているらしい。よく喧嘩するな、と呑気に考えたが仁花ちゃんはオロオロと不安そうにしていた。あの二人の喧嘩なんて日常茶飯事だと思うけどな……と言ったら「なんかいつもと違う気がして……」とやっぱり不安そうな顔をしていた。まあ確かにいつもより静かに喧嘩してる感じだからちょっと不穏さは否めないけど。うーん、でも私バレーの踏み込んだ話は分からないしな。でも仁花ちゃんも不安そうだし、なんとなく二人は騒がしく言い合いしてたほうが似合うし、早めに解決してほしいと思う。
 が、結局その日の途中から日向は試合に出してもらえないまま1回目の合宿は幕を閉じた。次は再来週、夏休みの合宿だ。1週間東京で合宿なんて初めてで少しそわそわしてしまうのは仕方のないことだろう。

 そのまま宮城に帰ってきてその日の夜、どうやら日向と影山は取っ組み合いの大喧嘩をしたらしい。ちょうどその場にいた仁花ちゃんが泣きながら田中先輩に助けを求めたとかなんとか、そういう話を後日聞いた。何やってんだ。もしかして思ったよりこじれてるのかな。このままこじれたままだったらなんかやだなあ。まあ私にできることってないんだけどさ。
 二人が会話をしているところを見ないまま数日、何となく月島の様子も少し気になってきた。いや、いつも通りなんだけど、なんか、いつも通りすぎるというか。みんなそれぞれ合宿で何かしら触発されているみたいなのに、月島にはそれがない。そういうこと言うと絶対機嫌悪くなるからあんまり言いたくないけど、月島はこのままでいいんだろうか。

「あ、ツッキー、御国さん。じゃあ俺こっち、島田さんとこサーブの練習行ってくる!」
「ああうん、じゃあね」
「ばいばい、頑張って山口」

 いつものように山口と別れて、月島と二人で並んで歩く。いつもと変わらないが、なんとなく、ちょっと居心地が悪いのは私が勝手に月島のことで悩んでいるせいだろう。何度か口を開こうとして、結局怖くなって言うのをやめた。
 月島に色々と助けてもらったから私もなにか月島の力になれたら、とは思うがきっとこれも余計なお世話なのかもしれないと思うと何も言い出せない。あー、なんか嫌になってきた。

「じゃあね」

 駅に着いて、月島が踵を返す。月島、と名前を呼べば振り返る。

「なに?」
「あ、いや……えっと」

 言い淀む私に、訝しげな目を向けてくる。いや、そりゃそうだ。こんな挙動不審な態度取られたら私だって訝しむ。

「……ごめん、なんでもない。また明日」
「はあ? ……なんなの」

 溜息を吐いて、ヘッドホンを装着した月島は今度こそ帰っていく。意気地なし。馬鹿野郎。
 私もそのまま電車に乗って帰路についた。


 ▽


 それからしばらくして、再度東京合宿。今度は森然高校に場所を変え、再びバスで東京――ではなく埼玉にやってきた。なんでも夏は涼しいから毎年ここでやるのだとか。
 そうして始まった1日目、――まあ見事に新しいことを取り入れすぎた烏野は噛み合わず、全敗。しかし成長過程、というかこれが噛み合えばきっと烏野はもっと強くなれるんだろう。みんな必死に努力している。……月島以外は。

 練習が終わり、皆それぞれ自主練習に励もう、という雰囲気の中、月島だけはそのまま休もうとしているらしい。……いやハードな練習だし、そりゃそうなのかもしれないけど。目の前で山口の自主練習の誘いを断った月島を見て、なんとなく後を追いかける。

「つ、月島」
「……なに?」
「いや……あの、練習しないの?」
「……はあ、君も?」

 わざとらしく吐かれた溜息に少しムッとしながらも、勢いで言い返す。

「だ、だってみんな新しいことやろうとしてるのに、月島いつも通りじゃん。いいの、置いてかれたままで」
「……別にいいんじゃない? やることはやってるし、たかが部活、何を本気になることがあるのさ」
「、っ」

 たかが部活=B
 確かに月島の言葉に間違いはない。たかが部活だ。でも、私はそのたかが部活≠ノ救われたのに。そりゃ私は別に試合に出るわけでもキツイ練習をしてるわけでもないから同じじゃないと言われれば確かにそれまでだけど、……

「……そのたかが部活≠ノ連れ戻してくれて、嬉しかったのに」
「……え」
「本気にならない僕かっこいい≠ニか思ってんの!? ダッサ!! かっこ悪!!」
「っ!? はあ!?」
「もう知らん!! バーカ!!」
「は!? ちょ、おい千景、」

 ダサい子供みたいな捨て台詞を吐いて逃げ出した。その直後月島が何やら黒尾さんに声をかけられているのが聞こえたけど、それに構っている余裕は残念ながらなかった。 

SANDGLASS