幽霊と烏野一年生

「御国さん、大丈夫?」
「……いや、もう何かよく分かんないんですけど青春してますね」
「……ハンカチ使う?」

 菅原先輩にお礼を言って、ハンカチを受け取った。いや全然自分でも持ってきてるけど折角の好意は素直に受け取るものだ。
 あの後色々あって吹っ切れた様子の影山くんは、あの小さい子にスパイクを打たせるために頑張っている。もう色々と、細かい事情なんかは分からないが青春している彼らに感動してしまった私は少しばかり泣いてしまった。なんだか少年漫画だかドラマだかを見ているような気分だ。今時こんな熱い人たちがいたなんて。その中でも月島はかなり冷めているけど。
 しかしやろうと思ってなかなか出来ることではないらしく、かなり苦戦している。

「影山、それじゃあ中学の時と同じだよ」

 そんな様子を見かねてか、菅原先輩がコートに入っていった。影山も菅原先輩に視線をやる。

「日向には機動力に優れてます。反射・スピード…ついでにバネもある…慣れれば早い攻撃だって」
「そのうーん。日向のその……すばしっこさ≠チていう武器、お前のトスが殺しちゃってるんじゃないの? ……日向には技術も経験もない。中学でお前にギリギリで合わせてくれてた優秀な選手とは違う」

 小さい子――日向くんというらしい――は、その菅原先輩の言葉にしょげている。

「でも素材はピカイチ」

 今度は目に見えて嬉しそうな顔をした。分かりやすくコロコロ変わる表情が可愛らしい。愛嬌があるというんだろうなああいうの。

「お前の腕があったらさ、なんつーか、もっと日向の持ち味っていうか、才能っていうか、そういうのもっと こう…えーっと」
「が、頑張れ菅原先輩」

 思わず応援する。

「あっと、えーと、なんかうまいこと使ってやれんじゃないの!?」

 うわあ、抽象的。あまりにアバウトなアドバイスに、半笑いを零す。とりあえず戻ってきた菅原先輩には労いの言葉を掛けておく。

「お疲れ様です菅原先輩」
「上手いこと言えなかった」
「うーん……でも案外、あれくらい抽象的な方が分かりやすかったりするかも……?」
「そうかな?」
「影山くん感覚派っぽいですし、まあなんとかなるんじゃないですか」

 特に何か根拠があるわけでもなく、私はそう言って笑った。でも聞く限りだと影山くんはかなり技術のある人っぽいし、こういうとき、少年漫画やドラマではなんとかなっていくものだ。勿論これは漫画ではなく現実だけど、なんとなく、あの二人なら何とかしていくんじゃないかと思った。


 ▽


「影山くんバケモノですね」
「……あぁ……」

 どうにかなるんじゃないですか、とは言った。言ったけど。
 あの後試合再開して、何かよく分からないけど物凄く速い攻撃を仕掛けていた。先輩達が言うには、目を瞑ってスイングした日向くんの手に影山くんがドンピシャでトスを上げているのだとか。って、バレーを知らない私でもよく分かる。マジでバケモノだ怖い。凄すぎる。素人目で見ても分かる。あれは人間業じゃない。

「影山を信じきって飛んでる日向も凄いけどね」
「日向くんもなんか……別ベクトルでの凄さを感じますね……」

 その後、田中先輩のスパイクが決まり、第一セットが終了した。
 続く第二セットも、あの一年コンビと田中先輩の活躍によって田中先輩側のチームが制し、この試合はそのまま田中先輩側の勝利で幕を下ろした。

 初めてまともにバレーの試合を見た私は少し興奮してしまい、今すぐにでも叫び出したい気分だったが流石に抑える。認識はされにくいとはいえ大声を出せば流石に注目を集めてしまう。……多分。奇声だけ聞こえて何もいなくね?になる可能性はなくはないけど。とにかく認識はされたいが注目はされたくない。

「……おい」
「え?」

 そんな私に話しかけてきたのは影山くんで、私は首を傾げて顔を上げた。っていうかこの子よく私に気づいたな……いっつも触ったり声かけたりすると気付かれるけど今は黙ってたし触ってないし。
 まあたまに目について認識されるのも、本当にたまーにあったりもするからそれかもしれない。もしくはなんか、これこそ滅多にないけど意識して探してる時とかは見つけられることもあるらしいけど。橘が結構な頻度で探してくれる筆頭なので橘談だけども。
 でも影山くんが私のことを探す理由なんてそれこそなくないか。

「……お前、北川第一にいた幽霊だろ」
「……………………………ハイ?」

 ……なんて?

「え!? 幽霊!?」
「おい影山? お前何言って、」
「なんで烏野に居るんだ」

 近くにいた日向くんが顔を青くしてビビっている様子と、突拍子もない発言に眉根を寄せた澤村先輩を視界の端に捉えつつ。あくまで真剣な顔で私に詰め寄る影山くんに、変な汗が流れる。

「……あの〜……影山くん?」
「! 何で俺の名前、」
「幽霊って、何の事ですか」

 そう問えば、「は?」と影山くん。
 いやこっちがは?なんですけど。なに幽霊って。嫌な予感しかしない。

「いやだから、お前『北一の幽霊』だろ」
「はあ……?」

 聞けば北川第一には幽霊が出る≠ニいう噂があり、影山くん含む北川第一の生徒は皆その幽霊を目撃したことがあるのだという。そしてその幽霊がまさに私の姿と瓜二つ、と。

「……ぷ、幽霊」
「おい笑うな!!」

 普通にショックで打ちひしがれていたら月島の馬鹿にするような笑い声が聞こえて咄嗟に声を張る。笑うな。ショックを受けてるんだよ今。

「君にピッタリなんじゃないの? 幽霊=v
「ち、違うのか?」
「誰が幽霊だ!! 違うっつーの!!」

 いや、影薄いとは言われるけど。声かけた時に中学の時皆驚くっていうか怖がってたからなんだろうなとは思ってたけど。まさか幽霊だと思われてたとか……? ま、まさかにも程がある。ええ、ほんとにショックなんだけど……?

「ゆ、幽霊じゃないの……?」
「違う……!」
「幽霊と同じくらい影は薄いみたいだけどね」
「うるさいんですけど月島くん」

 ビビりながら聞いてきた日向くんの言葉を否定して、嫌味を言ってきた月島を睨んだ。ふざけんなよ畜生。さっきの試合での感動返せ。久々に本気で凹む。ありえない。
 そんな話をして割と本気で落ち込んでいれば、潔子さんが何やらダンボールに入った何かを持ってきた。言ってくれれば手伝いに行ったのに……なんかちょっと重そうだな。何だろう。

 落ち込んでいたことは頭の端に追いやって、潔子さんの持ってきたダンボールを訝しげに見る。ダンボールの蓋を開けて、潔子さんが取り出したのは、

「……ジャージ?」

 黒地に白で烏野高校排球部≠ニ書かれた、バレー部専用のジャージだった。潔子さんも着てるから当然だけど、私にもあるんだと少し嬉しく思って、配られているジャージを取りに行った。先程のことなんて頭から抜けている。嫌なことはさっさと忘れるに限る。

 試しに着てみると、新品の服の匂いがした。部活に入ってこういうユニフォームのようなものを来たことがないので、ついちょっとニヤけてしまう。

「あの……あれ!? さっきのマネージャーの子がいない! 帰った!?」
「! え」
「あー多分帰ってないよ。御国ー」
「あ、はい! ここです」
「うわっ、ほんとにいた!」
「スガお前慣れてるな……?」
「だってさっきいっぱい話したもんなー?」

 菅原先輩に呼ばれて慌てて手を上げると、私を探していたらしい日向くんに驚かれた。私を探すのにもちょっと慣れてきたらしい菅原先輩は、感心する澤村先輩にドヤ顔をして同意を求めてきた。うーん、なんか先輩だけどやっぱり可愛い人だ、と内心で考えつつ、そうですねと頷く。

「あのさ! マネージャー! さん!」
「え、あ、はい?」
「おれ、日向翔陽! よろしく!」
「あ、えっと、御国千景です、こちらこそ……?」

 日向くん……もう日向でいいか、は、おう、と太陽みたいに笑った。日向翔陽。名前ぴったりだな、と内心で小さな奇跡に感心していれば、日向が影山くん…こっちも影山でいいか、に、自己紹介を促していた。

「おい影山も自己紹介しろよ!」
「……影山飛雄だ。さっきはその、悪かった」
「……御国千景です。もう良いよ、気にしてない」
「元はといえばキミが影薄いのが悪いんだしね? 幽霊チャン」
「月島くたばれ」

 相変わらず嫌味を炸裂してくる月島を睨みつける。ああ腹立つ。なんなのこいつ、ほんとに。嫌味を言わないと生きていけないですかね。そりゃ難儀なことで!


「組めた!! 組めたよーっ」
「っ、!」

 月島の嫌味にイライラとしていれば、武田先生が嬉しそうにそう叫びながら体育館に入ってきた。思わずピシリと固まる。つい直前まで月島を睨みつけていた私が急に固まったので、月島は首を傾げている。

「練習試合っ!! 相手は県のベスト4!! 青葉城西高校!!」

 高いテンションで入ってきた武田先生の言葉に、周りのテンションも一気に上がった。どうやら、バレーの強いところと練習試合を組むことが出来たらしい。嬉しそうな武田先生を見ていると、なんだかこっちまで嬉しくなってしまうから不思議だ。

 しかし次に武田先生の提示した青葉城西からの条件≠ノ、周りの温度が何度か下がった気がした。
 影山を、セッターとしてフルで出すこと。
 何かいけないのだろうか、と分からない私は首を傾げたが、話を聞いているとどうやら菅原先輩が烏野の正セッターらしく、先輩たちはそれを無視している青葉城西に怒っているらしい。
 確かに馴染みがなくてすぐには思い至らなかったけど、普通に考えて同じポジションの人がもうすでに上の学年にいるのは当たり前のことだ。それを無視して新入生しか見ていないというのはちょっと、些か失礼な気もする。

 しかし菅原先輩はそれにいいから、と首を横に振る。

「俺は、日向と影山のあの攻撃が4強相手にどのくらい通用するのか見てみたい」

 そう言い切って、菅原先輩は皆をまっすぐ見た。
 これも本心だろうけど、本音では強いところとする試合に出てみたかったよな、と何だか少し複雑な気持ちになる。私がどうこう思ってもしょうがないんだろうけど。

「先生。詳細お願いします」

 澤村先輩も思うことはありそうだが、それでも菅原先輩の意を汲んでか、先生に話を促した。


 ▽


「あ、御国さん!」
「わっ、……た、武田先生。何ですか」

 やっぱり相手から話し掛けられる感覚にどうにも慣れない。相手に気づいていないわけではないが話しかけられるわけないと思っている状態で声をかけられるとやっぱりビックリしてしう。意識の外側から声を掛けられて驚いてしまうのは、私に声をかけられている人たちの驚きと種類は同じなのかもしれない。

 ドキドキと鳴る胸を抑えながら、武田先生を振り返る。武田先生はいつもの穏やかでどこか頼りない笑顔を浮かべたまま、私のもとに走ってくる。

「マネージャー、引き受けてくれてありがとう。今日はどうだった?」
「あーえっと……なんか、凄い青春を見れました」
「ハハッ、そっか。良かった」

 少しだけおどけた返答をすると、武田先生はやっぱり穏やかに微笑んで、私の名前を呼んだ。
 何故か妙に緊張して、心臓がうるさい。

「御国さんはいつもどこか、つまらなそうに見えたから」
「え、」
「今日、楽しかったですか?」
「……」

 楽しかったか、と、そういう聞き方をされて、改めて今日のことを思い返す。
 正直バレーのルールも界隈の常識みたいなことも知らなくて全然話についていけないところも多かったし、性格が悪くて嫌味な奴はいたし、人を幽霊とか言う奴もいた。だけど、でも。

「……楽し、かったです」

 楽しかった。橘以外の誰かと一緒にいて、楽しいと思えたのは初めての事だった。武田先生に言われるまま、頼まれて仕方なく入った部活だけど、今日、来てよかったと思った。

「それは良かった」

 そう言って嬉しそうに笑った武田先生につられて、私も自然と笑みを返した。

SANDGLASS