vs青葉城西
「まさか吐くとは……」
練習試合当日、火曜日。
日向が青葉城西行きのバスの中で嘔吐してしまった。しかも、田中先輩の上に。緊張のあまりの事でもあるし、本当に可哀想なくらい衰弱していたので思わず同情してしまった。
ひたすら田中先輩に謝っていた日向だが、今度はお腹が痛くなったようで青城に着くなりトイレへと駆けて行った。吐いた後ってお腹痛くなることもあるしなあ。
「……あ、千景ちゃんどこ行ったのかと思った」
「え、私ここ動いてないんですけど、」
「……。行きましょうか」
「(あ、誤魔化した)」
そんな潔子さんも素敵です。全然許しちゃうな。
潔子の荷物を半分持って、中へ入る。流石は強豪校というべきか、体育館も広い。
「……ふう、」
「……あ、御国悪いんだけど日向呼んできてくれるか?」
「澤村先輩私こっちです」
「……すまん」
気まずそうにこちらを向いた澤村先輩に苦笑して、私は日向を呼びに行くために踵を返した。潔子さんに頼む方が楽なのに、わざわざ私を意識して頼んでくれているのは結構な気遣いと優しさを感じる。嬉しい。
トイレを探してキョロキョロと歩いていれば、なにやら白と水色のジャージを着た人達に絡まれている日向の姿を発見する。ええ? なんで?
「日向!」
「っ!? っ、あ、御国さん……」
「……と、誰この人たち……?」
「…? あれ……どっかで、……ああッ!? お前北一のゆうれ、」
「違う!!」
反射で否定を返す。何やら日向と一緒にいた二人の内一人が、私を指差して幽霊だと宣う。くっそ何だよラッキョみたいな頭しやがって。あ、でももう一人の人は何かオシャレかも。前髪が。
私の事を知っているということは、ラッキョみたいな方は北一の人だろうか。そんな有名なの? 北一の幽霊って……不名誉だ……
「御国千景、烏野一年の正真正銘生きた人間ですけど!」
「え、あ、わ、悪い」
ギロ、と睨んでそう叫ぶように言うと、少し怯んだ様子で謝られる。反応を見る感じ悪い人ではないんだろうけど、それならそれで余計ショックだ。
「……日向、先輩が早く戻って来いって」
「え、う、うん、」
日向が頷いたのを確認して、私はまた体育館に戻った。
▽
正直、試合は悲惨な状態だった。日向の緊張は心なしか先程よりも酷くなっていて、そのあまりか他の人のボールを取ろうとして邪魔したりのミスを連発している。
そうして点は取られ続け、第一セット、後一点失点したら負けという局面で、まさかの日向のサーブ。
「日向大丈夫かな」
「ど、どうだろ……」
私の呟きに山口が答えた。チラリと横を見るとこちらを気にしている様子はなかったので、聞こえてきた声に答えただけなのだろう。私はコートに視線を戻して、日向を視界に捉えた。
ピッ、と笛が鳴る。それに驚いた日向はボールを宙へ上げてしまった。もう打つしかない。バチコーン、と日向の打ったボールは変な音を立てて、一直線に。
影山の後頭部に当たった。
「……ぶはっ、」
「えっ!! 御国さん!?」
「い、いやごめ、……っ、」
「御国今笑うところじゃないな? 抑えろ!!」
山口と菅原先輩に言われるが、いや、これは笑い所では。だってあんなに綺麗に後頭部に当たったのとか初めて見た。
「ふ、ははっ、……っ、」
「御国っ!!」
「はいっ!!」
「テメェ後で覚えてろよ」
「何か冷やすもの持ってきまーす」
「あ、千景ちゃん、バスの中に保冷剤置いてきちゃったみたいだから取ってきてくれる?」
「清水冷静だな……」
私は影山から逃げるように立ち上がって体育館を出た。その際、青城側のコートから「あれ北一の幽霊じゃ、」と聞こえてちょっと泣きそうになった。
ねえまだ言う? ねえそれって悪口に入ると思うんだよね! 幽霊とか結構最低の悪口じゃないですか?
心の中で文句を言いながらバスの中から保冷剤を取って、小走りで体育館に戻る。すると、何やら田中先輩の大きな声が外まで響いてきた。
「下手くそ上等! 迷惑かけろ! 足を引っ張れ! それを補ってやるための、チームであり、先輩だ!!」
……何か田中先輩が格好良いこと言ってる。ミスを責めることのない、まさにチーム≠フ先輩≠フ言葉。少し怖い顔をしているが、やはり田中先輩は見かけほど怖い人ではないようだ。
「あ、御国さん! お帰りなさい!」
「、あ、た、ただいま帰りました」
入り口のところで突っ立っていれば、武田先生に声をかけられた。もう武田先生に気付かれるのも慣れてしまった。なぜ気付かれるのかは未だに謎だが、気付いてもらえるのに嬉しいのは変わりない。
「先生よく気付きますねー、俺全然気づかなかった」
「そうですか? 皆とそんなに変わりませんよ」
「そう思ってるのは先生だけですね。……はい、影山」
「……おう、サンキュ」
首を傾げる先生に返しながら、少し溶けた保冷剤を影山に渡した。菅原先輩はまだ考えているのか、首を傾げて私を見ている。いや、そんなに見られると照れるんでやめて下さい。見られるの慣れてないんです。
「つかお前さっき笑ったろ」
「え、いや勘弁してよ、バスまで保冷剤取りに行ったんだからチャラでしょ」
「……」
「……ご、ごめんってば」
「……まあ、別に」
流石に申し訳なくなって謝れば、影山はそっぽを向いてぼそぼそと呟いた。別にって何だよ、別にって。
▽
「青城って強いとこって聞いてたけど、結構行けるもんなんだね」
第二セット、烏野が取ったのを見て隣の山口に語りかける。いや、変人速攻の名前は伊達じゃない。第一セットの悲惨さから少し心配していたが、案外第三セットもこのままいけてしまうのでは。
「千景ちゃん、ドリンク配るの手伝ってくれる?」
「、あ、はい。後私こっちです」
「……惜しい」
「全然惜しくなかったですけど可愛いのでもうオッケーです」
やはりまだ私を見つけられていない潔子先輩に苦笑しつつ、言われた通りにドリンクを配るのを手伝った。影山、日向に渡して月島へとドリンクを突き出す。
「もうちょっと渡し方とかないワケ?」
「日頃の行いという言葉を知っていますか月島君」
「こうやって日頃の行いの悪い御国サンはいつか罰が当たるってことだね」
「……」
「え、ちょ。御国さん無言でドリンク振りかぶらないで!! それ清水先輩が作ったやつだから!!」
余りの憎たらしさに思わずドリンクを振りかぶったが、慌てた様子の山口に止められた。……そうだ潔子先輩の作ったドリンク無駄にするところだった……
「ありがとう山口この恩は一生忘れない」
「お、重い……」
「ねぇいい加減ドリンク渡してくれない」
痺れを切らした月島にボトルをぶん取られた。月島と睨み合っていれば、青城ベンチの方から、というか二階のギャラリーから黄色い声が聞こえた。……何だ何だ。なんの騒ぎだ。
「おお! 戻ったのか、及川」
……オイカワ? 頭に歌手の及川光●が思い浮ぶが、すぐに頭から消した。いやいや、そんなわけない。どう考えたって同じ名字の別人だ。よくある名字ってわけでもないが珍しくもない。私は月島から意識を逸らして、青城ベンチへと視線を向けた。
「わぁミ●チーに負けないくらいのイケメン」
「誰ミ●チー」
イケメン、がいた。何かバレー部イケメン率が高い気がするのは気のせいじゃないはず。でもなんか、ちょっとチャラそうだな。
「影山君、あの優男誰ですか? 僕とても不愉快です」
田中先輩がすごい顔してる。その顔どうされたんですか。
どうやらあの人が青城の主将らしい。ついでに影山の先輩で、性格の悪さは月島以上だとか。
「……え、それはやばい」
「うるさいんだけど」
「ちょっ、事実を言っただけじゃん殴らなくても!!」
思わず真顔で驚くと、月島に殴られた。いや月島、自分の性格の悪さ自覚してる? それ以上だよ? 酷いくない?
しかしジト目で見られただけでふい、と視線をそらされた。…何だよ!
それにしても、改めて見てもイケメンだ。イケメンっていうのはああいうのを言うんだろうなと思う。でもやっぱり何かチャラそうだし、性格の悪さは月島以上だって言うし。月島も影山もイケメンだけど性格がなんかアレだし、やはりイケメンで完璧な男はいないのだろうか。……あ、菅原先輩は顔も性格もいいな。なんてどうでもいい事を考えつつ、影山に絡むオイカワさん?を見ていれば、不意にバチリと目があった。めちゃくちゃ偶にある偶然目が合って認識される奴だ、とぼんやり考えていれば、そのオイカワさんは目を見開き、顔を真っ青にした。
……ん? あれ。ちょっと待てよ、この人影山の先輩ってことは北一出身……?
「きっ、北一のゆうれ、っブ!?」
「ぜっったい言うと思った!!」
言い終わる前に近くにあったボールをぶん投げた。見事顔面に命中したが、イケメンの顔は赤くなってもイケメンだったので少し苛ついた。周りから(女生徒の)悲鳴が上がる。オイカワさんの顔面にボールをぶつけたからか、随分と注目を浴びてしまった。正直この体質のせいで注目を浴びるのは慣れていないので、潔子さんの後ろに隠れた。
いやめちゃくちゃ衝動的にやったからやりすぎたかもという気持ちもあるけども。でもギリあっちが悪くない?
「……え? に、人間?」
「……及川さん人間です。一応」
「一応って何だ一応って。影山」
驚いているオイカワさんに呆れつつ、また失礼な事を抜かす影山を睨む。あいつも後で覚えとけよ。
「……何を笑っているのかな月島くん」
「いや、別に?」
ホントこいつも性格悪い。