大王様は敵
「すご、マッチポイントだよ山口」
「うん……」
24 - 21。
烏野のマッチポイント、という状況で山口に話しかけてみたが、緊張の面持ちで殆ど耳に入っていないようだった。
いやでも、このまま勝てるのかな。なんかまだ例のオイカワさんも出てきていないし、聞けばなんかバレーも凄い人らしいからこんな点差くらいひっくり返してしまうのでは。
なんて思ったのがフラグだったのか。例のオイカワさんと、センター分けの眠たそうな目をした男の子が交代した。
「あれ、セッター? の人と交代するんじゃないの?」
「多分ピンチサーバーだと思うよ」
「ピンチサーバー?」
「サーブの間だけ、サーブの得意な人と交代させるんだよ」
「……ふーん」
そういえば影山がサーブあの人見て覚えたって言ってたな。影山のサーブも結構えげつなかったけど、ということはあの人も相当やばいのか。
オイカワさんがボールを打った。ボールは一直線に、月島の方へ。月島の腕へ当たったボールは思い切り跳ね返り、二階の手摺りへぶつかった。
「ツッキーー!!」
「ちょ、山口うるさい」
「だって御国さん!! ツッキーが!!」
「落ち着けってば!! 腕もげそうだけど!!」
「もげる!? ツッキーの腕があああ!!」
「ごめん私が悪かったもげないから黙ってうるさい!!」
やばい山口が取り乱した。お前本当月島大好きだなまってちょっとほんと耳痛いからトーン落としてほしい。私が悪かったから。まさかサーブで腕もげるわけないだろ。若干ヒビくらいなら入りそうな勢いはあったけど。
オイカワさんはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ、月島と日向を見た。
「うん、やっぱり。途中見てたけど、五番の君と六番の君。レシーブ苦手でしょ? 一年生かな?」
オイカワさんは烏野の弱点をピンポイントに突いて、意図的に月島を狙ったようだ。マジで性格悪いあの人。影山の言っていたことに今更ながらに納得する。
その後も月島が狙われた。何度も狙われ点を取られ、流石の月島も月島らしからぬ、悔しそうな顔をしている。
「……あんな顔出来るんだ」
思わずぼそりと呟いたその言葉は山口には聞こえなかったようで、「え?」と不思議そうな顔をされた。「何でもない」と首を横に振って、再度月島に目を向けた。
何となく、いつもの済まし顔より好感が持てる気がした。人間らしい、と言ったら変だが、人を馬鹿にしたいつもの態度よりは全然良い。
「おい! コラ! 大王様!! おれも狙えっ!」
「、」
月島に思考を奪われていれば、日向のそんな声。……ええ? 日向狙われたいの? っていうか大王様って何だ。オイカワさん? なんで大王様? どっちかって言うと性格悪いし魔王じゃない?
「……なーんか、日向見てると気抜けるね」
「い、いやツッキーが心配で気抜けないんだけど」
「山口に聞いた私が間違ってた」
山口は月島好きすぎる。なんか色々心配。山口これから月島いなくても生きていける? 大丈夫そう?
「あっ、上がった」
澤村先輩の作戦のお陰で月島は先程よりも威力の落ちたボールを上げた。山口がもうホント大丈夫かってくらい叫んでる。
上がったがしかし、青城のチャンスボールだ。青城は、あの失礼ならっきょ頭へとトスを上げる。縁下先輩のブロックが間に合わない……と思ったが、素早く動く影が見えた。日向だ。
らっきょ頭がスパイクを打ったが、それは日向の手にあたり、勢いが殺された。日向が触ったボールの落下地点へ、影山が素早く入った。それと同時に日向は逆へと走って、跳ぶ。らっきょ頭が追いつこうにも、今の日向には誰も追いつけやしない。そして影山のあの人間離れしたトスが、日向の振り下ろした手に当たった。日向の打ったボールはオイカワさんの横を通って、青城コートへと叩き付けられた。
ピピー、と、試合終了の笛が鳴る。
「………っはぁ、」
やば、息止めてた。凄い、ヤバい。ヤバい。何か、分かんないけど凄い。今私自分の語彙力の無さに絶望してるわ。
ベンチに選手が戻ってくる。整列すると、武田先生に向かって頭が下げられた。どうやら先生が何か言わないといけないらしい。武田先生は戸惑いがちに口を開いた。
「えーと、僕はまだ、バレーボールに関して素人だけど……なにか、なにか凄いことが起こってるんだってことはわかったよ。新年度になって……すごい1年生が入ってきて……でも一筋縄ではいかなくて……だけど……澤村君がそんな風に言ってて、その時はよくわからなかったけど、今日、わかった気がする。一人と一人が出会うことで、化学変化を起こす。今この瞬間もどこかで、世界を変えるような出会いが生まれていて、それは遠い遠い国のどこかかもしれない。地球の裏側かもしれない。もしかしたら……東の小さな島国の北の片田舎の、ごく普通の高校の、ごく普通のバレーボール部かもしれない。そんな出会いがここで…烏野であったんだと思った。大袈裟とか、オメデタイとか、言われるかもしれない。でも信じないよりはずっといい。根拠なんかないけど、きっと、これから、君らは強く、強くなるんだな」
「……」
シンと静まり返る選手。
「ごめん! ちょっとポエミーだった!? 引いた!?」
「いやちょっとどころかかなり」
「御国さんシッ!!」
なんか、すごい国語教師っぽい。
それから潔子先輩と片付けをする。私はボトルを洗いに行くために水道へと向かった。途中日向と影山とすれ違ったが気付かれなかった。悲しくなんかないもんね。
「あ、」
「ん? ……あ!」
「金田一うるさ……あ、北一のゆうれ」
「国見黙れ!!」
思わずボトルを投げようと振りかぶった手をすんでのところで止めた。まだ幽霊とか抜かす奴がいたか!!
「おい国見金田一、何してんだ?」
「あ、岩泉さん、」
「片付け手伝「あの、」っぅおっ!?」
「……水道使っていいですか、ボトル洗いたくて」
「お、おう、そりゃいいけどよ……烏野のマネージャーか? 悪い、記憶になくて……」
……なんと、オイカワさんの顔にボールをぶつけた私を覚えていないのか。この人の記憶力がないのか、それとも私の影が薄すぎるせいなのか。影が薄いせいなんで気にしないでくださいと頭を下げつつ、ボトルを洗っていく。すると「岩泉さん覚えてないんですか、北一の幽霊」とあのセンター分けの声がして、思わず眉を寄せた。
「おい国見っ!」
「は? 幽霊? 何言ってんだ、こいつ人間だろ?」
「……っ!!」
……何か初めて北一出身の人から人間って言葉聞いた気がする。えっと、イワイズミさん? 覚えた。めっちゃ良い人だリスペクトしとこう。
「はっ!? お前なんで泣いてんだ!?」
「いえ初めてまともな人に会えたなと……」
「……?」
「すみませんなんでもないです。失礼します」
ボトルを抱えて皆のところへ走る。北一でもいい人は居るんだ! なんて当たり前のことに感動しながら潔子さんの元へ戻った。
▽
「幽霊ちゃん!」
「影山君今からこの人殴るけど良いよねうん殴るよ止めないでお願いだから喧嘩売ってるんだよこの人」
「御国落ち着け頼むから!!」
バスまでの道を歩いていれば、前方にオイカワさん。烏野の弱点を指摘して、影山を潰したいとか何とか抜かしているのを聞き流していれば、何だよ急に。何だよ幽霊ちゃんって。あだ名のつもりですか失礼すぎる!! 泣くぞ!?
本気で殴ろうかと思ったけど流石に澤村先輩に止められた。
「わー……ホントに人間なんだねぇ……」
「当たり前でしょうが本気で幽霊とか信じてるんですか有り得ないし私人間ですし!!」
「御国さん、どーどー」
縁下先輩に宥められるが落ち着けない。そして私馬じゃないです縁下先輩その宥め方はどうなんだ。
「じゃあ幽霊ちゃん名前なんて言うの?」
「御国ですよ御国!! その幽霊ちゃんって呼び方やめてください!!」
「えーどうしよっかなぁ」
かちん、と頭の中で音が鳴るのを初めて聞いた。どうしようホントに殴りたいこの人。年上だけど先輩じゃないし殴ってもいいだろうか。しかし何かを悟ったらしい菅原先輩に肩を掴まれて動けなくなってしまった。くそ。
「っていうか御国って苗字でしょ? 名前は?」
「御国ですけど」
「だから名前」
「御国ですけど?」
「……」
誰か教えるもんか!!
「……なんか、御国子供みたいだったなー」
「笑い事じゃないんです菅原先輩。あの人ホントにムカつくんですけどホントに殴りたかった」
「御国って見かけによらず攻撃的だよな……」
オイカワさんと別れ、バスに向かう途中菅原先輩は苦笑しながらそう言った。
私だって好きで影薄いわけじゃないし。それなのにあの人はズバズバと人の事幽霊とか失礼なことばっか言いやがって。ちょっとはイワイズミさんを見習えばいいんだ。いや切実に。もっと言うならオイカワさんだけじゃなくて北一のやつら全員が!
「幽霊、ね」
「……何ですか月島くん」
「別に?」
「……」
くっそこいつも殴りたい。