不在のエースと好敵手
「千景さぁ、バレー部どーなの?」
「どうって……何が?」
青城戦後、次の日の昼休み。唐突な橘の言葉に首を傾げると、「だーからぁ」とズイと近づいて来る。おい近いよ橘。
「どーなの? バレー部。やってけそう?」
「あぁ、……まぁ、ボチボチ……?」
「曖昧ね……」
「いや……九割が良い人なんだけど、一割が失礼の塊っていうか……」
「へえ。それって誰のことなワケ?」
「え、そりゃあつき……ぅわああ!?」
流れに流されて答えようとした時、あれなんか声違くないか?と声のした方を見れば、なんと月島がいた。嘘だろなんで私に気付いたんだこいつ。
顔に出ていたのか、月島は不機嫌そうな顔で私に何かプリントを差し出してきた。
「……え? 何?」
「キミの場所は武田先生が教えてくれた。それ判子押して持って来いってさ」
ああ武田先生か……道理で見つけられたわけだ。月島がいたからか近くに寄ってきた山口は「御国さん同じクラスだったんだ……」と呟いている。……認識してないことくらい知ってたけどさぁ。
「じゃあ渡したからね」
「あ、うん」
「待ってツッキー! ……あ、御国さんまた後で」
「うん、後で」
ヒラヒラと山口に手を振り、貰ったプリントを見た。それは入部届≠ニ書かれており、そういえばまだ出していない事を思い出した。
「で? 入んの?」
「……うーん……」
目の前に月島が来てちょっと目をキラキラとさせていた橘は、月島がいなくなってすぐ気を取り直したように尋ねてくる。
その問いに、心は決まっていたけど、つい、迷うような声が出た。月島の事じゃなくて、心配事がない、わけじゃない。溜息が漏れる。
「部活はちょっと……さ」
「……あーね」
橘は私の心配事に思い当たったらしく、苦く笑った。そうして、軽く首を傾げて、「やってみれば? もしかしたら大丈夫かもよ」と根拠のない言葉を投げかけてきた。なんだか橘らしくて笑ってしまう。
「うーん、まあ、いっか」
とりあえず、私はバレー部に入りたい。
▽
「あ、御国さん!」
「、先生」
「入部届、受け取りましたか?」
「はい、まぁ……っていうか今更な気しますけどね」
そうですね、と笑う武田先生にまたドキリと心臓が高鳴る。
いやドキってなんだドキって。なんか本当、最近変だ私。
「でもまだそんなに日は経ってないんですよ」
「それは……そうですね。色々と濃すぎて、結構日が経ったみたいに感じてたんですけど」
あの最初に部内でやった試合も、青城との練習試合も。私には珍しく濃い日々に、結構な日が経っているように感じてしまっていたらしい。充実しているってこういうことを言うのだろうか。
「……御国さん、楽しそうですね、最近」
「……そうですか?」
「はい。とても。誘ってよかったです」
まあ、確かに。月島とかはムカつくけど、多分それも含めて今毎日が楽しい、のだと思う。多分、バレー部のおかげで。
そこまで考えて何だか照れ臭くなって、話題を変えようと口を開く。
「先生、部活行くんですか? 一緒に行きます?」
「ああいえ、僕は……」
そう言いかけた武田先生の言葉の続きを聞く前に、どん、と何かがぶつかってきた。
「ぅわっ、」
「……あァ影が薄すぎて見えなかった。ゴメンね?」
「つ、月島……!」
「ぅわあぁ、御国さん落ち着いて!」
明らかにわざとぶつかって来た月島に殴りかかろうとすると、やっぱり一緒にいた山口に止められた。止めないでよこいつは一回死なないと治んない。
「まぁまぁ御国さん、落ち着いて下さい」
「、でも武田先生」
「ほら、早く部活行かないと。後、僕は少し用事があるので一緒には行けないんだけど……」
「ああいえ、それは大丈夫です」
すみません、と律儀に謝って職員室に戻っていく先生を見送って、私は山口と、不本意ながら月島と一緒に部活へと足を向けた。
「入部届け出してたの?」
「ああうん……そう。正式に入ろうと思って。これからよろしくね、山口」
「うん。よろしく」
そうして主に山口と談笑しながら体育館に入ると、何やら見知らぬ人がいた。日向と同じくらいか低いかくらいの、男の……子? 人?
「こんにちは、菅原先輩澤村先輩」
「っ、おぉ、御国か」
声をかけると、少し驚いた様子だったが「お疲れ様」と応えてくれる。ぺこりと頭を下げつつ、見知らぬ人についても無視は出来ず言及することにする。
「あの人誰ですか?」
「ああえっとな……」
「スガさん大地さん! 誰と話してん……ぅおお!?」
「……どうも」
もう慣れてしまったその反応に若干泣きそうになりながらも軽く会釈をする。その人は私をまじまじと見つめて、やがてにかりと笑い私に爆弾を落としてきた。
「お前、影薄いな!! いたの全然分からんかった!!」
▽
菅原side
「お前、影薄いな!」
ガン、と、西谷にそう言われた瞬間の、御国の反応に効果音を付けるとしたら、こんな感じだろうか。いつも月島から言われているが、あれは悪気100%の嫌味だ。
だが西谷のこれは、性格からして完璧思った事を率直に言っただけだろうし、西谷の性格を知らない御国にもそれは分かったらしい。ショックを受けているようではあるが月島のように嫌味には嫌味で……とはいかない。キョロキョロと視線を彷徨わせた後、御国は俺と大地の影に隠れた。
「先輩……あの人との接し方が分かんないです……」
「はは……悪い奴じゃないんだけどな」
「尚更です……」
西谷は何故御国が隠れたのか分からないのか、首を傾げている。俺は見兼ねて西谷の前に御国を突き出した。
「ちょ、菅原先輩!」
「西谷、この子は今年入ったマネージャーの御国千景ちゃん。影薄いのは気にしてるからあんま言ってやるなよ」
「ウス! よろしくな千景!」
「御国、こいつは西谷夕。ウチの二年リベロで、ちょっとワケあって暫く停学してたんだ」
「はあ……どうもヨロシクオネガイシマス……」
「気にしてたんなら悪かった! ごめんな!」
「、あ、いえ……」
まだ御国は少しばかり強張ってはいるが、最初程緊張してはいないようだ。まぁ御国の周りの人間環境を見るに、西谷のような奴はいないようだから、少し戸惑っているのだろう。
西谷は二言三言話した後、日向達の所へ行った。御国は緊張で強張っていた力を解いて、息を吐いた。
「御国って人見知りするのか?」
大地の問いに、御国は苦笑を漏らして首を傾げた。「まあ結構……?」と、言葉を濁す。やはり西谷のような人種には慣れていないらしい。
「……でもあの人私より背ちっちゃいんですね」
「……御国、それ西谷の前では言わないようにな?」
「あ、はい」
頷いてはいたが、御国の様子を見るに、先程の西谷の発言の仕返しにいつか言うんじゃないかと思う。
▽
速報、この部活、まだ他にも部員さんが居るようだ。何か烏野のエースらしい。エースって確か日向がなりたいとか言ってたけど、もう既にいたのか。あ、でも私エースは田中さんだと思ってたな。一番スパイクとか迫力あるし。あれ以上の人がいるのか。
「あずまみねあさひさん?」
「あずまね。東峰旭、な」
「へぇ」
昼休み。武田先生に頼まれてプリントを三年生方に届けに来たところで、丁度良く東峰先輩の話を聞いた。可愛らしい名前だなと呟けば「見た目はマジでゴツイやつだよ」と東峰先輩について教えてくれた菅原先輩は肩を竦めて笑った。ゴツイんだ。まあでもそうか、エースって言うくらいだしな。
その菅原先輩の話を簡単に省略して言うと、東峰先輩は前の春高で相手校のブロックとエースとしてのチームメイトからの期待に潰されてしまったらしい。菅原先輩は「俺達が旭に任せすぎたんだ」とか言っていたが、なんというか。
「……贅沢だなあ」
「ん?」
「あ、いや……それじゃあプリント、潔子さんと澤村先輩に渡しておいてくださいね」
「おー……?」
首を傾げる菅原先輩を置いて、私は教室へ戻った。
▽
「ローリングサンダァァアァアア!!!」
西谷先輩が回転しながらレシーブをする。そのレシーブした球は、玉入れの中に吸い込まれるように綺麗に収まっていく。お、おお……
「あ……うん、ナイスレシーブー!」
「普通の回転レシーブじゃねーか! サンダー≠ヌこ行った!」
「コラー変な事、叫びながら動くんじゃないよ、危ないよー!」
先輩達が西谷先輩に注意する。……いや、確かに凄いのは凄いけど。なんか微妙に素直に感動できないのは、
「……名前ダサッ」
「何で叫んだんですか?」
「何今の……プッスー」
「ブフーッ」
順に私、影山、月島、山口だ。いや、月島と同じ意見とか嫌だけど、はっきり言って超ダサい。もう先輩とか気にしない。だって初対面で私だってグサッと刺されたからね。このくらいいいだろう。
「影山、月島、山口!! まとめて説教してやる、屈め! いや座れ! 俺の目線より下に来い!! 後千景!! お前見えないけど声は聞こえるからな!! 後お前地味に俺より背高いよな!! 屈めよ!」
「見えないは余計なんですけど!!」
「いや、事実デショ」
「月島黙って!!」
絶対に屈んでなんかやるもんか。ここぞとばかりに見下してやると、頭を抑えられた。痛い。私一応女子なんですけど、西谷先輩ちょっと。
「教えて〜ローリングサンダー教えてぇぇぇ」
「えっ、日向正気!?」
「千景ー!!!」
「おつかされさまー」
「っ、」
丁度西谷先輩に怒鳴られたところで、武田先生が入ってきた。私は最近恒例と化してきた硬直と動悸にまたか、と内心息を吐いた。
いや、それよりもいつも何だか忙しそうにしている武田先生が部活に来るなんて珍しい。なんかすっごいソワソワしてる。
「皆今年もやるんだよね!? GW合宿!!」
……ん? 合宿?
「それでね……GW最終日、練習試合組めました!!」
「たっ 頼もしいな、武ちゃん!!! どうしたっ」
「あ、相手は!?」
さっきまでソワソワしていた武田先生は、ピリッと真剣な空気を纏う。あぁ、どんだけ練習試合組めたこと言いたかったんだろこの先生。全く可愛い人だ。
「東京の古豪、音駒高校」
…知らない。いやまぁ、東京の学校なんて知らないの当たり前なんだけども。
「音駒ってあの…ずーっと烏野と因縁のライバルだったっていう」
「うん! 確か通称ネコ=v
因縁のライバル……うわあ、なんか格好良いなあそれ。あれ、でもネコと……うちはカラスだから、…ん? なんかこの組み合わせ…
「練習試合があると近所の人は皆、見にいったらしいよ。名勝負! “猫対烏! ゴミ捨て場の決戦!”って」
それは本当に名勝負だったのか。
「それ本当に名勝負だったんですか?」
「うっわ月島と同じ意見とか」
「…真似しないでくれる」
「こっちの台詞なんですけど!!」
月島と睨み合いながら、ふと考える。ライバル相手に例のエースさんいなくて大丈夫なのか?