新生烏野排球部

「あ、すみません」
「ぅわっ、っ、え、ええ…??」

 渡り廊下で、三年生?の先輩とぶつかってしまった。突然現れた(ように見えた)私に驚いたのか、その人は持っていた教科書やらをすべて落としてしまった。ぶつかる直前まで気づかなかったのが不思議なのか、ひたすら首を傾げている。なんか顔は怖いけど仕草が可愛い人だ。いつもなら拾うのを手伝ってすぐに別れるのだが、私はその教科書に書いてあった名前を見て、つい話しかけた。

「東峰旭先輩?」
「えっ、何で俺の名前、」
「私バレー部のマネージャーやってるんです」

 そう言えば、東峰先輩は少し気まずそうな顔をして顔を逸らした。不在のエースの東峰先輩で間違いないようだ。

「バレー部に戻らないんですか?」
「…日向と影山……だっけ。あの二人にも言ったけど、俺はもう戻らないよ」
「何でですか? あんなに期待されてるのに」
「だからだよ」
「……」

 「ごめん、もう良いかな」と踵を返そうとしたその人の腕を掴み、「もう少し」とその人を見上げた。

「よく分からないです」
「、え?」
「期待って、確かに重たいかもしれない。けど、嬉しいものです」
「っ、それは、」
「私は、さっきので分かったかもしれませんが影が薄いです。誰からも認識されなくて、だから期待もされなくて、頼りにもされなくて。でも誰かに気づいて欲しくて色々とやってたんです。プリント配ったり、荷物運んだり、花瓶の水替えたり」
「…えっと、」
「だから、私は先生に気づいてもらえて嬉しかった。影でやってたことを認めてもらえて嬉しかった。マネージャー、私にやって欲しいって、そうやって頼りにされたのが嬉しかった」
「………」
「だから、期待されて逃げる貴方が、酷く贅沢に思えます」

 確かに、期待されるのは重たいし、辛い。それでも、期待されないよりは、頼りにされないよりはずっと良い。期待や頼りが重たい≠ネんて、贅沢な悩みだ。期待≠ウれるから、頑張ろうと思えるのに。

「…生意気、言ってすみませんでした」
「…あ、いや、」
「私一年の御国千景って言います。…エースが戻ってくるの、皆待ってます」
「っ、」

 お辞儀をして、私は東峰先輩から逃げるように離れた。

「(…あー、語っちゃった、何か)」

 走りながら、拳を握った。
 私初対面でしかもほとんど何も知らないくせに何言ってんだろ。バレーはよく分かんないけど、潰されるってことは相当の事なんだと思う。自分が100%間違ったことを言ったとは思ってないけど、少し反省する。

「…はぁ、」

 ため息を吐きながら歩いていると、また人とぶつかってしまった。

「ぅわあ!? って御国さん…!?」
「…あ、縁下先輩こんにちはー…」
「テンション低っ、…何かあったの?」

 あぁ今日は昼休みによく人と会うなあ…
 心配そうに顔を覗きこんできた縁下先輩は私の腕を引いて裏庭に向かった。おお、この人結構強引だな…

「…えっ、旭さんに会ったの?」
「はい……それで……まぁちょっと失礼な事を抜かしてしまいまして…」
「失礼な事?」

 …そこ聞きますか。縁下先輩って結構アレですよね、何かちょっと隠れボス的な。聞かれたら絶対答えなきゃいけないプレッシャーみたいなのかけてくる。いや良いんですけど。

「…期待されて逃げてる東峰先輩が、贅沢だって」
「あー……なるほど?」
「ごめんなさいホントこんな影薄いだけのモブ野郎が調子乗りました」
「えっ、いや御国さん野郎じゃないし!」
「先輩フォローそこですか」
「(何この子面倒くさい)」

 …まぁふざけるのはこのくらいにして、折角なので真面目に相談しようと思います。

「…いやホント、影薄いと誰からも期待されないんですよ。友達からも、…まあ、色々」
「…? うん、?」
「あ、いやすみません気にしないで下さい。…だから、まぁどうしても、逃げてる東峰先輩が許せなくて」
「…うーん、俺も逃げてた方だから何とも言えないなぁ…」
「、え?」
「…俺もさ、烏養監督のスパルタ練習が嫌になって逃げたことあるんだ」



 しかしやっぱり苦しくなって戻ってきたのだという。厳しくて苦しい練習よりも、クーラーの効いた部屋で漫画を読んでいる方がずっと苦しかった。そう言って苦笑する縁下先輩に、私は首を傾げた。

「でも戻ってきたんじゃないですか」
「、」
「逃げた方が苦しいっていうのが分かってるなら問題ないと思います。…東峰先輩も、きっと痛感して戻ってくると思います」
「、…そうだな」

…あれ、何か私が慰め役みたいになってるんですけど……まあ縁下先輩嬉しそうだし良いか。

「…あ、御国さん」
「ハイ?」
「ちゃんとバレー部皆、御国さんの事頼りにしてるから」
「、」

 …なんかすごい不意打ちで嬉しいことを言われてしまった。


 ▽


「だから、もう一回トスを呼んでくれ!! エース!!!」
「……え」

 …何事ですか。

 今日は少し、…いやかなり部活に出るのが遅れてしまった。それもこれも全部溜まりに溜まった課題を手伝わせてきた橘のせいでありまして……あいつほんと何で特進クラス入れたんだろ。可笑しいよね。いやまぁそれはさておき、まぁ橘の課題を手伝っていた為に部活に大幅に遅れてしまった。んでまあ、急いで体育館に来てみれば…コレですよ。何ですか。一目で状況を理解できないのですが。何かコートに知らない人いるよ? 東峰先輩バレーやってるよ? というか武田先生の隣にいる金髪の怖い人誰ですか!? ねぇ何でこんなに知らない人いるの!?

「あっ、御国さん!」
「…あ? 誰だよ御国って――ぅおっ!?」
「…ドーモ。遅れてスミマセン。えーと、初めまして」
「お、おぉ、…」
「アレ? 御国さんこの人知らない? 坂の下にある坂ノ下商店の人なんだけど…」

 坂ノ下商店? 私は頭を巡らせるが、一々前を通るだけの店の事を覚えていないので、まぁ全く思い当たらない。首を傾げると、武田先生は苦笑した。

「烏養君です。烏野の新コーチをやってもらいます」
「あぁコーチ……なるほど、じゃああちらの方々は、」
「お前商店街とか行かねぇのか」
「あ、いや私この辺の人じゃなくて…電車と徒歩で一時間かけて来てるんですよ」
「一時間!?」

 烏養さん?は驚いていたが、私はそれよりもコートにいる人達が気になってしょうがない。チラリとコートに視線を向けると、烏養さんは慌てて説明してくれた。どうやらコーチをするにあたって烏野の実力を把握するため、町内会チームを呼んだのだそうだ。…ああ町内会チーム……そんなのあるんだ。

「…ちょいちょい烏野の人が混じってるのは?」
「この時間だからな、全員呼べなかったんだよ」
「あぁ…というかこれどういう状況ですか」
「青春だな」
「はあ…」

 最後だけよく分からず、首を傾げてコートを見れば、丁度東峰先輩がブロックをぶち抜いてボールを相手コートに叩きつけたところだった。…最初から観たかったなこれ。

 しかし一難去ってまた一難とはこの事でありましょうか、東峰先輩が過去を吹っ切ったと思ったら今度は日向と影山がいつになく険悪な雰囲気です。どんだけ青春してんだって話ですよね、ハイ。先程何やらボーッとしていたせいで顔面に東峰先輩のスパイクを受けてしまった日向。当然影山はボーッとしていた日向を怒るわけで。なんか、影山が言うには日向がエースである東峰先輩に嫉妬しているらしいです。やっぱり影山のお陰で活躍出来てるとはいえ、日向としては大きい人が羨ましいわけで。

「…もう良い物持ってるのに、ホント贅沢だなあ」
「、あ?」
「何でも無いですー」
「……」

 …あー、駄目だ私、東峰先輩に言ったのも、今の日向に対しても、これこそ全部ただの嫉妬じゃないか。だってみんなみんな、贅沢だ。皆ちゃんと、自分で輝ける光≠持ってるのに。
 こんな事を考える自分が嫌で、私はドリンクを作ってくると告げて外に出た。

「…はあ」

 溜息を吐き出して、その場に蹲った。


「…アレ、御国何でいるの」
「私がいちゃおかしいですか月島君」
「君スタート居なかったじゃん」
「橘の課題手伝ってて遅れたの!!」
「ちょ、何で今日そんな気性荒いわけ?」
「別に!」

 月島に当たってしまった。私は内心で少し反省しながら、空のボトルを月島から受け取った。試合も終わり、日向と影山も仲直りしたらしい。…喧嘩してもすぐに仲直り出来るっていいなぁ…

「…あ!」
「っ!? ちょ、何」
「東峰先輩!」
「は?」

 首を傾げる月島を置いて、私は東峰先輩のところへ駆けた。

「あの!」
「ヒィ!? …って、君は、」
「御国です。…あの時は、生意気言って本当にすみませんでした」
「、あぁいや、」
「でも、」
「、」
「100%自分の意見が間違ってたとは思ってません」
「…うん」

 謝ってるのに完全に自分の非を認めようとしない、生意気な私に東峰先輩は怒ることもなく、優しく笑ってくれた。私はもう一度頭を下げて、逃げるように走った。…あああ、私ってばまだまだ子供だなあもう…!!


 ▽


「あ、先生戸締まり手伝いますよ」
「、え、御国さんまだ帰ってなかったんですか!?」

 皆が帰っていくのを見届けて、そういえば武田先生が戸締まりと見回りを引き受けていたのを思い出して引き返してきた。すると何だか怒られてしまった。心配症な先生に思わず苦笑する。

「送っていくから待ってて」
「え、いや私手伝おうと思ってきただけで…私影薄いから大丈夫ですよ、認識されないんで」
「何言ってるんですか! 僕ができるでしょう!」
「武田先生くらいですって」
「御国さん」
「、」
「待っていなさい」
「…はい」

 ジッと目を見られて諭されれば、頷くしかない。あまり趣味の良いとは言えない眼鏡の奥の、大きな瞳。幼い顔立ちの中にもキチンとある、大人の顔。何となくドキドキしてしまって、私は顔を背けた。

「…変なの」

 つぶやいた声は、夜の黒に消えた。


「…ホント、遠いんで駅までで良いですよ」
「良いから、家まで送るよ」
「…自転車駅なんですけど」
「皆と一緒に帰らないからですよ」

 今日の武田先生はちょっと厳しい。私は内心で膨れつつ、窓の外を見た。先生の車に乗るなんて、小学校以来かも。家庭訪問、一番最初で、案内ついでに先生の車に乗ったんだっけ。あの時は担任の先生と車なんて照れ臭くて、変な気分だった。

「御国さんはGWの合宿、来るんですよね?」
「…さぁどうでしょう、」
「え?」
「お母さんにバレー部のマネージャーやってるって言ってないんです」
「えっ!? 何で!?」
「……」
「…御国さん?」

 恐らく合宿は反対される。潔子先輩は家が近いから帰ると言っていたけど、学校の子とお泊りなんて楽しそうだなぁ、なんて思ったのに。私も日帰りで帰ることになりそうだ。良いな、お泊りしたかったなあ。

「…そこ曲がってください」
「、はい。…御国さん、僕から頼みましょうか? 合宿」
「…ありがとうございます、でも無駄だと思います」

 あの頑固なお母さんを説得なんて、多分無理だ。あの人は私の可能性をいつも奪っていく。大好きだけど、でも、大嫌いだ。

「…ありがとうございました」
「いえ、それじゃあおやすみなさい」
「…おやすみなさい」

 へらり、いつもの笑みを向けると、武田先生と眉を下げて笑った。先生には言わないほうが良かったかもしれない。先生の車を見送りながら、内心で息を吐いた。

SANDGLASS