06
流石はいつものベーカリーだ。いつから寝ていたのかはわからないが、植物園のいつもの場所で寝ていたレオナは声をかける前に起き上がった。
匂いに釣られたのだろうと笑えば「まあな」と否定はされなかった。
「本当においしいですもんね、ここのパン」
「私も大好きです」と付け足せば早く座れと促すようにレオナの尻尾が彼の隣を叩く。
素直にそこに腰を下ろすと漸くレオナの視線がこちらへ向いた。
「……その毛玉はどうした」
ぐりぐりとレオナの指先がグリムの頬を押す。
「あ、ごめんなさい。連れてくるなって言われてるのに……」
「何か理由があるんだろ?」
別に頭ごなしに怒ったりはしないと続けるレオナに芽唯は頷く。
「その……考えすぎだとは思うんですけど、最近グリムが寝ていることが多いというか。寝言が多いというか」
グリムが授業中に寝てしまうのは珍しいことではない。
しかし、昼だと告げれば飛び起きることの方が多いし、ここまで揺すってもつついても起きなくなったのは最近だ。
「寝言? いったいどんな」
「それが毎日同じ子に会ってるみたいな……」
連続した同じ内容の夢を見ることは別に珍しくもない。
望んだ夢を見られることの方が少ないが、目覚めたばかりの時に「もう一度続きが見たい」と望んで二度寝をすることもある。
夢という脳が作りだした世界は不可侵であり、望みに応えることもあれば応えないこともある。ある種魔法のようなものだ。
しかし、グリムは明確に同じ夢を見続けている。起きている時に聞いても本人は覚えていないのが難点だが、断片的な寝言を繋ぎ合わせるとそう思うことしか出来なかった。
「自分は関与しない、とか。そんなこと出来ない……とかずっと何かを否定してるんです」
その度に魘される親分のことが子分として、家族として心配だった。
居眠りが多いのも魘されていて十分な睡眠がとることが出来ていないのかもしれない。
「……僅かにだが、魔力の痕跡がある。夢の中に入り込む魔法ってのもない訳じゃない」
「やっぱり……」
グリムにかけられた魔力の痕跡を辿っているのか、レオナの大きな手のひらがグリムの小さな頭を包み込む。
「……痕跡から誰に魔法をかけられたかってわかるんですか?」
「場合によりけりだな、だがこの手の魔法は……」
そこまで言ってレオナが口を閉ざす。何かを考えこむように閉ざされた唇は開かない。
黙って続きを待っていた芽唯がグリムのふわふわの体をひと撫でする。
レオナが焦る様子が無いということは危険な魔法ではないのだろうか。
そもそも、グリムは誰にそんな魔法をかけられているのだろうか。
悩んでも芽唯の頭では処理しきれない情報にただレオナの言葉を待つことしかできない。
「……おい、起きろ」
グリムの頭を覆っていたレオナの手に急に力が籠められる。
芽唯と違って大きな彼の手は簡単にグリムの頭をわしづかみにし、小さくてふわふわの頭が左右に揺すられる。
小刻みに頭を揺り動かされたグリムから「ふなっ……」と彼の覚醒を知らせる声が漏れると同時に手は離され、小さな手で目をこすりながらグリムが自らの力で身を起こす。
「ここ、どこなんだゾ……。アイツは……?」
「アイツ? アイツって誰?」
珍しい。グリムが夢の中の出来事を覚えているかのような発言をしている。
「少し魔法をかけた。大方、夢でのことは魔法で記憶から消されてんだろ。起きてる時の記憶なら別だが、夢なんて曖昧なもんならあやふやにするくらい知識があれば並の魔法士なら出来る」
「じゃあレオナ先輩がその魔法がかからないように何かしてくれたんですか?」
「防衛魔法の一種みたいなもんだ。本来なら自分で使うもんだが、毛玉には難しいだろ」
「なんだ⁉︎ 起きていきなりバカにされた気分なんだゾ!」
レオナに飛びかかろうとしたグリムの身体を慌てて抑える。
誰かから魔法をかけられていたのは心配だが、元気が有り余っているし体調面は特に問題はなさそうだ。
「ダメだよグリム。せっかくレオナ先輩が変な魔法から守ってくれたのに」
「変な魔法?」
夢に介入されている本人は今の今まで記憶をいじられ続けていたのだから自覚がないのか。グリムに最近の様子を含め何者かの魔法がかけられていたことを説明する。
「だから最近すぐ眠くなっちまったのか。トレインのせいだとずっと思ってたんだゾ」
「授業中に寝ちゃうのはいつものことだけどね」
他の場面でもやたらと眠っていたのに魔法のせいだと思うのはそこなのかと少しため息が漏れる。けれどいつものグリムらしくて安心もする。
一人と一匹の様子を見守っていたレオナはグリムが目覚めたからか昼食に手を伸ばすとガサゴソと袋を漁る。その音に釣られ、グリムが飛び込むように近づけば彼用のツナパンがレオナから手渡された。
「夢なんてのは、それこそ想像力……イマジネーションの世界だ。現実よりもよっぽど容易く介入も改変も出来る」
「それも並大抵の魔法士なら出来ちゃうんですか?」
同様に菓子パンを手渡されながら芽唯が投げかけた疑問にレオナが首を横に振る。
「お前の話からして昨日今日の出来事じゃないんだろ? 毎日繰り返してたらブロットが尋常じゃなく溜まっていく」
ブロット……魔法士にとって魔力を行使する際に最も気を付けなければいけない負のエネルギー。
確かに、グリムが寝るたびに魔力を使っていたのならその量はかなり膨大なはずだ。
例えレオナのように湯水のように溢れるほどの魔力を持っていたとしても、ブロットには一定の許容量が存在する。夢への介入での蓄積量がどの程度かはわからないが、連日行われていたことを考えるとオーバーブロットも視野に入るレベルになっていてもおかしくはない。
「ブロットのことを考えない大馬鹿か、そもそもこの行為自体を魔力消費無し、もしくは少量で行える輩でもない限り不可能だろうなァ」
「魔力消費無しって、そんなこと……」
「可能性なんていくらでもあるだろ。カリムの奴がいい例だ。アイツは少量の魔力で水を出すことが出来る。なら、似たように生まれ持ったユニーク魔法がそういう力だったら? もしくは魔力なんて関係なしにそういった力を有した存在の可能性もある」
レオナの言葉にオアシスメーカーとカリムが呼んでいたユニーク魔法が脳裏を過る。そうだ、完全に否定するにはこの世界には可能性がありすぎる。
机上の空論と呼べそうなことですら覆せてしまえる可能性を秘めた存在がいくらでもいる。
「……まァ、今回はもっと面倒な話な気がするがな」
「面倒……って?」
まだ芽唯は手の中でパンを持て余しているというのにレオナ既にぺろりと一つ目を食べきり二つ目へと手を伸ばす。
その様子を見守っていると食べろと促すようにレオナの顎が芽唯のパンを示す。仕方がなくかぶりつけば口の中に甘い味が広がっていく。思考が止まりかけていた脳に糖分が行きわたる。
「仮にユニーク魔法なら多少時間はかかるだろうが犯人を突き止めればいい。グリム自体に用があったか、お前に害を成そうとしたのかはわからねェが、教師にチクれば早急に犯人は特定されるだろ」
大なり小なり、魔法を使用すれば痕跡が残る。発動条件がグリムが眠りに落ちること、と特定されているのだからその気になればすぐに術の使用者を辿ることが出来るはず。
「でも、さっきレオナ先輩『魔力の痕跡がある』って言ってませんでした?」
レオナが例に挙げた通り、魔力の関係ない特有の力であるならば面倒なのも頷ける。しかし、今回の介入は魔法であるとレオナ自身が断言していた。
「あァ、確かにこれは魔法で行われてる」
「なら……」
どうして、という疑問を芽唯が口にする前にグリムが間に割って入る。
「人間じゃねぇんだゾ」
「人間じゃない……ってグリム、相手が誰だったのか覚えてるの?」
「顔も形も覚えてないけど、人じゃないことは確かなんだゾ」
そのままおかわりのツナパンを手に取ったグリムが芽唯の膝の上に収まる。
親分の証言にレオナを窺えば彼は想像が確信に変わったのか「やはりな」と呟いた。
「レオナ先輩……」
未だ答えにたどり着けない芽唯が名を呼べば確信したようにレオナが真っすぐな瞳で芽唯を見る。
「間違いねぇ。これは……妖精の仕業だ」
思わず手に力が入り、持っていたパンから身が飛び出す。
最近何かと縁のある単語だが、今ばかりは聞きたくなかったと、心からそう思った。
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