07


 クルーウェルの解説が聞いた傍から右から左へ流れていく。
 午後の最初の授業は一年生と三年生のA組B組での合同だった。今日は実技テストで一年生と三年生がペアを組み、指定された品を提出することで評価を得られる。
 当然のようにサボろうとしたレオナをペアが組みたいのだと口説き落として教室まで連れてきた芽唯だったが、昼食時の会話のせいもあって授業に集中できないでいた。
 なんとか材料や注意すべき点だけメモを取ったノートは酷い有様で、作る物の名すらあやふやだ。

「そんな状態で大丈夫か?」
「た、多分……」
「オレ様はしっかりメモ取ったんだゾ!」

 見ろ!と広げられたノートの文字は歪だが、確かに自分のものよりもしっかりと注意点が書かれている。

「しょうがねぇから今日はオレ様の見ていいんだゾ。なんてたってオレ様達は二人で一人だからな。足引っ張られちゃ適わねぇんだゾ」
「ごめんね……」

 鍋のそばに少し火から離してグリム用の足場を置く。グリムがよじ登るのを見守った芽唯は気を取り直して今日の材料と向き合った。

「メイ、そこの二角獣の角の粉末、先にわけてもらってもいいかな。こっちに用意されてなくて」
「いいよ。ってエルのパートナーはケイト先輩?」

 隣に陣取ったクラスメイトに呼びかけられた芽唯は材料を手渡すため振り向いた。

「やっほー、メイちゃん。カップルで錬金術の授業なんてめっちゃリア充じゃん!」
「そっか、エルはハーツラビュルだもんね。ケイト先輩と知り合いでもおかしくないのか」

 二人には揃いのダイヤのスート──ハーツラビュル寮生である証──が描かれている。エルは照れくさそうに頬に大きく描かれたダイヤを指先でかくと黒板の文字を指差す。

「今日の自信なくてさ。ケイト先輩が得意だって言うから今度映えるスイーツ買ってくるのを条件にペア組んでもらったんだ」
「メイちゃんはレオナくんがペアだし満点確実だよね」

 よかったね、と微笑むケイト。彼が錬金術が特別得意だという話は聞いたことはないが今回の実験は一体何を作らされるのだったか。

「おい。なに他の野郎と絡んでる。さっさと作って終わらせるぞ」

 ぐいっと肩を掴まれレオナに引き戻された芽唯は彼の胸に背中からすぽりと収まる。
 レオナは既にゴーグルをつけ、実験を始める準備は整っていた。

「二角獣の粉末はどうした」
「あ、そうだった。エル、もうそっち入れ終わった?」
「っと……。わるかった。ありがとうな」

 失敗をするのを前提少し多めに詰められているそれにはまだ十分な量が残っている。キラキラと光る粉末を指先で摘んだ芽唯は適量鍋にそれを振りかける。
 全体にかければ鍋はコーティングで覆われたように艶めき、下で既に燃えていた炎の色が青に変わる。

「グリムの炎みたい……!」
「気をつけろよ。青い炎は赤い状態よりも温度が高い。白衣の裾が燃えないようにしっかり離れとけ」

 腕で芽唯を静止したレオナは続けて材料を手際よく放り投げる。

「なんで粉を振りかけただけで急激に温度が上がるんですか?」
「今の粉末が魔獣の角で作られてるのは知ってるだろ」
「えっと、確か火山地帯に住んでる珍しい魔獣、でしたっけ」

 前回の座学の記憶を脳から引っ張り出す。
 火山の噴火口近くに住むというその生物の角はそれなりに高価なものらしく、次回使うときはくれぐれも無駄にしないようにと念を押されたことだけは覚えている。

「熱くなったり冷たくなったり忙しいやつってクルーウェルは言ってたんだゾ」
「ぷっ……! 忙しいってそんな言い方本当にしてたの? グリちゃんってば適当言ってない?」
「ふなっ⁉︎ ケイトおめー自分のとこはどうしたんだゾ⁉︎」

 肩を跳ねさせ驚くグリムをケイトが足場から落ちないように支える。
 レオナの指示を受け、鍋をかき混ぜていた芽唯がエル達の方へと振り向けばあちらにもケイト達の姿がある。
 懸命に鍋をかき混ぜるエルの傍に立った二人のケイトがタイミングよく材料を鍋に放り投げる。

「あっちはオレくん達大活躍! けーくんがなんで今日の課題が得意か教えてあげよっか!」

 おそらく、このケイトがオリジナルなのだろう。片手にもったスマホで鍋を囲んだまま自分を見ているレオナと芽唯を画角に収めて一枚撮る。
 その様子を鬱陶しそうに見ていたレオナは手を止めることなく次から次へと材料を入れ、鍋はかき混ぜるにはだいぶ重くなってきた。
 体重をかけるように混ぜ棒を押しているとようやく全ての材料の投入が終わったのか、後ろから芽唯ごと包み込むようにレオナの手が重ねられる。

「ったくうるせェな。おい毛玉、授業を真面目に聞いてたってんならお前が理由を答えてみせろ」

 しっし、とケイトを追い払うように手を振ったレオナがもう一度促せばグリムは傍に置いていたノートを手に取り唸り出す。

「きゅ、急にそんなこと言われても困るんだゾ……」

 少しノートと見つめあっただけで根を上げたグリムの頭をケイトがひと撫でする。

「正解はこの課題が複数人で作るのを前提にしてるから、だよ」
「複数……。あ、ケイト先輩のユニーク魔法」
「メイちゃん大正解〜!」

 ケイトのユニーク魔法舞い散る手札(スプリット・カード)は自身の分身を作り出す。継続するのは難しい魔法らしいが、短時間の間であれば大丈夫なのだろう。

「火加減、材料の投入タイミング、混ぜ方。どれひとつとっても間違えれない高難易度。本当なら二人一組どころか四人くらいで作る物なのに先生も意地悪だよねー」

 前方の鍋の様子を確認したクルーウェルを見たケイトが一枚彼の姿を写真に収める。
 顔を顰め、教鞭を手のひらに叩きつけている様子を見るに既にあの組はなんらかの失敗を犯しているのだろう。


「だからエルも人手が確保できるケイト先輩に……」
 なかなかに狡賢い選択だ。いつも大好きだという姉の話をしてくる朗らかな印象から優しい人物だと思っていたがこういう一面はナイトレイブンカレッジの生徒らしい。

「よその鍋に首突っ込んでる暇があるなら自分の鍋をちゃんと見ろ。もうじきデカい気泡が浮かんでくるはずだ。そこからは徐々に弱火にする」
「は、はいっ」

 レオナの力添えがあるからこそ鍋をかき混ぜられているが、芽唯一人の力では重すぎて到底無理だっただろう。かなりの量の材料を投入していたので仕方がないが、貴重だと言われている物をいくつも入れて出来上がる物とは一体何なのだろう。

「あの、怒られるとは思うんですけど……何が出来るんですか?」
「……それすら聞いてなかったのか」
「その……すみません」

 後ろからため息が降ってくる。
 三年生との合同授業、しかも相手がレオナでなければ確実に失敗していただろう。それに本来ならば一年生が主体で動き三年生はサポートがメインなはず。自分たちの鍋は完全に逆転してしまっている。

「妖精の件で心ここに在らずなのはわかるが、しっかりしろ」
「はい……」

 ちらりと妖精に魔法をかけられているであろう張本人・グリムを見る。
 レオナが声を抑えてくれたおかげで彼は気づいてないようで興味深そうに鍋の中をじっと見つめている。

「もう信じられなくなったか?」
「え?」
「妖精(フュシャ)を信じたいんだろ。俺はそんなお前にアイツを信じたいなら俺を信じろと言った。もう無理になったのか」
「ち、ちがいます。違うんです。その……フュシャが残してくれた、あのお花の種が悪さをしているとは思ってません」
「へぇ?」

 けれど、妖精が関与しているとなれば十中八九根源はあの花なのだろう。
 以前からオンボロ寮に満ちていたという魔力の持ち主がその妖精で、何かをグリムにしている。残念なことにグリムは夢での内容を覚えていないのでその意図はまったくわからない。

「それでも、信じるって決めたから。もしかしたらグリムが夢で逢ってるのはフュシャかもしれないし。魔法をかけてまで現れてるなら何か大切なことを伝えようとしてくれてるのかも」

 あの夜現れたマレウスも花壇の花を見て未だ咲いていない一輪に対して「お前なら綺麗な花を咲かせるのだろう」と言ってくれた。
 友人である彼ならば、危険なモノなら忠告をしてくれただろう。
 しかし、実際の彼は目元を緩ませ、未だ開かぬ蕾に思いを馳せてくれた。そんなマレウスのことも信じたい。

「ならこれはお守り代わりにでもするんだな」
「お守り……?」

 先ほどのレオナの言葉通り、大きな気泡が浮かんできてすぐに弾けた。
 火元の傍で控えていたグリムがレオナの指示通りにゆっくりと火を弱めていくと不思議なことに鍋を満たしていた液体があっという間に気化していく。
 重なっていた掌が離れ、レオナがマジカルペンを一振りすれば液体と同じ色を携えたまま蒸発した気体が風に乗って解放されていた窓の外へと流れ出す。

「GoodBoy! 仔犬、鍋の底を見てみろ」

 いつのまにか自分たちの近くに来ていたクルーウェルから称賛の言葉がかけられる。
 ほとんどレオナの功績なのだが、言われるがまま芽唯は鍋の底を覗き込んだ。
 中の液体は全て気化し、空っぽ……かと思ったがよく見れば底の方にきらりと光る何かがある。
 鍋に触れないよう気をつけながら、必死に手を伸ばしてようやく届いたそれを掴めば、身体を支えてくれていたレオナの手によって引き起こされる。

「綺麗……」

 光にかざすときらりと光るそれはエメラルド……いや翡翠と呼ぶべきか。もっと相応しい敬称があるように思えたがすぐには浮かばない。
 既に研磨されたかのように綺麗な丸を描いたこの宝石作りが今日の課題だったのだろうか。
 クルーウェルの目の前で「これってなんですか?」と聞くことも出来ずレオナの方を見れば拾い上げた宝石と同じ色の瞳がこちらを見ていた。

「……先輩の色だ」

 キラキラと手の中で光る物への既視感の原因に気付いた芽唯が彼の顔の近くに宝石を掲げる。レオナの双眼も、出来たばかりの宝石も光を反射しまったく同じ色を芽唯に認識させる。
 元々綺麗だと思った色が、レオナの瞳と同じものだと気づいてしまえばなおさら愛着がわいてしまう。
 思わず胸元に抱え込めばクルーウェルから笑いが零れた。

「そんな大事に抱え込まなくとも取り上げたりはしない。実にいい出来だ。術者の瞳の色を完璧に写し取っているな」
「そりゃ俺が作ったんだ。当然だろ」
「本来一年生主体で作るべきものだが……まあお前たちは良いだろう」

 採点リストに魔法で浮かしたペンで評価を書き加えたクルーウェルが離れていくのを見送ったレオナが座ったのに倣い芽唯も隣に腰を下ろす。
 まだ他の組は完成には程遠いのか三年生の指示に従い鍋に向き合っている者たちが多い。
 片づけをするにももう少し時間が経ってからの方がいいだろう。
 ころりと握りしめていた宝石を机に乗せた芽唯が椅子を近づけレオナにぴたりと寄り添う。

「あの……それでこれって……」
「……一回きりだが、術者に自分の居場所を伝えることが出来る」
「術者……魔力を込めた人ってことですよね?」
「あァ、お前も言った通り俺の瞳の色を模してるだろ。出来がいい物ほど同じ発色をする」
「オレ様にも見せてくれ!」

 芽唯の膝によじ登ったグリムが宝石に手を伸ばす。つまりグリムが魔力を込めればシアン色の宝石が出来上がっていたのだろう。

「人為的に作られる宝石の中でも歴史が古く、古来より大切な人への贈り物として親しまれてきた。その特徴から守瞳石なんて呼ばれてるな」
「どうやって使うんですか?」
「ただ強く握りしめればいい。体温で温め続けることで石の中に込められた魔力が活性化され、割れるのと同時に持ち主の元に流れていく」
「割れちゃうんですね……。だから一回限り……」

 なんだかちょっともったいないな。肉球でぐにぐにと触れているグリムを真似て指先で宝石をつつく。
 レオナの瞳と同じ色なのだから出来れば大切に取っておきたい。

「使う機会がなけりゃ問題ないだろ。それともすぐにでも使う予定でもあるのか? 流石は我が校が誇るトラブルメーカー様だな」
「ないですよ! でも、いざって時にはちゃんと使わなきゃなんだな……って」
「当たり前だろ、後生大事に抱え込んで後で『実は危険な目に遭ってました』なんて言ったらただじゃおかねぇからな」

 ぐるると喉を鳴らすレオナに委縮し肩を窄めていると目の前に小さな袋が差し出される。
 巾着袋のようなそれは机の端にもとから備え付けられていたようで、レオナの指先が受け取れと言わんばかりに芽唯の前に押し出す。

「普段はこれにしまっとけ。直接触れてると意図しないタイミングで割れる可能性がある」
「わかりました。鞄に付けておきます!」

 口を絞ればお守り袋のようなサイズ感で邪魔にはならないだろう。
 布に包まれてしまったがレオナの瞳と同じ色が見守ってくれると思うと気分が踊る。だから守瞳石という名なのだろうか。
 無くさないよう大切に白衣のポケットへとしまえば、大好きな大きな手が芽唯の頭を優しく撫でた。

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