09


 私、優しいので。
 その言葉が口癖の男はすぐに見つかった。都合がいいことにクルーウェルも共にいる。

「おや、メイさんにキングスカラーくん。君たちは相変わらず仲がよろしいですね」

 怪しげな仮面をつけているのに表情がわかりやすい男は笑みを浮かべながら振り返る。

「クロウリー。この学園のセキュリティはどうなってやがる」

 友好的なクロウリーとは反対にレオナはさっそく彼に噛みついた。
 喉を唸らせるレオナに驚くこともなく「はて?」ととぼけた声を上げながら首を傾げたクロウリーの代わりにクルーウェルが口を開く。

「なんだ突然。何かあったのか……などと聞くまでもないな。事情を話せ」

 視線を一瞬芽唯に移してから出てきた言葉に抗議の声を上げることなく大人二人は話を聞く体勢に入る。
 自分が関わっているからトラブルが起きた。そう思われているのが明白でなんとも言えない気分になるが、実際事実なので否定することも出来ない。
 レオナと共に二人の前に並び立った芽唯は居心地の悪さに身を竦める。

「外部からの侵入者にこいつが襲われた」
「部外者だと? 証拠はあるのか」
「肖像画が口をそろえて知らねェ奴だと言ってたらしい。この学園でそれ以上の証拠が必要か?」
「……そういうことなら門番のゴーストに連絡を取ってみましょう」

 近くに居たゴーストを片手で手招きしたクロウリーが少し離れる。
 その様子を見守っているとクルーウェルが「それで」と切り出した。

「仔犬に怪我は?」
「あるなら連れ回してねぇよ」
「大丈夫です。間一髪というか。ぎりぎりセーフ……運が良かった?」
「それは大丈夫とは言わん……」

 呆れたような声と共にため息をついたクルーウェルはちらりとクロウリーを一瞬見てから小声で話し出す。

「まさかとは思うが、お前たち授業中に材料をくすねるなど愚かなことはしてないな?」
「は? なんの話だ」
「今日守瞳石の実験を行っただろう。あれの材料の中でも特に貴重な二角獣の粉末が入った瓶が一つ足りなくなっていた」

 キラキラと輝く粉末が脳裏を過る。実験が失敗することも考慮すれば多少量が多く消費されるのは想定内だろう。しかし、瓶ごとなくなると言うのは少々奇妙な話だ。

「ンなもんパクらなくても自分で用意出来る」
「私は持ってても意味ないですし……」

 片や王子様、そして魔力無し。わざわざ足がつく学園の備品を盗む意味がなければ、持っていても役に立たない。
 二人の返事に疑うことなく頷いたクルーウェルは指先を顎にあて思案し始める。
 生徒の悪戯か、はたまた悪だくみの一環で盗まれたのか。

「キングスカラーなら当然知っているだろうが、あれは調合次第で危険な薬物を生成することが出来る」

 魔法薬、そして錬金術とは人々に英知をもたらす一方で危険と表裏一体。
 使い方次第で毒にも薬にもなるとはまさにこのことだろう。
 残念なことに芽唯にはあの粉末の使い道は授業で教わった以上のことは何もわからないが、学のある二人の頭の中では様々な予想が組み立てられているはずだ。

「もしかして、今回の犯人が盗んだ……とか?」

 わざわざこのタイミングで話を振るということはその可能性を視野に入れているからだろう。
 芽唯の言葉に頷いたクルーウェルだが、少しして首を横に振る。

「完全に否定することは出来ない。だが、このクルーウェル様が部外者のコソ泥に後れを取るなどということはありえない」

 だからこそ生徒を疑った。褒められた行為ではないが、ただ生徒間での悪戯程度に消費されるならまだいいだろう。しかし、それが生徒を通して侵入者の手に渡ったら?

「この件に関係があるとは言い切れないが警戒は怠るな。お前なら悪用された場合の対処方法は思いつくだろう?」
「あァ、忠告感謝するぜ。とっととその手癖の良い生徒を捕まえて監督責任を果たしてくれればもっと感謝してやるよ」
「まったく、お前はいちいち一言多いな」
「みなさん、お待たせしました。確認が取れましたよ」

 二人の会話が終わったのを見計ったようにクロウリーが戻ってくる。彼の後ろに門番を任されているゴーストがお辞儀をして去っていくのが見えた芽唯は小さく頭を下げてからクロウリーと向き合った。

「まず前提として学園は魔法障壁で守られていますので空からの侵入経路はありません。そして、当然ですが正門でも不審人物の侵入は検知されていませんでした」
「当たり前だろ。それで侵入されてたってンならなんのための門番だ」
「えぇ、ですので少し時間がかかりましたが直近の来訪者リストを提出していただきました」

 片手に持った紙束を差し出したクロウリーは目を通しながら言葉を続ける。

「しかしコレと言って不審な記録は……おや、珍しいですね。麓のベーカリーがこんな短い感覚で訪ねてきているなんて……」
「あ、それ別のベーカリーです。今日来てるのがいつもので先日のは違うお店だったみたいで」
「なんですって? 初耳ですよ。そもそも学園長である私の許可なく別業者が学園内に入ってくるなんてありえない!」

 声を少し荒げたクロウリーが詳しく話せと言わんばかりに芽唯に少し詰め寄った。
 勢いに驚いた芽唯が思わず数歩後ろに下がればいつの間にか背後にまわっていたレオナに背中がぶつかり、後退することがゆるされなくなった芽唯はおずおずと知っている情報を口にする。

「最初はみんないつものベーカリーだと思ったんですけど、獣人属の生徒が『匂いが違う』って言い始めて、ラギー先輩も『あんなのレオナさんに出せない』って買うのやめちゃって」
「大食堂に呼び出された日か」
「そうです。いきなりだったから作る時間も無くて……」

 いつも通りにパンを受け取るだけだと思っていた芽唯は心底驚いた。大食堂に着くなり「やばいんスよ!」と駆け寄ってきたラギーは芽唯からレオナに連絡を入れて欲しいと頼んできたからだ。
 珍しく大食堂のメニューを食べることになったレオナと芽唯の姿にマブ達が集まってきて少し賑やかなランチは楽しかった。それだけの事だったはずなのにまさかあれが異常事態の始まりになるとは。

「なるほど……。ですが、このリストではその日来たのもいつものベーカリーということになっていますね」
「どうして……」
「大方、認識を歪める魔法か魔法道具を使ったんだろう。対策はしているが限度がある。潜入と潜伏することに注力すれば不可能ではない」
「お前を襲った時、植木鉢を落とすなんて古典的かつ簡易な方法だったのも頷けるな」

 ゴースト達を欺くために魔力をかなり消費したのか、それとも有金全部使って道具を手に入れたのか。
 どちらかはわからないが、ベーカリーが来てからかなりの日数が経っているのに事件が起きた今の今まで潜伏している部外者に気付けていないことを踏まえれば侵入者がそこに力を入れているのは間違いないだろう。
 魔法士養成学校として名高いナイトレイブンカレッジの門に正面から正々堂々と挑み、見事すり抜けたのだから相手は準備万端なはず。

「何はともあれ、肖像画達の目撃情報があるのは幸いでした。私は詳しく事情聴取してきますので、この場はクルーウェル先生にお任せします」

 ばさりとマントを翻したクロウリーの姿が一瞬にして消える。その背を見送ることなく芽唯とレオナを見つめたクルーウェルは目を細めると静かに息を吐く。

「この俺の仔犬に手を出す不届き者のことは一旦学園長に預けるとして、問題は解決までどう過ごすかだな」
「先に言っておくがオンボロ寮に住まわせておくのは反対だ。相手がどう出てくるにしろ、毛玉とこいつ一人じゃ襲われた時点で終わりだろ」
「あ、あの……そもそも、狙われたのって私自身なんでしょうか? たまたまぼーっとしてたから狙ったとか……。女の子だったからとか……」

 どんどん話が進んでいくのをほとんど見守っていた芽唯だったが、おずおずとずっと浮かんでいた疑問を投げかける。
 狙われたのは本当に自分だけなのか。もしかしたらこの学園内で事件が起こせればそれでよかったんじゃないか。犯人の目的がわからない以上、保護対象を自分一人に絞るのが危険に思えてならない。

「その件に関しては……キングスカラー、お前が一番説明役として適任なんじゃないか。狙われたのは仔犬だと確信があるから彼女を連れだって来たんだろう?」
「え……?」

 確信がある。クルーウェルのその言葉に芽唯は瞳を瞬かせレオナを見る。
 学園長を探したのは単に責任者への報告義務からだとばかり思っていた。不審者や異常事態が起きたら教師に報告をするのは生徒として当然の反応だ。それは元の世界でも異世界でも変わらなかった。

「……兄貴から手紙が来てた。不穏な動きがあるってだけだがな」
「兄貴……って第一王子の?」

 レオナの兄、その人のことを芽唯はまだ名前だけしか聞いたことがない。たまに電話でやりとりをしているのを傍らで聞いたことがあるが、チェカを通して自分に興味を持っていて会いたいと何度も催促していることだけは知っている。
 そんな人からの手紙が自分のこの状況に何の関係があるのだろう。首をひねった芽唯の疑問に答えるようにレオナが続ける。

「お前にチェカからの手紙を渡しただろ。あれに同封されてた。あの呑気な兄貴がわざわざ国外にいる俺に忠告するってことは俺自身か、もしくはその周囲に対して害を成そうとしてるってことだ」
「それが、私……」

 レオナと交際することで自分の存在が疎まれる可能性については何度も考えたことがあった。出自不明の異世界人を何の疑いもなく受け入れているレオナの家族の方が異様だろう。
 しかし、こんな形で命を狙われるまでとは思っていなかった。
 息を呑んだ芽唯を落ち着かせるようにレオナの指先が芽唯の結われた髪の先端を掴んでは己の尾のように揺り動かす。

「あの国の連中は俺がやることなすことケチをつけたがる。別にお前が悪いわけじゃねぇよ」

 慣れたように、何かを諦めた瞳をしたレオナが当然のように告げる。
 レオナの動かす己の毛先から逃げるように顔を動かした芽唯はそんなレオナを見上げると彼の手を掴む。

「その、私は大丈夫です。でも先輩にそんな顔して欲しくないっていうか……人の恋路を邪魔するやつはシマウマに蹴られるってラギー先輩も言ってました!」

 狙われたことは正直怖い。あと一歩間違えば大怪我じゃ済まなかった。
 けれど、あれがレオナと別れろという忠告めいたものならば、その要件に対して首を縦に振る事だけは絶対にしない。
 無意識に握る力を強めた芽唯がじっとレオナを見つめれば、サマーグリーンの瞳が少し震える。

「狙われてるのが私ってわかってるなら、レオナ先輩ならいくらでも対策を立てられるだろうし、返り討ちにだって出来ますよね?」

 得意とするチェスのように数多の手駒を動かして、学園内に入り込んだ不届き者を排除するくらいレオナなら絶対に出来るはず。

「……仮に返り討ちにしたところでどうする。学園内には二度と入り込ませんがお前たちの破局が狙いだというのなら向こうは諦めないぞ」

 もっともな指摘をするクルーウェルは冷徹な視線を芽唯に向けた。
 少し棘のあるその言葉に突き放すような冷たさを感じるが、彼は公平に物事を見てわざと言ってくれているのだろう。教師として、大人としての優しさだ。
 クルーウェルを見た後、レオナをもう一度見れば彼もまた芽唯に答えを求めているのがわかる。

「方法はまだわからないけど……ちゃんと認めてもらいます。私、半端な覚悟でレオナ先輩の手を取ったわけじゃないから。誰かに言われて『はい、わかりました』なんて良い子なお返事絶対しません」

 どうしたらレオナとの仲を反対している人に認めてもらえるかはわからない。
 理由が自分かもしれないし、レオナが言う通りただ彼の行動を咎めたいだけなのかもしれない。
 それでも、よく知りもしない人に偏った情報で文句を言われて諦められる恋ならあんなに悩まなかった。
 逃げる自分を追いかけてくれたレオナのように、彼の国に認められる方法を自分も精一杯追いかけたい。
 異世界人という面倒を背負い込んだ自分をその問題ごと受け止めてくれたレオナを、彼の王子という立場にまとわりつく事情ごと受け止めたい。

「く、ははっ……! そうだよな、お前はそういう女だよ」

 我慢していたのか、一度弾けたものは収まることを知らず口元に手を当て笑うレオナは肩を揺らしながら芽唯の髪をいじっていた方の手で彼女を引き寄せる。

「答えになっていない、と言いたいところだがキングスカラーも同じ考えなんだろう。ならばこれ以上俺が何かを言うのは野暮というものだ」

 満足そうに頷いたクルーウェルは「さて」と話しを切り替える。

「話は戻すが、犯人が見つかるまで仔犬はどこで過ごす?」
「俺の部屋に決まってる」
「……まぁ、それが一番無難か。間違いなど起こさないように」
「それこそ野暮ってもんだろ」

 クルーウェルの言葉を鼻で笑うとレオナは彼に背を向ける。彼の腕の中に居た芽唯も当然体の向きが変わり視界からクルーウェルの姿が消えた。

「情報が集まり次第お前の所に連絡を入れよう。と言っても肖像画の証言だけでどこまで掴めるかはわからんがな」

 背に声をかけてくるクルーウェルに片手をひらひらと振ったレオナに押されてその場を後にする。

「あの、グリムも……」
「ラギーに後で連れてこさせる。寮に帰ってお前が戻ってこなきゃ文句を言うだろうし、親分だって言うならあの毛玉にも働いてもらうからな」
「はい……!」

 鉢植えが落ちてきたことに気付かず去っていったのでグリムは今頃部活動に勤しんでいるに違いない。
 すっかりグリムを捕まえるのに慣れてしまったラギーになら安心して託すことが出来る。

「にしても『良い子なお返事は絶対しない』か、言うようになったじゃねぇか」

 先ほどの芽唯の言葉を繰り返すレオナの尻尾が芽唯の背を叩く。軽い触れ合いのそれは歩いているからこそで、止まっているならばきっと体のどこかに絡められていただろう。

「簡単に諦めます。って言った方がよかったですか?」
「ばーか、ンなわけねぇだろ。サバナクローは不屈の精神をモットーとする寮なんだ。その寮長の女ならそれくらいの覚悟でいてもらわなきゃ困る」
「ふふ、満足してもらえたみたいでよかったです」

 あぁ、やっぱりこの場所から離れたくない。
 あんなにも足が震えて怖かったのに、レオナの隣では自然と笑みが溢れて強い自分になれる。
 問題をどう解決していくか、見当もつかないけれど不安はない。
 レオナと一緒にいればどんな困難でも乗り越えられるのだと胸を張れる。
 この場所に居続けることを認めてもらうためにも目の前の問題と向き合うべく、レオナと芽唯はサバナクローの彼の自室へ向かった。

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