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 ラギーが連れてきたグリムが芽唯の膝に収まってから彼の気持ちが落ち着いたのは夕日が沈んで月が顔を出してからだ。
 まさか自分が駆けだした後に子分が危険な目に遭ったとは夢にも思わなかったグリムはサバナクローに連れてこられた時は文句ばかりだったが、話を聞き終わるころには芽唯に飛び乗って離れなくなった。

「ねぇ、グリム。大丈夫だから……。もしかしたらあの一回だけで悪い人たちは帰ったかもだし、そんなに気にしないで?」

 弱弱しく燃えている炎を避けながらグリムの頭を撫でる。いつもなら途中で嫌がるそぶりを見せるのに大人しく撫でられている姿を見るにかなり落ち込んでいるのがわかる。
 芽唯はどうしようかと悩むそぶりを見せつつも、グリムがこんなにも心配してくれるだなんてと悪い気はしない。
 可愛い小さな親分はワガママだし生意気だし、お勉強もサボりがちで困らせられることが多いけれど、育んだ友情は確かなもので子分と呼ばれる関係にも随分と愛着が湧いている。
 何度目かの往復を重ねた芽唯の手が優しくグリムの頭を数度叩けばようやく顔が上げられる。それを見計らったように聴き役に徹していたラギーが湧いた疑問を片手を上げレオナに問う。

「メイくんを狙ったやつが本当にまだ学園内にいる可能性ってどれくらいなんスか?」
「九割、いや……十割だな」
「それって絶対ってことじゃないッスか!」
「なら聞くが、お前はヤバい案件に金で雇われたとして標的に逃げられたとわかった状態で雇用主のとこにおちおち帰れんのか?」
「そりゃ……」

 首を横に振るラギーの耳が垂れる。
 同じようにグリムの耳と尻尾も元気がなくなってしまったので困った芽唯はレオナを見た。
 自分が楽観視しすぎなのはわかっている。けれどどこまで警戒すれば良いのかは見当がつかない。

「みんなと一緒に行動してたら流石に諦めて帰ったりしませんか?」

 サバナクロー生には芽唯がしばらく泊まることになる理由を大まかに話してある。特にクラスメイトや同学年の生徒には芽唯を一人にしないようにとレオナが強い言葉で言っていた。
 先程狙われたのも人通りが少なく、一人で行動しているように見えたからではないのだろうか。

「お前は一度カリム辺りにでも身の上話を聞いた方がいいな。狙われるってことがどういうことか正しく理解すべきだ」
「カリムのやつはすんげー金持ちだから狙われるんだろ?」
「王族だってそれなりにしがらみはあるんだよ」

 鬱陶しそうに目を細めたレオナと視線が絡み肩が跳ねる。
 逃げ腰になってはいけない気がした芽唯は負けじとレオナを見つめ返せば彼の口元が緩んだ。

「ま、お前なら大丈夫だろ。言いつけはちゃんと守れるな?」
「大丈夫です! 一人にならない、気づいたことは報告する。あと、えっと」
「"胸を張って俺の傍にいろ"」
「は、はい……!」

 誰に文句を言われたってレオナの隣は譲れない。
 力強く頷いた芽唯に満足したレオナも同じように頷けば場の緊張感が一気に解かれる。

「それじゃあラギー先輩、そろそろ夕飯の準備しませんか?」

 いつも通りの夜のサバナクローに戻ったのを感じた芽唯が率先して立ち上がればラギーが続く。

「そッスね。話し込んでたらかなり時間たっちまったし、メイくんには頑張ってもらおうかな!」
「任せてください……!」

 ぐるぐると腹の虫が鳴いているグリムを床に下ろした芽唯が彼の頭を撫でれば耳がぴくぴくと動く。

「俺はしばらく寝るから出来たら起こせ」
「おやすみなさい!」

 扉を閉めながら振り向けば横になりながら手を振るレオナの近くでグリムが体を丸めるのが見え、芽唯がくすりと笑えばラギーもシシシと小さく笑う。

「すっかりグリムくんレオナさんに懐いたッスね」
「一緒に過ごしてる時間なんだかんだで私の次に長いですから。怖いと思ってる部分もあるみたいだけど、レオナさんの傍が居心地いいみたい」
「ペットは飼い主に似るってよく言うしな〜」

 ちらりと芽唯を見たラギーがまた特徴的なあの笑い声をあげる。頬に少し熱が集中したが否定することなく芽唯はただ頷いた。

「グリムは大事な家族ですから、好きな人に懐いてくれてよかったです」

 レオナもグリムのことはなんだかんだ邪険にしつつも可愛がってくれている。
 グリムも困った時にはレオナを頼るという意識が根付いている為、芽唯が彼を呼べない状況になったとしてもグリムはちゃんとレオナを探して連れてきてくれるだろう。

「揶揄ってんのにそんなまじめに返されるとこっちが困るんスけど」
「だと思いました」

 わざとらしくため息をつくラギーに笑って返しているうちに談話室に近づき寮生たちの喧騒が耳に届く。
 誰かに狙われたなんて体験が嘘のようにいつも通りの生活がここにある。
 出来ればこのままその日常に浸っていたいがレオナが断言したのだから自分を狙った者たちは必ずまたやってくるのだろう。

「姫さんとラギーさん! 寮長とのお話終わりました?」

 足音ですぐに芽唯とラギーがやってきたことに気づいた寮生が駆け寄ってくる。

「終わってこれからご飯です。しばらくお世話になります……!」

 改めて談話室に集まっていた寮生に頭を下げれば集まっていた寮生たちは何を言うでもなく、数人の生徒は芽唯の頭を軽く撫で離れ、笑みを浮かべる。
 快く受け入れてくれているのがありがたい。面倒ごとに巻き込まれたと文句を言ってもいいはずなのに。

「寮長の女に手出されんのを指咥えて見てるなんて群れとしてのルールに反するからな」

 当然だろうと付け加えて芽唯の前にジャックがやってくる。

「そういうものなの?」
「あぁ。だから迷惑だとか、そういうのは無しだ。そうッスよね、ラギー先輩」

 握りしめた拳を突き出したジャックをあしらうように手を振ったラギーだったが、同意するように深く頷いた。

「メイくんの敵はレオナさんの敵だし、レオナさんの敵はオレらの敵ってことッスよ」
「サバナクロー生だけじゃなく、事情を知ればエースやデュース達も手伝ってくれんだろ。だからお前は安心して過ごせ」
「うん。……うん、そうだね!」

 ジャックの言葉を噛み締めるように数度頷いた芽唯は頼り甲斐のある寮生達の顔を見渡す。
 百獣の王が、あのレオナが率いるサバナクローが味方についてくれているのにこれ以上怯える必要なんてどこにもない。
 学園生活でレオナが築き上げたもの。そしてそんなレオナと知り合うことで得たものは他の何ものにも代え難い。
 見えない脅威と自分に向けられた悪意が消えてなくなったわけではないのに、どこか清々しい夜だった。

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