16
無理やり室内に抱えていたグリムごと連れ込まれた芽唯を捕まえているのは大柄な男だろう。芽唯の手より何倍もある大きさのそれは未だに彼女の口を塞いでいる。
そして細くてひょろ長く、ガリガリとした男が鍵を閉め、隣の小柄な男は懐から取り出した何かに力を籠める。
パリンとそれが割れると同時に、事態に気付いて扉を叩いていたラギーとエルの声が聞こえなくなってしまった。完全に外と遮断されてしまったということだろう。
「あー、やーっと捕まえーた。長かったなー。なかなか隙が無いんだから困っちまう」
「馬鹿野郎。無駄に喋んじゃねぇよ」
「だってよ兄貴―」
「黙れって言ってんだ馬鹿野郎!」
間延びした喋り方をするひょろ長い男がヘラっと笑えば小柄な男が彼の脛を蹴り飛ばす。
馬鹿野郎、馬鹿野郎となんども罵っているが彼の口癖なのかもしれない。
「んだけどよ、こっからどうすんだ。この嬢ちゃんどうにかすんのがお偉いさんとの約束だろ?」
ぐっと手を握る力が強くなる。喋り出したのは後ろの男だ。
お偉いさんとの約束……。視界に入っている男二人はガリガリの手足。逃げ足が速いかどうかは分からないが、レオナの言っていたことと肖像画の証言と合致している。
恐らくこの男たちがゴーストを騙して学園内に潜入し、芽唯を狙っていた侵入者だ。
今まで所在すらつかめなかったのに、今は自分を取り囲んでいるという事実に体が震える。
片腕に抱きかかえたままのグリムごと自分を包むように身構えれば男の一人の目が弓なりになる。
「おーおー、怯えちまって。んだげども、ひでぇことはえーっと……しなきゃなんねぇのか?」
「当たり前だろ馬鹿野郎! こいつがオウジサマとお付き合いしてんのが悪いんだーってパーッとやっちまえばいいんだよ!」
「でもよー兄貴―、可哀相だぜー。こんなふつーの女の子よー」
「オウジに言い寄るやつだぞ! どーせ、金とかそんなのに惚れたんだろうよ!」
「(ち、違います!)」
頭上で繰り広げられる自分に関する揉め事を聞いていた芽唯はレオナと近しくなった理由を適当に言われて思わず首を横に振ってしまった。
当然、男たちの視線が自分に集まり、恐怖した芽唯は必死に大男の手を振りほどく。火事場のなんとやら、不意打ちだったこともあり、男の顎に頭突きを喰らわせた芽唯はなんとか逃げ出して廊下へと逃げる。
「いでっ!」
「あ! 何してんだ馬鹿野郎!」
「すまねぇ兄貴! でも、あの子、なかなかいいもんもってんな! けっこー効いたぞ!」
「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ!」
へらっと笑う大男にはあまり打撃は効いているようには見えない。
(逃げなきゃ……レオナ先輩に知らせなきゃ……!)
転びそうになる身体を何とか立て直し、オンボロ寮で鍵がかけられ建てつけも他よりはしっかりしている自分の部屋を目指す。
「あーー! 馬鹿野郎! 同時に駆け出す奴があるか!」
兄貴と呼ばれる男の罵声が響く。オンボロ寮の廊下はそれほど広くない。サイズに差異はあれど、男三人が同時に駆け出して通り抜けれるほどの広さはなかった。
振り向けば肩と肩がぶつかり合い、お互いを弾き飛ばした男たちが言い合いをしているではないか。
「メイ、早く。早く。こっちだよ!」
「(……!)」
小声で名を呼ばれたと思えばゴーストが手招きをしている。よく見れば、男たちを待ち構えるように二体のゴーストが足元にロープを張ってちょっとした時間稼ぎをしてくれようとしているではないか。
古典的すぎる罠だが、何かと騒がしいあの男たちなら引っかかってくれるかもしれない。
震える身体をなんとか立ち上がらせ、手招きしてくれたゴーストがいる二階へとなんとか芽唯は逃げ込んだ。
「さぁさぁ早く、自分の部屋で守瞳石を握りしめるんだ。ライオンの王子様ならきっとどうにかしてくれる。出来ればグリ坊を早く起こして、表の坊やたちじゃアイツらの張った結界を破ることが出来ないみたいなんだ」
ふわりと冷たい身体が芽唯を優しく包み込む。オンボロ寮のゴースト達の中でも一番恰幅の良いゴーストは階下を覗き込んでは「あぁ、大変だ」と慌てだす。
「ほら早く!」
ふらふらと倒れ込みそうになりながらも自室へと芽唯が入るとゴーストは他の二体に合流するのだと壁をすり抜け部屋を出る。
ガタンガタンと室内を暴れる音と共に時折男たちの悲鳴が上がる。
いつまで持つかはわからないが、元々オンボロ寮に来る人間を脅かしていたゴースト達を信じて芽唯はどうにか心を落ち着かせるためゆっくりと息を吐いた。
(レオナ先輩……)
まさか本当にこの石が役に立つ日が来るなんて。
グリムをベッドに寝かせた芽唯はサマーグリーンでレオナの瞳を思わせる石を袋から取り出した。芽唯が己の体温をわけるようにぎゅっと握りしめればパキパキと音を立てながらひび割れていき、やがて一周したそれに従うように石は二つに綺麗に割れた。
半円状になったそれを机の上に置いた芽唯は窓に近寄り、鍵を開けて押してみるがびくともしない。きっと他の扉も同様で、ラギーやエルはこのせいで助けに入ってこれないのだろう。
玄関が閉まると同時に小柄の男が何かを割っていた。ゴーストは結界がどうのと言っていたし、これが魔法によるものならば芽唯に自力で脱出する方法はない。
レオナが助けに来るのが先か、男たちがこの部屋にたどり着くのが先か。
部活中だったことを考慮して、レオナが箒を持っていたとしても男たちが階下からこの部屋へたどり着くまでの時間と運動場からの距離を考えれば背に冷たいものが走る。
いくらゴーストが足止めをしてくれているとはいえ、男たちが乗り込んでくるのは時間の問題だ。
部屋を見渡した芽唯は己の机の上にあの花と一緒に小さな小瓶が置かれていることに気が付いた。
どろりとした液体はとても体にいいものとは思えない。もしかしたら男たちが用意した毒かもしれない。
「ふな……」
「(グリム?)」
あれほどの騒動でも目を覚まさなかったグリムの瞼が不意に持ち上がる。
「そ、れを……飲むんだゾ……」
「(え?)」
ぱちぱちと寝ぼけ眼を擦りながらグリムは小瓶を指さした。
思わずグリムと小瓶を見比べた芽唯は彼を寝かせたベッドに近寄り膝を付く。
「(これが何か知ってるの?)」
「毒なんだゾ。でも、アイツがだいじょうぶにしてくれるって。そう言ってた」
「(アイツ……?)」
首を傾げて疑問を投げかければグリムは頷く。
「もうだめだ。時間がない。早く飲めって。アイツらが来ちまう」
「(グリム……起きたばっかりなのになんでそんなこと……)」
入り口に視線を向けたグリムはまるで状況がわかっているかのような口ぶりだ。
スマホを玄関前で落としてしまったせいで芽唯の言葉がグリムに通じないのがもどかしい。けれど、それすらもグリムはわかっているようにシアン色の瞳を芽唯に向ける。
震える芽唯の瞳と相反し、真っすぐなグリムの視線。小さな親分と見つめあっていると、ついに男たちが部屋の前へとやってきた。
「おい、開けろ!」
ドンドンと扉を殴る音が響く。あまり頑丈とは言えないオンボロ寮の扉からはぱらぱらと木くずが飛びちる。今すぐにでも破れてしまいそうで体が震える。
迫るタイムリミット。レオナにはまだ守瞳石の知らせが届いていないのだろうか。寮に辿り着いたとしても、この部屋に着いた頃には芽唯がどうなっているかはわからない。
普段であれば状況を把握したら真っ先に彼らにとびかかって火を噴きそうな相棒はやけに冷静で、芽唯をただじっと見つめている。
「(信じていいの……?)」
「それを飲めばレオナが助けてくれるって、アイツがそう言ってたんだゾ」
芽唯の問いかけがグリムに通じたのかはわからない。けれど、グリムはレオナの名を出し、これで助かるのだと断言した。
毒なのに大丈夫ってどういうこと。アイツって誰、どうしてレオナ先輩の名前が出てくるの。問いかけたいことは山ほどあるのに方法もなければ時間もない。
バキバキと大きな音を立てている扉は限界だ。割れた木の隙間から男たちの姿がもう見えている。
「ったく、手こずらせやがってじゃじゃ馬が! 大人しくしてろ馬鹿野郎!」
後ろには悪意が迫り、目の前の親分は真剣な眼差しを自分に向ける。
逃げ道がないこの空間で、大好きなグリムが大切な人の名前を出して大丈夫だと言うのだから信じるしかない。悩みに悩んで決断した芽唯はそれでも迷いながらもコルクで出来た蓋を外し、どろりと粘度の高い液体を恐る恐る口にする。
ゆっくりと喉を流れていく感覚に目を閉じれば、さっそく効果が表れたのか意識が徐々に削ぎ取られていく。
紅茶の時のような苦しみはない。痛みもない。ただ視界が霞んでいくのは同じだった。
「大丈夫なんだぞメイ。オレ様とアイツとレオナを信じろ」
ぐったりとベッドに上半身を預けた芽唯の意識は目の前を横切ったグリムの言葉を最後に深みへと沈んでいった。
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