17


「ついにやったぞ!」
「これで報酬がもらえっぞ!」
「青狸ちゃ〜ん。そこどいてもらっていいかー?」

 下品な笑い声が彼女の部屋がある上階から聞こえてくる。
 おおよそ彼女の城であり、自分の縄張りでもあるオンボロ寮にはふさわしくないものだ。
 神経が逆撫でられるのを感じたレオナは深く、深く息を吐く。
 この不快感には覚えがある。マジフト大会でリドル率いるハーツラビュル寮生、そして今では最愛である芽唯に追い込まれたあの時に感じたものと同じだ。
 心の臓と呼ぶべき己の中心にぽたりぽたりと黒いものが降り注ぐ。塗り潰すように、塗り替えるように、真っ黒なもので満たされる。

「なにぼーっとしてんスかレオナさん!」
「ッ! るせーな、わかってるよ!」

 背後で吠えるラギーにギリギリのところで意識を引き戻されたレオナは彼を一瞥もせず、寮長だけに許された杖を構えながら室内を駆ける。
 オンボロ寮内は相変わらず花の魔力以外感じない。侵入者はどうやら魔法は使えないようだが捕まったのはどこにでもいるか弱い少女である芽唯だ。
 魔法が使えなくとも腕力で、仮に相手が同性だったとしても彼女に危害を加えるために何らかの武装をしている可能性だってある。
 鞄すらも手放し、グリムだけを抱えていたという芽唯に勝機があるとは思えない。もちろん、グリムも火を噴くのが得意なだけの小さな生き物だ。
 多少なり魔法を学んだとはいえ、場をかく乱するだけならともかく、芽唯を助ける、共に逃げるとなったら話は別だ。首根っこをひっつかまれて、引きはがされたらそれで終わり。
 早く、早く彼女を助けなければ。さほど長くもない廊下と階段が異様な距離に感じられる。

「離せっ! 離すんだゾ! メイに近寄るんじゃねぇ!」

 ぼっぼっと口から青い炎を放ったグリムはレオナの予想通り首根っこを掴まれ宙をぶらぶら浮いていた。
 さほど魔法を使いこなせない魔獣一匹では彼女を守り切ることなど到底無理だ。
 それでもアレは諦めずに子分だと言い張る芽唯の為に目の前の強敵に立ち向かっている。

「よく持ちこたえた……!」

 獲物の背を視界に捕らえたレオナはすぐさま杖を振りかざし、渾身の力を込めて風魔法をひょろ長い男へ放つ。
 ゴォッと逆巻く風と共に窓硝子が音を立てて大きく揺れる。バキバキと音を立て、床板も剥がしながら風は大きな力となって男の背へとぶつかった。

「ぐあっっ⁉」
「ふなーっ!」

 不意打ちに身構える暇もなかった男は見目に似合わず野太い声を上げながら、竜巻上になった風と共に吹き飛ぶ。
 男の力が緩んだ隙に逃げ出したグリムを、風を追うように駆け出していたラギーが空中でキャッチした。
 空中を転がるように飛んだラギーはすぐさま振り向き、マジカルペンを構えると芽唯の部屋へ。中からは風が巻き上げた木片ごと吹き飛ばされた男の下敷きになった他の侵入者のうめき声がする。

「なんだなんだ馬鹿野郎!」

 握りこぶしを振りかざした男は自分の上に乗る男を殴りつける。

「いっでぇー! あーあー、たいへんだ。えらいこっちゃ!」
「だはは、突然どうした。おもてぇな」
「お前はいい加減その気の抜ける言葉遣いをなんとかしろ馬鹿野郎!」

 へらへらとした大男の方は上に乗ったひょろ長も、罵倒を続ける小さな男のことも大して気にしてはなさそうだ。
 見た目通りの凸凹三人組。これが今回の騒動の渦中の人物だったというのだから頭痛がしてくる。
 馬鹿野郎と騒ぎ続ける男の声が耳障りで、レオナは彼の喉元へと杖を突きつける。
 それに倣ってラギー、そして後からついてきたエルも彼らにマジカルペンを突き付ける。ラギーの腕の中ではグリムが小さく炎を吐いた。

「キャンキャンうるせぇな……。馬鹿野郎はテメェら全員だ。誰のモンに手ェ出したか、わかってんのか?」

 自分で想像していたよりも何倍もの低い声が出た。当然、男たちは己の命惜しさに息を呑む。ピタリと黙った男たちがゴクリっと唾を飲み込む音がやけに響く。
 獅子に睨まれ、しかも殺意も放たれた男たちは脅すまでもなく大人しくなった。

「ヒヒッ……いいのかい坊ちゃん方。魔法士ってのは一般人に魔法を使っちゃなんねーんだろ?」

 けれど、ここまで乗り込んできた無法者たちだ。簡単にあきらめるはずがない。
 小柄な男がどうにか矛先を収めさせようと、精一杯の知識を披露した。

「そうだなァ。一般人に向かって魔法を使うのはご法度だ。だがな、法ってのはバレなきゃ適用されねぇんだよ」

 仮にこの男たちが自分たちの裏に付いてる権力に縋ってレオナ達を悪だと追い立てようと、レオナは己の立場を……兄をも利用して必ず芽唯を傷つけるために動いたものを一人残らず真なる悪なのだとすべてに認めさせるつもりだ。
 そうでなくとも、自分たちは被害者だ。
 魔法を使ったところで正当防衛がまかり通る。度が過ぎてしまう場合もあるかもしれないが、それで恐れられたところで何も臆することはない。そんなもの、芽唯を失うことに比べればなんともない。

「ヒッ……で、でもよォ……オウジサマの名前に傷が付いちまうだろぉ……? せっかく輝かしい生まれだってのに勿体ねぇじゃねぇか……なぁ?」
「よくまわる口だな……。スラム出身の奴はおべっか吐かねぇと死ぬのか?」
「やめてくださいよレオナさん。スラムに住むやつら全員がこんなバカたちと一緒扱いなんて、恥も外聞もねぇところッスけど、めちゃくちゃ気分悪いッス」

 ぐいっとマジカルペンを大男の喉に押し当てたまま、ラギーがぐるっと室内を見回した。レオナも同じく男たちから注意を逸らさないまま部屋の様子を観察する。
 バラバラになり、ただの木片と化してしまった扉は自分たちの足元で無残な姿をさらしている。
 そして眼前にはまぬけな三人の男たち。だが、芽唯の姿が見当たらない。

「おい、グリム。メイは……」
「あそこなんだゾ!」

 レオナが問いかける前に、グリムの小さな手がベッドの向こうを指さした。こちらからは死角になって何も見えない。けれど、しわくちゃになったシーツの落ちる先を辿るように視線を動かせばベッドの奥側に細い足のようなモノが僅かに見えた。
 恐らく横たわっているのだろう。足先以外に彼女の姿は確認できない。自分たちが来ても反応を示さないということは意識がないのかもしれない。

「メイ……ッ」

 彼女に何をしたのだと、男たちを問いただす時間が惜しい。ラギーとエル、そしてグリムに任せレオナは芽唯の元へと急いだ。
 杖を半ば投げ出すように手放し、ベッドの上へと放るとやはり意識を失い倒れていた芽唯の身を抱き起こす。

「メイ、メイ……!」

 いくら揺さぶっても意識を取り戻さない最愛に焦りが募る。少し体が冷たくなっているが、床に転がっていたせいであろう。手首を掴んで脈を確かめれば、彼女が生きている証拠がレオナの指先を刺激する。

「レオナ先輩、メイは……!」
「無事ではある。だが……」

 様子が変だ。エルの声に返事だけを返したレオナはもう男たちのことがどうでもよくなっていた。
 思考の全てを芽唯が意識を戻さないことだけに向ける。
 恐怖のあまり気絶した?いや、オーバーブロットに何度も立ち向かった女がこの程度で意識をやるとは思えない。
 ならばあの男たちが何かしたのか。しかし乗り込む直前で聞こえたグリムの声は男たちを芽唯に近寄らせまいと奮闘していた。
 一体何が起きたのか。ぴくりとも動かない芽唯を抱き寄せたレオナは思考にふける。

「キングスカラー先輩! ブッチ先輩! 先生達を連れてきました!」
「その男たちが侵入者ですね!」

 なだれ込むようにエース、デュース。そして彼らに呼ばれたクロウリーとクルーウェルが部屋へと入ってくる。
 男たちとにらみ合いを続けていたラギーとエルを下がらせると、教師二人は魔法ですぐに侵入者三人を拘束した。あっけない幕引きだ。

「貴方たち怪我は……。いえ、一般人に魔法で怪我なんて追わせてないでしょうね?」

 怪しい仮面の奥で瞳が光る。教師らしい生徒を案ずる言葉が出てきたかと思えば、すぐに保身へと変わるのがクロウリーらしい。

「やだなぁ、見てくださいよ。メイくんの部屋のドアの惨状を。どう考えても部屋中ボロボロなのはこいつらのせいッスよ」

 木屑が飛び散った室内ははっきりいって最悪な状態だ。多少床の残骸も混ざってはいるが、元からオンボロ寮と呼ばれる程度にボロボロな屋敷だ。適当に誤魔化せば、まさか風魔法でめくれ上がったなどと断言できるものはいないだろう。

「キングスカラー、仔犬は一体どうしたんだ」

「まったく貴方達は……」と乾いた笑いを浮かべているクロウリーの横を通り抜け、担任であるクルーウェルはレオナの腕の中でこの騒ぎになんの反応も示さない芽唯の前で膝を折り、自慢のコートが床に付くのも構わず彼女の顔を覗き込む。

「まだわからねぇ……。詳しく知ってるとすれば……」

 彼女が倒れた時の事情を唯一知る者。気が付けばラギーの腕の中から抜け出したグリムはベッドの上からレオナと芽唯、そしてクルーウェルを見下ろしていた。

「子分は寝てるだけなんだゾ」
「寝ている? どういうことだ、わかるように説明しろ」

 出来るか?と問うクルーウェルにグリムは迷わず頷く。
 心配だったのだろう、エースとデュース、そしてエルも今後の男たちの処遇をどうするか話し合っているクロウリーとラギーから離れ、ベッドの周りに集まった。

「キングスカラー先輩……」

 デュースが情けない声を出す。ギチギチと握りしめた拳は音を立てている。
 友人として、マブと呼んでいる相手を守り切れなかった己の非力さに腹を立てているのだろう。レオナには彼の気持ちがよくわかった。レオナ自身もそうだからだ。

「寝てるだけ……なんだよな?」
「息はある。それは安心しろ」

 探るように、言葉を選びながら問うエースは瞳が震えていて動揺が隠せていない。まだまだ甘い、一年生なのだから仕方がないが。

「……お前、何か知ってるな?」

 芽唯を抱き上げたレオナは幸いにも木屑の被害に遭わなかったベッドに芽唯を寝かせながらエルを睨む。
 一人だけ、目を見開いた少年はぶつぶつと「姉さんと同じだ」と消え入るような声で呟いていた。
 グリムとエルの証言を合わせれば多少なり芽唯の状況を理解できるだろう。
 掛け物を引き上げ、いつも寝かしつけるように彼女を肩まで包み込んだレオナは枕元に腰掛け静かにエルを睨む。

「知ってること、全部話せ」

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