19


 特別、という名のもとにレオナは授業を免除された。
 何も嬉しくない。退屈な授業に出なくて済むのに気分は最悪だ。
 なにか情報が得られないかと朝が来るたび眠り姫を部屋に残し、オンボロ寮に足を運んでは花を観察する。魔法道具の封印を解いたオンボロ寮の窓は簡単に開き、風に揺られて蕾が躍る。
 この中に眠っている妖精が芽唯を守り、そして眠らせているのだと言うのだから憎たらしい。
 日に日にオンボロ寮で過ごす時間が増える。下手をすれば陽が沈んでもここに居る。
 けれど、いくら花の傍で眠っても妖精とやらはレオナの夢には現れなかった。
 今日もすっかり月が顔を出し、夜道を照らす時間になってようやくオンボロ寮を出た。
 遅く帰ったところでどこに行っていたのだと叱る声はない。授業も部活も全部投げ出して、それで一日でも早く芽唯が目覚めるならばいいとハイエナは言っていた。
 玄関を出て慣れた手つきで合鍵を使ってから荒れ果てたままの花壇を見下ろす。面倒なことをわざわざするものだと呆れていたのに、なくなってしまった光景に胸が痛むのだから不思議なものだ。
 もしかしたら、彼女との思い出とやらを踏み荒らされたからかもしれない。なんだかんだで花を育てるのは楽しかった。そこに芽唯がいたからだ。
 彼女が目覚めたらまた花を育てよう。今度は一緒に選んでやってもいい。どうしたのかと首を傾げるだろうか。それでもいい。目を丸くして、驚いて、最後にはきっと笑ってくれる。
 芽唯の声が聴ければなんでもよかった。彼女の心に触れられれば、それで満たされる。
 乾いていく心に比例して芽唯を求める気持ちだけが膨れ上がる。どこにも行き場がない。彼女が目覚めなければ渡す相手が居ない感情。
 いつまでも何もない地面を見下ろしていても仕方がない。あまり遅くなれば、いくら大目に見ているとはいえ流石に腹を立てたラギーが飯などもうないと言い放ってくるかもしれない。
 踵を返し、花壇に背を向けたレオナが一歩踏み出す。すると、どこからともなく緑の光が集まってきた。

「なんだ……?」

 妙に鼻に付く魔力が周囲を満たす。あの花とはまた違う。レオナの神経を逆なでるものだ。
 後ろへ数歩下がったレオナが集まる光を睨みつければ、やがて人の形となり、そこにはマレウスが立っていた。

「……なんのようだ」
「なんのよう、だと? 僕はただ散歩中だ。そうしたら、随分と腑抜けた顔をした子猫が立っていたので獲物でも逃したのかと問うてみようと思っただけだ」
「テメェ……」

 いちいち癇に障る物言いで、ただでさえ苛立ちが募っているというのにマレウスの相手などしていられない。
 舌打ちをして、早々に場を去ろうとしたレオナの背にマレウスとは別の声が投げかけられた。

「待て待て、お主そういうせっかちな所は直したほうがいいぞ。年寄りの話は聞くべきであろう」
「あァ? ッ⁉ いきなり目の前に出てくるんじゃねぇよ!」

 挑発するような言葉に振り向けば、眼前にぶら下がるように逆さになった顔が現れ思わずレオナは後退る。驚かした張本人はケタケタと笑い声をあげ、成功したと喜んでいる。
 吊るさっているのがどういう理屈かはわからないが、相も変わらず同じ手段で人を驚かせるリリアの登場にまた舌打ちをしたレオナにはマレウスもリリアもどちらも鬱陶しい。

「妖精の祝福に悩まされていると小耳にはさんでな、ヒントの一つや二つでも授けてやろうとお主を探しておったんじゃ」
「ほれ、わしらって親切じゃろ?」と笑うリリアの隣でマレウスは芽唯の部屋を見上げる。
「ヒトの子が育てていた花が未だに蕾のままとは驚いた。アレはすぐに花開かせると思っていたからな」
「……お前ら、あれがなんなのか知ってるのか」
「亀の甲より年の功というやつじゃな。困った時は長生きしているやつに聞くべきと、お主教わらなかったのか?」

 お前らいったいいくつだよ。そんな言葉を飲み込んだレオナはじゃれ合いが無駄に続く前に本題を聞き出すために大人しく二人と向き合う。
 彼らと関わると苛立ちが募るが、今回の件に関しては妖精が絡んでいる。あちらから教えてやろうとのこのこやってきてくれたのだ、情報を絞りとってやるのが礼儀だろう。

「……メイが、目覚めねぇ。お前らお得意の祝福とやらと一緒に毒を飲んでからずっと眠り続けてる。毛玉が言うには俺なら目覚めさせられると、そう言っていた」

 ポケットに手を入れ、持ち運び続けている説明書を握りつぶす。証明とは何をすればいい、具体的なことを書かずになにが説明書かと何度もキレた。

「なるほどのう……。マレウス、多分アレじゃ。アレなんじゃが……昔のこと過ぎて名前が出てこん」
「アレ……? ふむ」

 思い当たる節があるのだろう、しかし肝心な所で言葉が詰まる。何が亀の甲より年の功だ。古びて錆びついた引き出せない知識など何の役にも立たないじゃないか。

「かつてとある研究者を気に入った妖精が己の力の源である花を授けたらしい。遠い遠い昔でな、一時期人の世でも流行ったとか流行らなかったとか……」

 うーんと唸りながら記憶を掘り出すリリアの傍らでマレウスは首をひねる。

「しかし結局は妖精の物。ヒトの子には扱い切れず、早々に販売中止になった、ということは記憶してるんじゃが……」
「……サムが権利書を持っていた。その研究者とやらは既に死んでいて、解呪薬の生成に成功した者にすべての権利を譲ると遺している」

 正直、権利などいらない。というか、自分の女をある種呪っている花など砂に変えたいくらいだった。
 けれど芽唯が目覚めれば、彼女はそれを拒絶するだろう。大切な花なのだと、自分を守ってくれたと妖精に礼を言うかもしれない。彼女が許すというならレオナもきっと許すだろう。芽唯が無事ならそれでよかった。彼女を取り戻せるならばなんだっていい。

「思い出した。ロビーだ。ロビー・オハラ」
「おぉ、そうじゃ! 確かにそんな名じゃった! 変わり者のじじいでな、普段は植物学者として独自に育てた花の種の売買で生計を立てているとか言っておったな」
「ロビー……オハラ……」

 マレウスの言葉にぽんっと手を打ち表情を明るくしたリリアが頷く。出された名を復唱したレオナは何かが記憶の端に引っかかり、もやもやとしたものを抱える。
 どこかでちらりと見かけた気がする。けれど、どこだったかが思い出せない。

「名に覚えがあるようだな。僕たちから授けてやれるのはこの程度だ。役に立ったか?」
「確かに、ヒントの一つくらいにはなったかもな」

 死んでも口になどしてやらないが、道を切り開くきっかけになるだろう。

「しかし……お主、何故こんな場所におるんじゃ?」
「そりゃ花を……」
「花なんて、ただの妖精の土壌にすぎぬ。メイを目覚めさせたいのであれば傍におるべきであろう」

 一歩前に踏み出したリリアの足が足元の草を踏みしめる。やけにその音が耳に響き、不快さにレオナは眉をしかめた。

「……何事にも情報は必要だ。愛を証明しろだの説明書には書いてあったが曖昧過ぎる。アイツのクラスメイトの一年坊で前例を知るやつがいたが、何をしても目覚めなかったと言っていた。何をしたかまでは知らねぇが、闇雲に足掻いても時間の無駄だろ」

 何をもって愛を証明するのか。指輪でも贈ればいいのか。神前で愛を誓うか?
 しかし、それは人の世の定めた定義であり、妖精相手に通じるとも思えない。
 眠っているのを良いことに、芽唯を好き勝手するのも彼女に不実である気がして嫌だった。

「お主、見かけによらず臆病者だな」
「なんだと?」
「怖いんじゃろう。自分たちの愛が偽りだと、真実ではないのだと証明されることが」
「なっ……!」

 急に目つきが鋭くなったリリアが見下すような目でレオナを見る。この目には覚えがある。マジフト大会の直前、オーバーブロットの引き金にもなった……レオナが王の器ではないとマレウスと比較したあの時と同じ瞳だ。

「テメェ……」

 グルルルと喉が唸る。目の前の妖精族二人の喉笛を噛みちぎっている暇など今のレオナにはないというのに突き付けられた悪意に苛立ちが増す。

「……二人ともそう吠えるな。キングスカラー、お前は本当にまだ何もヒトの子にはやっていないのか?」

 今にも私闘を始めそうなぶつかり合いを子供の喧嘩でも諫めるように、スッと間に入ったマレウスは止めに入ると純粋に疑問だと言わんばかりに首を傾げて問う。

「……っ、たく……。あー、あァ、そうだよ。何もしてねぇよ。たまに触れて、一緒のベッドで寝てるだけだ」

 彼女が息をしていることを確かめて、魔法で最低限の清潔さを保ち、着替えさせる。起きている時に触れるのは髪と頬、そして指先くらいで、後は眠る時に抱き枕にしてしまう以外の接触はほとんどしていない。
 意識のない彼女の許可なしに、無遠慮に触れることを避けたというのは建前だ。
 本当は、それで彼女が目覚めなかったらと思うと怖かった。だからレオナは情報を収集するともっともな言葉で自身すらも偽り、なるべく芽唯から離れて時間を潰した。

「ふ、ふふ、ハハッ! まったく、何を怯える必要がある」
「あ?」

 突然肩を震わせマレウスが笑いだす。また馬鹿にされたのかとそちらを睨むが、レオナの想像と反し、マレウスはどこか穏やかとすら言える笑みを浮かべていた。

「僕は言ったぞ『すぐに花開かせると思っていた』と。なにもあれはヒトの子にだけ向けた言葉ではない。花を咲かす条件は二人でなければ満たせないのだからな」
「なん……」

 これ以上言わせるのかと、マレウスが口角を上げる。
 その顔を見て言葉を飲み込んだレオナは唇を噛みしめた。何がヒントの一つや二つだ、ほぼ答えのようなものではないか。
 先ほどまで一触即発、マジカルペンを取り出して互いに突き付けてもおかしくなかったはずのリリアすらもマレウスの向こうで笑みを浮かべている。

「わかったのなら、早く眠れる姫の所に急ぐといい。そして、ぶちかましてやるのじゃ、ちゅーをな!」
「うるせぇ黙ってろ! 言う空気じゃなかっただろ!」

 キャッキャッキャと効果音が付きそうな、野次馬根性丸出し……いや、おせっかいな老人だろうか。
 どちらでもいいのだが、愉快そうにさっさと行けと見送るリリアに一発ぶちかましてやりたかった。
 けれどマレウスに一度止められた手前、そして少なくともヒントという名の答えを貰ってしまったので借りもある。今回だけは見逃してやるのが筋だろう。
 視界に入るだけで不愉快な、特徴のある緑と黒を纏った二人に背を向けてレオナは歩き出す。かと思えばすぐに駆け足へと変わる。
 まだだ、まだ確信は持てていない。あの男の言葉など信じたくない。
 しかし、あれは仮にも次期茨の谷の……妖精達の王になる男。その判断が間違っているはずがない。
 奇しくも妖精に太鼓判を押されてしまった。これで目覚めなければあの男には王になる資格を早急に返上してもらった方が彼の国の為にもなるだろう。
 恐らく、そんなことにはならないのだろうが。それすらも腹立たしい。
 歩きなれた道を駆け抜けて、門を開ける手間すら惜しんで飛び越えて、鏡舎を目指すレオナの顔はどこか晴れ晴れとしていた。

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