08
レオナに選ばれた者は彼の立てた作戦通り対戦相手のビーズを的確に奪う。
ラギーを含め、日頃からこのための特訓を受けていることもあって学生時代のような大騒ぎになることはなく、レオナと芽唯は貴賓席に用意された自分の席に座ったままのんびりとキャッチ・ザ・テイルを観覧できた。
何度見ても伝統衣装に身を包み、対戦を見守るその姿はこの国の王なのではと問いたくなる風格があり、近年好感度が上がったことやマジカメでの広報活動により彼を一目見るためにわざわざ遠方から足を運ぶ観光客も増えている。
「あれがレオナ第二王子? ヤバッ、そこらの俳優よりかっこよくない?」
「ってことは隣が王子妃かぁ。噂の庶民派プリンセス」
試合そっちのけでこちらにばかり視線が向いているのはどうなのかと疑問に思わなくはないが、少なくともタマーシュナ・ムイナという伝統行事が観光客誘引に繋がっているのは国としては喜ばしい。
観光客が増えれば市場が賑わう、市場が賑わえば国が潤う。
向けられる好奇の目に多少慣れた芽唯だったが困ったように笑えば隣のレオナの口角が上がる。
「どうした?」
「いえ、私の旦那様は人気だなぁって」
「そりゃどうも。別に嬉しくもなんともねぇがな」
「そうなの?」
「番以外の反応に興味ねぇ。お前はどう思ってるんだ?」
「え?」
思わず首をかしげてレオナを見れば、いつのまにか試合から視線を逸らしこちらを見ていたレオナと目が合う。その瞬間ぽっと自分の頬に熱が灯るのを感じながら芽唯は正直な感想をぽつりと呟く。
「今日も凄くかっこいい……」
流石この国王子様と言うべきか。
いくつもの柄が合わさった伝統衣装は着るものによってはその煌びやかさに喰われ、個を出すことが難しいだろう。
けれどレオナの端正な顔立ちと均等の取れた身体、そして持ち前の雄々しさはライオンをモチーフにした装飾やビーズに負けることはない。むしろ彼の魅力を最も引き出していると言っても過言ではないだろう。観光客やマジカメの反応も伝統衣装に身を包んだレオナに対しては特に多い。
「かっこよすぎて困っちゃうくらいに」
「当然だな」
頬を赤らめた芽唯が答えると満足そうにレオナが笑みを浮かべたのと同時に試合終了を知らせる声が響く。
対戦相手であったキファジの集めた兵は膝をつき、ラギーの手の中でビーズが煌めく。ぐっ、と悔しそうな顔をした侍従を横目で見たレオナはくつくつと笑いながら肩を揺らす。
「公衆の面前であいつを負かせられるのは気分が良いな」
「それ、去年レオナさんも言ってた」
幼い頃からチェスや飛行術、キファジから様々なことを学んだレオナは彼に苦い経験をさせられたことも当然多い。
もちろん、それはキファジがレオナが王子だからと忖度することなく、真剣に向き合ってくれたからこそで、レオナ自身もそのことは承知している。けれど負けて悔しい思いをしたのは事実であり、リベンジをしたいと思うのもまた当然のことだった。
「ハハッ、いいな。この行事にこんな楽しみ方があったなんて驚きだ」
あぁ、これもずっと前に言ってたな。
笑うレオナの隣でくすりと芽唯も笑えば遠くの方で誰かがシャッターを切る。きっとこの彼の笑みはマジカメや紙面を飾るのだろう。自分も一緒に写ったものが使われるかもしれない。
また一枚ファイルが潤いそうな予感を感じながら芽唯がパレードの準備を見つめていると突然降ってきた雫がぽつりと頬に当たる。
「あっ」
タマーシュナ・ムイナは名目上雨乞いの祭りだが、現代技術により解明された情報を元に雨季に変わるのを見計らって行われる。
つまり今年も想定通り、目玉競技であるキャッチ・ザ・テイルのパレードが始まる頃にはぽつぽつと恵みの雨が降り始める。
まるで勝者を祝うシャンパンファイトのように祭りに参加していた者たちの身体を濡らすが、元々のからりとした気候のおかげで濡れてもそこまで不快感はない。
「おい、あまり身体を濡らすな」
と言っても、当然お腹の子を思えばあまり好ましいことではなく。レオナがすぐに魔法で傘を作って雨を弾く。
「ふふ、ごめんなさい」
ぐいっと腕を引かれて屋根のあるところまで連れていかれ魔法で服を乾かされる。
二十五歳のレオナもだが、十五歳のレオナも相当に心配性だ。
重なる姿が面白くてくすくす笑えば「おい」と不機嫌そうな声が耳を打つ。それがまた笑いを誘ってくるのだから溢れる声を抑えられなくても許して欲しい。
乾いた国を雨が潤すように、レオナがもたらす幸福が芽唯を満たした。
◇◆◇
抱えていた問題が一つずつ昇華され、後はレオナが元に戻ればすべてが解決する。
それは十五歳のレオナとの別れを意味するが、戻った彼が巡り巡って芽唯と出会い、やがて結婚して今に至るのだから別れと言えるのか少し疑問だ。
「レオナくん、今日もお肉希望?」
「当然だろ」
「少しはお野菜食べてね?」
「……気が向いたらな」
これは食べてくれるという意味なのを芽唯は既に知っている。
ほんの少しだけ芽唯が知ってるレオナより素直じゃないが、結局食べてくれるのだから優しいところは何も変わらない。
料理する芽唯を興味深そうに見てくるところも、文句を言いつつ野菜を完食するところも、例え年齢が違ってもレオナはやはりレオナだということを証明する。
「レオナくんはこっちに来てよかったって思った?」
一日を終え、ベッドに潜り込みながらなんてことない話をするのが日課になっていた二人はいつのまにか同じベッドで眠るようになっていた。
「どうした今更」
「だってね、何度も言ってるけど多分全部忘れちゃうじゃない? レオナさん初めてあった時は何も覚えてなさそうだったし、教えてもらった限りでも今回の事件に関してそこまで詳しくは知らなさそうだった」
レオナが入れ替わることをどうやって知ったのかはいまだにわかっていないが、期間に対する発言が大まかであったことを考えれば二十五歳のレオナも詳細はわかっていないはず。きっと知っていたのは理由と日付けくらいだったのではないだろうか。
「……まァ、正直に言うなら最悪だな」
「えっ」
よかった、と笑顔で言ってもらえるとは思っていなかったが想像以上に棘のある言葉に息を呑む。
背中合わせで寝ていたが、思わずレオナの方を振り向けば彼は既にこちらを見ていた。
「戻ればお前がいない」
まっすぐ向けられた瞳を逸らすことなくレオナは続ける。
「離宮での生活に慣れた今、気分良く十年前の王宮に笑顔で戻れると? ンなわけねぇだろ。息が詰まる。しかも生まれたばかりの赤ん坊の泣き声が延々響いて、運が悪けりゃしばらく頼むとそいつを押し付けられる」
レオナの腕の中で泣く赤ん坊……チェカの姿が想像できて苦笑する。なんだかんだと文句を言いつつ、チェカをあやすレオナが目に浮かぶ。
兄のファレナが悪意なく王以外の国のための道を諭すように、きっと義姉もなんの疑いもなくレオナに生まれたばかりの我が子を託すだろう。
「未来の俺はこの場所で受ける苦痛にお前がいるから耐えられるんだ。バカバカしい古臭い伝統も、頭の固い年寄りも、表面だけ見て物事を決めてかかる奴らの戯言も、お前がいるから些細なことだと受け流せる」
「レオナくん……」
「けれど、俺にはお前がいない。少なくとも後五年はその世界に耐えなきゃならねェ」
掛け物の中でレオナの腕が動く。ゆっくりと背中に腕を回され抱き寄せられる。
まるでお気に入りのぬいぐるみを抱きしめるように。いや、母に縋る子供のようにレオナは芽唯の胸に顔を埋める。
「この世界は不公平だ。『十年後にはこんな素敵な未来があるから頑張れ』とでも?」
「それは……」
そうだ、なんて芽唯に言えるわけがない。
言葉に詰まり、口を閉ざした芽唯を見上げたレオナはゆっくりと息を吐きだすと芽唯から身体を少し離す。
「なァ、俺がお前にいつ惚れたか知ってるか」
「……知らないって前にも言った」
顔を向き合わせたレオナは目を眇め、少し意地悪な笑みを浮かべる。
「…………一目見て、欲しいと思った。俺もあいつも」
「あいつ……ってレオナさん?」
こくりと頷いたレオナはもう一度芽唯を抱き寄せると目を閉じる。
「あいつに言ってやれ、出会った時から私のことが好きだったのって。きっと目をかっぴらいて驚くことになるぜ」
「あの、そ、それって……レオナさんもレオナくんも一目惚れってこと?」
問えばまた頷いたレオナがくつくつ笑う。
「一目惚れってのは遺伝子に由来するって説があるしな。自分の遺伝子に有為な相手を本能的に嗅ぎとる。獣の遺伝子を継ぐ獣人属ならその本能とやらが強くても何らおかしくはないだろう」
本能による一目惚れ。
確かに、それならレオナが出会った時から優しかった理由にもなるかもしれない。一目見た瞬間、自分に好意を持ってくれたと本当に信じてもいいのだろうか。
ぱちぱちと何度か瞬いた芽唯はレオナを見つめる。
「じゃあ……」
「ん?」
「レオナさんの方が先に好きになってくれた、ってことなんだ……」
恋愛において、どちらが先に相手に惚れたのかというのはよく話題になる。気にしたことがなかったと言えば嘘になるが、自分たちのその答えをまさかこんな形で知ることになるとは思わなかった。
「なんだ、知らなかったのか」
「だってそんな話しないもん……。なんとなくお互い相手のことが好きなんだろうな、って気づき始めた時期はあったけど……」
ふとした瞬間、レオナの瞳の奥に見えたその感情が、自分が彼を想っている時の色と同じだと気づいたのはいつ頃だったか。柔らかなそれが嬉しくて、自分の環境や立場を考えれば恐ろしくて、逃げ回って話を拗らせたのが懐かしい。
「惚れた方が負けなんて言葉を聞くが、お前に限っては逆そうだな」
「逆……? なんで……?」
「俺みたいな男に惚れられて逃げ道なんてなかっただろ。じわじわと狩られる気持ちはどうだった」
くつくつと喉を鳴らすように笑うレオナはもしかしたら夫から色々と聞いたのかもしれない。
恥ずかしい話をされてなければいいが、レオナは喜んでそういう話を他人にするタイプだ。あまり期待は出来ない。
「意地悪だなって思ったけど、……そんなところが大好き」
「そうかよ」
「ふふ、意地悪だけどね、優しいの。ずっとずっと、私にとっては本当に物語に出てくる王子様そのものだったから」
逃げようとする自分を捕まえて、素直な感情を吐きださせてくれた。
互いに抱えている多くの問題から目を逸らさずにすべて解決してくれた。
二人がずっと一緒にいられるように、愛し合う二人が引き裂かれないように。
「レオナくんも上手に狩ってね」
一瞬目を丸くしたレオナはすぐに「当然だろ」と大きく頷く。
「どうせ出逢えば好きになる。全力で狩らせてもらうさ」
断言するレオナの姿に、初めてレオナに出会ったあの日の自分に教えてあげたくて仕方がない。戸惑いばかりだったあの日々の片隅で既にこの幸せに至る可能性が芽生えていたのだと。
「……レオナくんが今日のこと忘れちゃうの寂しいな。レオナさんが知らなくて、レオナくんも忘れちゃって、覚えてるのは私だけってことでしょ?」
巡り合えば必ず好きになると言ってくれたレオナが、まるで自分の夢物語だったように彼らの記憶に残らない事実が悔しい。そう思ってくれた気持ちごと、ずっと大切にしたいのに。ユニーク魔法が相手では芽唯にできることは何一つない。
芽唯がむっと唇を尖らせる隣でレオナはくつくつと笑いだす。
「さァ、どうだろうな」
「どう……って忘れない可能性があるってこと?」
「十年後の俺は、俺やお前が思ってる以上にきっとお前にご執心ってことだよ」
「もしかしてレオナさんが何か言ってたの……?」
「いいや?」
首を横に振るレオナは口元にいまだに笑みを浮かべているが、そのまま何を言うでもなく黙って瞼を閉じてしまう。
「この話の続きは明日でいいだろ。おやすみ、メイ」
「……おやすみレオナくん」
明日起きてから聞けばいいかと諦めて芽唯も眠る態勢に入る。はぐらかされてもしつこく聞けば先に折れるのはいつもレオナの方なのだから。
腕の中に閉じ込められたまま本当にレオナが動かなくなってしまったので芽唯も大人しく目を閉じる。
「……またな」
髪をさらさらと撫でられ、その心地よさに気が付けば芽唯の意識は夢の中へと落ちて行った。
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