03
寮に戻った芽唯はゴーストカメラを手に取る。
ちょうど起きたのか朝食を食べ始めていたグリムがそんな芽唯を見て口を開く。
「なんかまた撮るのか?」
「ううん。そうじゃないんだけど……。ねえ、グリム。レオナ先輩がこのカメラで撮った写真持ち歩いてるの見たことある?」
「はあ? そんなの知らねぇんだゾ。でも一緒に撮ったことは何度もあるし、レオナに頼んで撮ってもらったこともあっただろ? きっとレオナの部屋にはあると思うんだゾ」
「そう、だよね」
芽唯と親しい相手なら誰でもゴーストカメラの写真を持っていてもおかしない。それがレオナなら猶更だ。
カメラを片手にグリムの傍に来た芽唯は彼がまだ手を付けてないスープを手に取る。
「温め直すね」
「やったー!」
ゴーストカメラを置いてキッチンに向かうと大きな声でグリムが話しかけてくる。
「オレ様が寝てる間になにかあったのか?」
「うーん。ちょっと不思議なことというか。多分、レオナ先輩が持ってる私の写真動いてるのかもって」
「写真が?」
学園長は言っていた、このカメラはただのカメラではなく古い魔法道具なのだと。
撮影者が被写体と親しくなると写真が動画のように動いたり、実体を伴って抜け出したりするようになる。
恐らく、レオナの部屋にいたという自分は写真から抜け出した芽唯自身に違いない。
「でもなんで……」
レオナは夜中に本物の自分に会いにくるだけでなく、帰宅後も自室でメモリーの芽唯とも触れあっている。
なんだか矛盾している行動だ。あんな時間に訪ねてくるなら、そのまま泊っていけば済む話なのに。
「はい、熱いから気を付けてね」
「わかってるんだゾ!」
ふーふーとスープに息を吹きかけるグリムを見ながら前の座席に腰を下ろす。
レオナの行動すべてを理解しているとは言わないが、これに関してはおかしな行動だと誰もが言うだろう。
「あんまり放置してると本気でエースは乗り込んじゃうだろうし、レオナ先輩に聞くしかないよね……」
今夜もレオナは会いにくるのだろうか。
なんとなくこのために連絡するのは気が引けて、そうなるように祈りながら夜が更けるのを待つことにした。
◇◆◇
「オレ様眠くなってきたんだゾ……」
目元をごしごし擦りながら談話室からグリムが出ていく。
「階段気を付けてね」
「ふな〜」
「グリ坊のことはわしらが見てるからメイはゆっくりしてていいぞ〜」
ちゃんと聞いているのかわからない返事をするグリムをゴーストたちが追いかける。ここ最近はグリムが眠りにつくのが早くて助かる。朝起きれないと騒ぐのになかなか寝ようとしないグリムを寝かしつけるのにはいつも苦労していた。
とぼとぼと歩く後ろ姿とそれに付きそうゴーストたちを見送った芽唯は談話室にひとり残る。
先日整理し損ねた写真を広げ、選びながらアルバムに挟む。レオナが写ったもの手に取れば必然的に日中のことを思い出した。
「レオナ先輩……」
今日は会いにくるだろうか。いつも音も立てずにやってくるのでいつ頃寮に来ているのかはわからない。
なんとなくレオナの写真を後回しにして他の写真整理を進め、一枚、また一枚と減っていき、机に残されたのはレオナの写真ばかり。
「あれっ」
今一瞬レオナの写真が動いた気がする。
慌ててその写真を手に取るが、いつのまにか写真の中は空っぽだった。
「え、どこに……。っていうか、待って。もしかして……」
ハッと閃いたことに驚いた芽唯は口元を手で隠す。
「なんだ、気づかれちまったか」
背後に急に気配がして、振り向けばやはりレオナの姿がそこにある。
「……夜中に会ってたレオナ先輩って、写真から出てきてたの?」
肩を竦め、肯定するように隣に座ったレオナは芽唯の手から空っぽの写真を奪い取る。
ひらひらと靡かせた写真は相変わらず無人で、レオナはそのまま放り投げるように机の上に戻す。
「あっ、もう……大事な写真なのに」
「空っぽの写真が? まあ俺も帰る場所がなくなるのは困るが、ならずっと実体化したままでいればいいだけの話だな」
「……うそ、写真がなくなったら困るくせに」
「さあどうだろうな」
魔力がない人間でも扱えるとはいえゴーストカメラは魔法道具。その魔法道具が生み出した写真から出てきた実体──メモリーにとって本体ともいうべき写真が無くなってもいい物とは到底思えない。
「い、いつからレオナ先輩のフリしてたんですか?」
「フリも何も、俺はレオナ本人だ」
「嘘! 嘘じゃないけどやっぱり嘘! 本物のレオナ先輩に内緒なのも本人に話されたらすぐバレちゃうからなんですよね!」
「わかってるなら聞くんじゃねぇよ」
本当のレオナとメモリーのレオナはイコールではない。本物と同じように魔法も使えるし、記憶も持ってる、きっと抱いている感情も写しとっている。けれど実体化した写真のレオナが経験したことは決して本物のレオナと共有されることはない。
だから芽唯に夜の出来事を日中話すことを禁じた。
もし芽唯が話してしまえばレオナでなくとも覚えのない夜の逢瀬に首を傾げる。何かが起きてると察して寮に泊りに来ていたかもしれない。
「ってことは……」
自分が夜中に会っていたレオナが写真から実体化したメモリーだったならすべての辻褄が合う。
芽唯が写真のレオナに甘やかされてる一方で、レオナも自室で写真の芽唯に会っていたに違いない。
そこで何が行われているのかはわからないが、目の前のレオナに毎晩のように甘やかされていた身からすると写真の自分が大胆なことをしていないことを祈るしかない。
想像を巡らせ、頬に熱が集中した芽唯が少しでも暑さを逃がそうと顔を仰ぐとレオナの手がそれを止める。
「別にいいだろ。俺がレオナであることは変わらぬ事実で、お前はただ恋人に甘やかされてただけ。誰も咎めやしねぇよ」
「そうだけど……そうじゃなくって……」
写真は真実を写しとる。
実体化したレオナの行動は本物のレオナもきっとしてくれる。そもそも実体化は撮影者と被写体の間に絆が芽生えているからこそ起きる現象であり、レオナの写真がこうして動いているのは自分たちの関係の証明でもあるのだが、連日彼にされたことを思いだすと顔から今にも火が出そうだ。
「へ、変なことしてないよね……あっちの私」
「……本物のお前は甘えるのが下手だからなぁ」
「うっ」
本物のレオナと一緒で言葉は厳しい。けれど伸びてきた手が肩を抱き、自分に寄り掛からせるとレオナは芽唯の髪を優しく梳く。
……なんとなく、写真のレオナは本物のレオナよりも甘やかすのが上手い気がする。
もしかしたら普段なら何かしらのブレーキがかかっているのに、写真から出てきたレオナにはそれがないのかもしれない。
恋人を甘やかしたい、好きだ。そんな気持ちが前面に押し出された状態。撮影者が恋人だったからそんなことになったのだろうか。
だとしたら、レオナの方で実体化しているであろうメモリーの自分はどんな行動をするのだろう。
レオナが指摘していた通り、芽唯は甘えるのが下手な自覚がある。しっかりせねばと自分を律しすぎて、どこまで寄り掛かっていいのかわからずレオナを困らせている。……隣のレオナにはだいぶ転がされてしまったが、きっと彼が甘やかすのに特化していたから。
夜遅く、眠さも相まってレオナにどろどろとした瞳を向けられながら優しく大きな手に包まれると段々思考がふにゃふにゃになってしまう。
気が付けば昨晩と同じように彼の膝の上に頭が乗っていた芽唯は自然と瞼を閉じてた。
「って、だめ! まだ聞きたいことがあって」
慌てて起き上がろうとするが、レオナの手に止められ膝の上に戻される。
「なあ、何がダメなんだよ?」
「だ、だって本物のレオナ先輩じゃないし……」
目の前のレオナ曰く『同じレオナ』だが後ろめたい気持ちは嫌でも膨らむ。
レオナだけどレオナじゃなくて、けれどやっぱりレオナで……。
「えっと、だからぁ……」
もっと説得力のある言葉はないのか。彼の膝上で眠りそうになっている時点でどうかと思うが、本物のレオナとはやはり違うのだと突っぱねるべきだ。
既に半分眠りかけている頭をなんとか回転させて言葉を探すが、邪魔をするようにレオナの大きな手がいつものように芽唯の頭を撫でる。
「……なァ、後ろめたさを感じるのは俺が本物じゃないからか?」
「はい……」
「なら、同じように本物の俺にも甘えればいいだろ」
「……それはむり」
だって恥ずかしい。
その言葉ははっきりと口にできたか怪しい。困ったように眉根を寄せたレオナが頭上で笑う。
「ほんと、しょうがねぇ奴」
そんなことない、耳に届いた言葉に反論しようと口を開くが芽唯の意識は気持ちとは裏腹に夢の中に沈んでいく。
最後に視界に入ったのは目を細め、まるで愛しむかのように自分を見下ろし笑うレオナの姿だった。
◇◆◇
「……ぁ」
まただ。
自室で目が覚めた芽唯は項垂れてベッドに身を沈める。自分の体重に負けてぎしぎしと鳴るベッドに入った覚えはない。
「レオナ先輩って……そんなにお世話好きだっけ……」
必ず寝かしつけられて、しっかりベッドにまで入れてくれる。
本物にぞんざいに扱われた記憶はないが「いいから黙って寝ろ」など少し乱暴な物言いでぎゅっと抱きしめられたまま同じベッドで寝るくらいで、まるで小さな子供のように眠った後にベッドに運ばれるなんてまさしく夢のような出来事だ。
「写真のレオナ先輩だからなのかなぁ……」
ゴーストカメラで撮ったレオナが実体化した姿なのだと気づいてしまえば本物との違いを比べてしまう。
本物ならきっとこう、だからメモリーの行動は違うのだと否定する。けれど、恋人同士になったとはいえ芽唯もレオナのすべてを知っているわけではない。むしろ、これからもっと知っていく段階だ。
「……わかんないな」
あまりにも優しすぎる写真のレオナ。眠る前は『余計な感情が排除され、恋人への気持ちをストレートに表現できている』と解釈したが、そうなると本物のレオナも胸の内にあの彼と同じ優しさを秘めていることになる。
「…………っ」
もし、仮に日中でもあのレオナと同じように甘やかされたら頭がどうにかなってしまいそうだ。
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