04
休日が終わり、また授業に追われる毎日が始まったが今朝は流石にレオナに会うことは叶わなかった。
サバナクローはマジフト大会以降始めた朝練を今でも毎日続けている。寮生全員の前で「動く写真を持っていますか」と聞く勇気はない。
「お昼に聞くしかないよね」
特にキャンセルの連絡が入っていないのでいつも通り昼食は一緒に取るはず。
お弁当を入れたバスケットを軽く撫でると隣に座っていたエースが首を傾げる。
「もしかして、まだ聞けてない感じ?」
「お昼に聞くの。大丈夫だってば」
「ならいいけどさ。……揉めそうならどっかで待機しとくけど」
机に肘をついた方の手で頭を支えたエースの隣でデュースが頷く。
「揉めは……しないんじゃないかな。二人が心配してるようなことは何もないよ」
「そう?」
あまり納得してないのか、唇を尖らせたエースが「そういやさ」と言葉を続ける。
「ゴーストカメラってあれ本当だったんだ」
「えっ」
エースの口から今は触れられたくない名前が出て心臓が跳ね上がる。
学園長にカメラを渡されたのはドワーフ鉱山に魔法石を取りに行った直後。
あの時一緒に鉱山に向かったエースとデュースはカメラの持つ力を一緒に聞いている。エースが同じ答えに辿り着くのは何も不思議なことではないが教室で話題にされるなんて思ってもいなかった。
ドキドキと激しくなる鼓動が気づかれないよう、エースからさりげなく視線を外して一度息を吐く。
「あー、うん。多分。そうなんだと思う。エースも一緒に聞いてたもんね」
極力自然に、頷きながら。そうそう、と肯定する。
「古臭い魔法道具だからあんま信用してなかったんだけど、本人じゃないのにメイの声がするってことはそれしかありえないし」
やはりエースは頭の回転が速い。それに記憶力も悪くない。まさかカメラを与えられた本人ですらヒントがなければ気づかなかった答えにたどり着ているなんて。
迂闊なことを言えば、芽唯自身も写真のレオナと逢瀬を重ねていることがバレてしまいかねない。
「どういうことだ?」
「メイが学園長にもらったカメラあっただろ」
「あぁ、時々思い出したように使ってるよな」
「レオナ先輩が会ってたメイは多分その写真から出てきたんじゃないかって話」
「えっ⁉」
驚いて目を丸くさせたデュースが見つめてくるので頷けば、デュースは数度瞬きをする。
「あっ、そうか。そういえば写真が動くとか……心霊写真みたいだ……なんて話をした気がするぞ!」
どうにか記憶を辿れたのか、渋い顔をしていたデュースの表情が明るくなる。
「けど、キングスカラー先輩はその『メモリー』だったか? 写真のメイと何をしてるんだ?」
「さあ。それこそおじたん問い詰めないとわかんないっしょ。案外、人に言えないような恥ずかしいことだったりして」
ニヤリとエースが意地悪く笑うとデュースが顔を真っ赤にして彼の肩を叩く。
「なっ、ば、何を言い出すんだ!」
「やだ〜デュースくんってば何を想像したの〜⁉」
「お前がバカなことを言うからだろ!」
デュースを揶揄い続けるエースが声音を高くして「いや〜、えっち〜!」っと叫べば休憩時間でざわついていた教室中の視線が集まる。
「お前、ホントにいい加減にしろ!」
「って! なにすんだよバカデュース! 自分が馬鹿力なのを自覚しろ!」
「バカバカ言うな!」
「本当のことしか言ってないだろ!」
「あ〜、もうっ! なんですぐに喧嘩になるの!」
互いの肩をどつきあう二人はクルーウェルが教室に入ってくるまで止まらなかった。
机の上で逃げるように丸くなっていたグリムが眠そうに欠伸を零しながら馬鹿にしていたが、それすら耳に入らないほど白熱していて、芽唯は割って入ることすらできなかった。
なんだかどっと疲れてしまったが、もしかしたらエースはわざとあれ以上話を広げないようにしてくれたのかもしれない。
デュースはエースほど頭の回転は速くないが、純粋故にまっとうな指摘をしてくることが多々ある。
『メイが持ってる写真が実体化したことはないのか?』
そう問われたら、誤魔化せる気がしなかった。
寮に置きっぱなしのレオナの写真が何をきっかけに動き出すのか見当もつかないうちはあまり彼に意識を向けたくない。もし日中も実体化して、学園に現れたら本物と見分けられる自信がない。
時計を見つめても針が早く動くことはないが、今日ほど早く進んでくれと願った日はないだろう。
◇◆◇
午前の授業がようやく終わり、昼食の時間。意を決してバスケットを持ち上げた芽唯が立ち上がるとエースとデュースが芽唯の顔を見る。
「大丈夫そう?」
「うん。ちょっとお話するだけだし。声の主がメモリーの私なら、そこまで緊張する必要もないよ」
ほとんど自分に言い聞かせている言葉だが、二人は納得したように頷く。
「でも何かあったら呼んでくれよな」
「そうそう、デュースがレオナおじたん殴ってくれるって」
「僕はそこまで言ってない! けど、メイを泣かせるようならそれくらいの覚悟はあるからな!」
「あはは、物騒だけど……ありがとう。グリムのことよろしくね」
グリム用に作った昼食を二人に預け、手を振ってから教室を出る。
エースとデュースに続き、眠そうだったがグリムも最後に手を振ってくれた。
いつも通りの場所にレオナの姿がある。なるべく急いで来たつもりだが、既に居るということは1つ前の授業をサボったようだ。
「レオナ先輩、お待たせしました」
横になり、目を閉じていたレオナに声をかければ彼はあくびをしながら起き上がる。
「ん」
頷いて、少し横にずれてくれるのでレジャーシートを広げてから腰を下ろす。
相変わらずレオナは地面に直で座っているし、座るだけなら気にしないが、流石にお弁当を広げるにはピクニックの様式を取るのが安心できる。
バスケットから取り出したカツサンドをレオナに手渡し、シートの上にはおかずを詰め込んだお弁当箱を広げる。基本的にはからあげなどの肉中心で、野菜は気持ち少な目。それでもレオナが眉間にしわを寄せるのが面白い。
「今日もちゃんとお野菜食べてくださいね」
「いらねぇって言ってんのに……」
「好き嫌いはダメですよ。グリムにだってちゃんと食べてもらってるんですから」
「毛玉と同列扱いするんじゃねぇよ」
チッと舌打ちをするレオナはどこか拗ねた子供のようで可愛らしい。
なんだかんだでちゃんと食べてくれるところも大好きだ。
芽唯も自分用のカツサンドを食べ始めると二人は今日あった些細なことを話し始める。
誰かの鍋が爆発した。居眠りをしていた生徒がトレインに山ほど宿題を出された。ありきたりの日常の話。
「そうだ、レオナ先輩、私の写真って持ってます?」
「……、そりゃあな。恋人の写真くらいあるだろ」
流れに乗って本題を切り出せば、ぽんぽんぽんと小気味のいい会話が続いていたのに一瞬レオナの言葉が途切れる。
「その、そうじゃなくて。動いたり、話したりする感じの」
学園内では絵画が語り掛けてくるのが普通だが、エースやデュースがゴーストカメラを渡された時に驚いていたことを鑑みれば動く写真はきっとそこまでメジャーなものではないはず。
具体的な例を挙げてみるが、レオナはスマホをいじるといつぞや二人で撮った動画を見せてくる。
「動画でもなくて! えっと……ゴーストカメラで撮ったやつ……」
埒が明かない。そう思って具体名を出してみればレオナは黙って芽唯を見つめる。
既にカツサンドを食べ終えているレオナと違い。まだ手の中に食べかけのカツサンドを握っていた芽唯はパンがつぶれるのも構わず握ってしまう。
少しの静寂の後、レオナは首を傾げながら口を開く。
「持ってる。というか、お前が撮ったのを寄越したこともあるし、撮ってくれとせがんできたこともあっただろ」
急にどうした。レオナの瞳がそう言っている。
サマーグリーンにじっと見つめられた芽唯が気まずそうに瞬きを繰り返すとレオナは空になった弁当箱を端に寄せて芽唯に身体を密着させる。
「聞きたいことがあるならもっと具体的に問うべきだ。俺は確かにお前の写真を持っている。それはそれは大事にさせてもらってるぜ。なにせ可愛い恋人が映ってる」
「あの、だから、それが……」
「スマホにすら、……お前専用のフォルダがある」
またスマホ画面を見せてくるが、確かに「メイ」と付けられたフォルダがあるし、デートの時や何気ない瞬間をレオナが切り取っているのも知っている。
レオナのスマホの中の自分は照れたようにはにかんだり、嬉しそうに笑っていたり、自分でも知らない表情が混ざっていて少し恥ずかしい。
ある程度見せ終えて満足したのか、写真ファイルを閉じてホーム画面に戻るといつだったか肩を抱き寄せられて一緒に撮った写真が背景に設定されていた。
頬を赤く染めた自分が耳元でレオナに何か囁かれている。シャッターを切る瞬間に耳元にレオナの吐息を感じて体温が急上昇したのを覚えている。
「お前のカメラで撮った写真は全部部屋だな。……一緒に確認するか?」
「あ、えっと、持ってるか確認したいわけじゃなくて……」
ごにょごにょと口籠る芽唯にレオナは何も言わない。
実体化しているか問うのはリスクがある。
というより、レオナは芽唯が何を問いたいのかきっとわかっているのにはぐらかしてる。
芽唯が持っている写真が動いているようにレオナ側の写真も動いている。聡いレオナならゴーストカメラのことを詳しく知らなかったとしても、自分が持っている芽唯の写真が実体化した時点で己の写真にも同じ現象が起きているのではと疑うはずだ。
どうする、と問いかけるように「ん?」と首を傾げたレオナを見上げた芽唯はごくりと息を呑む。
レオナを問いただすはずが、いつのまにか自分の方が追い詰められている。
「……なん、でもない……です。あは、あははは」
何を言っても足元を掬われる。だったらもう笑ってごまかすしかない。
自分から問いかけておいてなんでもないはずがない。それなのに「ふぅん」と口角を上げて笑うレオナはきっと確信犯だ。
「……残っちゃったの食べますか?」
なんだかもうお腹がいっぱいで食べられる気がしない。
何も言わないレオナにカツサンドを向ければ、芽唯が手に持ったままのそれを大きな口がぺろりと一口で平らげる。
そのままごろりと芽唯の膝に当然のように転がったレオナは目を細めて笑う。
「ちゃあんと懺悔する覚悟ができてから改めて質問するんだな」
ドキッと心臓が跳ねて後ろめたい気持ちに包まれる。
やっぱり、絶対、気づかれている。
既に目を閉じたレオナを見下ろしながら大きく息を吐いた芽唯はレオナの頭をいつも通り優しく撫でる。
滑らかな髪が指の間をすり抜ける感覚。時折位置を調整するように膝の上で動く熱。
日中は自分が与え、夜は写真のレオナに与えられている幸せな時間。
レオナに『写真の自分と何してるんですか』と問うということは、逆に問い返される覚悟を持たなければならない。
「むり……」
甘えるのは写真相手でも恥ずかしいのに、本物のレオナにメモリー相手に行っていたことを打ち明けるのも、その後もし本物に同じことをやられたとしても恥ずかしさで死んでしまいそうだ。
「ど、どうしよう……」
レオナが写真の自分と何をやっているのか知りたいのに、自分がやってることは知られたくない。
複雑な感情に板挟みにされた芽唯の背中をレオナの尻尾が優しく撫でる。
まるで早く吐いてしまえと促されているようで、いつもは心地いい熱が少し怖い。
「うう……」
このまま解決させずに教室に戻ればマブたちにも怒られる。でも勇気なんて簡単に湧いてくるものでもない。
今にも泣きだしそうな芽唯が弱音を吐く度、膝の上のレオナが目を閉じたまま肩を揺らす。
それでも寝たふりを続けるのは優しさなのか、意地悪なのかわからない。
ただ、掌の上で転がされていることだけは事実だろう。
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