04
レオナ先輩の手で砂にされた贈り物たちは窓を開けて彼が魔法で外に捨ててくれた。
すっかりどの砂が何だったのかわからないなと見送って窓を閉めると後ろでレオナ先輩がため息をつく。
「なんで勝手に全部開けたんだ」
「ごめんなさい。ちょうど電話をしようとしたらハーネスさんからかかってきちゃって」
「言い訳はいい」
ソファに座って手招きするので大人しく隣に座れば腰を抱かれて距離が縮まる。
ぐいっ、とこれでもかと寄せられた私はレオナ先輩にもたれかかりながら彼を見つめる。
「怒ってます……?」
「お前がそう思うならそうなんだろ」
「もう……自分で勝手な判断してごめんなさい。けど、使うつもりはなかったし、あの人が何を考えてるのか少しでもわかるかもって思って」
「変な魔法のかかったもんでも入ってたらどうするんだ。箱を開けた途端なんらかの作用があったかもしれない」
「あるんですか? そういう魔法」
「例えの話だ」
完全に拗ねてしまったレオナ先輩の尻尾が身体に巻き付いてくる。離れるな、ということだろう。
でも、確かに魔法の線は疑っていなかった。中身を確認するくらいなら大丈夫だろうと高をくくって軽率すぎたかもしれない。
「……ごめんなさい」
魔法という未知の存在がある以上もっと警戒すべきだった。放っておくようにと言われたのに中身が気になってしまった自分の愚かさが身に染みる。
「……別になんともなかったならいい。そんなに怒ってるわけじゃない。」
「ほんとに……?」
サマーグリーンがこちらに向くとレオナ先輩の唇が少しだけ尖っている。やっぱりちょっと怒ってる。
「心配してくれてありがとうございます」
「……ん」
納得したのかレオナ先輩は額と額を合わせるとぐりぐりと押し付けてくる。
「ふふ、今度からはちゃんと開けてもいいですかって連絡しますね」
「ばーか、許可出すわけないだろ」
そう言って目を細めるとレオナ先輩は背もたれに寄り掛かってようやく私を開放してくれる。
魔法で砂を飛ばした先の窓を見つめたレオナ先輩は思案するように顎に手を添えると息を吐く。
「しかし行動が異様すぎるな。頼んでもないのに無償でこんなに貢がれればラギーだって流石に警戒する。まあ、あいつなら嬉々としてそれらを売るだろうがな」
「先輩の言う通り何かしら魔法がかかってたんでしょうか」
「さあな」
「なんだかもどかしいですね。中身を調べるとかできなかったんですか? すぐ砂に変えちゃってましたけど」
「箱や中身自体にはなんの特徴もなかった。贈り主の香水の匂いが多少はしたが……さっき言った通り何らかのタイミングで作用する魔法が付与されている可能性もあるし、得体のしれないものをお前の傍に置いておくことの方がリスクが高い」
ああ、だからあんな顔をしていたのか……。
よほどの匂いだったのか、レオナ先輩は顔を顰めると私のスマホを指差す。
「電話が来たのは何度目だ?」
「初めてです。連絡先の交換もしてないです。どこから情報を仕入れたんでしょう……」
「まともなやり方で仕入れたなら共通の知り合いのクロウリーだろ。養父の件も知ってるなら間を取り持っても不思議じゃない」
「確かに……」
私、優しいので。そんなフレーズと共に教える姿が目に浮かぶ。
「でも……」
「ん?」
「……学園長はちょっとハーネスさんを警戒してるのかもなって。『見定めなさい』っていうのもそういうことだったのかも」
いつもなら自分の利になる方へと率先して話を進める彼にしては珍しかった。
ハーネスさんが何の問題もない相手なら私がその養子になることは彼にとって喜ばしいことのはず。
まず、私に日常的にかかる出資が必要なくなる。
闇の鏡に事故で呼び出されてしまった私、そしてセットとして扱われることになったグリムの生活費はすべて学園長が負担してくれている。幸い、そのことに関してはレオナ先輩のおかげかチクチクとしたお小言は言われなくなったが彼にとって余計な出費であることには変わらない。
なにより私というハーネスさんへの強いコネクションが生まれるのは有益なはず。
「なんていうか……寮対抗マジフト大会の時に調査を依頼された時に似てる気がします」
あの時起きていた事件の首謀者に言うのも変な話だけれど、何か隠された真実を探して欲しい。そう言われているような気がしてしまう。
「…………」
「あ、ごめんなさい。変な話して。なんとなくなんです。根拠も何もないただの勘で……」
目を細めたレオナ先輩は黙ったまま私を見つめる。
綺麗なサマーグリーンを見つめ返しているとレオナ先輩の瞳がゆっくり閉じる。
「お前の勘もあながち間違ってないのかもな」
「え?」
「なんでもねぇよ」
そう言ってレオナ先輩はいつも通りの日常に戻ってしまう。彼が何気なくつけたテレビの中ではまた行方不明の女の子を話題にしてコメンテーターたちがあることないこと好きに話す姿が映し出されていた。
◇◆◇
アズール先輩たちが情報収集の報告をくれるけど怪しいところは特になく、レオナ先輩もご実家にそれとなく聞いているようだけれど収穫はなくて、ただ彼を警戒するだけの日々が続いている。
「そういえば彼はボランティアなどにも精力的に参加しているようで、中でも親を持たない貧しい子供への支援・寄付に力を入れているんだそうです」
定期報告がしたいとアズール先輩にモストロラ・ラウンジのVIPルームに呼び出された私の目の前に資料と一緒に飲み物を置いてくれたアズール先輩は着席すると資料を指差す。
「じゃあ私のこともその一環……?」
「かもしれませんね。あなた宛てに届いた荷物もそう考えれば常日頃から支援品として取り揃えているのだと納得がいく」
「やっぱり悪い人じゃないのかな……」
「どうでしょう。僕の主観にすぎませんがそうした偽善的行動はパフォーマンスとも取れます。印象操作を兼ねた実益のある投資なのかもしれませんよ」
アズール先輩の用意した資料には養護施設の児童に囲まれたハーネスさんが笑顔で笑っている。
確かに、こうした写真を見て彼に関連する会社の製品に手を伸ばす人もいるんだろう。収益の何割かを寄付に充てる旨が書かれた商品の売り上げが著しく上昇していることも資料内にはしっかり記載されている。
「パフォーマンスについてはわかるんですけど、実益のある投資っていうのは……?」
「例えばこちらの児童養護施設。魔導工学に秀でた才能を持った方がいたようでハーネスさんは彼の学習支援を惜しまなかったようです。おかげで本来彼の生育環境では目指すことすら叶わない名門に入学。そこでの研究発表で一流企業にスカウトを受け、今では界隈の最先端を牽引する科学者として名をはせています」
「人材発掘……ってことですか?」
「えぇ。彼は立派に自立し施設を出ました。が、それもすべてはハーネスさんのおかげ。もし彼に知恵や力を貸してほしいと言われたらこの方はそれがどんな難問だったとしても迷わず頷くでしょう」
未来ある若者の夢を埋もれさせたくない。
そんな見出しと共にハーネスさんと一緒に写っている人がきっとアズール先輩の話に出てきた人だ。
「……本当にただのおいしい話ならいいんですけど」
「現状は我々の疑念を肯定する情報は見つかっていないのが現実ですね。あぁ……ただ一つだけ気になることが」
「気になること……?」
「彼が育て上げた人材は大勢いるのですが、その中に女性が一人もいないんです。ただの偶然かもしれませんが、これだけの才能を発掘していて一方の性別に偏るなんてこと本当にあるんでしょうか」
「どう、……でしょう」
どこか含みを持たせたアズール先輩の言葉に背中に冷たいものが伝う。
もしかしたらアズール先輩はすでに何かを掴みかけてるんじゃないだろうか。
「それとこれは余談ですが、最近テレビで失踪事件のニュースが流れているのをご存じですか?」
「あ、はい。いろんな子が居なくなって大騒ぎになってるって」
家出か、失踪か、はたまた殺人か。日を追うごとに大きくなる事件は鎮火することがなくコメンテーターたちの討論は日々加速している。
「どうも小耳にはさんだ噂では彼の養護施設からも失踪者が出ているとか……」
「えっ、それって……」
思わず息を呑めばアズール先輩はただ笑う。
「レオナさんはどう考えてらっしゃるんです?」
「せ、先輩は変わらず辞めた方がいいって言ってます。その、……レオナ先輩は、……『お前には俺がいるんだから先のことなんて心配する必要ないだろ』って言ってて……」
明確にはっきりと言葉にされたわけではないけど『先』が示すものがなにかは流石の私にもわかる。
「あぁ……」
アズール先輩は目を細め、眼鏡のずれを直す。
「確かに、あなたはそもそも学園生活にも将来にもなんら不安はありませんからね。元の世界に帰る……となればまた別でしょうが、帰り道が見つからなかった場合の就職先は確定している。そもそも彼があなたを大人しく帰すとも思えませんし」
明確な言葉にするのは避けてくれたがアズール先輩はくすくすと笑いながらからかうような声色で続ける。
「もしかしたら学園長があなたたちの関係を話していて、彼はその関係を利用しようと狙っているのかもしれませんね」
「もう! そん、そんなことないですから! 多分……!」
「おや、僕は何も言ってないのにどうしてそんなに照れているんでしょう。顔が真っ赤ですよキングスカラー夫人」
「アズール先輩!」
思わず大きな声が出てしまったがアズール先輩は変わらずにこにこと私を揶揄い。そのお詫びとしてデザートを一品頂いてしまって話はそのまま有耶無耶になってしまった。なんだか丸め込まれた気分だ。
アズール先輩相手でもこうなのに、ハーネスさんが本気を出して来たら私は果たしてはっきりと断れるのか少し不安になってしまった。
◇◆◇
「おかえり〜」
アズール先輩に送られ、オンボロ寮に戻ってきた私を出迎えてくれたゴーストが一枚の手紙を差し出す。
「これがポストに入っていたんだけど、例のプレゼントの人からみたいだよ」
「ハーネスさん……?」
彼からの贈り物はあの電話以降はぽつぽつと断続的で、久しぶりだなという感情が芽生える。
と言っても最後のプレゼントからまだ一週間も経っていなくて、だいぶ感覚が鈍ってきている自覚はある。
「なんだろう……」
オシャレな封筒は封蝋がされていて、いかにもな仰々しい手紙だ。
「……レオナ先輩に連絡してから開けよう」
流石にもうこれ以上彼に黙って開けるのは憚られる。
部活中だろうけどスマホで連絡をすればすぐに返事が返ってきて、夕飯を作り終える頃にはレオナ先輩も来てくれることになった。
「グリム、晩御飯カレーでいい?」
「なんでもいんだゾー」
先に寮に帰ってきていたグリムに声をかけた私は手紙を談話室に置いてキッチンへと向かった。
部活終わりでお腹が空いていたのか、カレーをぺろりと食べ終えたレオナ先輩は訝し気な表情で封筒を手に取ると迷わず封を切り裂き中身を取り出す。
「招待状……?」
「どこにですか?」
「自前の客船でパーティーを開くから来てくれないか、だと。改めて養子縁組に関しての返事を聞かせてほしいとも書いてあるな」
「パーティー⁉ それってごちそうも出るのか⁉」
一見楽しそうな響きにグリムが食いつくがレオナ先輩が眉間に皴を寄せ首を横に振る。
「確かに立食パーティーと書いてあるが出席許可なんざ出すわけねぇだろ」
「なんでだ⁉」
「船ってことは海上……つまり人魚のナワバリだ。ンなところにのこのこ行く奴があるか」
「やだー! 行きたい、行きたい!」
「もうグリム! ワガママ言わないの!」
ダンダン、っと机をたたいてグリムが暴れる。お皿の上で彼が使っていたスプーンが跳ねて、コップの中で水がぐらぐら揺れる。
「騒ぐな毛玉。テメェはメイに何かあってもいいのか?」
「ぐっ……それはイヤなんだゾ……」
「なら大人しくしろ」
「でも待ってるだけじゃなんもわかんねぇし、変わらねぇんだゾ」
「それは……グリムの言う通りかも……」
確かにそうだ。
受け身で相手が先に行動を起こすのを見ているだけの現状では何も変わらない。
早とちりなのかもしれない。ハーネスさんは本当に良い人で、私たちがこの学園に染まりすぎて人を疑いすぎなのかもしれない。
「……いい機会なのかもしれない」
けれど、今まで得た情報が頭の中で少しずつ繋がり始めて、もう少し……もう少しで答えに辿り着けそうな気がする。
「メイ?」
「きっと他にも人がいっぱい来るんですよね。ハーネスさんが周囲とどう接するのかとか、本当に裏があるならそのボロが出るかもしれないですし、安全なところから調べるよりこっちから近づいて懐に潜り込むべなのかも」
「お前なぁ……」
ぐっと眉間にしわを寄せたレオナ先輩は呆れ顔でため息をつく。
「……ったく、俺がどれだけ心配してるかわかってんのか?」
「それは……」
「わかった上で言ってるならとんだ悪女だな。この俺を利用して事件を解決しようってか? 自分がどれだけ危険なことをしようとしてるかわかってるんだろうな」
「……わかってます。大丈夫……じゃないけど、怖いけど……ハーネスさんに接触するなら私が一番適任なんです。それはレオナ先輩もよくわかるでしょう?」
もし私の憶測が当たっていればハーネスさんはとても危険な人だ。それに想像以上にこの案件に関わる闇は深いのかもしれない。
けれど、必死に訴えかければレオナ先輩は少し目を閉じて考えを巡らせたのかまっすぐ私を見つめて口を開く。
「俺の言いつけを守れるって約束できるか」
「できます」
「オレ様も約束するんだゾ」
「勝手なことはするな、俺が下がれと言ったらすぐに従え」
「ついてきてくれるんですか……?」
「タコ野郎どもと一緒に潜り込む。毛玉も俺たちと一緒だ。招待されてるのはお前だけなんだから」
そう言って渡された手紙を見ると確かに招待されているのは私だけ。グリムに関してはパーティーに喋る猫を連れてこないでほしいという文言が添えられている。
「……わかりました。誓います。絶対にレオナ先輩の言うことをちゃんと聞きます」
力強く頷けばレオナ先輩も頷く。
ようやくハーネスさんで頭を悩ませなくて済むようになるのかもしれない。
そんな期待を胸に私は、私たちは、週末に向け準備を始めることにした。
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