05


 週末のパーティー用という名目でハーネスさんからドレスが届いた。
 以前送った化粧品でアイメイクを施せば君にとっても似合うよ。そんな内容の手紙も添えられた贈り物をオンボロ寮の片隅に追いやった私は最後の打ち合わせのため泊まりに来てくれたレオナ先輩の隣に腰を下ろす。

「アズール先輩たちはなんて?」
「潜り込むくらい容易いだと。いったいどんな手を使うつもりなんだ」

 そう言ってスマホを机に置いたレオナ先輩は私の腰を引き寄せると顔を近づけ頬ずりをする。
 豊かな髪が首筋をかすめるくすぐったさとレオナ先輩が私を心配してくれているのが伝わってくる。
 レオナ先輩はハーネスさんの件が始まってからオンボロ寮に顔を出す回数が圧倒的に増えた。
 過保護すぎると笑ってしまったが、それを聞いたアズール先輩たちは「人魚に目を付けられたならそれくらいでちょうどいい」と言っていた。

「……大丈夫ですよ、レオナ先輩。ちゃんと作戦も立ててますし、私たちの考えすぎの可能性だってまだあります」
「だといいがな」

 願うようにそう言えばレオナ先輩は目を細める。
 結局、直接的な接触は養子縁組の話をされた時以来なくて、匂いが濃く移った原因は不明のまま。
 現状ハーネスさんはやたら貢癖のある私を養子にしたいおじさまでしかない。

「流石にドレスは頂いたものを着た方が良いですよね」
「いや、キファジに同じデザインのものを用意させてるから朝には届く。化粧はヴィルに話をつけてあるから心配ない」
「疑うなぁ……」
「お前はヴィルのユニーク魔法を忘れたのか? 身に着けた途端お前に何らかの魔法がかかる可能性だって十分ある」
「うーん……」

 確かヴィル先輩は嘆きの島で化粧品に呪いをかけて垂らし錠前を溶かしたと聞いている。一見普通の物にとんでもない呪いがかけられている可能性は十分ある。
 ハーネスさんはあくまで私にパーティーに来てほしいみたいだから、おかしなことは起こらないとは思うけど本当に魔法がかかっているとは限らない。

「そもそも、ほぼ初対面の奴にこうまでして養子縁組をやたら迫ってくること自体がおかしいんだ。はっきり対面で断ったなら普通の奴ならその時点で身を引くだろ」
「それは……そうなんですよね……」

 彼は身を引くどころか頼んでもいない物を大量に送ってきた。何度も、何度も、例え誰が相手でも不信に思うほどのプレゼント。私も正直これがなければ「少ししつこいおじさま」くらいに思っていただろう。

「あのプレゼントやっぱり何かされてるんでしょうか」
「さあな」

 レオナ先輩は立ち上がると今朝届いたばかりの荷物をダンボールごと手に取ると窓から寮の外に投げる。

「俺こそが飢え。俺こそが乾き。お前から明日を奪うもの──……」

 静かな詠唱の後、庭にぽつりと落ちていたはずのダンボールは跡形もなく消えてなくなる。

「……レオナ先輩」

 砂の山を見つめるレオナ先輩の隣に立った私は彼の腕に自分から腕を絡める。

「ん?」

 荷物を睨んでいたはずの瞳はすぐに甘く溶け、私を見つめると綺麗なサマーグリーンが熱を持つ。
 足元では彼の尻尾がむき出しの肌に絡みつく。

「明日……信じてますから」
「ハッ、さっきは可能性はまだあるだの言ってたくせに始まる前から何か起こるような言い草だな」
「フフッ、確かに。私たちの考えが全部外れて何も起きないと良いですね」
「そう願いたいところだが、俺のプリンセスは問題ばかり引き起こすからな。今回もトラブルが起きるだろうよ」
「酷い……! けど、否定できないかなぁ……」

 間違いなく今回の問題は私が引き寄せてしまったことだ。レオナ先輩だけじゃなく、アズール先輩、フロイド先輩、ジェイド先輩にも迷惑をかけてしまっている。

「安心しろよ。俺が守ってやるって言ってるんだ。何が起きても必ず助けてやる」

 そう言ってニヤリとレオナ先輩が笑うので私の不安なんて簡単に消えていく。

「明日で解決できるよう頑張りますね……!」

 皆が無事に帰れますように。ただそれだけを願って。

◇◆◇

「子分、気を付けるんだぞ」
「グリムも先輩たちに迷惑かけないでね」

 私を拾うため、ハーネスさんの船は賢者の島に立ち寄ってくれるらしい。
 あくまでもフリだけれど、私を送り出す為にグリムとレオナ先輩も一緒に港まで来てくれた。
 二人はこの後オクタヴィネルの三人が率いる他の人たちと一緒に密かに船内に潜入するらしい。
 私はハーネスさんと一緒に正規ルートで入るので行程は聞いていないけど、あの三人が手引するのだから危険はきっとないだろう。

「それじゃあレオナ先輩。いってきます」
「あぁ」

 ここまでエスコートしてくれたレオナ先輩から手を放して離れるとひらひらと手を振ってレオナ先輩はグリムを肩に乗せたまま背を向けて去っていく。
 ハーネスさんと待ち合わせをしているのはもう少し先だ。慣れないヒールに気を付けながら港を歩けば潮風がドレスを揺らす。可愛らしいパーティー用のワンピースは昨日言っていた通りキファジさんが同デザインの物を見つけて、わざわざ直接届けてくれた。
 レオナ先輩がどこまで事情を説明しているかはわからなかったけれど『安心してください。レオナ様はこれでも優秀なお方です』と笑っていた。
 キファジさんのようにハーネスさんも安心させてくれる声音でかけてくれる言葉はどれも温かい。なのにハーネスさんを信用しきれない。
 集めた情報で描いた悪い想像がせめて外れてくれればいいのに。 

「こんにちは、今日はお招きいただきありがとうございます」
「やあ、随分堅苦しい挨拶をするんだね。そんなにかしこまらなくてもいいよ。もっと気軽に。私の娘になってくれるかもしれない子なんだと友人たちには言ってあるんだよ」

 船着き場には見慣れない豪華な客船。その搭乗橋の前でスーツを着込んだハーネスさんが待っていた。

「そのドレスも良く似合っている。やはり、彼が好みそうだ」
「彼って……?」

 自然に差し出された右手を握れば引き寄せられ、背中に手を添えられる。

「いや、こちらの話だ。養子の話は前向きに検討してくれたかな?」
「あの……ですからそのお話は……」
「答えは中で、みんな君を待っているんだ。乗りなさい」

 何度目かわからない断りを入れようと口を開くが彼の手が背を押しぐいぐいと船へ乗るよう誘導される。
 有無を言わさぬその圧に私はすぐ口を閉ざして黙って橋を渡ってしまう。
 橋が外され、扉が閉まる。
 するとすぐに船が船着場から離れていくのが扉に備え付けの小窓から見えた。

「あっ……」

 思わず彼を振り切り扉に駆け寄って背伸びをしてまで外を覗くが船は当然止まることはない。
 仕方がなく船内を見渡しても赤い絨毯の敷かれた長い廊下は灯りはあるのにどこか暗い印象だった。

「BGM……とかないんですね。私、こういうの初めてで……」

 音がない。いや、人の声が何もしない。

「ハーネスさんのお知り合いの人たちはもう会場に居るんですか……?」

 パーティーというからには船内のどこかに大きなホールがあるか、この規模の船なら甲板にそうした準備が行われるイメージがある。

「……ハーネスさん?」

 何度声をかけても何も返ってこない。初めてあった時も、その次も、電話越しでも、あれだけ私に言葉をかけてきたはずの彼が無言なことが気味が悪い。

「あの……」

 彼の姿を探そうと振り向いた──その瞬間。

「っ……や、やだ! なに⁉」

 視界が黒一色になる。否、頭から何かを被せられ視界を遮られてしまった。

「あーはいはい。黙ってね」
「おい、大事な商品なんだ。手荒に扱うんじゃないぞ。値段が下がってしまうだろう」

 聞いたことのない声に混ざるのはハーネスさんの声。けれど、そんなことを気にする余裕もなくなるほど体中に数人の手が巻き付くように触れる。

「いやっ……放して……っ!」
「おっと、暴れなさんな。怪我をしたくなかったら大人しくしろ」

 耳元で囁くような声はべったりとヘドロのように思考に絡みつき、私の身体から抵抗する意思を奪う。
 気味が悪い。気持ちが悪い。
 首元で頭を覆った布か何かが軽く縛られる。きっと抵抗すれば締め付けを強くされて首を絞められるに違いない。
 まるで蛇にでも巻き付かれたかのような感覚に息が苦しくなる。酸素を追い求めるように呼吸が荒くなり、目元からは涙がにじむ。

「はぁ…………はぁっ……うっ」
「もしかして泣いちゃった? 大丈夫だって。君が暴れなきゃ悪いようにはしないから。少なくとも俺たちはね」
「捕らえたか。ならステージの裏へ。もうショー≠ヘ始まってるんだから急ぎなさい」

 ハーネスさんらしき声が指示すると身体が持ち上げられたのか床から離れる。
お腹に何かが当たる感覚と身体に巻き付く腕の感触。きっと誰かに担がれたんだ。
 どすどすと音を立てながら移動する誰かが私を運ぶ。いつの間にか手足は縛られ、抵抗する手段は奪われている。されるがまま、恐らく複数の大人に囲まれた私は何処に連れていかれてしまうのだろう……。



 どれくらい運ばれたのかはわからない。扉が開く音が何度かして、遠くからは何か数字を読み上げるような声が聞こえる場所に連れてこられた。
 その声に耳を澄ませていると近くから鼻をすする音共に震えた声が耳に届いた。

「帰りたい、お家に返して!」
「こんなの聞いてない! あたしのパパになってくれるってそう言ったのに!」
「あー、もう。うるせぇ〜。とっととその子を置いて閉めようぜ」
「檻に入れたら袋取ってもいいよな」
「乱れた髪はアタシが直すからさっさと置いて離れな」
「へいへーい」

 耳をつんざくような悲鳴のような叫びでこちらに向かって無数の声が飛ぶ。一人、二人、何人かなんてわからない。
 それくらいの人数がこの場所に囚われている。
 冷たい床にゆっくりと身体が下ろされ、ガシャンと扉が閉まる音と共に視界を奪っていた袋が取り払われる。
 急な眩しさに目を細めれば、目の前で大柄で恰幅いい男性が私を見てにこりと笑った。

「お、正面からよく見りゃこの子俺好み! はーい、後ろ向いて。こっちのお姉さんが髪の毛直してくれっからな〜」
「っ……」

 ゆっくりと伸ばされる大きな腕に肩を掴まれ女性の方に背を向けさせられる。抵抗すれば何をされるかわからない。
 大人しく従って後ろを向けば、檻越しに同じように閉じ込められた女の子たちが沈痛な面持ちですすり泣きながら私を見ている。

「……これって」

 この光景は記憶にある。プレイフルランドで木の人形にされた時に見たものとそっくりだ。

「人身売買……」
「はーい、完成。ははっ、いいな君。金があったら俺が欲しいくれぇだ。ちょっと味見したら怒られっかな?」
「ひっ」

 後ろ髪から離れたと思えば目の前に現れた先ほどの大きな男性が私の顎を掴む。檻の限界ギリギリまで引き寄せられ男性の顔が目の前に迫る。

「馬鹿なこと言ってないでさっさと戻るぞソウサ。もう競売は始まってるんだ。商品にまたお手つきしたなんて旦那に叱られちまう」
「あいよーリーダー。えーっとメイちゃん? じゃあな〜」

 リーダーと呼ばれた仕切る細身の男性が声をかけるとすぐ興味を失くしたようにソウサと呼ばれた大きな男性は私から手を放して去っていく。
 彼らが完全にいなくなったのを見届けてから室内を見渡す。ここは舞台袖なんだろう。
 小さな階段と一緒に深紅のカーテンが見えて、その向こう……壇上では派手なスーツを着込んだ大きな尻尾を持つ男性が手かせのはめられた女の子を横に連れて会場の誰かを指差している。

「あの……」

 そして室内には十人ほどの女の子がいる。どの子も身なりを華やかなドレスで綺麗に整えられているのに不釣り合いな重苦しい鉄製の牢の中に押し込められて泣いている。立ち上がることすらできそうにない小さな檻はまるでペット用のケージのようだ。
 ぽたぽたと涙をこぼしながらその中の一人が口を開く。

「あなたはなに? 家出? それとも施設の子? ほんっっっっとバカなマネしたわね。あたしといっしょ!」

 ウェーブのかかった綺麗な黒髪の間から大きな丸い瞳が見え隠れする。もう涙は枯れ果てたのか、紅く染まった目元だけが彼女の悲しみを、恐怖を物語る。

「あっ、ニュースで流れてた女の子……?」

 彼女の顔には見覚えがある。ニュースキャスターが情報提供を呼び掛けていた子が目の前にいることに私は思わず息を呑む。

「……みんな騙されたの。ハーネスって男。あいつ私たちを売るんですって」

 口紅が掠れ、頬は叩かれたのか真っ赤に腫らした女の子は檻にもたれかかりながら力なく呟くように言う。

「わたし信じてたのに……。パパになってくれるって、そう言ったのに……っ!」
「パパなら出来るんじゃない? どんなことを求められるかは知らないけど。金持ちで、女の子を金で買う、最悪最低のパパがあたしたちを待ってるよ」
「アタシは良い暮らしができるならなんでもいいけどぉ〜。パパ〜って甘えてなにされても許しとけば好きな物な〜んでも手に入るなら文句なしじゃん」

 真珠のような大きな涙を零す子。そんな子を同じように涙を流しながら睨みつける子。売られることに不満も不安もないのか、そんな彼女たちをけらけらと笑う子。
 集められた女の子たちは年代は同じくらいだけれど、考え方はみんな違うみたい。
 同じなことはただ一つ、ハーネスさんに騙されて彼らの言うショー≠ナ売られる時を待っている身ということだけ。

「………………」

 壇上で行われているのはきっと競売なんだろう。私たちに値段を付けて買いたたく。
 私が息を呑むのと同時に会場側から歓声が上がり、泣き叫ぶ女の子が私たちの横を通り抜け、スーツ姿の男性にどこかに連れていかれてしまう。

「あの子のパパ決まったみたいだねぇ」
「パパ……」

 ハーネスさんは私の養父になりたい、とずっと言っていた。
 それは私をこの子達のように商品とみなして、ここに集まる誰かに売りつけようという魂胆での言葉だったんだ……。

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