06


「イヤ! 放してっ!!」

 一つ商品が売れれば次を並べる。
 まるでそんな普通のお店のように顔を仮面で隠した大人が檻を開け、その中にいた女の子を連れていく。
 残された私たちはただそれを見送ることしかできない。
 なすすべもなく、次は我が身なのだという事実に怯えてすすり泣く女の子がまた一人増える。

「レオナ先輩……」

 港で別れた大好きな人の顔を思い浮かべる。
 このままでは私に値段が付けられるのも時間の問題。脱出方法を探さなきゃ。
 けれど、檻には鍵がかけられていて出られない。仮に私だけが出れたとしても他の子を置いていくわけにはいかない。そもそも、私はこの状況を想定した上でわざと潜り込んだんだから。
 ……正直、家出をした子の気持ちに共感なんて私はできない。私はずっと元の世界に……家族の元に帰りたい。
 でもあの夜レオナ先輩に話したように、もしかしたら元の世界での私は家出か失踪扱いになっていて、お母さんや友人がニュースで流れていた彼女たちの家族のように必死に私を探しているかもしれない。
 そう想像するだけであの日と同じくらいちくちくと胸が痛む。もし私だけが逃げのびても、私はここにいる女の子たち全員の安否が発表されるまでずっとこの痛みと向き合うことになるんだろう。

(ここに来てよかった……)

 招待状を受け取った晩、当然というべきか、連絡するとアズール先輩たちには危険だから断るべきだと強く言われた。
 その反対を押し切ってまでここに来たのはレオナ先輩とハーネスさんについて考えているうちにある答えにたどり着いたからだった。
 連日、テレビでよく報道されている家出・失踪のニュースはどれも港の近い街で起きていた。
 近隣住民がどこを探しても見つからない。どこかの建物に閉じ込められている可能性も十分あるけど、どの子も足取りが途絶えたのは港町付近。船で連れ去られたことを疑う人たちはテレビの中だけでなくSNSなど多くの場所に居た。
 そこで私に送られてきた招待状。船上パーティーと言われて真っ先にアズール先輩が見せてくれた本に載っていた彼が所有する豪華客船が舞台だろうと目星がついた。
 この世界で天涯孤独状態の私に突然父親になりたいと迫る男性。そんな人が所有している大きな船に、報道が続く女の子の失踪事件。
 とある経験がなければ私たちはこれら出来事に関連性を見出すことはなかっただろう。
 けれど、私もレオナ先輩も実際に有名な大きな船が各地を転々と周り、多くの人を誘拐していた事案を知っている。いや、経験している。
 それはフロイド先輩とジェイド先輩にも共通していることで、見解を話せば二人はすぐに納得してくれた。
 行かないという選択を取るのはとても簡単だった。ハーネスさんからの強い介入も最悪キングスカラーの名チラつかせれば向こうから去っていくだろう、という話にもなった。
 これまで足がついていない犯罪組織なら何かしら大きな後ろ盾があるはずだとレオナ先輩は言っていた。一個人の力だけではない、それこそプレイフルランドレベルの大きな力が動いているのだろう。ならば王族に縁が深い私に手を出すリスクの大きさを理解出来ない愚か者ではないはずだ、と。

「……イデア先輩、聞こえますか?」

 小声でドレスの襟に付けられた小型マイクに話しかける。

『聞こえてるよメイ氏。さっきまでの最悪な音声も全部ね。どうしてこういう組織って乱暴というか、品性が感じられないというか、効率的ではあるんだけど……。ま、それはS.T.Y.X.(うち)も同レベか』
「そっちの状況は……?」
『アズール氏とジェイド氏は会場内に既に潜伏中。レオナ氏はフロイド氏と他数名を連れてもうすぐ船に追いつくよ。いやー、海上って地の利で油断してるのか周囲に何も警戒してなくて草も生えないとはまさにこのこと! 怖いだろうけど、もうちょっとの辛抱だから待っててクレメンス』
「わかりました!」

 私を不思議そうに見る女の子たちの視線を受けながらイデア先輩との通話を終える。
 と、言ってもイデア先輩には常時こちらの音声は聞こえているはず。
 私たちの中で少女たちの失踪事件と今回の件が繋がった時、既に情報を握っていたアズール先輩は私の行動に戸惑っていたがなんとか説得すればボードゲーム部仲間であるイデア先輩に協力申請をしてくれた。
 単身で正面から潜り込む私は確実にスマホでの連絡は不可能になる。海上でどこまでスマホが通じるのか、という疑問点もある。ならば、その懸念点を確実に突破できるであろうイデア先輩に助けを求めるのは当然のことだった。
 最初は少し渋っていたイデア先輩もアズール先輩がどう説得したかはわからないけど、気が付けばすごいやる気で『組織の一つや二つ拙者が解体してみせますぞ。楽しいRTAの始まりでござるな〜!』と随分上機嫌で参加してくれた。
 船に潜入している仲間には私の居場所がイデア先輩がドレスにつけてくれた発信機のおかげで常時共有されていて、私が自力で逃げ出せなくても先輩たちが遠からず駆けつけてくれる手筈になっている。
 重苦しい沈黙が続く中、次々と女の子は競りにかけられ、ついに私一人が取り残された。

「っ⁉」

 大きな音を立てて近づいてきたソウサと呼ばれていた大男に強い衝撃と共に檻から引きずり出されて息が詰まる。

「おい! 丁寧に扱えって言ってるだろ! ったく……お次はお嬢さんの番だ。以前から君が欲しいと言ってる坊ちゃんが居て旦那が早く競売にかけろとうるさくて困った。人気者は辛いねぇ」

 壇上で司会をしていた大きな尻尾を持つ男性がいつの間にか目の前でにやりと笑う。
 私を牢から引きずり出した大男は「この子最初から顧客が居たのかよ〜!」と嘆いている。

「ハーネスの旦那は目ぼしい子を見つけると写真をまわしてお客人の反応を見て捕まえるってのお前だって知ってるだろ」
「そうだったなぁ〜。しかしお前と仕事すんのも久しぶりで俺嬉しいぞ。後で飲もうなフェ……」
「ごちゃごちゃうるせえ! 早くお嬢さんを運んだ運んだ。あくまで丁寧に、優しく、エスコートしてるんだと自分に言い聞かせろよ」
「へいへい」
「さぁさ、お嬢さんこちらへどうぞ。最後の競りは盛大に盛り上げなくちゃあなぁ!」

 司会の人は大男のお喋りを無理やり遮るとステージに向かって歩き出す。
 その背を追うように大男は私の手を引く。彼の言葉にしたがっているのか、先ほど連れ出された泣き叫んでいる女の子よりは丁寧に扱われている気がしなくもない。
 深紅のカーテンの傍を抜け、スポットライトが当たるステージの前まで連れ出されると大男の手の代わりに足枷が私を縛る。
 逃げ出せない状況に仕方がなく会場を見渡せば仮面をつけた大勢の視線がこちらに注がれている恐怖に息が詰まった。
 目元だけを隠す仮面、口元まで覆い隠すもの、尖った鼻や大きな耳。どれも特徴的な仮面は不気味さという共通点だけは持っている。
 背中を冷たい何かがゆっくりと伝うような恐怖に胸元をぎゅっと握りしめて耐えようとするが息が上がる。
 助けが来るのはわかってる。すぐにみんなが助けてくれる。ウェイターも仮面をつけているからわからないけれど、アズール先輩とジェイド先輩は既に潜入済みだと言っていたから会場のどこかにいて、今も私を見てくれているはず。

「……っ……うっ……」

 きっと私が知らないだけで、ずっとこの人たちはこうして何人もの女の子を商品として扱って、売って、買って、好きに扱ってきたんだろう。
 自分に向けられている視線とここで行われた仄暗い出来事に足が震えて止まらない。

「そう怯えなくても大丈夫ですよお嬢さん。賢い学者さんのあなたならこの言葉の意味が理解出来るでしょう?」
「へ……? 学者さん……?」

 どこかで呼ばれた覚えのある言葉に司会の男性を見上げれば、彼は仮面越しにこちらにウィンクしたかと思えば自分の仕事にすぐ戻る。

「さあさあ皆さま、こちらが本日最後。旦那様自慢の一品! なんでもとある名門校に通っているそうですが天涯孤独な身の上で今は隙間風吹くオンボロ家屋で毎日身を震わせてるそう!」
「あらあら可哀想。あの子磨けばそれなりに楽しめそうじゃないか?」
「さっきの子の方が私の好みだったなぁ。ああ、買い逃したのが口惜しい。だいたい先ほどの男はいつも……」

 どこまで私のことを知っているのか、司会の言葉を皮切りに会場内はざわつき始める。
 私に興味を持つ人、私と他の商品にされた子を比べる人。
 スリーサイズや年齢、その他にもいろいろな質問がどんどん飛び交う。聞いているだけで具合が悪くなりそう。
 司会は私の素性がギリギリ明かされないラインで情報をばらまき、購買意欲を高めていく。

「従順そうで実に良い。一千万出そう!」
「おっと出ました! まずは一千万!」
「ならば一千五百万だ!」
「一千五百万! こちらの商品、足が付きにくいのが最大の利点。眺めて良し、着せ替えて良し、初な少女を染め上げるのは皆さまきっとお好きでしょう!」

 大きな尻尾が左右に揺れ、誰かが手をあげるたびに大きな耳がピンと立つ。

「そちらの旦那様が三千万。他にはいらっしゃいませんか?」

 次々に金額が上書きされて、自分に聞いたこともない金額がつけられていく。
 私自身にというより『足が付きにくい』という部分が購買意欲をそそるんだろう。他の女の子たちは扱いを間違えば遅かれ早かれ警察沙汰になりかねない。彼女たちの家族は一生をかけてでも大事な娘を探し続けるはず。
 その点、私を知るのはナイトレイブンカレッジの関係者や麓の街のごく一部の住人くらい。どこの国の生まれでもなく、生きてきた証拠もどこにもない。突然消えたら探してくれる人は多少いるかもしれないけれど『元の世界に戻ったんだろう』と結論付けられたらそれでおしまい。
 私を買おうとしている人がどんな扱いをしようとしているかは想像できないけれど、買われた先でそんな数少ない知り合いに出逢う可能性はどれくらいあるんだろう。
 もしくは、屋敷の奥深くにでも幽閉されたら元からいなかったのと同じ存在になってしまう。

「……っ」

 震える足から力が抜け、へなりと床に膝を付けば仮面の奥でたくさんの瞳が弧を描く。
 この人たちは恐怖に怯える姿を見るのが好きなのだろうか。加虐心を煽ってしまったのか、競売はますます熱を帯びていく。
 五百万刻みで値上がって、ついに五千万マドルまでのぼりつめる。
 少しだけ会場が静かになりかけると一人の男性が立ち上がった。

「い、一億! 一億マドルだ! その子は僕が欲しいってハーネスさんに言ったんだ! 誰にも譲らないからな!」

 走ったわけでもないのに息を切らせ、興奮状態な恰幅の良い男性がそう言うと会場全体が息を呑む。

「素晴らしい! さあ他の方は、これ以上はいませんか?」

 上機嫌で尻尾を振った司会者は会場全体を見渡して目を細める。

「こちら本当に貴重な少女。どこの国にも属さない。家族が探す? とんでもない! 正真正銘天涯孤独の身の上でその上賢い学者さん。ちゃーんと躾ければご主人様の言うことをしっかり聞く正直者のキツネもびっくりな賢いお嬢さんになりますよ」
「フヒヘヘッ! ずっと欲しかったんだ、あの子みたいな女の子。早く僕と遊んでもらいたいな。きっと良い声で鳴くと思うんだよね」

 あの人が司会者さんの言っていた顧客なんだろうか。もう落札したかのような喜びようだ。
 男性の笑い声が響く中、あれだけざわついていた会場が静まり返り、誰もが顔を見合わせ近くの人と相談をする。
 私にこれ以上の値段がつくのだろうか。司会者は時間を伸ばすためのように話を広げ続けていく。

「いませんか! いませんか! そちらの坊ちゃんが一億でお買い上げでよろしいですか!」

 さあさあ!と左右に手を広げて観客を煽る。
 けれどもう、誰も手をあげることはない。

「では!」
「十億だ!」

 落札価格が決まることを知らせるハンマーが振り下ろされるその瞬間、会場奥の扉が勢いよく開き声がする。
 仮面をつけたその人は大股で壇上へと近づきながらさらに大きな声を出す。

「二十億でも、三十億でも、百億でも構わねえ」

 良く通る声は会場内のざわつきをものともせずに値段をどんどん釣り上げる。

「ちょ、ちょっと落ち着いて。お前さん段取りってもんがだな」

 終いには壇上に上がってきた男性の肩を司会者が慌てて掴んで止めに入る。

「黙って待ってりゃ好き勝手言いやがって、テメェらが囲んでるのが誰のもんだかわかってんのか」

 グルルル、と男性の喉が鳴る。
 彼の背中で揺らめく尻尾がその不機嫌さを物語る。

「っ! くそ、体が勝手に……っ」
「あー、はい! はい! こちらの坊ちゃんが百億でお買い上げってことで!」

 突然不自然に後ろに下がった男性を無理やり壇上から降ろした司会者はその隙にハンマーを何度も叩きつけて無理やり競売を終わらせる。
 足枷を外された私はまた大男に引きずられるように舞台袖に連れていかれるが、乱入者の男性は仮面の隙間からサマーグリーンの瞳を覗かせ、姿が見えなくなる最後の瞬間までこちら見続けていた……。 

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