08
レオナ先輩は私を抱き上げたまま廊下を駆ける。
真っ赤な絨毯が敷かれた廊下を迷うことなく走る私たちの耳元ではイデア先輩の声が船内をナビゲートしてくれる。
『そこの廊下を真っ直ぐ進んで、角の小部屋。そこがこの船の機関室。まずはそれを停止させた後、船が沈まない程度に破壊して。いつまでも船が進んでると応援も追いつけない』
「わかりました!」
私が返事をするとザザ、とノイズが走り今度はアズール先輩の声が聞こえ始める。
『こちら会場班。顧客と会場スタッフを場内に閉じ込めることに成功しました。どうやら競売の後は本当に立食パーティーを行うようで扉が開かないことに気づくのはそれが終わった後になるでしょう』
『イデアさんが下調べしてくれた通り、厨房や倉庫、お手洗いなど人の移動原因になりそうな設備がすべて会場に直結していたおかげです』
『ただ、競売が終わるのと同時に自室に戻った方や肝心のハーネスさんの姿……それに競売側のスタッフの動向はわかっていません。僕たちもすぐそちらに合流するつもりですがお気をつけて』
「アズールくんもね! オレたちはもうすぐ機関室に到着ッス!」
息を乱さず駆けていたレオナ先輩は機関室の前へ着くと私を降ろし、全員の準備が整ったのを確認してからドアノブに手をかける。
鍵はかかっていなかったのか、簡単に開いたその先では大きな機械が並んでいる。
「な、なんだ⁉」
メーターやレバーがたくさんついた機械の前に立っていた船員が真っ先に私たちに気づき、突然の来訪者を警戒して震えた声を出す。
けれど、彼が何かをするよりも早くレオナ先輩の魔法が彼の動きを拘束。同じように室内に居た数名がレオナ先輩の魔法の前になすすべもなく転がされ、一瞬にして機関室の制圧に成功する。
つまらなさそうに「もう終わったの?」と覗き込むフロイド先輩を廊下に残し、フェローさんとラギー先輩が機関士さん達を用意していたロープで縛りあげる。
「く、くそっ! お前たちはなんだ⁉ 客じゃねぇだろ!」
「そっちの女は商品じゃねぇか⁉」
「はぁ⁉ なんで抜け出してるんだよ!」
「はいはい、質問は受け付けてないッスよ。そこのこわーいライオンさん怒らせる前に黙ってほしいッス!」
「うぐっ!」
矢継ぎ早に質問をする機関士さん達を黙らせるように縛る力を強めたラギー先輩。とどめといわんばかりにフェローさんが彼らの口にガムテープを貼ってしまえば恨めしそうな視線を向けてくるだけになる。
一方、レオナ先輩は機械に向き合い、イデア先輩の指示に従って船をゆっくりと静止させる。
的確な指示のおかげか揺れも少なく、甲板か窓から覗き込まない限りきっと気づかれないだろう。
後はいくつかのケーブルを切断して操作できないようにすればもうこの船が動くことはない。
『はい、それで終わり。後の問題は応援が到着するまでの安全確保か……』
大きく息を吐いたイデア先輩は悩みながら言葉を続ける。
『そんなに時間はかからないと思うからどこかの部屋で助けた女の子たちみたいに大人しく立てこもってれば、って感じだけど……』
「それが出来るなら最初から動いてねぇよ」
『ですよねー! というか、メイ氏がこんな目に遭わされて黙ってられるレオナ氏とか解釈違いなんでお気になさらず』
「かい……?」
『アッ……、なんでもないデス……。単なる独り言なんで……』
あ……ッス……、と静かになったイデア先輩に私とレオナ先輩はお互いの顔を見つめて瞬きを繰り返す。
「レオナさん、機関士たちの拘束完了ッス。いやー、フェローさんが妙なことに詳しくて助かるッス。切らなきゃ外せないロープの結び方とか普通知らねぇッスよ」
「いやいやご謙遜を。ラギーくんだって流石学者さん。俺が教えなくても知ってたじゃありませんか」
「ちょーっと昔齧った程度ッスよ。色々と訳アリなんで」
シシシ、と笑うラギー先輩はにやにや笑い、フェローさんも同じような笑みを浮かべる。どこか通じるものがあるのか、二人は馬が合うようで妙な連帯感が生まれ始めている。
「…………」
「フロイド先輩、なんだか静かですね?」
「それってオレがいつもうるさいって意味?」
「や、ちが、そうじゃなくて……!」
機関室を後にして廊下に出ると、フロイド先輩はずっと警戒してくれていたのか廊下の奥を見つめて動かない。
「何か気になることでもあるんですか……?」
「なんで?」
「えっと……気が向かない、ってわけじゃなさそうだしずっと何かを待ち構えてるみたいな……」
いつもみたいに飽きてしまった。気分じゃない。そんな気まぐれを起こしているようには見えない。
それよりも、私たちが気づいていない何かをずっと警戒しているような……ある一瞬をずっと待ち構えているような……そんな雰囲気が漂っている。
私の言葉にぱちぱちと瞬きを繰り返したフロイド先輩はアハッといつもの笑みを浮かべる。
「小エビにしては察しがいいじゃん」
「……何か気づいたのか」
杖の状態にしたマジカルペンを握ったままフロイド先輩の隣に立ったレオナ先輩は彼がずっと睨んでいた方へと視線を向ける。
「海の生き物って狩りの時にじっと待つ奴が結構多いんだよね」
「狩り……?」
「そ。海藻とか砂とかに擬態して、油断して近くを通った小魚をバクッ! って食うの」
両手を顎に見立て、フロイド先輩は手と手を合わせて捕食の瞬間を再現する。
海の中の映像はテレビで何度か見たことがある。姿を見せたまま積極的に捕食する強者もいれば、彼の言う通り擬態したり、穴に潜ったりして、どこかに潜んで獲物を喰らう生き物も数多い。
「……それが、いるんですか?」
明るく照らされているはずの廊下が急に怖くなる。
今この瞬間も、例えばあの曲がり角から私たちを狙う捕食者がこちらをじっと見つめているのかもしれない。
「……ま、オレの気のせいかもしんねーけど」
◇◆◇
女の子たちを助け、船を止め、後はキファジさんたちに合図を送れば私たちの役目は終わる。
幸いなことに甲板には誰も居ないみたいで周囲を警戒しながら進んだ私とレオナ先輩は甲板の中央に向かった。
久しぶりに見た気がする空を見上げれば遠方から暗い雲が押し寄せている。もしかしたら天気が荒れるのかもしれない。
また私を抱き上げて移動してくれていたレオナ先輩は私を降ろすと杖を構える。
魔法石を咥えた獅子から合図が放たれれば夕焼けの草原の近衛兵がきっとすぐにでも助けに来てくれるだろう。
「これで作戦成功ですね」
「さあ、それはどうかな?」
「えっ?」
不意にレオナ先輩以外の声がして私が振り向けば声の持ち主は「はははっ」と顔を手で覆い笑いだす。
「ハーネスさん⁉」
「メイ、俺の後ろに下がれ……」
咄嗟に私の腕を掴んだレオナ先輩は上空に向けていた杖を彼に向けて構え直すと私を背に庇って彼と向かい合う。
けれどハーネスさんが片手をあげると一瞬にして私たちの周囲を大勢の男性が取り囲み、敵が目の前の彼だけでなくなってしまう。
「まったく、何をするのかと行動を黙って見ていればとんだおてんば娘だ」
悪いことをした子供を諭すような声音でハーネスさんは嘆くと肩を竦め、その隣では私を捕まえた時に居たリーダー格の男性と大男がにやにや笑う。
「今ならまだ私の所に戻って来れば許してあげよう」
手招きをされ首を振ればハーネスさんは今度はレオナ先輩に視線を移す。
「こんな小娘に大金を払ってくれるのだから簡単な取引だと思わないか? あぁ、本当に百億払ってくれるならもちろん君が相手でも私は構わないよ。レオナ・キングスカラーくん」
「メイ自身に飽き足らず俺のことも把握済みか。この状況でもまだ取引とはとんだ商売根性だな」
ギリ、とレオナ先輩が歯を食いしばると彼らは肩を震わせ笑いだす。
「はははっ! それは負け惜しみかね? 君一人で一体何が出来ると言うんだ。私は取引相手がこちらのエディリダ様でも君でもお金さえ手に入れば構わないんだよ」
ハーネスさんの隣でスーツを着込んだ男性が私をじっと見つめている。
エディリダ、と呼ばれたその人は仮面を外していて姿が違うけど、競売中私に一億払うと言って会場中の顧客を一瞬で黙らせた人に違いない。
「ハーネスどういうことだ。あの子は僕の為に用意したはずだろう? 話が違うじゃないか」
「大変申し訳ありません。彼が乱入してくるのは想定外でしたので。もちろん彼との取引が成立しないのであればあの娘は一億で貴方の物になりますよ」
「本当か? まあ僕の物になるならそれでも構わないけど……」
「勝手なことを……!」
ニヤリと笑ったエディリダさんがこちらに近づくと、私を背に庇ったままレオナ先輩は二人を睨んで一歩後ろへ下がる。
お金で私をやりとりしようとするオトナたちの気味悪さに背筋に悪寒が走る。まるで私を物のように扱って、もし彼らにまた捕まってしまったら今度こそ何をされるのかわからない。
思わずレオナ先輩の背中に縋りつけばエディリダさんは顔を真っ赤にさせて憤る。
「だから! 違うだろ! お前は僕の物だろう!」
「ち、違います! 私は……私は誰の物でもありません!」
じりじりと私たちを囲む包囲網が狭まっていく。エディリダさんの怒りを鎮めるため私たちを早く引き離したいんだろう。
「レオナ先輩……」
不安でレオナ先輩の顔を見上げれば彼はまっすぐ二人を睨みつけ、杖を構えたまま動かない。
微動だにしないレオナ先輩を一瞥してからハーネスさんが目を細めて私を見つめる。
「悪い子だ。大人しくしていれば新しい家族の元で暮らせるというのに何が不満だというんだい」
「そんなこと望んでないです!」
「まさか、その王子様を信じているとでも? 学生時代のお遊びだといつ縁を切られてもおかしくないだろうに。夢を見るなとは言わないが、もう少し現実を見た方が良い」
「レオナ先輩のこと知りもしないのに勝手なこと言わないで!」
言わない。レオナ先輩がそんなこと絶対に言うわけがない。
「本当かい? なら彼は何故否定しないんだい? 沈黙とは肯定を意味するんだよ」
どうなんだい?とレオナ先輩を見てくつくつ笑うハーネスさんはエディリダさんと一緒に気味悪い笑みを浮かべた。
何度見ても慣れないその顔を見ないよう、レオナ先輩にもはや抱き着く形で彼の背に埋めた私は目を閉じる。
早く、早くこの場所から離れたい。これ以上あの人達と話をしたくない。
「早く投降したほうが君の為だと思うんだがねぇ。君たちの行動は最初から把握済みなんだ。私のユニーク魔法でね」
「っ……!」
目を細め、にやりとハーネスさんが笑う。
彼は上着の内ポケットに手を入れるときらりと光る魔法石を取り出した。
「テメェ魔法士か……!」
「公表はしていないがね。切り札は隠しておくべきだろう?」
そう言ってハーネスさんは魔法石をすぐにしまうと肩を竦める。
「といっても大した魔法じゃない。触れた相手に通常は感知できない特殊な匂いを付けるだけの可愛い魔法さ」
「に、おい……⁉」
「所謂マーキングだね。陸上で付けた匂いは水を浴びれば簡単に落ちてしまうものの居場所が把握できればその間に出来ることなんて山ほどある。隠し撮り、住所の把握、いつ、どこで、何をしているかの予測だって簡単さ」
そう言って口角をあげたハーネスさんはにやりと笑う。
「この魔法は匂いをつけられた者が触れたものへと伝播する。匂いを辿ることで訪れた場所、出会った相手、触れたもの、その全てがわかるんだ。後は私のあみだした魔法でこの特殊な匂いを嗅ぐ力を得たエージェントが残された痕跡からターゲットを捕捉。匂いが消えた後も勝手に趣味趣向から個人情報まですべて調べてくれる」
「……だから、オンボロ寮にワンダー・リンクがあるの知ってたんですね」
ずっと不思議だった。化粧品や日用品に混ざってゲームソフトが贈られてきたことが。
彼には寮内にワンダー・リンクが置いてあるなんて話したことは一度もないのに、どうしてそんなものを送ってきたんだろうって。
私の周辺を調べたそのエージェントがこっそりと私の事を観察していたならどこかで知るタイミングがあったんだろう。
贈り物や電話だけでなく、見張られていたのだという事実に悪寒が走る。私を懐柔するためにそんなことをするなんて信じられない。
「彼らの知らせを聞いた限りでも君は少々じゃじゃ馬のようだったからね。捕えて以降も匂いを追わせていれば大人しく競売にかけられたと思ったら勝手に機関室に移動して船を止めるどころか機械を破壊するだなんて……。甲板に出たのは味方を呼ぶ合図でもするつもりだったのかな? 本当に悪い子だ」
「全部お見通しってわけか……」
ぐるるるとレオナ先輩の喉が鳴る。威嚇をものともせず笑い続けるハーネスさんは私とレオナ先輩を見てにやにやと笑っている。
人身売買をするためなら何でもする彼への恐怖、そして不安と緊張で汗と涙がにじみ出す。それでもあんな人たちに負けたくなくて必死に震えだけは隠そうと足に力を入れるとレオナ先輩が片手を彼の身体に回していると私の腕に重ねてくれる。
「レオナ先輩……っ」
「かかれっ!」
私が先輩の名前を呼ぶのとハーネスさんが部下に合図をするのはほとんど同時だった。
力強く床を蹴る音と共ににじり寄っていた男性たちが私たちに一斉にとびかかる。
「助けに来たよメイさん!」
ぎゅっ、と目を瞑ってしまいそうになったその瞬間、待ち望んだ声が耳に届いた。
「ターゲットを捕捉、魔導エネルギー充填完了。魔導ビーム発射ニ秒前……」
「やっちゃえクリオネちゃん!」
「発射!」
「メイ……!」
閃光が放たれるその瞬間、レオナ先輩が私に覆いかぶさる。
私たちの頭上を光が通りすぎるのと同時に長い脚が近づいてきた男性の顔面を蹴り飛ばす。
ばた、ばたばた、と何人かが倒れる音がして、遠くからエディリダさんの悲鳴がする。
「な、なんなんだよお前たち! 自分の立場がわかっているのか⁉」
「そいつはこっちの台詞だぜ旦那ァ!」
大きな尻尾の持ち主が先端に狐があしらわれた杖で近くに居た男性を殴って転がすとエディリダさんを見ながらこちらに向かって振り向いた。
「時間稼ぎご苦労メイくん、レオナくん! 予想通り襲われてたお嬢さんたちは先に救命ボートで避難させた!」
「ハッ、当然だろキツネ野郎。誰の作戦だと思ってるんだ」
体を起こしたレオナ先輩は私の手を掴んで立たせてくれると杖を構えて近くに居た男性を魔法で吹き飛ばす。
「くそ、まずいですハーネス様!」
大男が咄嗟に倒れていく仲間を避けながら後退したハーネスさんとエディリダさんを背に庇うと彼らは私たちを睨みつける。
「お仲間の姿が見えないとは思ったが、やはりそういうことか……」
「気づいてたくせに勝手に長話をしてくれたとは随分と余裕じゃねぇか」
「状況は常に先読みすべきだろう。計画とは先読みに制した者が勝つようにできている!」
そう言ってハーネスさんは近くの柱に取り付けられた蓋を開けると力いっぱい拳で叩く。
すると、大きく船体が揺れて黒煙が上がりだし、悲鳴と共に大勢の人たちが甲板へと逃げ出してきた……。
←前へ 次へ→