02
「へぇ、だからそんなになっちまったんスね」
植物園に運ばれてきた時と同様にバスケットの中に入れられた芽唯はサバナクロー寮に着くとすぐにレオナの部屋に案内された。……案内、といってもレオナと一緒に彼の部屋に入っただけなのだが。
サバナクロー寮に向かう前、バスケットの中に詰め込まれていた弁当箱などをすべて取り出したレオナは中が汚れていないことを確認してからバスケットにぎゅうぎゅうとクッションを押し込んだ。
流石に入らないのでは、と芽唯が止める間もなく飲み込まれたクッションはどうやら魔法で大きさを変えたらしい。
中に元々入れられていたお弁当箱たちは魔法で浮かべ、レオナ自ら芽唯とクッションを詰め込んだバスケットを運んでくれたおかげで植物園からレオナの部屋まではエースとデュースに運ばれていた時のように振動に悩まされることはほとんどなかった。
そうして作られた即席の移動用品兼快適なベッドとなったバスケットの中で横になり、そのバスケットを傍らに置いたベッドの上で寝転ぶレオナとくつろいでいると、いつも通りレオナの部屋の片付けに来たラギーがバスケットの中で眠る小さな芽唯を見つけ、耳や尻尾の毛を逆立てて「レオナさんが変なもん作った!」と騒ぎだしたのがつい先ほどの出来事だ。
洗濯物を掴んだまま腰を抜かしたラギーを舌打ちしたレオナが睨みつけ、慌てて立ち上がった芽唯が事情を説明。
始めのうちはレオナを訝しんで見ていたラギーだったが、いくつか問答をすれば巻き込まれ体質であることも考慮し、ようやく本物であると納得できたようだ。
「オレはてっきりレオナさんが怪しい魔法でも使ってメイくんによく似た何かを作っちまったのかと思ったッス。あー、びっくりした」
「よく似たなにかってなんだよ。んなもん作るくらいなら本物を常に傍に置いときゃ良いだろ」
「そりゃそうだ。でもほら、イグニハイド生はフィギュアとかなんとかって好きなキャラクターに似たもん集めてるじゃないッスか」
「俺をギーク集団と一緒にするんじゃねぇよ」
はぁ、と深くため息を零したレオナはしっしっとラギーを手で追い払う仕草をする。早く洗濯物を集めて出て行けということだろう。
レオナに追い払われたラギーは肩を竦めながら指示通り洗濯物を拾い集める。
いつもであれば芽唯も彼を手伝う……というか、彼が来る前に洗濯物をまとめておくのに小さな体がもどかしい。
「あ」
もやもやとしたものを抱えながらラギーを見守っていると、ふと何かを思い出したように顔を上げてこちらを見た。
「どうしたんですか?」
「ちょーっと頼みたいことがあるんだけど……」
小声で話しだしたラギーはちらりとレオナを盗み見、既に寝息を立てている彼が何も言わないのを確認すると手のひらを芽唯に向ける。頼みたい、そう言われて断る理由もなかった芽唯は躊躇うことなくラギーの手に乗り移る。
レオナほどとは言わないが、ラギーも男性なのだなと改めて思わされるごつごつとした大きな手のひらは芽唯をゆっくり運ぶと部屋の片隅にあるチェスト近くに下ろされた。
「今のメイくんなら後ろの隙間に入っていけない?」
「隙間……ですか?」
そう言ってラギーが指差したのは壁とチェストの隙間。
マジカルペンを取り出したラギーが魔法で照らすと掃除しきれないそこには埃が積もっていて、その奥で何かがきらりと輝いた。
「なにかある……?」
輝きに惹かれるように覗き込んだ芽唯に合わせてラギーがマジカルペンを出来る限り隙間に押し込む。どうやら光を反射したのはブレスレットのようだ。
「それ、レオナさんのなんスよ。普段あんまり使わないからまだ気づいてないっぽいけど、この間掃除中に落としちまって……。滅多に使わないくせに、こういう時に限って『おいラギー俺のブレスレット知らねぇか』とかあの人言い出すから早く回収したいんス」
困ったように耳をぺたりと伏せたラギーは壁に頬を押し付けるようにしてチェストの裏を覗き込んでは苦々しそうにブレスレットを睨みつけている。
きっとレオナに気づかれないよう何度か回収しようと試みたが諦めてしまった……ということなんだろう。
普段からオンボロ寮のあらゆる隙間に手を焼いている芽唯にはラギーの気持ちが痛いほどよくわかる。こういうものは転がってしまうと何故かギリギリ手が届かなくてヤキモキする位置に留まるものだ。
それにこのままブレスレットが見つからなければレオナは困るし、ラギーもきっと怒られてしまう。
「わかりました。手前の埃を軽く退けてもらえれば私取ってきます!」
今の自分が役に立てるまたとないチャンス。これから数日迷惑をかけてしまうことを考えたら埃につっこむくらい安いもの。それにこの姿ならたとえ埃塗れになったとしても水道を軽くひねるだけで滝のように水を浴びることができる。
「さっすが、話がわかる! 埃くらいなら風魔法で……」
よ、っと慣れた様子で放たれた風魔法が埃を巻き上げ奥へと抜ける。きっと普段から掃除で使うことがあるのだろう。これだけ埃が巻き上げられればほとんど汚れる心配もなさそうだ。
何の躊躇もせず隙間に入った芽唯は、埃は吹き飛んだものの普段掃除されていないせいか多少べたつく足元に気を付けながら奥を目指す。
と言っても所詮はチェストの裏。小さい芽唯にもそこまでの距離ではなく、目的のブレスレットにはすぐにたどり着いた。
「問題はここから……だよね」
「メイくんどうッスか? 動かせそう?」
心配そうにのぞき込んでくるラギーを一度振り返ってから芽唯はブレスレットに手を伸ばす。
レオナの腕を飾る役目を担ったそれは一部のサバナクロー寮生に比べれば細身だが、しっかりと男性であることを認識させられる太さで作られていて、輪っかを作るためのビーズ一粒一粒が今の芽唯にはあまりにも大きい。
「えっと……」
試しに両腕でビーズの一つに抱き着いてぐいっと全身を使って引っ張ってみる。ぐっ、ぐっ、と何度か試してみるがなんとなくビーズ同士が擦れる音はするが動いている様子はまったくない。
「もし無理そうなら無茶しないで、引っかかってるとこさえ外してもらえれば俺が魔法で引き寄せるから」
「わ、わかりました!」
振り返ってラギーに返事をした芽唯はブレスレットから体を離すと今度は跨いで乗り越える。
手前の方は特に引っかかっている様子はない。それに後ろにまわりこめ押し出すことくらいは出来るかもしれない。
「よ、いしょっ……!」
再びブレスレットに触れた芽唯はぐ、っと力を籠める。引っ張るよりも体重をかけられる分、今度はブレスレットがしっかり動いた。ずり、っと音を立てて動いたそれにラギーも「おっ」と声を出すとマジカルペンを軽く振る。
すると芽唯が抱き着いたままのブレスレットがふわりと浮かび、ラギーの手にゆっくりと収まった。
「よかったー! さっすがメイくん、頼りになるッス」
「お役に立てたみたいでよかったです!」
芽唯がブレスレットを手放せば、ラギーが軽く手袋で磨いて埃を払うといつもアクセサリーを並べているところに戻す。これでラギーがレオナに叱られることはないだろう。
きらきらと輝くブレスレットを救出した満足感。そして、隙間に潜り込んでこんなことをするなんて今の自分にしかできないのだという優越感。
ブレスレットをじっと見つめた芽唯は数度瞬くとラギーを見上げながら口を開く。
「あの……ラギー先輩もしよかったらなんですけど──」
◇◆◇
「それじゃあ姫さんここの隙間を頼む!」
パンッ、と手を合わせて頼む寮生に頷いてから暗闇に向かって歩を進める。そして今度は懐中電灯を使ったラギーが奥を照らせば、寮生の探し物であるプリントが落ちていた。
大きめのブランケットを引きずるような感覚で引っ張り出せば、豹の耳を持った寮生が半分泣きながら芽唯とプリントに飛びつく。まるで生き別れの家族との再会を喜ぶかのように、彼にとってはそれほどまでに大事なプリントだったらしい。
「これ! これだよ! うわやべっ、提出期限今日じゃん⁉」
「ちょっとちょっと、喜ぶのは良いけど先に報酬払ってもらわないと」
「あっと……、そうだった!」
はい、姫さん。……それとラギーも。後者には少しだけ嫌そうに報酬を受け渡した寮生は『これでトレインに怒られずに済む!』と急いで記入を始めたが、数秒後には首を傾げているので空欄がすべて埋まるかは少し怪しいかもしれない。
「順調ッスね。にしても、メイくんがまさかこんな商売を思いつくなんて」
「商売だなんて。数日お世話になるから少しでも役に立てたらって思っただけで」
「いやいや、ちゃーんと報酬は貰っとくべきッスよ。どうせうちの寮生はメイくんが困ってたら手は差し出すんだし、貰える時には貰っとかないと」
用事が済んだので部屋を後にした芽唯とラギーはサバナクロー寮の談話室に戻る。
その一角の席には「なんでも屋開業中。狭い隙間のお探し物はお任せを!」と書かれた手作りの看板が立てられている。
芽唯を手のひらに乗せて運んでいたラギーは彼女をその看板の横に下ろすと自身も椅子に腰を下ろす。
「でも、まさかこんなに依頼されるとは思っていませんでした」
ぱんぱん、と軽く自分の制服についてしまった埃を払いながらラギーを見上げれば彼は苦笑し目を細める。
「レオナさん含めてみんな結構よくやるんスよ。扱いが雑っていうか、力が有り余ってるっていうか。さっきのプリントだって適当に放った勢いであの裏に落ちちゃったんだろうし」
俺はもちろんそんなことしないけど。と笑ったラギーは仮に一マドルでも落としたら血眼で見つかるまで探すだろう。
レオナが眠っているのを確認して彼の部屋をこっそり出てから早数時間。
ラギーと始めたなんでも屋という名の小さなバイトは大繁盛。掲げている看板と一緒でお代もなんでもいいと伝えているが大半はマドルで支払われ、知らない間に教室から運び込まれていた芽唯のカバンから取り出してもらったお財布に数枚の紙幣が収められる。
いつも構ってもらったり、麓の町で見知らぬ人に絡まれた時は彼らが率先して助けてくれるので無償でもよかったのだが、報酬に関してはラギーが一歩も譲らなかった。
芽唯からしてみれば些細なことをしているに過ぎなくて申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、寮生たちは快く報酬を払ってくれるので辞めようとも言い切れず今に至る。
「なあ姫さん、替えの服とかどうするんだ?」
「えっ?」
数件前に依頼を済ませた生徒がラギーの前に座って芽唯に問う。
彼は芽唯の服に着いた埃を指先でつまむと息を吹きかけて遠くに飛ばす。流石に何度も隙間に潜り込んだせいか、払いきれない埃が芽唯の黒いナイトレイブンカレッジの制服を白く染め始めている。
「確かにそのサイズじゃ普段の服は着れねぇよな」
「あー…………」
報酬として頂いたマドルはありがたく今後の食費や生活費に充てようと思っていたが、今は目先の問題を解決するのに使うべきなのかもしれない。
「サムさんのお店……にも流石にないよね」
特徴的な喋り口でなんでも用意してくれる店主の顔が脳裏に浮かぶ。
けれど子供よりも小さなサイズなんていくらなんでもあるわけがない。クルーウェルなどは自分の衣服に自動でサイズがぴったりになるよう魔法をかけていると聞いたことがあるが、流石にこのサイズまで縮ませることは不可能だろう。
「うーん……」
芽唯が首を捻ればラギーを含めて何人かのサバナクロー寮生が首を捻る。けれど、大半は己の肉体やそれを使った技術を鍛え上げることに注力し、どちらかと言えば頭を使うのは不得意な生徒が多いサバナクローでは良い答えが上がってくる様子はない。
それに学園で買い物が出来るのは学食か購買のどちらかで、あのサムが切り盛りする購買で手に入らない物は麓の街に降りたところで見つかることはないだろう。
この数時間はみんなの役に立てたおかげで便利だと勘違いし始めていた小さな体がやっぱり不便で仕方がないことを再認識してしまった芽唯はため息をつく。
「ふふっ」
「えっ、なに⁉」
「メイくん?」
はあっと息を吐きだした瞬間、耳元で誰かの声がした。
だが、ラギーや他の寮生には聞こえていなかったのか、芽唯に注目が集まっただけで彼らは首を傾げている。
「今……誰かが……」
咄嗟に耳を抑えたが、そもそも今の芽唯の耳元で誰が話せるというのだろうか。
きょろきょろと辺りを見渡しても芽唯より大きい生徒だらけ。それに、あの鈴の音を転がしたような高い音をこの屈強な男性の集団が出すとは思えない。
「メイくん疲れてるんじゃない? そろそろ部屋に戻った方がいいッスよ。レオナさんにそろそろバレるかもしれないし、いないってわかったら二人して怒られるかも」
芽唯の様子を流石に不審に思ったのかラギーが手を伸ばす。
「そう、ですね……」
差し出された手のひらに芽唯は乗ろうと足を伸ばした。
「っ⁉」
ラギーの手に足が触れそうなった瞬間、体が勢い良く何かに引っ張られる。
ぴんと背中の布が伸び、後ろに後退を余儀なくされた芽唯が前のめりになろうと足掻けば足掻くほど背中は後ろに引っ張られ、芽唯はついに足を滑らせてしまう。
「姫さん!」
「っ何が起きてるの⁉」
もう芽唯の両足は床についていない。ふわりと浮かんで後ろに向かって飛んでいる。
慌てて寮生が何人も手を伸ばすが芽唯の体はまるで背中に意志でもあるかのように後ろに向かって突き進み、テーブルの端から飛び降りた。
けれど床に激突することもなく、周りを囲んでいた寮生の足元を器用に縫うように飛んでいく。一瞬、羽音のようなものが聞こえたのは錯覚だろうか。
「ひっ」
咄嗟に捕まえようと踏み出して足を上げる寮生とその下をギリギリ潜って逃げ続ける自分の体。訳のわからない状況に恐怖のあまり顔を覆った芽唯は指の隙間から彼らの靴の裏を見て息を呑んだ。
「踏んじまう!」
「姫さんそっち危ない!」
「そんなこと言われても……!」
芽唯から見れば物語に出てくる巨人のような大きさの寮生たち。その足元で自分の意志に反して動き回る身体は一体何が起こっているのか。
きゅっと身を縮こませ、背中を引っ張られる感覚にただ身を任せていると遠くから咆哮が響く。
「っあ⁉ りょ、寮長⁉」
芽唯を踏まないように、けれど必死に捕まえようとしていた寮生の動きがぴたりと止まる。
だが芽唯の背中を引っ張る謎の現象だけは止まらない。
「きゃっ⁉」
寮生の動きが止まりようやく道が開けたと思ったのか、芽唯の体は一直線にどこかに向かって飛んでいく。
背中越しではっきりとはわからないが、この方向は寮の外に向かっているのだろう。
「ど、どこに行くつもりなの……っ」
耳元で笑った声の主がきっと犯人だ。背中に向かって声をかけるが返事はない。
なすすべなくきゅっと目を瞑ろうとした芽唯の視界に鮮やかな緑が映る。
「っ、レオナ先輩……!」
縮こまっていた体を、例え腕折れても足が抜けても構わないとどこか一部でもレオナに掴んでもらうために精一杯伸ばす。
「ラギー!」
「っ、効くかどうかわかんないけど──
レオナが呼びかけるとラギーが咄嗟にユニーク魔法を使う。それは芽唯に向けてではなく、芽唯を引っ張る何かに向けて。
その途端、芽唯の体を振り回していた何かがぴたりと止まり、芽唯の体はレオナの方へと向けられる。
視界の片隅では見えないながらも正体不明の何かに魔法をかけ、掴んでいるものを放り投げる仕草をしたラギーの姿がちらりと見えた。
「ひっ!」
ぽすり、とレオナの手に受け止められた芽唯は胸元に抱えられて悲鳴を上げる。芽唯からしてみれば何十回建てのビルから飛び降りたような気分だったせいで心臓が早鐘を打って止まらない。
ぴたりとレオナの胸に縋るように抱き着けば、自分と同じくらいレオナの心臓も悲鳴を上げている。
「せ、先輩……」
「っ……何してんだテメェら!」
「いやっ、あの、えっと……ですね……」
いつもは威勢のいい寮生たちが身を震わせて、レオナの怒りにどう対処すべきかと視線を彷徨わせる。
「ラギー!」
「……駄目ッス。逃げられた。俺のユニーク魔法は数秒程度しか効かないってレオナさんも知ってるでしょ」
一方でそんなレオナをものともしないラギーは肩を竦めて最前へとやってくると芽唯の顔を覗き見た。
「大丈夫ッスか?」
「はい……なんとか……」
幸い、普通の人からしてみれば大した高さじゃなかったのだろう。
芽唯の恐怖に反してレオナに受け止められた時の衝撃は少なく、どこも体は痛くない。むしろいまだに荒ぶったままの心臓の方が痛いくらいだ。
「……どういうことか、俺が納得する説明できるよなァ?」
「えっと……」
キッと目を吊り上げたレオナに許されるような説明できるのか。芽唯は少し自信がなかった。
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