03


 レオナの部屋に連れ戻された芽唯はクッションの上に下ろされる。
 優しい対応とは裏腹に不機嫌そうなレオナは口を閉ざして不満を尻尾で表した。ぱしぱしと何度もベッドに打ち付けられる尻尾の音が沈黙の重さを物語る。
 そんな音を聞きながら引っ張られ続けてよれよれになった制服を撫でつけてみるがあまり変わらない。
 それどころか髪も含めて何もかもがボロボロで、事件が起きましたと言っているようなものだった。

「……まず、何をしに部屋を出た」
「それは……少しでも役に立てればなって……」

 部屋に通されなかったラギーがせめて怒られないように彼のことは伏せながら、自分から隙間の落とし物を取ることを買って出たのだと言えばレオナは「へぇ?」と目を眇める。
 ……恐らく嘘はバレているのだろう。
 レオナの隣でくつろいでいたはずなのに、突然「隙間に入りたいです」なんて言い出すなんておかしいに決まっている。
 けれどレオナは続けろと言わんばかりに顎で促すので芽唯はごくりと息を呑むと、そのまま「みんなの部屋に色々落ちてて……」と目を合わせないようにしながら話を続けた。
 きっかけはラギーだったが続けたのは自分の意志だ。怒られるのは自分一人でいい。

「プリントとか……硬貨とか…………。大掃除はこの間したばかりで、動かすのはめんどくさいけど必要な物を落しちゃって困ってたから……」

 寮生活、しかも男子生徒の部屋ともなれば時折大掃除と称して全体での掃除をする機会が設けられている。
 レオナは寮長なのだから参加しろと言われたり、逆に居ても結局邪魔だからとオンボロ寮に追い出されたりと様々だったが、肉体派の揃っているサバナクロー寮生が本気を出せば家具の裏を掃除することだって簡単だった。
 けれど、それも定期的に行うというだけで毎週やるわけではない。
 先週大掃除したのに大事なプリントを落してしまった。次の片付けで発見した頃には提出期限は過ぎているだろう……。そんな生徒を芽唯は実際さっき助けた。
 少しの嘘に真実を交えて話せばレオナが大きくため息をつく。

「なんでお前がそんなことをする必要がある。自分が今どれだけ危険な状態で、実際に危険な目にあったのに状況がわかってねぇのか?」
「あの……えっと…………。ごめんなさい」

 レオナの怒りはもっともで、言い訳がましい言葉を並べたが自分が悪いことはわかっている。
 素直に謝った芽唯は肩を落とし、思わずクッションに正座で座って頭を下げた。

「その……あんなことになるとは思ってなくて。と、いうか……何が起きたのかわかってなくて」

 部屋に帰ろうとラギーと話していたら突然身体が浮き出して、どこかに連れて行かれそうになった。
 芽唯にわかっているのはただそれだけで。じゃあ何に連れて行かれそうになったのか、なんて聞かれても答えを出すことは出来ないのだが、想定外の事が起こったということだけは事実だった。

「なんだったんでしょう……」

 芽唯が上着を脱げば、背中の一点に皴が集中している。ぎゅっと掴まれたのがここだという証拠。

「……ったく。異変が起きる前に予兆はなかったのか」

 呆れたように息を吐いたレオナは前髪をかき上げ芽唯を見下ろす。
 その瞳からは怒りはもう消えていて、どちらかと言えば芽唯を心配しているように見える。
 鋭さが消え、柔らかくなった瞳に安心した芽唯はもう一度「ごめんなさい……」と謝ってから「耳元で笑い声が聞こえました」とだけ返す。

「あとは……特に何も。でもきっと羽根が生えてたんだと思うんです」
「それは飛んだからか?」
「それもあるんですけど……、わずかに羽音みたいなものが聞こえた気がして」

 本当に一瞬だった。耳をかすめた音が芽唯の背中を引っ張っていた何か≠フ音であるとは断言できない。たまたま他の何かが通り過ぎたか、飛んだことで感じた錯覚による気のせいと言う可能性も捨てきれない。
 けれど他に情報がない今はあれがヒントだと仮定して想像を巡らせるしかないだろう。

「今の私と同じくらいの背丈だとして……妖精、とか?」

 背中を引っ張られた感覚を思い出しながら芽唯は目を閉じる。相手がレオナたちと同じ普通の人間サイズであれば芽唯はぎゅっと全身を掴まれているはず。
 けれど、あの時芽唯を振り回した何かは恐らく自分と同様の背丈の持ち主で。それで羽根が付いているとすれば芽唯が知っている生き物は妖精だけだ。

「……………」

 芽唯の言葉を受けて同じように目を伏せたレオナは少しの沈黙の後に口を開く。

「確かに今の情報から想定できるのは妖精くらいだな。……もしかしたら、理由はわからねぇがお前がこうなったのもそいつに原因があるのかもしれない」
「こうなった?」
「小さくなったまま戻らないことだ。不自然だろ。いくら異世界人とはいえ適量で作ったささやかな魔法≠ェ込められたクッキーのせいで何時間も縮んでるなんて」

 また妖精絡みかよ……、とため息をついたレオナは虚空を睨む。なんだかそこに特定の人物の……マレウスの顔が思い浮かべられている気がした芽唯は思わず「ツノ太郎に聞けばわかりますかね?」と聞いてしまった。

「トカゲ野郎に?」

 訝し気に目を細めたレオナは口をへの字にさせると「なんで……」と呟いてから「いや」とまるで自問自答しているように呟くと芽唯の頬を指先でなぞる。

「確かにその方が手っ取り早いかもしれねぇが……」

 きゅっと眉間に皴が寄せられ、言葉にされずとも彼に聞くのを嫌がっているのが伝わってくる。

「チッ、背に腹は代えられねぇか……」
「そ、そんなに嫌がらなくても……」

 相変わらずマレウスを毛嫌いしているレオナに肩を竦めた芽唯は「ただ聞いてみるだけですよ」と付け足す。
 茨の谷の時期王でありドラゴンの末裔であるマレウスだが、すべての妖精を従えているわけではない。
 以前植物園で春の訪れを祝う妖精たちの祭・フェアリーガラが開催された時には小さな妖精たちには独自の女王が存在していたし、マレウスは自分のような大きな妖精が近付けば彼らは怖がって逃げてしまうだろうと語っていた。

「見かけたことがある妖精とか、もしかしたら気配を感じてたりしないかなーとか。ちょっとしたヒントを貰うだけですから」

 角が折れてしまった今はかつてほど繊細に力を操れなくなっているらしいので難しいかもしれないが、彼の力で原因が判明する前に元の姿に戻ることが出来るかもしれない。
 そんな少しばかりの希望と共に彼らの知る情報を確認するだけ。それでもだめ?そんな意味を込めて「ね?」と首を傾げてみせればレオナは渋々頷いた。
 
◇◆◇

「ふむ……ヒトの子の体を小さくする妖精、か」

 翌日、朝の食堂で姿を探せばマレウスはすぐに見つかった。
 大半の生徒は以前ほど彼を遠巻きにすることはなくなったせいか、近くの座席はほとんど埋まっていたがレオナとラギーが座るスペースはなんとか確保できた。

「もしくは見慣れない妖精がいた……とかでもいいんだけど」

 座席を必要としない芽唯はマレウスのトレーの近くに腰を下ろして彼を見上げる。
 すぐ傍にはレオナがちぎってわけた朝食がふわりと浮かんでいて、時折口元に寄せられるので芽唯は小さな口で齧りつく。

「妖精と言ってもピンからキリまでおるからのう。元来いたずら好きというのもあるし、わしらのように人に混ざって生きるものならともかく、小さきもの達のこととなると見当もつかん」
「そもそも小さくなった原因は魔法薬の授業がきっかけだと聞いていたが? どうして妖精の仕業という話になったんだ」

 マレウスと共に食事をしていたリリア、セベク、そしてシルバーは自然と芽唯を取り囲む形になり会話に加わる。

「昨日メイくんが見えない何かに襲われたというか、誘拐されかけたんスよ。幸いレオナさんが助けたから無事だったけど、器用に飛び回るから俺らだけじゃ助けらんなかったかも」
「その犯人が妖精ということか? 攫われかけたとなれば確かに問題だが、妖精と決めつけるのは……」
「羽根の音がしたんです。ほんの一瞬だったんだけど……それで今の私と同じくらいの大きさなら妖精なんじゃないかなって」

 あくまでも可能性の問題なのだと主張すれば、シルバーは納得したように「そうか……」と零すとマレウスに声をかける。

「メイの直感は信じられます。あの旅の中でも何度も助けられたことがある。何かご存じありませんか?」
「……大半の小さき妖精は僕の姿を見つけたら隠れてしまうからな。リリア、セベク、お前たちはどうだ?」

 肩を竦めたマレウスは心当たりがないのだろう。マレウスに倣って二人を見ればどちらもが首を横に振る。

「そっか……」
「役に立てなくてすまんのう。じゃが、確かにお主の体からは妖精の魔力の残滓を感じる。それが摂取した食べ物からなのか、攫われかけた時の接触によるものなのかはわからんが、近くを妖精が飛び回っていたというのは確かじゃろう」
「そもそもお前は合格を得たクッキーを食べたのにそうなったのだろう? ならば製作過程ではなく、口に入るまでの途中でそのような作用のある何かが紛れ込んだと考えるべきではないか?」
「口に……?」

 セベクの言葉に瞬きを数度繰り返した芽唯はあの時のことを思い出す。
 クルーウェルに評価を貰い、無事に合格を喜んだ芽唯とグリムは席に戻って実験の最後の工程として効力を実感すべくクッキーを包んだ袋を広げた。
 けれど、次に審査されていたのがエースとデュースであったため、彼らが戻ってくるのを待ってからクッキーを口にすることにした。何かが紛れ込むとしたら最後はこの瞬間以外ありえない。

「けど、グリムは無事だったし……」

 魔獣には効かないものだったのか。それとも芽唯が手にしたクッキーにだけ偶然細工されていたのか。もしくは口に入る直前に何かが起きたのかもしれない。
 広がり続ける可能性にため息を零した芽唯は最後の一口に齧りつくと目の前にマレウスが浮かべてくれた水滴に吸いついた。

「ほう、これはこれは……。普段のお前も好ましいが、こうも小さいと変わった趣を感じられて悪くない」

 目を細めたマレウスが「代わりはいるか?」ともう一杯分の水を浮かべてくれるので頷けば、水滴の方から芽唯の小さな口に優しく飛び込んでくる。

「キングスカラーの元ではまた襲われるかもしれないと不安だろう。お前が望むのであれば僕の傍に置いてやろう」
「えっ」

 ごくり、と水を飲み込めば思わぬマレウスの発言に芽唯は瞬きを繰り返す。

「えーっと……」

 確かにマレウスが傍にいてくれれば昨日のようなことは起らないだろうし、妖精が犯人だとすれば同じ妖精であるリリアやセベクが何かに気づいて捕まえるチャンスがあるかもしれない。

「うーん……。でも……」

 けれど、小さくなっているとはいえ恋人以外の異性の傍で寝泊まりすることは憚れる。
 夢の中ではセベクやシルバー、そして右大将として夢に囚われていたリリアと何日も寝食を共にしたが、あの時とは訳が違う。
 しばらく考えた後芽唯は首を横に振ってマレウスを見上げる。

「気持ちだけもらっておくね」
「……そうか。お前がそれでいいなら僕は構わない」

 目元を緩めて微笑むマレウスに笑みを返した芽唯は立ち上がると彼らに背を向けてレオナの方へと走り出す。と言っても芽唯が歩いているのはテーブルの上。芽唯にしてみれば遠い距離だが、普通のサイズのみんなにとっては目と鼻の先にいると変らない。

「レオナ先輩、そろそろ授業に行かないと」
「…………」

 ぺち、っとずっと黙って話を聞いてくれていたレオナの腕を叩けば無言で手のひらの上に乗せてくれる。

「……ラギー、片付けておけ」

 とっくに食べ終わっていたであろうトレーをラギーに押し付けて立ち上がったレオナはそう言って、振り向きもせずに大食堂を後にする。

「トカゲ野郎の世話になった方がよかったんじゃないか」

 食堂を出て、まだ誰もいない渡り廊下でぽつりとレオナが拗ねたように呟いた。
 なんとなくそう言われるだろうなとわかっていた芽唯は肩を揺らして笑いながらレオナを見上げて微笑む。

「レオナ先輩の傍以上に安心できる場所なんてないですよ」

 まだ少し不満そうにへの字を描いた口がいつもの自信たっぷりの笑みに早く戻るよう、落ちないように自分の体に軽く添えられていた親指に頬をすり寄せた。

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