04


 大きな欠伸をかきながら授業に出席するレオナの机の上に座った芽唯は三年生の授業を聞きながら夢うつつの状態だった。
 この体は移動するだけでも苦労の連続。慣れない環境での疲れとまだ学んでいない範囲の授業は睡眠を促す以外の効果はなく、レオナと同じタイミングで舟をこぐ。
 幸い……というべきかはわからないが、事情を知る教師たちは芽唯が授業中に寝てしまっても咎めなかった。けれど、当然のことながらレオナは教師に居眠りを指摘され、いくつか課題を出されてしまったがいつものことだと彼は気にしなかった。
 レオナも芽唯も無防備に眠りこけるが、教師が目を光らせているからか授業中は昨日のようなことが起こることもなく平和な時間がただ過ぎる。
 小さくなってしまった原因はいまだに解明できていないが、こうして過ごせれば問題はない。そう思ってたのに休憩時間に突然悲鳴が上がった。
 声の主は芽唯でも、もちろんレオナでもなく、彼の机の上を覗き込んだヴィルのものだった。

「ちょっと! アンタもしかして昨日からそのままだなんて言うんじゃないでしょうね!」
「えっと……そう、ですけど」
「制服は皴や埃だらけだし、髪もボサボサ……! 信じられない!」
「ったくうるせぇな……。俺の席の近くで騒ぐんじゃねぇよ……」

 授業中から腕を枕にしてずっと眠っていたレオナが目を開ける。大きな欠伸をするので鋭い牙が見えるな、と見上げていれば弱い力で芽唯の身体が後に引っ張られた。

「わっ⁉」

 何かと思えばヴィルが指先で芽唯に触れ、身だしなみのチェックを始める。

「お風呂……せめてシャワーは⁉」
「な、ないです」

 こんな小さなサイズあるわけがない。首を横に振ればヴィルが信じられない生き物を……世の中の誰もが見たら悲鳴をあげたり、退治せねばと武器を探し始めたりするカサコソと動くアレを見た時のような表情を浮かべる。
 もちろんその視線の先に居るのは芽唯なのだが、軽く前髪を指で梳けばギシギシと残念な手触りが伝わってきて苦笑することしかできない。

「この酷い皴は……制服のままで眠ったのね?」
「今の私に合うサイズなんてないですもん……」
「ごちゃごちゃうるせぇぞヴィル。それどころじゃなかったんだよ」
「だまらっしゃい! こんなデリカシーの無い男に縮んだアンタの面倒が見れるわけがなかったのよ。話を聞いた時にすぐにでも引き取りに行けばよかった!」

 わなわなと震える拳で力強く机を叩いたヴィルは「アタシが知ったからにはこうしちゃいられないわ」とスマホを取り出すと誰かに連絡を取り始める。

「すぐ来てもらえるかしら。え? 一緒にいる? 丁度いいわ。引きずってでも一緒に来て頂戴」

 早くね!と催促するとすぐに通話を切ったヴィルが芽唯とレオナに向き直る。

「アンタたち、逃げられると思わないことね」

 あまりのヴィルの迫力にその場に尻もちをついた芽唯は弱々しく頷くと振り返る。
 視線の先では面倒なことになったという気持ちを隠そうともしないレオナがため息をついていた。

◇◆◇

「わあ! メイ・シラフジさん本当に小さくなっているんだね!」
「ヴィル氏からいきなり『オルトと一緒に来い』って言われた時はどうしようかと思ったけど、拙者が呼ばれた理由がわかりましたわ」

 教室にやって来たヒューマノイドとタブレットがレオナの席で騒ぎ立てる。シュラウド兄弟は芽唯を見つけるとそれぞれの反応を示した。

「わざわざ来てもらってすみません……」
「別に。君にはいろいろ借りがあるし……、そんな姿じゃ困ることだらけでしょ」

 ちょっとごめんね、と一言謝ったイデアがオルトの名前を呼ぶと、呼ばれたオルトは「わかった」と返事をして芽唯をじっと凝視する。

「スキャン完了。身長約十六センチ。一般的なスケールフィギュアサイズと一致。購買及び麓の街で即購入可能な商品をリストアップします」

 オルトの声が感情の乗らない機械音声に切り替わるとイデアと通信が繋がっているタブレットの画面が切り替わる。

「とりあえず最優先はベッドや椅子とかテーブル……後は服ってところ?」

 イデアの問いかけに誰よりも先に頷いたヴィルは芽唯を見る。

「そうね。一緒に縮んだ制服以外に着る物がないなんて、たった数日とはいえ同じものを着続けるなんて不快でしょう」
「今の私に合う物があるんですか?」

 フィギュア用の家具や洋服の写真がずらりと並ぶ。自動でスクロールされていくページには写真を見ただけでは人間サイズの家具と変わらないような見た目の物も多く、その精巧さに芽唯はぱちぱちと瞬きを繰り返した。

「今時どんなサイズも需要は山のようにありますからなぁ。フィギュアだけじゃなくぬいぐるみも着替えさせる時代だし、在庫さえあればデザインも選び放題でござるぞ」

 いくつか例として詳細を見せてくれるタブレットを見つめているとずっと黙って動向を見守っていたレオナが芽唯の名前を呼ぶ。

「気に入ったもんはあったか?」
「どれも凄く可愛かったですけど、必要最低限あれば十分ですよ。そう何日も使うものでもないですし」

 戻るまでのたった数日のために値の張るものを買ってもらうというのは心苦しい。

「落ち着いて寝られる場所と一着でもいいから替えのお洋服があればいいかなって。後は適当に今ある物を使って過ごす……じゃダメですかね?」

 レオナ、そしてイデアのタブレットとヴィル、そしてオルトを見上げれば最初に答えたのはイデアだった。

「それはどうだろう……。レオナ氏の部屋ならまずないだろうけど、誰かの使い魔とかルチウス氏みたいな学園内にいる動物や昆虫に襲われる可能性も無きにしも非ず。いざって時に自分の体のサイズに合った物を持ってた方が身を守れるとは思うよ」
「うっ……」

 実際、昨日は目に見えない何かに襲われた芽唯の脳裏に今度は猫に襲われている自分が過る。
 ルチウスはまだ芽唯だと気づいてくれる可能性もあるが、それ以外の動物……ましてや虫に遭遇したとしたらどんなホラー作品にも負けない恐怖を味わうことになるに違いない。

「ならドールハウスなんてどうかしら? 最近のおもちゃって子供用だと侮れないほど精巧に作られているでしょう」
「ヴィル・シェーンハイトさんの言う通りだね。ある程度の値段の物を買えばメイさんの望む必要最低限の家具はセットに含まれているし、壁や天井があるから外敵に襲われても逃げ込める場所になる」
「不要になったらうちの寮生に引き取り手はいるだろうから邪魔にはならないと思うし、選択肢としてはありかな。レオナ氏とメイ氏次第だけど」

 どうする?とドールハウスのページを見せてくるイデアに、芽唯はレオナを見上げて彼の答えを待つ。するとそれはレオナも同じだったのか、ぱちりと目が合った二人は一緒にタブレットに向き直るとレオナが先に口を開いた。

「……一番過ごしやすいと思うもんにしろ。金額は問わない」
「要は丸投げってこと?」
「お前の方が詳しいだろ」
「いや、拙者も流石に生身の人間に適したドールハウスとか知らんが⁉」

 タブレットのスピーカーが音割れしそうなほど声を張り上げるイデアにレオナは耳をぺたんと伏せ聞こえていないとアピールすると芽唯の前に手のひらを差し出した。

「ごちゃごちゃうるせぇな。実物を見て考えりゃいいことだろ」

 乗れ、と言われているのだと判断して最初の時のように転んでしまわないよう慎重にレオナの手のひらに乗れば移動用にも使っているクッションを詰め込んだ例のバスケットにいれられる。

「大人しくしてろよ」

 そう告げるとレオナはバスケットを魔法で持ち上げる。
 手で運ぶよりも揺れは少なく、気分的にはクッションの柔らかさも相まって自動で移動するベッドに乗っているようで寝台旅行の気分だ。

「なんでレオナ氏の席にバスケットがって思ってたけど、それってそういう使い方するんだ⁉ っていうか、レオナ氏がそのバスケット持ってるの似合わなすぎて草」

 芽唯とレオナの周囲を旋回したタブレットの隣でオルトがくすくす笑う。

「でもこの連れ歩き方は今のメイ・シラフジさんの状態を考えれば安全が保障されていてとってもいい方法だよ! レオナ・キングスカラーさんの手のひらの上やポケットに入れて連れて行った場合、道中で他生徒や壁・柱との接触でメイ・シラフジさんに外傷が及ぶ可能性が七十八パーセントあるからね」

 何気なく告げられた数字の大きさに、今の体で動き回ることの危険性を改めて実感した芽唯は首を竦めてクッションに身を沈める。
 平時であれば些細なことも、小さな芽唯にとっては災害以外の何物でもない。万が一にもバスケットから転げ落ちてしまわないよう強くクッションを握りしめた。

◇◆◇

 レオナと芽唯とヴィル。そしてイデアとオルトと言う不可思議な組み合わせが来店しても相変わらずミステリーショップの店主であるサムはわかっていたかのように受け入れる。
 幸い他に客は居らず、ドールハウスや衣装をカウンターに準備される異様な光景を目にする生徒はいない。
 騒動から一日が経ち、学園内では芽唯が小さくなっていることは周知の事実だろうが、この異様な組み合わせ自体が見慣れぬものなのに、一緒におもちゃを見ているだなんて下手をしたら悪夢を見せられているのではと前科があるマレウスが問いつめられかねない。

「今の小鬼ちゃんのサイズならこの辺りなんてどうかな?」
「すごい……。オンボロ寮より立派かも」
「見た目だけならそうかもね。ただ、このシリーズは窓もはめ殺しみたいだし、耐久性もあんまりよくないからおすすめしないッスわ」

 レオナの手を借りてバスケットからカウンターに降り立った芽唯がドールハウスを見上げながら呟けばイデアがタブレット越しに助言する。
 室内に入った芽唯はイデアの言葉を受けて窓に触れてみる。一見上にスライドさせる式の窓に見えるが、建物との接合部分がすべて糊付けされていてぴくりとも動かない。

「それよりも壁が片方しかないのは役に立たないだろ」
「これじゃあプライバシーの欠片もないわね」

 窓を黙って見つめていると隣に大きな手がずいっと現れる。
 それは背後から伸ばされたレオナの手で、指先で窓をつつく大きな手は窓がある壁とは反対側……壁が一切ない方から侵入していた。
 ドールハウスと言うのは文字通り中に人形を入れて住まわせるためのもの。けれど魔法でもかかっていなければ彼らは自主的に動くことはないし、たとえ動いたとしても持ち主が観測できなければ意味がない。
 サムが用意してくれたドールハウスの大半も大抵は片面の壁が一切なく、物によっては壁自体がない柱だけの物もいくつかあった。

「ならこれはどうだい? 作りはシンプルだけど玄関も開くし窓も開く。なにより全面に壁があって屋根を外さなければ普通の家と変わらない」

 レオナとヴィルが否定したタイプのドールハウスを全部片付けたサムは一番シンプルなものを引き寄せる。
 木造建築のようなそれは備え付けの家具はテーブルとイスだけというシンプルさだが四方をしっかり壁に囲まれている。鍵をかけることは流石に無理だが、芽唯と同じくらいのサイズの生き物からの襲撃を防ぐには十分だろう。
 芽唯が少し遠くから見つめているとレオナが先に触れて屋根を外す。
 大きな手が中に入ったのを確認してから芽唯が室内に入ってレオナを見上げれば、芽唯と目が合ったレオナは「他の家具は?」とサムを見る。

「もちろんあるさ!」

 ちょっとごめんね小鬼ちゃん。そう断ってサムは次々にほとんど空っぽだった室内に家具を置き始める。
 お姫様のような天蓋付きベッド。小さな浴槽、戸棚にクローゼットにカーテン。流石に水や火は出ないだろうけれどキッチン周りも整備されて小さな芽唯には豪邸にしか見えない家具がずらりと並ぶ。
 だが質感は本物と似ても似つかず、触れなくてもプラスチックだということがよくわかる。

「おもちゃだなって感じはするけど、数日過ごすには十分そう」
「おっと、大事な物を忘れてた!」

 芽唯が満足そうに頷けば、サムが指を鳴らして箱を呼び出す。

「大事な物?」

 ぐるりと室内を見渡してみるが必要最低限の物はすでに揃っていそうだと首を捻る。幸いなことに小さくなってからは排泄したいと思うことは無くなっていてトイレの類は必要ないし、掃除用具なども必要ない。

「コレさ。ちゃんと飾っておかないと大変なことになってしまうからね」

 ぱちん、とウインクのオマケ付でピンセットを使って丁寧に玄関先に吊るされたのは装飾の施された豪華なランプ。
他の物と違い、プラスチックではなく金属で作られているそれは中から明るく光っていて、まるで本物の炎が燃えているように美しい。
 不思議に思って手を伸ばせば「触らないで!」とオルトの声に窘められる。

「メイ・シラフジさん。それは本物の炎だよ。高温で熱せられているから素手で触ったらやけどしちゃう」
「本物⁉」

 なんでそんなものを吊るすんだろう。
 思わず上ずった声に頭上のサムが笑う。

「それはね、妖精避けさ。小さな小鬼ちゃんがこれ以上妖精に悪さをされないために……ね?」
「えっ⁉」

 思わぬ言葉にドキリと心臓が跳ねあがる。
 芽唯が縮んだまま戻らないことは周知の事実だ。だが、昨日見えない何かに襲われたことはあの場に居たサバナクロー寮生なら誰でも知っているが、それを妖精だと疑っていることは今朝話したマレウスたちしか知らないはず。

「おい待て。妖精だと? どういうことだ」

 聞き捨てならないサムの言葉に芽唯が驚いているとレオナが問いつめるように低い声を出す。

「テメェ、メイがこうなった理由を知ってるのか?」
「もちろん。俺の秘密の仲間が教えてくれたからね」

 そう言って笑うサムの店内を包むように伸びる影もなんだか笑っているように見えて少し不気味だった。

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