05


「これ以上ってどういうこと? この子がこうなった理由を何か知っているならすぐに話して」

 レオナと一緒にヴィルもサムに詰め寄る。グルルルと少しレオナの喉が鳴っているが、気にしていないのかサムは肩を竦めて笑い続ける。

「そんなに怖い顔しないで。俺は何が起きたか理解しているだけで、原因そのものとは無関係なんだから」
「無関係だけど理解している、というのはメイ・シラフジさんの身に起きた現象になんらかの前例があるから知っているということ?」
「いいや? 俺自身はクッキーを食べて小さくなったまま戻らないなんて話は聞いたことがないね」

 首を横に振るサムに一同は顔をしかめるが、商売が絡んだ時にサムが嘘をついたことはない。

「いつものことながらサム氏の秘密の仲間とやらの情報網は訳わからんスわ。市場じゃ滅多にお目にかかれない激レアアイテムとかも普通に陳列してることあるし……。まあ、変な商品を売ってはいるけど偽物を掴まされることはないし考えるだけ無駄なのかも」

 店内を見渡すようにくるりと回ったイデアのタブレット。
 学園唯一の購買として機能しているミステリーショップは確かにノートやインクと言った筆記用具からおもちゃにブランケット、新作漫画だったりゴーストの指にはめれば成仏する指輪だったり……とにかくあらゆる物を販売している。
 どんな状況でも客の需要を満たすことが出来るのはその『秘密の仲間』の情報収集能力や知識のおかげということなのだろう。

「何が起きるのは知らなかったけど、このランプが必要になるってことはわかってたから用意してくれた……ってことですよね?」

 知っていたなら小さくなる前に止めてくれ、と言いたいところだけれど、きっとサムの秘密の仲間は事前に事件を防ぐ人助けをする存在ではなく、あくまで需要が産まれる物をサムに囁くためにいる。
 それでも、芽唯はその秘密の仲間とやらのおかげで必要な物を手に入れられたということなので感謝の意味を込めて笑みを向けた。

「そういうことさ! 理解してもらえてうれしいよ」
「……それで、このランプはどんな役割を持ってるんだ」

 芽唯とサムのやりとりを見守っていたレオナがドールハウスの玄関に飾られたランプを指差す。
 学園内を照らす灯りのように緑の炎が灯ったそれはゆらゆらと揺らめきながら芽唯の横顔を照らしている。

「さっき言った通り妖精避けさ。玄関に飾ればその家には結界が張られると考えてくれていい。古い歴史のある魔法道具で、遠い昔には実際にこれが吊るされていた地域があるんだよ。今回は小鬼ちゃんのサイズに合わせて用意させてもらったんだ」

 そう言って本来のサイズのランプを取り出したサムはドールハウスの隣にそれを並べる。
 点火はされていないが、確かに玄関に飾られているものと同じデザインだ。

「結界、というけれど妖精が来たかどうかなんてわかるものなの? 学園に張られているものと一緒と考えていいのかしら」
「そうだね。同じと思ってくれて構わない。けれど、これは近くに妖精の魔力を感じるとランプの色が緑から青に変わるんだ。玄関横に小さな窓があるだろう? 中から覗き込んでごらん」
「えーっと……。あ、ここからだと室内からでもランプがよく見える」

 玄関の真横に設置された小さな窓。外の明かりを取り入れるためと言うには随分不自然な存在だったがランプを見るための窓だったのだろう。

「なんでそんな都合のいい窓が市販のドールハウスに……。待って、もしかしてこれってその当時を再現するための模型だったりするのでは?」

 イデアの疑問にオルトがドールハウスに近づく。

「うん。スキャンしたところ、このドールハウスに該当する商品は過去から現在まで存在しない。市販品じゃないことは確かだよ」
「もしかして、メイがこうなるってわかっていたから家ごと用意したってこと? だったら最初からこれだけ出しくれたらよかったじゃない」

 呆れた顔をしてサムを見つめたヴィルだったが、サムは気にすることなく他のドールハウスを片付けて代わりにドール用の衣装を取り出す。

「小鬼ちゃんが他の家を気に入る可能性もあるだろう? 俺はちゃんと気に入ったものを売ってあげたいだけだよ」
「……なんだか、うまいこと誘導されてる気もするけれど……まあいいわ。後は服ね」

 ヴィルの声を合図にサムは芽唯の前に服を並べるがカラフルなドレスばかりかけられたハンガーラックを前にして芽唯は少し足がすくんだ。

「ほら、アンタのための服なんだからまずは好きなものを選びなさい。出来るだけ目立つ色を選ぶのよ」
「好きなものって言われても……」

 芽唯は渋々フリルがふんだんに使われたゆったりとした水色のエプロンドレスのような衣装を手に取る。

「もっと地味なのってないんですか?」
「生憎服のストックはこれだけさ」
「そう、ですか……」

 どの服も可愛さに全力で、オシャレに慣れていない芽唯には人形用の服とはいえハードルが高すぎる。くしゃりとドレスを抱きしめた芽唯は助けを求めてヴィルを見上げるが、彼は芽唯の前にどばどばと服の山を積み上げる。

「それを着るならこのドロワーズも履いておきなさい。どうせアンタのことだから何もせず大人しくなんてできないでしょう」

 後シューズはこれ。と一着手に取っただけですぐにヴィルが頭の先から爪の先までコーディネートを決めてくれる。

「家の屋根を戻すからさっき取りつけたカーテンを閉めて試着してきなさい」
「は、はい……!」

 てきぱきとあっという間に決められて口を挟む間もなくドールハウスへと促された芽唯は服を一式拾い集めて駆け足で中に入る。
 屋根は芽唯が入る前にしっかり取りつけられ、カーテンをしめれば家という名の試着室が出来上がる。
それでも異性に取り囲まれた空間なので妙な緊張感に包まれながらもドール服に袖を通した芽唯は意外と人間用のそれと変わらない出来に感嘆の息を漏らす。

「すごいぴったり……」

 袖を通し始めた時は大きいと感じていたはずなのに似合っているかはともかくサイズは丁度良く、芽唯の腰で白いリボンが揺れ動く。
 すべてを纏い、畳んだ制服を手に持って家を出れば芽唯を見下ろしたヴィルが「よさそうね」と頷いた。

「制服でいるよりは楽そうだし、色も十分目立ちそう。着替え用にもう何着か選んだら制服はどこかに置いておきなさい」
「わかりました」
「よかったねメイ・シラフジさん。石材や木材が多く使用されているサバナクロー寮なら真っ黒な制服で過ごすよりもその格好の方が危険に瀕した際に発見されやすくなるよ」

 にっこりと笑みを浮かべて口元を手で隠して笑うオルトの言葉に眉を八の字にさせた芽唯は肩を竦めた。

「メイ氏が危険な目に合うの前提なんだ……」

 既に会計を進めているレオナとサムの傍らでイデアはタブレット越しにぽつり零すとオルトの不穏な発言にため息をついた。

◇◆◇

 レオナの部屋に置かれることになった新しい小さな住まいの前に立った芽唯はめらめらと燃え続ける緑の炎を見上げて呟く。

「妖精避けって本当に必要なんですかね」

 ふと気になって背後のレオナに問いかけた芽唯はエプロンドレスの裾を摘まみあげる。

「替えのお洋服や体に合った家具はありがたいんですけど、妖精が来たら流石にレオナ先輩が気付くんじゃ?」
「絶対とは言えないだろ。魔法で巧妙に気配を消してくる可能性だってある。その点、結界が張られていれば乗り込まれる心配もお前が気付かず玄関を出て鉢合わせる……なんて間抜けな展開も防げる」
「な、なるほど……。あ、そうしたらアレをちゃんと用意しておきましょうよ。フェアリーガラの時にもらった妖精と会話出来るようになる鈴!」

 チリンチリンと綺麗な音が鳴るその鈴は芽唯の部屋に飾ってある花に住む妖精と対話する為に日々使われているがレオナも同じものを持っている。
 もしサムの言う通り芽唯が小さくなった原因が妖精にあり、また接触を図ってくるというのなら会話ができるに越したことはない。だが首を傾げたレオナの反応は薄く、何故かちらりと部屋を見渡す。

「……もしかしてどこに保管してるか覚えてないとか?」
「………………」
「もう……、そこの引き出しに入ってませんか?」

 確かに、普段から自室の掃除を他人に任せているレオナがあんな小さい物の場所を把握してるわけがない。
 小さくため息をついた芽唯の指示に従って引き出しを開けたレオナは「これか」と鈴を取り出した。
 部屋の主よりも物の配置を把握しているのはどうなのだろうか、と思わなくもないが芽唯の部屋にはレオナの物が当然のように置かれているし逆もまた然り。そしてどちらの部屋も芽唯が掃除に携わっているので詳しくなるのは自然なこと。
 自分の隣に置かれた鈴をサッカーやバスケットのボールと同じくらいの大きさだったので抱えるように拾った芽唯はレオナを見上げる。

「どこに置いておきましょう? 家の中に置いたらレオナ先輩に効果が届かないかも」
「いや、それは家の中に置いておけ。俺の分は後でラギーが持ってくる」

 そう言ってレオナはスマホを片手で操作する。ラギーに連絡でも入れているのだろう。

「そっか、ラギー先輩も持ってるはずですもんね」
「あいつが金に目がくらんで売ってなけりゃな」
「それは……」

 ありえそう。そんな言葉を飲み込んだ芽唯はただ笑うと玄関を開けて鈴を室内に置く。

「あ、そうだ……。私もだけど、グリムも帰ってないからあの子が心配してるかも……」
「あの子?」
「ルタのことですよ。ゴーストたちにはエースとデュースが説明しに行ってくれるって言ってたけど、あの子のことは伝え忘れちゃった……」

 愛の証明が咲いた時に生まれた花の妖精。彼女はルタと名付けられてオンボロ寮周辺で暮らしていて、時折芽唯とレオナの様子を覗き見ては満足そうにいつも笑顔で飛びまわっている。
 咲く前は蕾の中にいることを強いられていたが、一度生まれてしまえば花から離れて暮らすことも可能らしい。
けれど、彼女にとっての喜びとは真実の愛。あの花から生まれた妖精はよほどのことがない限り咲かせてくれた二人の命が尽きるまでその幸せに寄り添い続けるものだと彼女は誇らしげに言っていた。

「ああ、あいつならラギーに探しに行かせた。今回の件、妖精が関わってるならあいつが居た方がなにかと便利だろ」
「よかった。あ、だから『後で持ってくる』なんですね」

 きっとラギーは今頃自分の鈴を持ってオンボロ寮の周辺を探してくれているのだろう。

「でもルタを呼ぶならレオナ先輩が直接行けばよかったのに……レオナ先輩が呼びかけたら探す手間も省けたんじゃないですか?」
「俺が? まさか。あいつ俺のことを嫌ってるだろ」

 肩を竦めたレオナはやれやれと首を振る。

「人の顔を見たらまずは不満を漏らすのがお決まりになってやがるし、小さくなったお前が同族に襲われたんだとわかれば『なんでちゃんと守ってやらない』だの、ここぞとばかりに罵詈雑言を浴びせてくるだろうよ」
「もう……なんで仲良くできないんだろう」

 彼女は何故かレオナには不思議なくらい懐いていない。
 芽唯の言うことであれば快く聞いてくれるのに、まったく同じことをレオナが言えば文句が二個も三個も飛んでくる。
 それに困り果てた芽唯がレオナにも優しくしてほしいと何度か願ったことがあるのだが、むっと唇を尖らせ逆に彼女の方が困った顔でくるくると悩みを表すように部屋中に妖精の粉をまき散らすので複雑な事情がきっとあるのだろう。
 例え大好きな相手でも素直になれない時があるのは芽唯も知っている。それが深い愛情であるならばなおのこと。
 けれど、照れ隠しをするにしてももう少しくらい仲良くしてほしいというのが第三者としての意見だ。

「ふん、あいつにその気があるなら俺だって相応の対応をするんだがな」

 腕を組んで顔を逸らすレオナを見上げながら、きっとルタも同じ反応をするんだろうなと芽唯は苦笑した。

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