07
「アタシが落したのは結晶化した
問いかけに首を横に振ればレオナも「初めて聞いた」と呟いた。
ヘルバを鳥籠から出し、ドールハウスから持ち出した椅子とテーブルを使って一緒の席に着いた芽唯はレオナも知らないとなれば妖精しか知らないに違いないと彼女の次の言葉を待つ。
「名前のとおり紫と翠の綺麗なグラデーションをした葉っぱなの。一定の年月が経つと結晶化して自然と枝から落ちてくる」
葉っぱが結晶化するという現象自体がまず腑に落ちないが、魔法も存在する世界なのだからそういうこともあるかと頷いた芽唯は頭の中で描いたその葉を使った髪留めを付けたヘルバを想像する。
薄緑色の美しい髪を同系色の翠が彩り、少しずつ色が変わって最後は紫色が添えられる。少しツンとした印象のあるヘルバの雰囲気にきっとよく似合う品物だろう。
「その……と、友達にもらったものなんだけど、長年使っていたから金具がダメになっていたのかも。その子はものづくりの妖精だからたとえ壊れていても結晶部分さえ見つかればすぐ直してもらえるはずなの」
「だからって無理して探す意味があるのか? その紫翠葉の結晶とやらをまた探して別のを作らせればいいだろ」
「絶対に嫌! というか、結晶なんて滅多に見つからないの。大半はただの葉っぱのまま枯れ落ちてしまって欠片にすらならないのよ」
「すごい貴重な物なんだ……。そんな物をくれるなんて仲がいい相手なんだね」
妖精の世界での物の価値は知らないが、ヘルバの話を聞く限り結晶を入手するだけでも大変な物をわざわざ髪留めに加工までしてくれるなんてかなりの手間暇がかかっているに違いない。
「そっ、そうなのよ。アイツってばいつもすぐにアタシの名前を呼んで『ヘルバ、ヘルバ、今日も綺麗だな』ってそればっかり。なのに髪留めを失くしたなんて知ったらアイツ落ち込んじゃうでしょ」
フンッと腕を組んで胸を張りながら目を閉じたヘルバの頭の中にはきっとその友人の顔が思い浮かんでいるのだろう。
大切な友人にもらったものなら探し出したいという理由に納得がいく。
けれど、少しだけ引っかかった芽唯は「あのね」と少しだけ声を小さくして伺うようにヘルバに問う。
「もしかしてなんだけど……そのお友達って好きな人とかだったりする……?」
「は、ハア⁉ どどどどどうしてそんな話になるの!」
「だ、だって……なんか、そんな気がしたから……」
どうして、と聞かれると少し困ってしまう。言ってしまえば直感みたいなものなのだが、そんなことを言えばヘルバは「バカじゃないの⁉」と罵倒と一緒に否定してくるだろう。
芽唯の問いかけに顔を真っ赤にさせたヘルバはガタンッと音を立てて椅子を弾くように立ち上がるがどこに行くでもなく、そんな様子を黙って見つめる芽唯とレオナの前で声を詰まらせまた座り直した。
「………………だったらなによ」
芽唯とレオナから真っ赤な顔を逸らしたまま小さな声が肯定する。
やっぱり、と顔の前で芽唯が手を合わせればレオナがため息をついた。
「レオナ先輩!」
「協力してあげましょう、だろ。……ったく、なんで俺がンなことの面倒を見なきゃならねぇんだよ」
「だって、好きな人からの贈り物を失くしたなんて放っておけないです」
芽唯は自分の髪に触れるとお風呂に入る前に外してドールハウスの中に置いたままの己の髪留めを思い浮かべる。
自分と一緒に小さくなった髪留めはレオナに贈られたもので、もちろんオンボロ寮に帰れば今はサイズ的に使うことができないが、他にもレオナに貰った大切な物が置いてあって、そのどれもが大切で一つでも失くしてしまえば芽唯だって必死に探し続けるだろう。
物の価値は一般的に貴重かどうかはもちろんだが、どこで、誰から、どんな理由で手に入れた物かでも変わってくる。
他人にとってはゴミかもしれない。けれど当人にとっては何にも代えがたい宝物が存在することを芽唯は身をもって知っている。
「物置で失くしちゃったなら掃除するいい機会だと思って探してあげましょうよ。寮生にもあの部屋に探し物ある人がいるかもですし」
棚の裏に落ちたものを取るアルバイトをしていた時、寮生が「そういえばアレどこだっけ」「あの部屋に押し込んだかも」なんて会話をしていたのをふと耳にした記憶がある。
二人だけでヘルバの髪留めを探すのは大変だろうが、寮生も巻き込んでしまえば運が良ければほんの数分で見つかって、数時間後には部屋自体も綺麗になって良いこと尽くしだ。
「……はぁ、どうせ言っても聞かないだろ。やりたいなら好きにしろよ。あいつらお前の願いなら尻尾振って聞くだろ」
「やった……! だって、ヘルバ。よかったね」
寮長であるレオナの同意を得た芽唯は笑顔でヘルバに向かって振り返る。二人のやりとりを見守っていた妖精はぱちぱちと瞬きを繰り返しながら頷いた。
◇◆◇
ドールハウスの入り口に青い炎が灯る。
掃除を始めるのは明日にして、今日はもう夜も遅いので休むことになった。
ルタはとっくに自分の住処に帰っていたし、レオナにはベッドがある。けれどヘルバには行く宛がない。
レオナは鳥籠に寝ろよと勧めていたが、それはいくらなんでも可哀想だと芽唯はドールハウスへ彼女を招いた。
妖精避けのランプを掲げた家に妖精を招き入れるなんておかしな話だが鳥籠で眠らせるよりもお互いに落ち着くに違いない。それに、不思議なことに家の中だと鈴を持っていなくても彼女の言葉が翻訳されて聞えてくる。
「ヘルバがベッドで寝る? 私はクッションでも十分だから」
「ベッドぉ? アナタが寝なさいよ。アタシ、そんな場所じゃ羽が休まらない」
「あっ……そっか……」
そう言って扉を開けたままのドールハウスを出たヘルバはレオナが家の近くに置いてくれたクッションの上に腰を下ろし、畳んだ羽を数度撫でつけて位置を調整するとごろんと横になる。
ルタは花をベッド代わりにしているし、妖精はある程度柔らかく体に沿う場所の方が寝やすいのかもしれない。
遠慮しているわけではなさそうなので、クッションが見える位置の窓を開いた芽唯はベッドに潜るとヘルバの方を見ながら口を開いた。
「あの……、さっきのお友達の話の続きなんだけど、私もねレオナ先輩に髪留めを貰ったことがあるの」
「……あの獣人の男、恋人なんでしょ。別に不思議じゃないわ」
「ヘルバの相手はそうじゃないの?」
「あ、アタシは……その……」
言いにくそうに口をもごもごさせたヘルバは芽唯の方へと顔を向けるとそわそわと落ち着かない様子で前髪を撫でつける。
「……片想い、なの。アイツ、いつも綺麗だなんだ言うけれど外見の話であってアタシの中身に興味があるわけじゃないもの」
「そうなの……?」
芽唯の脳裏に一瞬自らを愛の狩人だと名乗るルークが浮かぶ。彼は美しいものを美しいと褒めるだけでなく確かな愛がそこにある。
もちろんそれがすぐに恋愛に繋がるとは思わないが、好感を持たれているというのは間違いないはず。
それに髪留めが芽唯の想像する通りの物ならばヘルバの美しさを際立てる代物だ。贈る相手のことをよく見ていて、深く考えているなによりの証拠。
「ヘルバのこと少なくとも嫌いではないんじゃないかな。いくら外見を良く思ってても、内面が嫌いだったら仲良くしないだろうし、ましてや贈り物なんてきっとしないと思うの」
「………………」
さらりと流れる美しい髪を指で梳いたヘルバは指先に髪を絡めながら目を閉じる。
「……けど、失くしたことを伝えたら怒るに決まってるわ。アレを手に入れるの随分苦労したみたいだから」
「ヘルバ……」
「そうじゃなくても失くしたらすぐ諦める程度なんだと知ったら今度こそ嫌われる。ただでさえ日ごろから嫌われるようなことしか言えてないのに、プレゼントまで大事にしてくれないんだって」
ここからでは彼女の顔はよく見えない。けれど声音からは悲痛な思いが伝わって来て、アイツと呼んでいる相手に嫌われたくないことが伝わってくる。
「その彼とのことは顔も知らないから何も言えないけれど、髪留め探しは手伝うから」
「……そうね、そのためにアナタに声をかけたんだもの」
「うん。だからまた明日がんばろう?」
「……ええ……絶対み……つけて……」
少しずつヘルバの声が聞こえにくくなりやがて途絶えた。
耳を澄ませばすーすーと寝息のようなものが聞えてくる。
彼女の普段の行動範囲がどの程度かはわからないが、少なくとも昨日は魔法薬学室からサバナクロー寮へ移動しているし、きっと自分でもがらくた置き場を探し回っていたはず。
疲れていて当然だ。大切な物を失くしてしまったことに対する心労も計り知れない。
「……ねぇ、メイ。まだ起きてる?」
「ルタ……?」
体を起こせば開いたままの玄関からルタが遠慮がちに覗き込んでくる。
「どうしたの?」
迷子の子供のような顔に思わず手招きをすれば少しだけ身体を浮かして音を立てずに芽唯の傍までやって来たルタは窓越しにヘルバを見つめる。
「あんまり危険なことはしないでね……。自分の体が小さくなってるんだって絶対に忘れないで」
ベッドの近くに膝をついてルタが座るので花弁のようにドレスの裾が広がっていく。
その光景を黙って見つめていればルタは芽唯の手を取った。
「レオナってばいつも肝心な時に役に立たないでしょう? なかなかキスはしてくれないし、あんな妖精にまんまと眠らされちゃってるし」
「なあに? レオナ先輩の悪口を言いにわざわざ来たの?」
「ち、ちがくて! わたしはレオナもメイもどっちも大事だもの。ただメイになにかあったらって思ったら不安で……」
「お片付けするだけだし、大丈夫だと思うけどなぁ……」
ルタは何がそんなに心配なのだろう。
確かに怖い目には何度かあったが、それはヘルバが原因で彼女の事情を知った今はもう恐れるものはないはず。
「メイはわたしたちがどんなに大変か知らないからそんなこと言うのよ……」
唇を尖らせたルタはため息をつくと「やっぱりレオナを……」とぽつりと呟く。
「レオナ先輩が何……?」
「ううん、なんでもない! ねえ折角だからベッドに入ってもいい? メイと一緒に寝れるなんてもう二度とないかも」
「ふふ、そうだね。はい、いいよ」
「やった!」
掛け布団の端を持ち上げてルタをベッドに招き入れる。勢いよく転がり込んできたルタは寝やすいように位置を数度変え、それが落ちついたのを見計らって芽唯も横になる。
「なんだか不思議な気分」
お互い外泊することも多いので常に一緒とは言わないけれど、互いの存在を感じながら寝ることは珍しくない。
芽唯とグリム、そしてゴースト三人とルタは一つ屋根の下で暮らしているし、レオナが泊まりにくることだってある。
けれどルタと同じベッドで眠ることは初めての経験だ。
「小さくなったまま戻れなくなって最初はどうしようかと思ったけど、ちょっと悪くないかもって思っちゃった」
「もう……能天気なんだから……。早くあの子の髪留めを見つけて元に戻って。じゃないと安心できないわ。グリムだってメイのご飯が恋しくなっちゃう」
瞼の裏にハーツラビュルに預けたままの親分の姿が浮かぶ。
昨日からずっとレオナと行動を共にしているのでしばらく会えていないが良い子にしているだろうか。
「グリムもだけど、レオナ先輩の食事係の役目が果たせないのは困っちゃうな」
「やだ、メイってばレオナのことばっかりね。流石わたしを咲かせただけある」
くすくすとルタが耳元で笑うので芽唯も釣られて笑って目を開ければこちらを見つめたルタと目が合う。
「わたし、普段のメイも大好きだけどレオナと並んでる時のメイが一番好き。だから早く元に戻ってね」
まっすぐ芽唯を見つめたルタはそう言うと、もう話は終わりだと言わんばかりに目を閉じた。
「……うん、私もそろそろちゃんとレオナ先輩に会いたいな」
手のひらの上に乗るのではなく彼の手を握りたい。
見下ろされるのはいつものことだが、意外とレオナは腰を曲げて視線を合わせてくれる。そうして顔を覗き込んでくれる時のレオナの瞳が芽唯は好きだった。
「明日からがんばらなくちゃ」
「…………」
自分の言葉に頷きながら目を閉じた芽唯は窓の向こうでヘルバが静かに瞬いたことには気づかなかった。
←前へ 次へ→