08
翌日、レオナの指示でサバナクロー寮生による大掃除が始まった。
レオナが『がらくた置き場』と呼ぶその場所は物がこれでもかと詰め込まれていて足の踏み場どころか入り込む隙間もない。
ドアを開けてすぐに物の山にぶつかるので、先頭のラギーがバランスを崩さないように取り出した物をバケツリレー形式で談話室まで運びだし、選別を担当している寮生がレオナの指示のもと振り分ける。
不要と認定されたものはある程度まとまってから捨てに行くとのことだったが、捨てたくないとレオナに頼む寮生が度々現れ『後で戻す』と決めた物がどんどん積み上がっていた。
「なんて言うか……取り出してるだけ、って感じですね……」
物が減らない様子をテーブルの上から見つめていた芽唯の言葉にレオナは深くため息をつく。
いくらレオナが「いらねぇだろ」「何に使うんだ」と少し威圧的に問いかけても、寮生たちはその多くが耳と尻尾をぺたりと伏せてくぅんと鳴く。
それで情けをかけるほどレオナは甘くないのだが、よほどいらないと断言できるもの以外はそのしつこさと粘り強さにレオナの方が根負け……というよりは呆れ果てて残す許可が下りていた。
さすがは不屈の精神を持つサバナクロー寮生、と言いたいところだがその様子はどこか子供のようで他寮生には見せられそうにない。
「まあ目的はそいつの髪留め探しだ。がらくたを減らすのはついでだからな。ふぁ……」
大きく欠伸をしたレオナは興味なさそうに寮生が持ってきた雑誌を「いらねえだろ」と容赦なく捨てさせたが、持ち主だったであろう別の寮生が慌てて抱えて去っていく。
「好き勝手置きすぎだろ……。自室におけねぇもんなんでも押し込みやがって……」
誰の私物かもわからないものは過去の寮生の置き土産か。名乗り出る物がいなかった荷物だけが順調に捨てる山へと流れていく。
「そんなことより、アタシの髪留めは大丈夫でしょうね?」
「床が見えてくれば誰かしら呼びにくるだろ。今は様子を見に行くだけ無駄だ」
「あら、アタシとその子ならきっと今でも十分入れるわ! 早くここから出して頂戴!」
「テメェはンな態度だから閉じ込められたのがわかってねぇみたいだな……」
「あはは…………」
二人の会話に乾いた笑い声をあげる芽唯の隣には昨日と同じく鳥籠に閉じ込められたヘルバがいた。
昨夜は外に出ることを許されたが、夜が明けて大掃除前の腹ごしらえが終わると同時にヘルバは芽唯の手を掴んで「早く探しに行きましょう!」と羽ばたいた。
もちろん、すぐにレオナに捕まって芽唯から引き離されると檻の中へと逆戻りになったのだが、如何せん本人は気持ちが急いて落ち着きがない。
芽唯だってもしレオナから貰ったものを失くしてしまったらと考えたら彼女の気持ちは痛いほどわかるが、今は大人しく待ってもらうしかない状況だ。
それに少し離れた場所では物を動かすたびに舞い上がる埃にマスクをしている複数人が咳き込んでいる。
ふわりと風に乗った埃が近くまで飛んでくることもあるがレオナが風魔法でそっと窓の外まで飛ばしてくれるおかげで幸いこちらに被害は出ていない。
風に乗ってどこかへ飛んでいく埃を見送り、ヘルバに視線を移した芽唯が口を開く。
「直接荷物に触ってるのはラギー先輩だから、変に崩れたりしない限り大丈夫だと思うよ」
探しているものはとても小さく、けれどとても価値のある宝石のような髪留め。マドルが落ちた音にすら敏感な彼がそんな価値のある物を見落としたりしないだろう。
それに彼にだけは無事見つけることができて芽唯が元の大きさに戻れたら相応の報酬を払うとレオナが約束している。
当然そんな条件を出されれば寮生たちがむやみやたらと踏み込んで荷物を崩さないようラギーは注意を払うし、小さな輝く宝石を見落とさないよう血眼になって探してくれているに違いない。
「ふぅん……まあアナタがそういうなら信じてあげる」
芽唯の言葉に少しだけ不安そうに顔をしかめたが、それでも大人しく鳥籠内の止まり木にヘルバは腰を下ろした。
「……レオナ先輩、今日中に終わると思いますか?」
「さあな……。報酬に目がくらんでるラギーはともかく、他の寮生の集中力が長続きするとも思えねぇ」
瞳を眇めたレオナは呆れたように少し離れた場所で発掘されたばかりの雑誌を夢中で読み始めている寮生たちを見る。
月刊誌であろうそのマジフト雑誌はまとめて山積みにされていたようで、大量に運ばれてきたあとマジフト部の部員たちが目を輝かせて捨てる用の山から運び出していた。
部屋の狭さを考えれば全員が捜索に参加することができないのは仕方がない。けれど、ああして捨てるはずの物を次々と誰かが回収してしまえば結局荷物の量が減ることはないだろう。
「うーん……片づけてるんだか散らかしてるんだかわかりませんね」
少し困ったように眉根を寄せた芽唯が寮生を見つめて笑えば、レオナは同意するように静かにため息をついた。
◇◆◇
レオナと芽唯の心配をよそに、ラギーを中心に大掃除に率先して関わっている寮生の集中力は続いていた。
もちろんその理由は様々で、がらくた置き場のどこかに目的のモノがある寮生もいれば、単純に芽唯が戻るために助力したいというなんとも健気な理由を掲げている者もいる。
レオナが思っている以上に寮生たちはレオナを慕っていたし、そんなレオナの大事な恋人である芽唯を大切にしているからだ。
「寮長、姫さん、そろそろ何人か入れそうなくらいスペース出来たけど行きますか?」
「え、ホント?」
荷物を持ったままやってきたヤマネコの獣人である寮生に尋ねられ芽唯は思わず立ち上がる。
「ラギーの奴はもう中を探してるし、適当に積んであった崩れそうな部分はもう解体し終えてるんで」
「……なら見に行くか」
ゆっくりと椅子から降りたレオナは芽唯と彼女の傍らに置いてあった翻訳機である鈴を手のひらに乗せると一瞬悩みながらもヘルバが入った鳥籠の扉を開ける。
ヘルバが出てきたのを目視で確認するとそのまま振り向かずにがらくた部屋へと歩を進めるが、離れた場所にあった談話室と違ってかなり埃が空気中に舞っていて埃っぽい。
「あ、レオナさん」
部屋に入れば最前線でマスクを付けて作業に集中していたラギーがすぐにレオナに気づく。
「メイくんまだかなり埃っぽいけど大丈夫?」
「まあ……なんとか」
事前に用意してあった自分用のマスクをつけた芽唯は部屋を見渡す。
まだ手前一列ほどしかスペースはないが、やっと荷物の全貌が見えてきた。
幾重にも積み上げられた箱はどれもジャンルがバラバラで、中には中身が飛び出して少し傾いてしまっている箱もあるが、寮生がレオナと芽唯を呼んでも大丈夫だろうと判断したのも頷ける程度には突然倒れたりしそうな危険を感じるものはない。
「それで髪留めは?」
「まだッスねぇ。そっちにそれらしいもんあった?」
芽唯の隣にふわりと飛んできたヘルバの言葉に首を横に振ったラギーは一緒に部屋を捜索していた寮生に問う。
他の寮生には彼女の言葉はチリンチリンと鈴の音のように聞こえているだろうが、ラギーは念のために自分の翻訳機を常に腰から下げている。ラギーに近づいたヘルバは頬を膨らませると部屋の中を飛び回り始めた。
「あーあー、そんなに大事なもんなんスねぇ……」
右往左往する妖精に寮生が戸惑っているのを見て苦笑したラギーはレオナへ振り返ると荷物の山を指差す。
「一応オレの方でも運び出す前に仕分けてはいるんスけど、結局ほとんど元の状態に戻すことになりそうッス」
「こっちでも捨てようとすると誰かしらが捨てないでーって取りに来ちゃって全然減らせてないので、多分そうだと思います」
「あーやっぱり……」
芽唯が談話室の状態を伝えればラギーは「掃除の意味ないッスねぇ」と肩を竦める。
「ったく……無駄になんでも押し込みやがって」
「ま、今回はヘルバくんだっけ? あの子の探しもんが見つかってメイくんが戻ればそれでOKってことで」
そうすりゃオレは報酬貰えるし!と満足そうに笑ったラギーはヘルバに翻弄される寮生の背中を押すと続きを崩すよう促した。
流石に自分の身の丈の何倍もある寮生が何人も動き出せばヘルバもやがて大人しくなり、レオナと芽唯から少し離れた場所に留まりながら彼らの作業を見つめる。
「落としたのってどの辺りなんでしょうね……」
「この荷物の山じゃどこも何もないだろ。精々ラギーたちに潰されないよう祈ることだな」
「そうですよね……」
仮に彼女がどこを通ったか覚えていて、近くに何があったと告げられても荷物がありすぎてその場所を探すこと自体が困難だ。
だったら、荷物をすべてどかして探したほうがよっぽど早い。
幸い、今日は空気中の埃がよく見えるくらい天気がいい。ヘルバの言う通り素材が結晶の髪留めなら注意深く足元を観察していればその輝きを見落とすことはないだろう。
レオナの手のひらに乗ったままの芽唯はヘルバの声がちゃんと翻訳されるよう鈴の紐をしっかり握ったまま、彼の手のひらから落ちないよう慎重に部屋を見渡す。
光っているように見えるのは空気中の埃ばかりで目的のものはやはり見当たらない。
「どこ行っちゃったんだろうなぁ…………んん?」
ぽそりと独り言をつぶやいていると視界の端で何かが動く。
最初は誰かの尻尾の端かと思ったが、その時近くにいた寮生が離れてもソレはそこに存在し続けた。
「ねえ、レオナ先輩。アレって……」
「何かあったか?」
「ちょっとだけ下ろしてもらえませんか? そこの端っこの列です」
トントン、とレオナの手のひらを叩けばすぐに気づいてくれたレオナが移動し芽唯は床にゆっくりと下ろされる。
鈴だけをレオナの手のひらに残して降り立った芽唯はダンボールと壁の隙間を覗き込んだ。
「おい。あんまり奥に入るなよ」
「大丈夫です。わかってます」
先日怒られたばかりで流石に同じことを繰り返すつもりはない。
それに、今回は黙っていてもやがてこの隙間はなくなるのだから無理に入っていく必要もない。見るだけだと頷いて奥まで目を凝らした芽唯は不意に何かと目が合った気がして思わず身を引く。
「っ……!」
慌てて隙間から離れるが芽唯よりもソレは動きが早く、彼女の横まで来ると今日袖を通したばかりのエプロンドレスに器用に爪をひっかけ芽唯の身体をぐいっと引っ張る。
「メイ……⁉」
ころん、と慌てて手を伸ばしたレオナの手から鈴が零れ落ち、地面とぶつかった音に釣られて部屋の全員が振り向いた。
チリンチリンとそのまま何度か続けて鳴る音を聞きながら、芽唯は逆らえない力に引きずられて隙間の奥へと引きずられるように連れて行かれる。
「まっ、まって……! レオナ先輩……っ」
恐怖に身をすくませながらも手を伸ばすがあまりにも短い腕はレオナに届くわけがなかった。
「ちゅ、ちゅちゅう!」
隙間の奥へ奥へと潜り込むソレがなにを言っているかはまったくわからない。
こんな時、自分の得意科目が動物言語だったらよかったのにと、どこか冷静なようで混乱してわけのわからないことを考えていた芽唯は、先程一瞬きらりと光って見えたのはこのネズミの瞳だったのだろう、と暗闇の中でも光るそれに肩を落としながら目を閉じた──。
←前へ 次へ→