07


 翌日、昼食をまたジャックにねじ込まれたりと不思議なことはあったものの、無事約束した時間に鏡舎へ向かうことが出来た。
 到着するとオクタヴィネルの見知った三人は既に待っていたようで、その姿を見つけた芽唯は慌てて駆け寄った。

「お待たせしちゃいましたか?」
「いいえ、僕たちが早く来すぎただけですのでお気になさらず」

 それではさっそく行きましょうか、とアズールの言葉を合図に四人はサムの店へ向かいだす。

「まさか今日は貴方にご同行頂けるなんて思っていませんでした」
「新メニュー、そんなに難航してるんですか?」
「少し今までとは違う方向性を狙ってみようと思っているのですが、いくら案を出してみても過去のものと被る部分がどうしても出てくるんですよね」

 要はマンネリ化してきている、ということだろう。飲食店の経営など行ったことはないが、恒常メニューだけでは飽きてしまう客を呼び寄せる為、あの手この手で期間限定と銘打った新作を出すのはこちらの世界でも同じらしい。

「そこであなたの女性としての感性に今回は賭けてみようと思います」
「……それって、コケたら私の責任ってことですか?」

 アズールの隣でニコニコと人当たりの良さそうな笑みを浮かべていたジェイドが首を横に振る。

「いえ、あなたにそんなものは背負わせないので安心してください。大まかな題材は決まっていますし、どちらにしろ最後に判断を下すのはアズールなのですから」
「小エビちゃんは、ただ好きか嫌いか答えてくれればいいよ〜」

 双子の言葉にそれなら安心だと芽唯は胸を撫で下ろす。どうにもオクタヴィネル相手だとなんでも身構えてしまうが、それは彼らの今までの行いのせいなので致し方ないだろう。
 店に着くとジェイドがまるで執事のように扉を開き、芽唯を先に室内へ通す。どうぞお入りくださいとゆっくりお辞儀する姿は様になっており、伊達に日ごろから接客に携わっていないなと芽唯は感嘆の吐息を洩らす。

「おや? 珍しい組み合わせのお客様だね。何をお求めかな?」

 もう一人の接客のプロ、サムは四人の姿に一瞬驚いたものの直ぐに笑みを浮かべて来客者を歓迎した。

「実は……」

 アズールがサムに大まかな内容を説明している間、芽唯は久しぶりに食料品買い出し以外の理由で訪れたミステリーショップを堪能することにした。
 右を見ても左を見ても、いまだに新鮮なものが多い。何に使うのかもわからない術具のようなものから筆記用具まで、ありとあらゆる物が取り揃えられているこの場所は見ているだけで何時間でも暇を潰すことが出来そうだ。
 やることが思い浮かばなくなったらここでウィンドウショッピングを楽しむのも良いかもしれないと思ったが、冷やかしはサムに迷惑だろうか。
 無意識に雑貨コーナーに足を運んだ芽唯は日記帳を手に取った。ジャミルのアドバイス通りもう一度これに書き記すべきだろうか。砂にされたものと全く同じデザインで色違いのそれを見つめていると胃の中をぐるぐるとかき混ぜられるような不快感が湧いてくる。
 トラウマと呼ぶべきなのか。どうにもならない感情に逆らうべきではないと芽唯は日記を元の場所に戻す。

「何か欲しいものでもありましたか?」

 いつのまに近づいてきたのか、柔らかな声が頭上から降ってきたかと思えば隣にはジェイドが立っていた。

「新しい日記帳を買おうかと思ったんですけど、なんだか気分が乗らなくて」
「小エビちゃん日記なんて書いてんの? 毎日書くとかめんどくさくねぇ?」

 ずしりと頭の上に重みを感じる。フロイドが芽唯の頭に顎を乗せて自分より一回り以上小さい身体を包み込んだ。これは彼の言う「絞める」に該当するのだろうか。

「習慣になれば結構楽しいですよ。それに、私頭の中で考えをまとめるのが苦手で、でも文字にすると色々気づかなかったものが見えてくるんです」
「ふぅん……」

 自分から聞いてきたのに興味を失ったのか、フロイドはぬるりと芽唯を手放すとアズールの方へと戻っていった。
 一方、未だ隣で芽唯を見ていたジェイドが何かを手に取った。

「なら、これは如何ですか?」
「手紙……ですか?」

 男子校でこのデザインは誰が買うのだろうか。淡いピンク──桜色と言うべきか──柔らかな色合いの封筒と、それに合わせたデザインの便箋が入ったレターセットは、この学校の生徒が手に取るとは思えないデザインだ。

「誰かに向けて書いてみるもよし、未来の自分宛でもいいでしょうし、宛名なんて無くてもいい。日記ではどうしても日常をと意識しがちでしょうし、たまにはこういったものも良いのでは?」

 手渡されたそれをじっと見つめて考える。確かに、日記ではその日の出来事を書くことを意識しがちだった。そういう物なのだから当然だが、気持ちを整理する為なら何も日記である必要はない。

「そうしてみます……! ありがとうございます、ジェイド先輩!」
「僕は何もしていませんよ。たまたま手に取っただけですから」

 ジェイドに一礼すると、芽唯はレターセットを握りしめたままサムの元へと向かった。どうやら丁度話がまとまったらしく、いくつかの品がカウンターの上に並べられている。

「メイさんちょうどいい所に。コンセプトを伝えたところ、まずは食器から新調すべきではということになったのですが、あなたならどれを選びますか?」

 色とりどりの食器はどれも違った輝きを見せていて目移りしてしまう。

「コンセプトはなんですか?」
「おっと失礼、僕としたことがあなたに伝えるのを忘れていましたね。テーマは星。夜空に浮かぶ星座やその逸話をモチーフにしたメニューを提供しようと思っています」

 元の世界でも良く題材にされていたそれはわかりやすく芽唯の頭にストンとハマった。ならば、やはり夜空をイメージさせるような濃紺の物が良いだろうか。
 並べられた皿を見比べているとある一枚から目が離せなくなる。

「あの、アズール先輩。その逸話、私の知ってる話も取り入れてもらえないでしょうか」
「それはあなたの世界のもの、ということでしょうか?」
「はい、とっても有名な話で誰もが知っています。かぐや姫と呼ばれるお姫様のお話と、あともう一つ」

 大きく光輝く月や星が描かれたそれを見たときにピンと来た話を思い浮かべる。あの話をモチーフにするなら食材は牛肉か、流れる川はソースか何かで再現出来るだろうか。

「織姫と彦星という男女の恋物語なんですけど……」

 芽唯の語る話にアズール、サム、そして双子も耳を傾けた。



「……という、感じでして」

 大まかな内容と料理のイメージを伝えればアズールが頷く。

「なるほど。僕たちの世界には存在しない物語だ。料理と一緒に題材になった話を手短にまとめたカードでも付ければコレクション欲も刺激出来るし、コンセプトもより伝わるでしょう」

 アズールは何度か頷くとイメージが固まってきたのか、サムに次から次へと注文を伝え始める。
 並べられた皿の中から彼の話を聞きながら何枚か選ぶとアズールは満足そうに笑みを浮かべた。

「ありがとうございますメイさん! これで次もモストロ・ラウンジは大盛況間違いなし、これもあなたのおかげです」
「ちょっとお話しただけでそんな大層なことしてないですよ」
「いえいえ、是非何かお礼を……。おや、その手の物は?」
「あ、そうだった」

 語るのに夢中ですっかり忘れていたレターセットをサムに差し出す。

「これ、いただけますか?」
「おや、小鬼ちゃん。誰一人買わなかったそれを手に取るなんて、やっぱり君はやっぱりお目が高い!」

 それはつまり売れ残りってことでは、とは流石に言えずに苦笑すると隣でアズールがぽんと手を打つ。

「でしたら、そのお代はこちらでお支払いしましょう」
「え、良いんですか?」
「もちろん」

 ならばありがたくお言葉に甘えてしまおう。大したことはしていないが、オクタヴィネル相手に借りを作るのも、作られるのも遠慮したかった。
 自分たちの注文と一緒に代金を支払うと、アズールは丁寧に梱包されたレターセットを芽唯に手渡した。

「本当に助かりました。もしよろしければ他にもあなたの世界の物語をお聞かせ願いたいのですが、お時間よろしいですか?」
「あんまり詳しくないですけど……それでもよければ」

 レターセットを失くさないよう鞄に大事にしまい込むと芽唯は頷いた。星にまつわるとまではいかないが、何作か候補を頭に思い浮かべては、日本特有の表現などをどう伝えるか考える。

「是非。ラウンジでお茶でもしながら語らいましょう。なんなら今晩はこちらでご馳走を用意させていただきますよ」

 もしやアズールは全メニュー自分の世界の話を元にする魂胆なのではないだろうか。ニコニコと笑みを浮かべるアズールの言葉の裏が読めてきて芽唯は今日はしばらく帰れそうにないな、とエース達に託した相棒の夕飯をどうしたものかと考えながらサムの店を後にした。



 本当の本当に夕飯までお世話になってしまった。もう一本、まだいいだろう、どうしても、そんな言葉に巧みに誘導され、結局芽唯はいくつ彼らに物語を聞かせたのか思い出せそうにない。
 最初は元の世界に思いをはせる良い機会にもなって気分よく語り部役を全うした芽唯だったが、自分だけが一方的に話し続けるというのはこうも疲れるのかと、初めての経験に辟易していた。
 懸命にメモを取るアズールの目はギラギラと輝いており、元の世界ではなんてことのない知識に価値を見出す彼は根っからの商売人だと思った。

「貴重なお話、お聞かせいただきありがとうございました」
「こんなことで本当にお店の役に立つんですか……?」
「まぁ、このまま流用しただけでは素人の創作物と変わりません。鼻で笑われて終わりでしょう」

 大事そうに胸ポケットにメモをしまうとアズールは眼鏡のブリッジ部分を指先で押し上げる。照明が反射してきらりと光る眼鏡は彼の瞳の力強さを際立てる。

「ここからどう調理するかが僕たちの腕の見せ所です」
「どんなふうになるか楽しみにしてますね」
「えぇ、あなたなら特別価格で提供させていただきますよ」

 情報提供者であってもきっちり金銭は頂くあたり抜け目がない。
 芽唯はアズールの言葉に笑みで返すとそろそろ帰ると告げて鞄を手に取った。

「フロイドかジェイドに寮まで送らせましょう」
「え、大丈夫ですよ!」
「大切なお客様に何かあってはこちらの不手際、それにあなたにもしものことがあれば面倒な人の不興を買うことになりますからね。申し出を受け入れてくれるとありがたいのですが……」

 如何でしょう?とこちらに伺いを立てるアズールに芽唯はため息を零した。

「その面倒な人ってレオナ先輩のこと、ですよね?」

 どうにもこの学園の生徒たちは自分たちの勘違いしている節がある。先日のジャミルの発言もきっと彼のことを示唆しているのだと芽唯は解釈していた。

「私に何かあったところで先輩は気にしませんよ。多分、もう……お互い関わることもないでしょうし」

 自分の言葉を聞いても笑みを絶やさないアズールの視線に耐えらなくて芽唯は彼から目を逸らす。ジャミルもアズールも、自分の後ろにレオナの姿を見出して目の前の芽唯の訴えを聞き流す。

「レオナ先輩とセット扱いされるの、正直困ります」

 ただでさえ自分はグリムと二人で一人扱いなのに、不仲になったレオナともセット扱いされるのは複雑な気分だった。仲が良い時なら大丈夫という話でもないが、とにかく、芽唯にとっては今の周囲からの扱いは不満だらけだ。

「これは失礼しました。それでは、せめてお土産の一つくらいお渡しさせていただいても?」

 アズールがそういうとフロイドが小ぶりのバスケットを芽唯に手渡した。

「アザラシちゃん多分腹空かして待ってんでしょ?」
「あっ……グリムのこと忘れてた……!」

 そうだ、グリム。すっかり忘れていた相棒が夕飯を食いそびれた怒りでとびかかってくる姿が目に浮かぶ。これはそれを回避するための物と思っていいのだろうか。

「僕が作ったツナをふんだんに使った料理が入っています。グリムくんもきっとお気に召すでしょう。多めに作っておいたので、よろしければあなたも夜食か朝食にでも召し上がってください」
「それならグリムも機嫌を直してくれるかも……」

 果たして自分の分は残してもらえるかはわからないが、ジェイドの料理なら間違いなく気にいるだろう。気遣ってくれた三人に再度お礼を言うと芽唯はその場を後にした。

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