09


「メイさん、少しよろしいですか?」
「学園長……?」

 あれから芽唯は放課後になると図書室に足を運んでいた。最初は苦々しい気持ちになって逃げだしたが、真剣に向き合ってみると自分の気持ちに気付くきっかけにもなって芽唯は夢中で恋愛小説を読み漁った。
 栞を挟み本を閉じるとクロウリーの顔を見る。まさか自分が顔を上げるのを待っていたのだろうか?一体いつから?そんな疑問を飲み込んで芽唯は「大丈夫です」と口を開いた。

「貴方、最近熱心に図書室に通っているので自分で元の世界に帰る方法を探しているのかと感心していたのですが……」
「えっと、純粋に読書してました」
「そのようですね。この学園でそのジャンルの小説を読んでいる生徒を目にする日が来るとは思っていませんでしたよ」

 なら何故こんなにも蔵書が豊富なのかと聞きたかったが、そこはある種プライドみたいなものだろう。読みたい本はなんでも揃う、ナイトレイブンカレッジの図書室!みたいな、そんな感じの。

「……根掘り葉掘り聞いたりはしませんよ。私、優しいので」
「はぁ……」

 彼の口癖「優しいので」はまったく信用ならないことを芽唯は誰よりもよく知っている。また面倒ごとを押し付けてくるのではと怪訝な顔でクロウリーの顔を見つめるが、彼は笑みを絶やさない。

「ですが、教師らしくアドバイスをしようと思いまして」
「アドバイス……ですか?」

 それは要は聞かなくてもすべて知っているという意味なのではないだろうか。プライバシーも何もあったものではないが、この男相手ではそれも致し方がないのかと芽唯は諦めていた。

「ちなみに、本からは何かいい知恵を得られましたか?」
「いいえ。共感したり、逆に理解出来なかったり、色んなお話がありました。でも、やっぱりこういうのってそれぞれ違うものですから」
「そうでしょうね。十人十色、一つとして同じものはない。人の感情、特に恋愛なんてその筆頭です」

 ぱらぱらと芽唯の横にあった本を捲ると興味なさげにすぐ閉じる。芽唯に読み終えたことを確認すると魔法を使ってその本達は棚の中へと戻されていった。

「手紙は順調ですか?」
「そこまで知ってるんですか……?」
「当然でしょう。貴方のお金の出所はどこだと思ってるんですか? 不必要なものを買っていないか確認する権利が私にはあります」

 それもそうかと芽唯は口を閉じる。むしろ日記帳や手紙など必需品でない物を購入したことを咎められなかったことに感謝すべきか。

「あぁ、でも過度な節約はやめるように! 使いすぎも良くないですが、使わな過ぎも、私があとでキングスカラーくんになんて言われるか」
「どうしてレオナ先輩の名前がそこで出てくるんですか……?」
「あーっと‼ 私これから職員会議の時間でした! それでは失礼!」
「ちょっと、学園長‼」

 やばい、口を滑らした。そう顔に書いたクロウリーは慌てて身をひるがえすとパッとその姿を消した。
 結局アドバイスらしいアドバイスなどしてくれなかったし、今の時間は一体なんだったのか。消えたクロウリーが居た場所を恨めしく見ながら、芽唯は読みかけの本に手を伸ばした。



 本を読んで感じたこと、気が付いたことを整理してレオナへの気持ちをペン先に託す。
 レオナと会わなくなってから幾日も時間が過ぎていた。
 所詮は他学年、そして他寮の生徒。意識して会おうと思わなければ互いの顔を見ることすら稀だった。
 最近ではエースとデュースだけでなくハーツラビュルの先輩方までもが、レオナと芽唯が顔を合わせないで済むようそれとなく誘導してくれた。
 特にすごかったのがケイトで、彼は色んな生徒のマジカメからレオナの目撃情報をまとめて『メインストリート来るべからず!エースちゃん達とバスケ部で遊んでくるのがけーくんのオススメだよ♪』と定期的に連絡をくれた。
 彼らの協力のおかげで芽唯はレオナの顔を見かけるどころか、気配すら感じない学園生活を送っていた。

「メイ、まだ手紙書き続けてんの?」
「うん。かなりの枚数になっちゃったけど、どうせ出すわけじゃないし」
「よくまぁネタが尽きないもんで」

 あれからさらに厚さを増した手紙は一つの封筒では収まりきらず、引き出しの中には行く宛てをなくした封筒の束が鎮座している。

「こいつ夜中だけじゃなく最近じゃ日中でも突然カリカリうるせーんだゾ」
「でも、手紙を書き始めてから少し元気になったよな。最初はどうなるかとも思ったんだが、安心したよ」
「心配かけてごめんねデュース。もう大丈夫だから」

 にっこりと笑みを浮かべる芽唯の姿にエースとデュースは顔を見合わせて安堵する。どうやら本当に大丈夫なようだ。

「でもさ、せっかく書いたのに読んでもらわないなんてもったいなくね?」

 エースはトレイ特製のケーキを口に運びながら芽唯が新しく買ったばかりのレターセットを横目で見る。記憶が正しければこれで彼女がレターセットを買い足すのは四回目だ。

「渡したところでどうせ読んでもらえないよ。もしかしたらレオナ先輩は私のことなんてとっくに忘れてるかもしれないし」
ショートケーキを手に取って頬を綻ばせながら笑う芽唯は無理をしているようには思えない。本気でそう思っているのだろう。
「あんだけ毎日一緒に居たのに? 流石にそれはないっしょ〜」

 ただでさえ、イソギンチャク事件の時に三日間も部屋に泊めたこの学園唯一の女性の存在を忘れることができるか。自分なら絶対にない。エースの隣に座っていたデュースは最後の一口をゆっくり咀嚼しながら力強く頷いた。

「僕もそれはないと思う。その、無理にとは言わないが、完成したら渡してみるのもいいんじゃないか?」

 伺い立てるように芽唯の顔を覗き込むと、彼女は思慮するように瞳を伏せる。

「……完成したら、考えてみる」

 その頃には一体何十枚に膨れ上がっているのだろうか。仮に目を通したとして途中で飽きるかもしれないと思った芽唯は少しだけ寂しそうに笑った。

◇◆◇

 今夜は気分転換にテラスに出て手紙を書こうと外に出た。
 あまり遅くならないうちに部屋に戻るんだよ、と心配そうにしていたゴースト達も寝静まるような遅い時間。一人ペンを走らせていた芽唯はゆっくりとそれを下ろす。
 恐らく、長く続いたこの手紙ももうすぐ書き終わるだろう。書いても尽きることのない話のタネは減るどころか増えるばかりだが、いつまでも捨てられずに育まれる恋心もこれ以上は可哀そうだ。
 実ることのない蕾を、開くことのない花をいつまでも大事にしているわけにはいかない。学園長にも言われた通り、恋愛小説を読む時間も元の世界に帰る方法を探すために宛てるべきだ。

「こんな時間まで起きているとは、あまり感心しないな」

 新しい便箋を袋から取り出していると頭上から声が降ってきた。

「ツノ太郎!」

 最近は顔を合わすことがなかった友人の来訪に声が自然と弾む。
 芽唯の反応にほんの少しだけ口角を上げ、目の前の席を少しずらして座ると彼は淡いピンクの便箋をじっと見つめる。

「それは……?」
「手紙。最近ちょっと凝ってるというか……、まぁもうすぐ書き終わるんだけど」
「……人の子は脆い、夜風は身体に毒だろう。室内で書くべきだ」

 特に今夜は少し肌寒い。当然の指摘に芽唯は苦笑する。

「私もそう思う。けど、ちょっと気分を変えたくて」

 終いにしようとまとめに入った手紙を書くのに苦戦していた。終わりたくない、終わらせたくない。そんな気持ちからか言葉が上手く出てこなかった。
 既にいくつか書き損じた便箋を丸めて屑籠に放り投げていた。買ったばかりの便箋たちは手紙に加えられたのはほんの数枚で、大半は屑籠の中で泣いている。

「それで、気分は変えられたのか?」
「実は全然。結局手紙と向き合うと外でも中でも視野が狭くなっちゃうから、あんまり変わらなかった」
「まったく……お前というやつは……」

 呆れ顔のマレウスに芽唯は何も言い返せなくてまた苦笑する。自分でもどうしようもないと思うから、今夜はもう諦めようかと思っていたところだった。

「気分転換がしたいのだったな」
「そう、だけど……?」

 徐に立ち上がるとマレウスは空を見上げる。釣られて芽唯も視線を上げれば淡い光が夜空を照らし出す。

「な、なに?」
「まだ何も始まっていない。そう慌てるな」

 クリスマスツリーに付けるオーナメントの様に夜空を飾り立てる光たちは続々と集まり、その姿形を変えていく。時には身を寄せ合い大きな光の塊になったり、花や星を描き出す。
 まるで意志をもった花火のようなその姿に芽唯はぽかりと口を大きく開いて見つめることしか出来ない。
 そんな姿にマレウスがくつくつと喉を鳴らすものだから、ハッとなって芽唯は頬を赤く染める。

「つ、ツノ太郎の意地悪! 綺麗なんだから、仕方ないじゃない!」

 むっと頬を膨らませて怒る芽唯など何も怖くない。それどころかその姿もおかしくてマレウスは笑いが止まりそうにない。

「まったく、お前は本当に僕を飽きさせないな」

 いつのまにか光の群れが芽唯とマレウスの周りに集まっていて、二人の夜を甘く演出する。照らされた顔が綺麗で思わず見入ってしまうが、同時に今目の前にいるのがレオナだったらよかったのに、と芽唯は思ってしまった。
 そう思ったのはほんの一瞬だったろうに目敏く芽唯の感情の変化に気づいたマレウスがそれを指摘する。

「……今、他のことを考えただろう」
「ごめん。ほんのちょっとだけ」
「いや、いい。……それで、少しは気分は晴れたのか?」
「うん! とっても綺麗だった、ありがとうツノ太郎」

 二人を照らしていた光が一つ、また一つと姿を消していく。きっとマレウスの魔法だったのだろう。マジカルペンを振ることなく、こんな魔法を使いこなす彼はやはり優秀な魔法士に違いない。
 そんな彼が自分を励ますために魔力を使ってくれたのに効果がなかったなどと言えば罰が当たるだろう。

「どうせ、まだ続きを書くのだろう? 後は室内で書くと良い」
「そうするね。ツノ太郎は帰るの?」
「あぁ、お前の邪魔をするのは本意じゃない」
「そっか……。また今度遊びに来てね。その時はお茶くらい出すから」

 芽唯の言葉にマレウスは頷くと一瞬でその姿を消した。
 ぽつりと一人テラスに残った芽唯は荷物をまとめると室内に戻る。まだ寒い季節ではないとはいえ、やはり夜風は身に染みる。すっかり冷え切った体をさすりながら階段を上がった。
 私室では先に眠りについたグリムがベッドの上ですぴすぴと寝息を立てていて、そんな彼を起こさないようにゆっくり抱えると椅子の上に腰を下ろす。暖かなグリムの体温が心地よい。彼には悪いが暫く湯たんぽ代わりになってもらおう。
 時折ごろごろと猫のように喉を鳴らすグリムの頭をなでながら、芽唯は最後になるであろう便箋と向き合った。

◇◆◇

 やっぱり私はこの気持ちを捨てるべきなんだと思います。これが最後の手紙です。

 明日からは元の世界に帰る方法をまじめに探したいと思っています。
 一日でも早く先輩のことは全て忘れて、何も知らなかった自分に戻ります。
 この間、図書室で恋愛小説を初めて読んだ日。先輩のことを好きにならなければよかったと、そう思いました。勝手に好きになって、今度は好きにならなければよかっただなんて我ながら身勝手ですよね。
 きっとこの世界を離れても私はどこかで貴方の面影を追い求める。そんな気がします。
 私の世界に先輩のような人がいるわけがないのに、誰も先輩の代わりになんてなれないのに。それでもこの恋は、それくらい、生涯忘れることが出来ないものになりました。
 先輩に出会えてよかった。初めて恋をしたのが貴方でよかった。
 ──先輩は私のこと迷惑でしたよね。好意を寄せられていたと知って不快でしたよね。ごめんなさい。
 それでも私は貴方のことが好きです。
 好きでした。

 どうか、お元気で。
 先輩のこれから先の人生が少しでも幸せであることを願っています。

 さようなら。

◇◆◇

 最後の一文字を書き終え、そっと紙からペン先を離す。本当はもっと書きたい、伝えたいことが山ほどある。それでもこれで最後にすると決めたから。
 丁寧に折りたたんだそれを封筒に詰め込んで封をする。書き続けた手紙はなんとか三つの封筒に収まった。
 宛名も差出人もないそれらを机の上に乗せると芽唯はグリムを抱えて立ち上がる。
 今までの自分なら恥ずかしくて引き出しの奥に押し込んで誰にも見つからないようにと祈っただろう。だが、もうそんなことはしなくていい。
 どうせこの手紙はレオナに読まれない限り意味をなさない。彼が芽唯を見限ったというならたとえ手に取ったとしても封も切らずに捨てるだろう。いっそ、それがいい。彼の手で捨てられれば後腐れなく芽唯もこの恋心を捨てられる。
 グリムを潰してしまわないよう枕元に寝かせると、部屋の明かりを消して、ベッドに潜り込む。
 今日は少しすっきりした気分で寝られそうだ。

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