02


 放課後、部活中にレオナの横顔を盗み見る。気の緩んだ部員を叱咤する姿はいつもと変わりはない。

「……用があるなら後で聞く」

 こちらを見ることなく鬱陶しそうに言うレオナは額に滲んだ汗を袖で拭うと、ディスクを持って飛び回っている部員の進行方向に向けて火の玉を飛ばす。横から妨害が入ると思っていなかったであろう彼はぶつかる直前に迫りくる脅威に気付き、急ブレーキをかけ箒を翻すも時すでに遅く、自ら火の中に飛び込んで悲鳴と共にディスクを手放した。
 持ち主を失い落下するそれを魔法で引き寄せたレオナに部員全員の視線が集中する。あわや丸焦げになりかけた部員もすぐに消火されたのか、ほんの少し焦げた毛先を弄りながらも部長の言葉を待っている。

「お前らこれで本気か? もっと真面目にやれよ。そんなんじゃ、いつまで経っても俺を本気にさせることなんて出来ないぜ」

 何故いつもは欠伸交じりに部活に参加している我らが部長が、まるで後進を育てることに熱い理想の先輩像を演じているのか。その理由は至って簡単だ。地上に視線を下ろせば二対の瞳がキラキラと自分達に視線を送っている。

「レオナさん、意外と単純……」

 可愛い彼女に良い所を見せたい。そんなレオナの姿を見ることになろうとは、かつての自分は想像すら出来ないだろう。

(やっぱメイくんに飽きた、って説は完全にないッスね)

 元々あり得ないと思ってはいたが完全に消えたと言っても過言じゃない。恋人になってからまだ時間もたっていないし、あの怠惰な獅子レオナがほんの一時の感情に身を任せて異世界の少女を我が物にするとは到底思えなかった。

「ラギー、お前もだ」

 投げつけられたディスクを咄嗟に受け止め傍らに魔法で浮かばせる。
 顎でさっさと行けと指示をするレオナに頷くことで返事をすると、今は大人しく部活に集中する方向へと頭を切り替えることにした。


 
 先陣を切るラギーに自然と攻撃が集中する。後方から支援をする後輩たちはまだまだ頼りない。マジカルペンを構えた一年生は飛んできた雷をぎりぎり避けるもバランスを崩してスピードを落としてしまう。
 対して、相手側の同級生は的確にこちらの弱みを付いてくる。一人、また一人と脱落していく気配を感じながらもラギーは決して攻める手を緩めない。
 なにも攻撃出来るのは向こうだけじゃない。こちらも出来うる限りの力で相手の戦力を削いでいく。
 最前線で己を狙う三年生の攻撃はかわすのでやっとだが、その後ろを固めている後輩を負けじと追い払う。戦力が均等になるようにレオナが割り振ったチームは見事なもので、ほぼ互角の攻防をかれこれ二十分以上は続けている。
 チームのバランスを保つためか、もしくは流れ玉から芽唯を守るためか、レオナはどちらのチームにも属しておらず、双方の動きを見ながら指示を出し続けている。
 少しでも鈍い動きをしようものなら容赦のない喝が飛んでくるため、全員が本気で目の前のチームメイトを敵だと思ってマジカルペンを握っている。下手をすれば怪我しかねない。
 いい緊張感に包まれたマジフト場の傍らでは芽唯とグリムが息を飲んで自分達を見守っている。

「どこ見てんだよ!」
「っと! 今日はお客さんがいるんで格好悪い所は見せられないんスよ、ねっ!」

 前髪を掠めた雷に少々肝が冷えたが臆することなく仕掛けてきた相手に全力で魔法をぶつけ、その横をすり抜ける。一進一退を続けていたが相手ゴールはもう目と鼻の先だ。

「こりゃ、オレ達の勝ちッスかね!」

 距離はまだあるが、この場所からならば確実にゴールに入れられる。己の実力を正しく把握することは何よりの力だ。時には無謀と知りながらも攻める勇気も必要だが、堅実な戦い方は自然と自分達を勝利に導く。
 残された時間はあと少し、得点差を考えればこれを決めれば完全に巻き返すことは不可能になる。相手もそれがわかっているのか、飛び交う魔法は激しさを増していく。ラギーはそれを軽々とかわし、あえて危険な隙間を縫うように飛べば、本来は自分を害するはずの攻撃が盾へと姿を変え距離を大きく詰めることに成功する。
 頬すれすれを掠めた火の玉を避けたと同時にディスクを投げ入れようとした、その時だった。

「や、やべぇんだゾ!」

 大人しく見ていたはずのグリムの悲鳴のような叫びが耳に届く。思わず振り返れば先ほどラギーがかわした二つの魔法が芽唯とグリム目掛けて落ちていく。相反する魔法同士がぶつかれば爆発を引き起こすだろう。
 どちらか片方なら同程度の魔法をぶつけて相殺するところだが、下手に刺激すれば威力を増す結果になりかねない。
 試合のことなど忘れ、レオナの姿を探せば既に芽唯の元へ箒を飛ばしている。慌てふためく一人と一匹を余裕の表情で回収すると彼女を己の膝の上に座らせ再び上空へと舞い上がる。首に腕を回すよう促し、レオナはそのまま何事も無かったかのように「ぼさぼさするな!」と部員に喝を飛ばす。
 一瞬の出来事に唖然としていると、先に正気に戻った相手チームの選手がラギー目掛けて突っ込んでくる。間一髪、身を翻してディスクを守り切って急いでゴールに向かって投げ飛ばす。
 しかし体勢を崩したまま投げたそれはゴールゲートの横を掠め、得点として加算されることはなかった。気を逸らしてしまったとはいえ、活躍の機会をまんまと逃したラギーは肩を竦めると苦笑いを浮かべながらレオナと芽唯の方へと振り向いた。

「怪我、しなかったッスか?」
「はい! 大丈夫です!」
「俺がいるんだ。当たり前だろ」

 レオナの腕の中でにこやかに手を振る芽唯と違い、険しい表情でこちらに助けを求めるような視線を送るグリムに同情しながら彼らの傍へと箒を飛ばした。

◇◆◇

 汗をかいた後の飯は美味い。
 あのシュートを決められていれば、さらに気分が良かっただろうが今更悔やんでも仕方がない。
 結局、レオナ達に気を取られている間も試合時間は経過していて、点差を引き離す必要もないまま自チームの勝利で練習試合は幕を閉じた。
 おめでとうございます、ラギー先輩。と労いの言葉をかけてくれた芽唯からは「格好良かった」など活躍を褒める言葉は一切出てこなかった。
 彼女の中で本日のMVPは間違いなくレオナだろうから致し方ない。が、あんなことが無ければ選手の中では間違いなく自分が輝いていた自信があっただけに残念でならない。例え既に誰かのものでも女の子に褒められて悪い気分になる男はいない。



 少し遅めの夕食をやっと片付け、レオナの部屋を訪ねる。

「レオナさーん、どーせまた散らかしてんでしょ。入りますよー」

 あの後、レオナが寮へ送ったので彼女はいないのだと無遠慮に扉を開けば、朝の整った光景が嘘のように衣服が散らかった見慣れた室内が目に入る。
 衣服から宝飾類、クッション、タオル。どうすればここまで汚すことができるのか。無造作に放り投げられたアクセサリーを拾い上げ、定位置に戻してやると部屋の主は不機嫌そうな顔でベッドの上からこちらをじっと見つめている。

「メイくんが居ないと本当にアンタだらしないッスね。片付けできない男は嫁さんに嫌われるッスよ」
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ。できないじゃねぇ。やらねぇだけだ」
「はいはい」

 やれば出来る、誰でも使うような言い訳を並べるレオナを横目に洗濯物を持参した籠に投げ入れる。せめてまとめてくれるだけでも楽なのに……。本当に主婦のような感想を抱きながら横柄な獅子の部屋を綺麗にする。

「あれ……?」

 散らかった部屋の中、妙に整理整頓された空間が目に入る。ベッドのすぐ真横の棚、ほんの僅かなスペースだがぽかりと穴が空いたかのようにその周りだけ物が散乱しておらず、小さな宝石箱の様なものだけが静かに鎮座していた。

「おい、それには触るなよ」

 尻尾がビタンッとベッドを打つ。そんな警戒しなくてもこんな露骨に「大事なものです」と主張しているものを触って怒りに触れるような愚か者ではない。

「これ、なんなんスか?」

 中身が気にならない、というわけではないが。

「なんでもいいだろ」

 早く興味を失くせと言わんばかりに睨みつけてくる視線が予想を確信へと変えていく。大方、芽唯絡みの物だろう。どんなに値が張るものだろうがあちこちに無造作に放り投げて杜撰な管理をしている男が、後生大事に箱にしまった宝石以上に価値があるもの。そんなもの、彼女に関わるもの以外考えられない。

「はー、どうもごちそうさまです」
「は?」
「いや、惚気以外の何物でもないっしょ」

 部屋の中でも一番の彼のテリトリーと言っても過言ではないベッドから寝転んだまま手を伸ばしても届くそれを、どれだけ大事にしているのか。例え通いなれたラギーでなくとも、その空間の異様さにはすぐ気づいただろう。

「メイくん本人は知ってるんスか?」
「……言うわけねぇだろ」

 箱を見つめるレオナに背を向け、再び散らかった衣類を拾い集める。まだ洗濯するほどでもない物はハンガーにかけてクローゼットへ戻す。ついこの間付けたばかりのボタンが既に取れかかっていることからは目を逸らし、次の服を同じようにあるべき場所へ。
 たった数分で目も当てられないほど散らかっていた部屋は元の姿を取り戻し、レオナの宝物≠烽キっかり部屋に溶け込んだ。

「……そうやって大事にするのも良いッスけど、あんま待たせるのも可哀そうッスよ」
「どういう意味だよ」
「そのまんまの意味ッス」

 穢してはならない、不浄のもの。先ほどまでの棚のスペースとレオナと芽唯の関係はとても似ているとラギーは思った。ある一定の距離を保って大事にして、綺麗な箱の中に閉じ込めて、自身ですら滅多に触れることはない。箱の中では距離を詰めてくれるのをまだかまだかと待ち望んでいる彼女の気持ちを、知っているのか、いないのか。

「大事にしすぎて、久しぶりに中を見たら腐ってた……なんてのはナシにしてくださいよ」
「……チッ」

 抽象的なやり取りに自分の考えがどこまで伝わったのかはわからなかったが、レオナの機嫌を損ねたことには間違いない。聞こえてきた舌打ちに肩を竦めながら最後のタオルを拾い上げるとラギーはレオナの部屋を後にした。

←前へ 次へ→

    TwstMenu/INDEX

ALICE+