06


「って、感じッスかねぇ」

 自分の話を食い入るように聞いていたエース、デュース、そしてグリムは思い当たる節があったのか時折「あー」「なるほど」など話を遮らない程度に声を漏らしていた。
 後輩の素直な反応に苦笑しながらも一区切りまで語り終えたラギーは感想を促すように一度口を閉じる。

「つーまーりー、ジャックが連日メイに何かと食べさせてたのは」
「全部オレの指示ッスね」
「おかしいとは思ってたんだ。ジャックがメイにご飯を奢る理由がないというか……。もちろん食事量が少ないのは僕たちも心配はしてたことだけど」
「そういや君たちもメイくんにあれこれ分けてあげてたんだっけ? いやー、助かるッスねぇ」
「オレ達は一応おかず交換って形だけど、メイのやつほっとくとホント食わないから」

 二人の言葉にグリムが頷きながら立ち上がる。

「レオナのやつ、どうせならオレ様にも何か寄越すんだゾ!」
「いや、おまえは十分食ってるだろ」

 エースはふわりと柔らかいグリムのお腹に手を添えると、その感触を確かめるように数回撫でる。ふわふわの毛並みは芽唯が毎日丁寧にブラッシングを行って保たれているし、好物のツナ缶はもちろん、食事に関しても芽唯はかなり気を使っていた。

「迷惑料ってやつなんだゾ! レオナと揉めた後、あいつずっと元気がなくてよ。ゴースト達とオレ様で笑わせてやったり色々したんだゾ!」

 日記を失くした後、空元気といった様子だった芽唯。あんな姿を見れば、同居人としては励ましたくなるのは当然のことだろう。

「誰にも言うなって言われたけど、あいつ時々夜に泣いてたし……。本当に大変だったんだゾ!」
「そーッスよね……グリムくんにとっては一緒に暮らしてる大事な家族みたいなもんだし」

 一つ屋根の下、あのオンボロな屋敷の中で不思議な同居人達と彼女がどんな関係を築いているのか。それがほんの少しだけ垣間見えた気がしたラギーは目を細める。

「シシシ、レオナさんにたーんと払って貰わないと割に合わないッスよね!」

 なにせ、レオナはこの魔獣の大切な家族を泣かせてしまったんだ。ただ謝って許されようだなんて舐めてもらっちゃ困る。誰かの家族を傷つけたなら相応の対価は払うべきだ。

「わかってるじゃねーか! 流石、ラギーなんだゾ!」

 満足そうに笑うグリムが求める物は十中八九ツナ缶だろうが、今まで口にしたことがないであろう値段のそれをレオナに買わせてやろうと計画立てる。サムの店で一番高価な物は何マドルだっただろうか。いや、この際こちらで発注してしまうのもいいかもしれない。
 耳を打つ滝の音が心地いと思えるような穏やかな空気が流れ、芽唯のことが心配で仕方がなかった二人も漸く胸を撫で下ろす。
 獣特有の耳を揺らしながら笑い合う一人と一匹の姿にエースとデュースは顔を見合わせ、同じように笑顔を浮かべた。

「に、しても……さ! レオナ先輩本当にメイのこと帰すつもりないんだろうな」

 背凭れに身体を預けて背筋を伸ばし、長時間座って凝り固まった体を少しずつ解す。身を捻るエースを見てデュースもそれに倣う。

「そもそも、僕はメイが他の世界から来た事を時々忘れるんだよな」
「はぁ? いや、それはいくら何でもバカすぎでしょ」

 この世界の常識が一切通じない、魔力も持たず、グレート・セブン、ナイトレイブンカレッジのことすらも知らなかった少女。芽唯が異世界から来たという事実は衝撃的すぎて、自分なら絶対に忘れないとエースが苦笑する。
 バカにされればすぐに何かしら言い返すデュースだったが、今日はいつもと違い、唇に手を当てぽつぽつと零すように言葉を紡ぐ。

「メイは僕たちとは違う世界で育てられたんだな、っていうのはわかるんだ。でも、そうじゃなくて……いるのが当たり前になってるって言えばいいのか?」
「当たり前って……お前さぁ」

 机に肘をつき、頬杖を付いたエースが呆れた視線をデュースに向けた。
 そんな二人の様子を黙って見ていたラギーが静かに片手をあげ、会話に混ざる。

「デュースくんの言いたいこと、オレなんとなく分かるッス」

 明日も明後日も、当たり前のように学校で会い、当然のように将来を語り合う。この世界に彼女の未来がまるで地続きに存在しているかのような考え方をしてしまう。
 日記騒動の時も「そう言えば彼女は元の世界に帰るんだったな」と、記憶という泉の底に石を投げ込まれた気分だった。
 それは日常に芽唯の存在が溶け込んでいる何よりの証。蓄積されていく時間が、芽唯が異世界人であるという事実を覆い隠していく。

「でも、レオナさんやメイくんにとっては違うんスよ」

 何気ない日常の一つとして芽唯の存在を認識している自分達と違って、元の世界というものが存在する当人。そして、その少女に想いを寄せる獅子には「彼女が帰る」という言葉はどれだけ重いのか。
 もしかしたら、明日突然クロウリーが現れて「メイさんは元の世界に帰りましたよ」なんて、今日の夕飯はカレーだとでも告げる母親のように軽い口ぶりで言うかもしれない。
 突然現れた芽唯が、なんの前触れも無しに帰ってしまう。考えたくはないが、あり得ないとは誰にも言えない。
 あの二人は、そんな不安と常に向き合っている。

「メイくんはずっとそのことに怯えてたみたいだけど、レオナさんはそんな不安定な部分ごとあの子を手放さないつもりなんだろうなってオレは思ってる」

 帰すつもりがないと告げるレオナの瞳の奥を覗き見てしまった時の、あの全身の毛が逆毛立つ感覚は今も明確に覚えている。
 どろりと重く、熱く。優しいとか温かいとか、そんなぬるい表現は一切出来ない。

「日記なんて見つけなくても、手紙を貰わなくても、レオナさんは絶対にメイくんのことだけは手離さなかったと思うッス」

 レオナ・キングスカラーという男が、これまで生きてきた中で多くのことを諦めてきたことをこの場に居るものは全員知っている。
 マジフト大会のあの日、砂嵐の中で叫ぶ獅子の咆哮を忘れることなど誰が出来るものか。

「あれだけ独占欲丸出しのレオナ先輩相手じゃメイも逃げらんないよな」
「それこそ、帰さない為に色々企てそうな気がする……」
「レオナさんならありえるッスねぇ……」

 知略を巡らせたものの、計画を邪魔され、悲願を達成することが出来なかったあの日。完全に詰んだと悟った瞬間、全て簡単に投げ出したレオナ。けれど、彼女に関してはあの時の様に追い詰められたとしても異なる選択を取るだろうというのが全員共通の見解だ。

「帰る方法が見つかったー、って報告したら監禁されるかもしれないんだゾ」
「むしろ、その方法を先に見つけて砂に変えたり」
「そもそもで探してなさそうだけど、学園長を買収して嘘を教えさせたり……」

 グリム、デュース、エースの三人が顔を突き合わして、レオナの考えそうなことをひねり出す。各々の言葉を否定する者はおらず、どれもが有りえてしまいそうで背中にぞわりとしたものが走る。

「こっっわ! オレ、なんかやっぱりメイのこと心配になってきた!」
「オ、オレ様が子分を守ってやるんだゾ!」
「グリムなんてキングスカラー先輩に簡単にあしらわれるだろ……」

 ギャーギャーと大声で騒ぎ始めた二人と一匹。
 否定することも肯定することも出来ずにその様子を眺めていると、背後に気配を感じる。嫌な予感がして慌ててラギーが振り向くと腕を組んで自分達を見下ろすレオナがそこに居て、喉の奥から引きつった音が出る。

「っれ、レオナ、さん……」

 まったく気づかなかった。それどころか匂いもしなかった。もしや、わざわざ魔法でも使って気配を消して近づいてきたのだろうか。
 話に夢中になっている三人は兎も角、己もレオナの接近に気付かなかったことに動揺したラギーは後ろに逃げるように椅子を引きずり、勢いよく立ち上がって大きな音を立てた。その音に釣られて顔をこちらに向けたエース達の「げっ」「やばっ」と漸く自分達の置かれた状況を理解したであろう反応が談話室に小さく響く。

「随分楽しそうな話をしてるじゃねぇか。俺も混ぜてくれよ、なァ?」
「あ、あはは……。じゃ、じゃあラギー先輩、オレらそろそろ自分たちの寮に……」
「時間も遅いし、僕たち戻らないと……」

 机の上に乗っていたグリムを抱え、エースとデュースはレオナに背を向けないように立ち上がると一歩、また一歩と後ろに後退する。
 間違いなく、気分はサバンナで肉食動物に遭遇した草食動物のそれだろう。油断すれば、一瞬で喉笛を噛みちぎられる。

「つれねぇな? なんなら、外泊許可を俺が取ってきてやろうか? お前のとこの可愛い後輩がどうしても俺と一晩ゆっくりと話がしたくて仕方がないらしいって言えば、あの赤い坊ちゃんも許可を出してくれるだろうよ」

 優しい声音と深まっていく笑みとは裏腹に、ギラリと鋭い眼光が逃げ出そうとする三匹の草食動物に動くことを許さない。
 じりじりと追い詰められていく後輩達を横目に、どこまで自分達の会話が聞かれたのだろうかということだけに頭が支配される。自分はなんと言っていただろうか。談話室という場所を考慮し、そこまで浅はかな発言をしたつもりはない。誰に聞かれ、噂をされたとしても差し障りのない……レオナと芽唯の関係を知るものなら誰でもそう考えるであろう、という一般的な回答を述べていたはずだ。
 腰に片手を添え、自分たちが先ほどまで囲んでいたテーブルの正面に立ったレオナはダンッと大きな音を立てながら逆の手を付く。揺れたテーブルと同じくらい肩を震わせた獲物たちが怯える様がなんとも哀れで、ラギーはあちら側に立たされなかったことを喜ぶべきか、もしくは別件で同じように追い詰められるかもしれないと内心冷や汗が止まらない。

「いつまでも余計なことを喋ってないで、喰われたくないなら巣穴に帰れ!」
「ハイ!」
「すいませんでしたっ!」

 勢いよく二人は頭を下げると脱兎のごとく逃げ出し始める。
 背を向けて走り出す二人、そんな中ぶらんと足を宙に投げ出し、大人しく抱かれたままだったグリムがデュースの腕の中から慌てて振り返り、ほんの少しだけ顔を覗かせるとラギーを見る。

「こ、子分のこと頼んだゾ!」

 遠ざかっていくグリムの声が徐々に小さくなり、周囲の物にぶつかりながらも三匹の草食動物は辛くもサバンナに住まう獰猛な獣の前から逃げ出した。
 その姿が見えなくなり、レオナも唸るのをやめたので少し気が緩んだラギーは椅子を引き座り直す。自分が追い込まれたわけでもないのになぜかドッと疲れを感じて背凭れに身体を預ける。

「休むな、飯の準備しろ」
「あぁ……それで部屋から出てきたんスね……」

 芽唯を文字通り可愛がっていたレオナが何故この場に現れたのか不思議だった。腹が減れば自然と巣穴から出てくる、とはよくいったものだ。

「ってかメイくんは⁉」
「あいつならベッドの上で目回してる」
「なにやったんスかアンタ」
「何もしてねぇよ」

 嘘をつけ、嘘を。あれだけ自分の前でイチャイチャとじゃれあったくせに。
 ラギーが視線だけでそう訴えかけるとレオナが目を逸らす。

「……本当に何もしてねぇよ。毛繕いはさせてもらったがな」

 ぐったりとベッドの上で茹蛸ならぬ茹でライオン状態だった芽唯の姿を思い出す。その姿がなんとも哀れで、自分も便乗する形でレオナにあれこれ吹き込んだのが良くなかったか。
 些か遊びが過ぎた気がして心の中でほんの少しだけ反省する。本当に、ほんの少しだけ。
 レオナとの進展を望んでいたのは間違いないし、彼女も悪い気分ではなかっただろう。刺激に耐えられたかはこの際置いておく。
 エース達を怒鳴りつけはしたが機嫌の良さそうなその姿を見る限り、レオナにとっても今回の事件はいいきかっけになったと思っていいだろう。

「ところで、本当にメイくんはしばらくあのままなんスか?」
「当たり前だろ、勿体ねぇ」
「やっぱり、それが本音ッスね」

 先ほど、芽唯の前では絶対に口にしなかった言葉を吐くとレオナはラギーにくるりと背を向ける。
 一分一秒でもあの姿の芽唯を堪能したいに違いないと見送っていると、不意に彼の方からこちらを向いた。

「ラギー、飯を用意した後にでもオンボロ寮の戸棚の薬品を全部回収してクルーウェルにでも押し付けとけ」
「え? あぁ、メイくんが言ってたやつッスね」

 事の発端。オンボロ寮の謎の魔法薬。

「今回は獣人化で済んだが他に何があるかわかったもんじゃねぇ」

 確かに、下手に扱えば危険な魔法薬なんてこの世界にはごまんとある。注意して、鍵をかけてしっかり管理させていたというのに、トラブルメーカーにかかれば、そんなものは無いも同然ということがよくわかった。
 次も運よく楽しめる物とは限らない。芽唯に危害が及ぶ前に早々に処分してしまおうという結論に達したのだろう。

「了解ッス」
「ん」
「おっと」

 チャリンッと金属が擦れる音。レオナが投げた物を反射的に受け取ったラギーは、その音で咄嗟に両手で包み込んだものが鍵だと察した。
 シンプルで、ストラップも何もついてないむき出しのそれを失くさないようポケットにねじ込む。既に再び背を向けて歩き出したレオナを見送ると、ラギーはまずは彼の希望を叶えるために厨房へと向かった。

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