03
ハロウィーン当日一週間前。ついにハロウィーンウィークと呼ばれる期間がやってきた。
今日から本番までの間、普段は部外者の立ち入りを禁ずるナイトレイブンカレッジにたくさんのゲストがやってくる。
物珍しさからの観光はもちろん、将来ナイトレイブンカレッジへの入学を夢見る者も少なくないだろう。
この島から出たことはないし、地理もいまいち把握しきれていない芽唯にはこの場所がどれだけ辺鄙な場所にあるか実感はわかないが、ハロウィーンウィークを盛り上げるというのは日頃お世話になっている賢者の島の地域活性化の為でもあるというのだから、芽唯も出来うる限りのことはするつもりだった。
レオナとのデートで麓の街に降りることもある。たまにやってくるパン屋のメニューはレオナのお気に入りの物も少なくない。
事情があってナイトレイブンカレッジに世話になっていることを話した時、優しくしてくれた人も数多くいる。
そんな人たちの力になれるなら、それ以上に喜ばしいことはなかった。
「グリム、お願いだからお客さんと揉め事は起こさないでね。あと、失礼な態度も取っちゃダメ。みんな楽しみに来てくれてるんだから」
「任せろ! オレ様は偉大な魔法士であり、かっけーグリム様だからな!」
「もう、調子いいんだから」
ゴースト達が用意してくれた帽子とリボンを揺らしながら歩くグリムは上機嫌だ。彼らに事情を話してくれていたエースとデュースには感謝してもしきれない。
芽唯自身もゴーストお手製の衣装に身にまとい浮足立っている自覚がある。こんな素敵な衣装を彼らに作ってもらった上に、レオナと並ぶためのものも用意されているのだからなんて贅沢なんだろうか。その時にはグリムにも一緒に着替えてもらってたくさん写真を残したい。
オンボロ寮から出てすぐ数名のゲストとすれ違ったが大半の者はスタンプラリーの順路を正門から近い順に巡っているのだろう。台紙を片手に物珍しそうに学園内を見渡している人を何人も見かけたし道を聞かれることも度々あった。
「授業免除とか羨ましいんだゾ……」
「グリムは普段からサボったりするんだから、追いつけなくなっちゃうでしょ」
「なんだとー!」
授業をしない訳にもいかないが、会場を空っぽするわけにもいかない。その為、時間交代でそれぞれの寮生は持ち場につき、担当の時間は授業免除となるらしい。
……というのを当日聞かされたグリムはやっぱりスタンプラリーをオンボロ寮も開催すべきだったのだと駄々をこねるので宥めるのが大変だった。オンボロ寮の生徒は二人しかいないのだから、スタンプラリー会場に囚われることになると諭すことでなんとか丸く収まった。
「グリムはどこから周りたい?」
「近けぇところからがいいんだゾ。同じところ何回も行ったり来たりするの面倒だし」
「それもそうだね」
各寮の出展場所を脳裏に思い浮かべ効率の良い巡回方法を考える。
帰宅場所であるオンボロ寮は最後にするとして後はどうしようか。足元で自分を見上げていたグリムは期待するような眼差しでこちらを見ている。
「ふなっ⁉」
「グリム?」
視界から急にグリムが消えた。まるで魔法のように浮かび上がった小さな身体に驚いて顔をあげてみれば褐色の腕が相棒の首根っこを掴んで持ち上げていた。
「レオナ先輩? 朝からどうしてこんなところに」
「なんだよ、恋人に会いに来ちゃダメなのか?」
「だ、ダメじゃないですけど……」
不満そうに耳を畳んだレオナはグリムを芽唯の腕の中に押しやると背を向ける。
「ちゃんとそいつ持ってついてこいよ」
「オレ様を荷物扱いすんじゃねぇ!」
暴れるグリムは芽唯の肩に移るとレオナを威嚇するように毛を逆立てた。……こういうところが猫ちゃんなんだよなぁ、とのんきにグリムを見守っていた芽唯が動かないことに痺れを切らしたのかレオナが彼女の手を取る。軽く引かれた手に従い隣に並び立って見上げればレオナはぱちくりと瞬きを繰り返す芽唯をじっと見つめた。
「なんだよ」
「……ついてこい、ってどこにですか?」
「会場、周りたかったんだろ」
「もしかして一緒に周ってくれるんですか⁉」
「意外って顔してんな」
「だ、だって面倒だーって嫌がりそうじゃないですか」
ハロウィーンを嫌っている様子はなかったが、騒がしい場所は好きではないレオナ。一緒に見てまわれたら嬉しいという気持ちは当然あったが、彼を無理やり引きずりまわすのは本意ではなかったし、自分にはグリムがいるからと諦めていた。
元の世界で言うなら文化祭を一緒に巡るような……。そんなちょっとした学内デート気分を味わいたいというワガママを零す勇気は芽唯にはなかった。それなのにレオナはどうして自分の気持ちがわかったのだろうか。
「準備期間ずっとあちこちの展示の話聞かされてりゃ周りてぇんだなってことくらい察する」
「うっ……ご、ごめんなさい」
「子分が謝ることねぇんだゾ。コイビトなら一緒に何かしてぇって思うのが当然だってデュースが言ってたし」
「毛玉の癖に良いこと言うじゃねぇか」
グリムの言葉に頷くとレオナは芽唯の腰に尻尾を絡めた。
エースやデュース、エペル。たまに廊下ですれ違うフロイド、ジャミルにオルト。色んな生徒が自分の寮の展示はこんなにも凄いのだぞと度々聞かされていれば興味を持ってしまうのは当然というもので。
目の前で作り上げられるサバナクローの展示物に負けず劣らず素敵な物になっているのだろうと寝物語としてレオナに聞かせていたのは連れて行って欲しいと催促していたわけではないのだが、一緒に見たいと思っていたのは事実なので否定することは出来なかった。
「嬉しいんですけど、本当に良いんですか?」
「当たり前だろ。ま、どこを見ようがサバナクローが一番だろうけどな」
「自信たっぷりですね」
「当然だろ」
にやりと口角を上げたレオナが眩しくて目を細めた芽唯はしっかりとレオナの手を握り返す。肩に乗ったままのグリムはやたら大きなため息をつきながらも、その様子を静かに見守っていた。
「そういやお前ら、その衣装どうしたんだ」
レオナに手を引かれながらまずは植物園を目指す。ふと帽子やリボンがふわりと風と踊るのを見てレオナは頭に浮かんだ疑問を素直に口にした。
「ゴースト達が作ってくれたんです! エース達が気を利かせてみんなに伝えてくれてたみたいで」
朝のやり取りを思い出して芽唯は笑顔を浮かべる。
「これで衣装がないどころかサバナクローのと合わせて二着ですよ! 学園一の衣装持ちになっちゃいました!」
友人に恋人。大切なふわふわのひんやりした家族。それとディアソムニア寮。
独自の準備は何も出来なかったはずのオンボロ寮だったのに、周囲の優しさ──と言ったら本人たちは嫌がるだろうが──により他寮よりも衣装は多いし、敷地内も豪華な飾りをたくさん用意してもらってこんなに恵まれたハロウィーンはきっと他にないだろう。
ひらりとマント部分を翻せばレオナは嬉しそうに笑う芽唯を見て口元を緩めた。
「まァ、似合ってるんじゃねぇの」
「今日の私たちは偉大な魔法士なんですよ! ね、グリム!」
「おう! かっけー大魔法士グリム様だ!」
「魔法士ねぇ」
ふぅんと目を細め、芽唯の帽子に手を伸ばすと自分の頭に被せたレオナは耳が窮屈なのか顔を顰める。
「エースとデュースにお礼ちゃんと言わなきゃ! 早く植物園に行きましょうレオナ先輩!」
「ンなに慌てなくても逃げねぇよ。今の時間ラリーの担当してるんだろ?」
早く早くと急かす芽唯の手を離さないレオナは彼女が駆けださないように、その手を握りしめる力を強くする。
結局窮屈だったのか帽子を芽唯に被せ直すとちらほらと人が入っていく植物園の入口へと視線を向けた。
手作りの墓石が並ぶ植物園ではスケルトンに扮したハーツラビュル寮の寮生がスタンプラリーの対応を行っている。その中にデュース、そして一緒にエースを見つけた芽唯はレオナの手を引きながら二人に声をかけた。
「二人とも頑張ってるね」
「あ、メイ……とキングスカラー先輩⁉」
「なんだよメイ。おじたんとデートなわけ?」
「その呼び方やめろって言ってんだろ」
「スタンプラリーどんな感じ?」
興味深そうに植物園の珍しい花を眺めたり、生徒達が手作りしたランタンを見ているお客さん達は誰もが楽しげに笑みを浮かべているので聞くまでもないかもしれないが。
芽唯の問いかけに顔を一瞬見合わせたエースとデュースだったが、両手を上げてハロウィーン期間が始まってから生徒たちがよくしているポーズを取る。
「Boo! 当然、大盛況!」
「この衣装もカッコいいってみんな褒めてくれるんだ!」
悪役のような笑顔から一転。ニッと笑う二人に釣られてこちらも笑顔になってしまう。賑やかな植物園の様子にいつもの寝床を少し恨めしそうに見ているレオナだけが少し浮いていた。
「それで? レオナ先輩とデート中のメイは何しに来たわけ? あ、まさかグリムを押し付けようとか思ってるんじゃねぇだろうな!」
「ふなっ⁉」
「ち、違うよ! オンボロ寮から一番近いのがここだったの! グリムも一緒に見てまわるからおいてったりしないもん!」
驚いて肩から飛び降りかけたグリムを慌てて抱え込めば腕の中で安堵の息が漏れる。
咄嗟に手を離してしまったレオナの横顔が不満げだが、尻尾は腰に絡んだままなのだからそれで勘弁して欲しい。
「二人にお礼も言いたくて、ここに来る間もずっとその話をしてたんだよ」
「あー、だからおじたんちょっと不機嫌なわけね」
「そ、そんなことないもん」
「せっかく連れ出した彼女が他の男の話ばっかしてりゃ、そりゃつまんないっしょ」
わざとらしく肩をすくめたエースはレオナに同情的な視線を送る。
「えー……」
口を尖らせた芽唯はレオナの様子を横目でチラリと伺う。
手を離したことに拗ねているだけだと思ったのに、本当に違ったのだろうか。
話題の人物であるはずのレオナは我関せずといったようにペタリと耳を伏せ、つまらなそうな冷めた目で客たちの様子を眺めている。
「えー……じゃなく! ほんと、そういうところ鈍いんだよなぁ。どうせ今日のデートも誘われるまでレオナ先輩が気にかけてくれてることに気付いてなかったんだろ」
「なんで誘われたってわかるの⁉ わ、私が誘ったかもしれないじゃん!」
「むしろなんでわかんないわけ? メイから誘うとか絶対ないし」
眉間に皺を寄せたエースは深くため息をつく。その横でデュースも少しだけ眉間に皺を寄せているがエースほど何かを察したというわけではなさそうだ。
男の子ってそういうものなんだろうか。
友人二人が自分がレオナを誘ったわけではないことを察するのはなんとなくわかるが、自分を介さなければそこまで縁があるわけでもない他寮の上級生の心情を自分以上に汲み取っていると言わんばかりにこちらが叱られるのが不思議でならない。
「おい、キャンキャン吠え合うだけならいつでも出来るだろ。見ねぇなら他のとこ周るぞ」
「あ、待ってくださいよレオナ先輩!」
気が付けばグリムは肩に戻っていて、離れていたはずの手が握られ引きずられる。慌てて振り返れば既に二人はお客さんの対応に戻っていてこちらを気に留める様子はない。
「も、もう! ふ、二人とも頑張ってね……!」
空いている手を振れば軽く振り返してくれるエースとデュースの姿はあっという間に見えなくなった。
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