05


 慌ただしくスカートを翻した芽唯は展示物の大きなカボチャの影に身を隠す。
 グリムは別の小さなカボチャの裏に隠れ息をひそめ、二人は数人のゲストが走り去るのを確認した後ゆっくりと顔を出した。

「ふぅ……びっくりした。もう大丈夫かな……」
「オレ様もうこんな生活嫌なんだゾ……」

 ハロウィーンウィークが始まって早数日。想像を上回る来客に始めは学園中が喜んでいた。
 きっかけはゴースト達が投稿した一枚の写真。マジカメの片隅にひっそりと存在していたそれは地味な反響を生み、そして一人の有名マジカメグラマーが拡散したのが決め手となった。
 既に昨年までの来場者数は超えており、特に学園長であるクロウリーは鼻高々と言った様子でさらに多くのゲストの来場を望んでいたのは言うまでもない。もちろん生徒達も自分たちの自慢の展示や衣装を多くの人が楽しんでくれることに喜びを感じていた。
 しかし、それは束の間のものだった。
 大半の者はマナーを守り、注意書きを見ればそれに従う。だが、一部の度が過ぎたゲスト達の行動に学園全体が頭を抱えることになるとは誰も思っていなかった。
 自撮り棒を周囲の物にぶつけたり、撮影禁止の看板を無視したり、挙句の果てに民家だという注意を無視しオンボロ寮へ立ち入るものまで現れた。
 もちろん、そんなことをされてしまえば芽唯の生活に支障をきたす。
 プライベートが守られず、マジカメ上でバズったグリムを撮影しようとするもの、ゴースト達を追いまわすもの。さらにナイトレイブンカレッジに本来いるはずのない女生徒との写真を撮ろうと躍起になるものもいた。通称マジカメモンスターには困り果てる芽唯の姿すらも「いいね」を稼ぐための材料にしか見えていないのだろう。
昼夜を問わず追い回されることになったオンボロ寮の面々には休まる時間がほとんどない状態が続いている。

「ハロウィーンもっと楽しいって聞いてたのに最悪なんだゾ……」
「グリム……」

 カボチャと木陰が死角を生み出しているのか、マジカメモンスターからしばらく姿を隠せそうだと判断した芽唯はぐったりとしたグリムを抱きかかえるとジャック・オ・ランタンを背凭れに地べたへと座り込んだ。
 何度か転んだ膝は擦り傷も多く、満足にお風呂も入れていないので芽唯の髪、そしてグリムの毛並みもだいぶ痛んでしまっている。

「どうしてこんなことになっちゃったんだろう……」

 数日前、レオナと一緒に周ったあの時間がまるで夢のように思えてくる。
 二人手を繋ぎ、いつもと雰囲気の違う学園内を歩くだけで胸が高鳴った。嫌がるそぶりをみせつつも、迷子を見放すことなく主催側として面倒を見るレオナの姿を素直に素敵だと思った。なんだかんだ文句を言いつつチェカの相手もしているし、根本的に彼は面倒見がいい人なのだろう。でなければ子供があんな風に懐いたりするはずがない。
 ラギーに二人の子供かと思ったと揶揄われた時、いつかの未来を想像しなかったと言ったら嘘になる。
 あの時のように、何かに思いを馳せることの出来る穏やかな時間が既に懐かしい。

「あの子どこ行っちゃった〜?」
「っ……!」

 やけに大きく聞こえた声に肩を震わせた芽唯とグリムは揃って口を押える。

「ホントに女の子かわっかんないけど、女子制服とかレアだし、絶対一緒に写真撮りてぇんだけど!」
「そういや鏡の間のヴァンパイア? めっちゃ可愛い子居たよね。あの子もスカート履いたらめっちゃバズりそう〜」
「わかる〜!」

 ゲラゲラと品のない笑い声に芽唯は咄嗟に身を屈めた。
 覗き込まれなければ見つかることはないだろうが、声の主たちは明らかに自分のことを探している。鏡の間の……というのはエペルのことだろうか。
 抱え込んだ膝を包むスカートが視界に入った芽唯は指先で摘まみひらりと揺らす。

(この期間だけでも男の子の制服を着るべきだったのかな……)

 ナイトレイブンカレッジは男子校。芽唯という存在は魔法が使えない以上に性別の問題があった。説明を受けた時、きっと性別を隠して過ごすことになるのだろうと芽唯自身は思っていた。
 男子生徒の中に女生徒を紛れ込ませるより、ある程度芽唯に我慢を強いて男子生徒として扱った方が学園側への負担は少ないはずだ。
それなのに芽唯は性別を隠すどころか、たった一人の為にデザインされた制服を身に纏い、女生徒として大手を振って歩いている。
 クロウリーも当初は芽唯を男子生徒として扱うつもりだったらしいが、芽唯のことを決める緊急会議で『学園側の不手際で迷い込ませた挙句、本人が望んでいるのならともかく、自分たちの都合で性別を偽らせるなんてありえない。ファッションは自分らしさを表現するために欠かせない重要なファクターよ』……と誰かが進言してくれたらしい。その鶴の一声のおかげで芽唯は芽唯らしく、ありのまま今日まで過ごすことが出来た。
 まさか、その自由の皺寄せがこんな形でやってくるとは……。

(でも、そんなことしたらこの格好で過ごさせてもらってることへの裏切りになる気がする……)

 マジカメモンスターが芽唯を追い回すのが悪いだけで、芽唯自身は何も悪いことはしていない。きっとありのまま過ごせるように進言してくれた人も彼らに屈して偽りの姿をするのを肯定はしないだろう。その人物が芽唯が想像している人ならば……だが。

「あいつら行ったみてぇなんだゾ」

 腕の中から顔を出したグリムが周囲を見渡す。
 来場者は留まることを知らず、どんどん増え続けるがマナーの悪い客はその中の一握り。パッと見では区別がつかないのが問題だが、スマホを構えているゲストは周囲にはいない。今なら動いても大丈夫そうだ。
 屋根の上で鳴くカラスが自分達を案じているように思えて顔をあげればだいぶ陽が傾いている。

「……もうすぐ陽も沈みそうだしオンボロ寮に帰ろう」
「帰ったところで追いかけ回されるだけなんだゾ……」
「う、うーん……」

 グリムの言いたいことはわかる。それでも、我が家はあそこだから帰らない訳にはいかない。
 腕の中で力なくぶら下がるグリムを抱え直し、マントの中に隠すと芽唯は人混みの中に紛れ込むようにしてオンボロ寮を目指した。



 やっとの思いで寮に戻ってきたが、やはりディアソムニア生達がマジカメモンスターの対応に追われ大騒ぎになっている。
 どこから寮に入ったものかと視線を彷徨わせていると、こちらに気付いたリリアがゲストに気付かれないように移動しながら手招きをする。彼の指示通りに動き、なんとか寮の裏口にたどり着いた芽唯とグリムは安堵の息を漏らした。

「すまんな二人とも。わしらがオンボロ寮を出展場所に決めたばかりに……」
「そんな、謝らないでください! 今回のことは誰が悪いわけでもないですし……。ツノ太郎も大変な思いをしてるって聞きました」

 ドラコニアチャレンジ。そんなふざけた名称のハッシュタグがマジカメ上で流行っていた。
 本当にマジカメモンスター達は自分たちの楽しさだけを求めているのがよくわかる。逃走中、一度かくまってもらったクロウリーから聞いた話ではレオナも彼らの被害に遭ったらしい。相手を問わず迷惑をかけ続ける彼らの暴走はどうしたら止められるのだろう。

「今もオンボロ寮の中に入り込もうとしている無礼者をシルバー達が止めているんじゃが……」
「入られるのも時間の問題……なんですね?」

 芽唯の言葉にリリアは申し訳なさそうに頷いた。いくら彼らが止めようとマジカメモンスターは人数が多すぎる。怪我をさせるわけにもいかないと全力で阻止することが出来ない以上、押し切られてしまうのも仕方がない話だろう。

「そこでなんじゃが、ハロウィーンの間はディアソムニアで寝泊まりするのはどうじゃ?」
「え、でも……」
「マレウスのやつも責任を取らせて欲しいと言っていてな。もちろん無理にとは言わぬが、お主達もこのままでは身体を壊してしまうのではないか?」
「それは……」

 ……そうかもしれない。だいぶ濃くなった目の下の隈をなぞった芽唯の不安そうな顔にリリアは眉を寄せる。

「……おや?」

 リリアがふと顔をあげる。その様子に首をかしげ、どうしたのかと尋ねようとした瞬間、突然芽唯の視界がぶれた。

「その必要はねぇよ」
「わっ……!」

 後ろの茂みがガサゴソと音を立てたかと思えば中から伸びてきた腕が芽唯の手首を掴んで引き寄せる。
 気配に気づいていたのか、リリアは大きな袖で口を隠すとその瞳は弧を描く。

「……どうやら余計な世話だったようじゃ。メイには誰よりもご執心な獅子の王子がいたことを忘れておったわ」
「レ、レオナ先輩? どうしてここに……」

 腕を引かれた芽唯はぽすりとレオナの腕の中に納まっていた。後頭部が彼の胸板にあたり振り返ることが出来ないが、煌びやかな装飾を身に着けた腕には見覚えしかない。気のせいでなければいつもより体温も高いし耳元で聞こえる心音も少し早い気がする。
 ふぅ……と息を吐いたレオナは呼吸を整えるように芽唯の香りを深く吸い込んだ。

「お前が返事を寄越さねぇし電話にも出ねぇからだろ……。見かけたやつらは必死に逃げ回ってたって言うし……」
「スマホなんて弄ってる場合じゃなかったんだゾ!」
「……みてぇだな」

 芽唯から身体を離し、建物に身を隠しながら表の様子を窺うレオナはマレウスに群がるマジカメモンスター達を見て舌打ちをする。イライラを隠そうとしない辺りレオナも相当彼らへの鬱憤がたまっているのだろう。

「色々起きすぎて情報網が混乱してる。……どうしてすぐ俺に相談しなかった」
「ごめんなさい……遅くまでお客さんはいるし、追い返し終わった後は疲れて寝ちゃって……」

 はじめのうちは耐えられるだろうと高をくくっていた。マナーの悪いゲストはほんの一握りの限られた存在だけなのだと甘く見ていたのがよくなかった。
 自然と視線が下がっていく芽唯の頬に触れ、顔をあげさせたレオナは宝石のような双眸で芽唯をじっと見つめると目の下に出来てしまった隈を親指でそっとなぞる。

「どうせ、大変なのは自分達だけじゃないとか、迷惑かけたくないとか思ってたんだろ」
「…………」

 図星を突かれ、押し黙る芽唯にため息をついたレオナは足の裏と背中に手を回すと芽唯を抱え上げる。

「せ、先輩⁉」
「あっ、オレ様を置いてくな!」

 慌てて芽唯に飛びついたグリムは器用によじ登ると芽唯の腕の中に納まった。抱え上げられた本人はまだ目を白黒させているが、そんなことは気にせずレオナはリリアを一瞥するとすぐに背を向けオンボロ寮を後にする。

「こいつは俺が預かる。寮の対処はお前らが責任持てよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいレオナ先輩!」
「おまえは黙ってろ。大人しくしてないと舌噛むぞ」
「ひえ……」

 未だ正面はマレウスに群がるマジカメモンスター達が騒がしいが、そのおかげとも言うべきか裏道には人影すらない。気配を探りながら慎重に芽唯を抱えたままレオナは鏡舎へ向かう。肩越しに見える尻尾が不機嫌そうに揺れ動くのが見えた芽唯はレオナに大人しく身を預けた。

◇◆◇

「リリア、人の子は行ったか?」
「なんじゃ、マレウス。もういいのか?」
「あぁ……もう十分だ」

 エメラルドのような輝きを放つ淡い光が人の形に集まると少し疲れが見える顔をしたマレウスがリリアの傍に姿を現した。寮の正面からは突然姿を消したマレウスを探すマジカメモンスター達のざわめきは聞こえるが間もなく閉会時間。残ったディアソムニア寮生が彼らを学園外まで送り出すだろう。

「レオナが来ていたことに気付いておったんじゃろ? それでわざわざメイを連れ出せるよう囮になっておったとは随分優しいのう」
「人の子には迷惑をかけてしまったからな……」
「あの子は気にするなと言っておった。暗い顔をしていてはメイも困ってしまうぞ」

 自身も疲れ果てているというのに、迷惑だと罵るわけでもなく気を使ってくる人間の少女。健気と呼ぶべき愚かしい姿が狂おしい。
 獣人属の聴覚と嗅覚があれば彼女は安全に彼の寮までエスコートされるであろう。彼女を逃がさぬようその手を掴んで離さない獅子と共に時に身を隠し、時に駆け。ここ数日はろくに会う時間も取れていなかったようだからほんの少し激しいデートと思えばそれも悪くはないだろう。

「出来ることなら楽しい思い出としてこのハロウィーンを記憶して欲しいところじゃが……」

 終わりの見えないマジカメモンスター騒動はいつまで続くのか。ハロウィーン本番まで残りは僅か。人の好奇心、承認欲求の恐ろしさを感じながらリリアとマレウスは静かにオンボロ寮から姿を消した。

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