06
乾燥した風が頬を打つ。身体に重さを感じつつも、深い眠りから意識が浮上した芽唯はゆっくりと目を開く。
「お目覚めか?」
優しく触れてくれる手が心地いい。乱れた髪を手櫛で整えながら満足そうに微笑むレオナと目が合うが、まだ覚醒し切れていない頭がぼーっとする。
連日の騒動が嘘のような穏やかな時間に芽唯は瞬きを繰り返すとレオナの胸板に頭を擦りつける。大好きな人の香りと体温に包まれながらの睡眠は、全てとは言わないが連日の疲れを癒すには十分だった。
珍しく素直に甘える芽唯に機嫌を良くしたのか、レオナは彼女の頭を抱え込むと大きく息を吸う。鼻孔を擽る恋人の匂いは大切な存在が自分の腕の中に居るというなによりの証拠。無遠慮に写真を撮られ、耳を触られ、イライラが頂点に達していた心が安らぐ。
休息が必要だったのはお互い様で、恋人を近くに感じることで心が満たされる。
「レオナ先輩……」
「ん?」
「このままだと、最終日のパーティーってどうなっちゃうんでしょうか……」
「まァ……中止、だろうな」
「やっぱり……」
甘い空気の中で芽唯の残念そうな声が揺れる。
日ごと増えていくマジカメモンスター。対処も出来ず、生徒も教師も全員が疲弊していた。
このままの状態でパーティーを開催したところで彼らにさらに暴走する餌を与えるようなもの。主催側として安全面を考慮すれば中止という判断が下されるのは間違いないだろう。
「……衣装も楽しみだったのにな」
「…………」
レオナも芽唯も結局衣装に一度も袖を通せていない。騒動を収めることが不可能な以上、そんな呑気なことが出来ないのは致し方がないが、時間をかけて準備してきたものを台無しにされるショックは口にするまでもない。
なんで、どうして。脳裏をよぎる言葉をレオナにぶつけても意味はない。けれど嘆かずにはいられない。芽唯は零れ落ちそうになる涙を誤魔化すように瞼を閉じた。
しがみつくようにレオナの寝間着を握りしめれば、そっと手が重ねられ空いている方の手は腰を引き寄せる。
絡まってきた尻尾や足で慰めるように体温を分け与えられれば、まだまだ疲れが取りきれない芽唯はうとうとと船を漕ぎ始め、昨晩と同じように彼女をゆっくりと眠りに誘うレオナの瞳だけがベッドの上で瞬いていた。
ハロウィーンウィーク六日目。もう耐えきれないと運営委員に抗議に向かったグリムの後をついていく芽唯とそれに同行したレオナ。
ここにいる誰の責任でもないのに被害は留まることを知らず、その場にいる全員の間を微妙な空気が流れ出す。
きゅっとスカートの裾を握りしめた芽唯が意を決して口を開こうとしたその時、さらなる参加者が運んできた情報に全員が血相を変えてメインストリートへと飛び出した。
会場前、朝の静寂に包まれた学園にクロウリーの悲鳴が木霊する。
「こんなの……ひどい……」
ぼそりと呟いた芽唯の声を拾えたのはレオナだけだろう。
駆けつけた運営委員達が目にしたのは倒されたグレート・セブンの像。学園始まって以来の悲劇的な光景に、騒ぎに気付いた学園中の人々が集まりその状況を嘆き悲しんだ。
この学園に通う誰もがグレート・セブンに憧れている。偉大な魔法士を目指す彼らにとっての導とも呼ぶべき存在が地面に伏している姿など誰も見たくなかっただろう。
かく言う芽唯も日常となっていた光景の一部が無惨に壊されたショックが隠せない。隣に立っているレオナの腕にしがみつけば彼も怒りを隠せないのか、握りしめた拳を震わせながら大きな舌打ちをする。
生徒、教師、全員がマジカメモンスター達への怒りを示す中、クロウリーは迷いながらも口を開いた。
「……明日、十月三十一日に開く予定のハロウィーンパーティーは……中止すべきかもしれません」
「だろうな……」
「……っ」
一瞬にしてさらなるどよめきが広がるが、レオナと芽唯にとっては想定内。レオナと今朝その話をしたばかりの芽唯は悔しさから唇をかみしめる。恐れていたことが本当になってしまった。
繋いだままの手に思わず力が入る。何か、何か解決策はないのだろうか。パーティーがやりたい。レオナと合わせた衣装が着たい。
楽しいはずのハロウィーンウィークは何故こんなことになってしまった?
今回の騒動の原因はいったいなんだ。ゴースト?グリム?学園そのもの?
……違う。どれも違う。全ての原因は間違いなくあのモンスター達に他ならない。
「レオナ先輩、マジカメモンスターがいなくなれば先生達はパーティーを開いてくれると思いますか?」
「まァ、危険なのはあいつらだけだからな……」
マジカメモンスター達にやられたことを思い出したのか、レオナの尻尾が不機嫌そうに揺れ動く。
学園や生徒にはなんの落ち度もないのにパーティーが開かれないなんて理不尽だ。
生徒達が苛立ち乱暴にゲストを追い払おうとしたのもマジカメモンスター達がルールを破ったり、大切なものを傷つけたり、頑張って作り上げたものを自分たちの都合の良いように利用しようとするから。
今のナイトレイブンカレッジはどこを切り取ってもマジカメ上では「いいね」を稼ぐ材料として都合がいい。このまま必死に対応したところで到底彼らの暴走を抑えることは不可能だ。
「……マジカメ映えとか言ってられなくなればいいのかな」
もし、彼らにとって学園が不都合な場所になればどうだろう?
例えば、そう。恐ろしく、身の毛もよだつ恐怖しかない恐ろしい場所へと変貌したら?
「メイ?」
思わず手に力がこもったせいかレオナが芽唯の顔を覗き込む。
絡んだ視線。サマーグリーンの瞳に朝日が反射しきらりと光る。
諦めをすぐ口にするくせに、自分なりのやり方でいつも勝利を目指す大好きな人。
彼の隣に恋人として置いてもらってるというのに、こんな事に屈してパーティーを諦めたくなんてない。
「問題が……」
するりとレオナの手から抜け出し一歩前へ。
パーティー中止を拒絶する生徒達と彼らの身を守るためならば嫌われてでも判断を下すという教師陣の前に進み出る。
「『問題』が解決すればパーティーを開けるんですよね?」
一部を強調した問いかけに困惑したようにクロウリーは小さく頷く。
「え? はい。その通りですが……」
「学園長。早く職員室へ戻りましょう。他の職員も招集しなければ……」
「はいはい、今行きます!」
呑み込みきれていないといった様子のクロウリーだったが、早く会議を行うべきだと判断したトレインに促され足早にメインストリートを去っていく。
言質は取った。クロウリーは間違いなく言った。問題がなくなればパーティーは開催できると、ここにいる全員が聞いたはず。
芽唯一人の力ではマジカメモンスター達を追い返すのは不可能だ。
けれど将来有望な魔法が使える生徒達が力を合わせて出来ないことなんてきっとない。
教師陣の背中をしばらく見つめた芽唯は一人では到底解決できないであろう事柄に立ち向かうための協力を仰ぐべく意を決して後ろを振り向いた。
しかし、既にその場に残された生徒達は顔を見合わせ、ある者は笑い、ある者は頷いた。
期待以上の反応にぱぁっと芽唯の表情が明るくなる。
「メイさんもなかなかいいことをおっしゃる」
「アズール先輩……!」
何を言うまでもなく芽唯の問いかけの意図を理解したのだろう。両手を広げ芽唯を賞賛するアズールの姿は難しい契約を勝ち取った時のように晴れやかだ。
「ハッ。当たり前だろ、誰の女だと思ってやがる」
「そうでしたね。ずる賢い……いえ、契約の隙をつく巧みさはレオナさん仕込みと言ったところでしょうか」
ざわついていた生徒達は寮長や副寮長の言葉に耳を傾ける。彼らは芽唯を中心に出来た輪の中でそれぞれいつもの調子を取り戻したような笑みを浮かべている。
「『問題が解決して、学園が安全になればパーティーは開ける』学園長は間違いなくそう言いました!」
問題とはすなわちマジカメモンスターのこと。
彼らが全員いなくなれば問題もなくなるし、当然安全が確保される。
「あの人達が帰りたい、ここに居たくない……。そんな風に思うようなおもてなしを彼らにしましょう……!」
先日も防犯システムだと嘯いて彼らをひっそりと学園外に追い出した。要はその延長線だ。
人気が出そう、バズりそう。そんな理由で彼らは学園のあらゆるものに興味を示した。もし、それが本当は恐ろしいものだったら?
魔法学校は普段は部外者は立ち入り禁止。そんな秘匿性の高い場所には誰も知らない危険がそこかしこに眠っていてもおかしくはない。
こちらの注意を聞かないモンスター達が真のモンスターの眠りを覚ましてしまった。今日はきっとそんな夜になるだろう。
「……パーティーが開かれるのは明日。十月三十一日の夜。作戦を決行するなら、今夜しかないわ」
「ふふふ……夜の狩りか。腕が鳴るね」
投げられた小石が波紋を生み、生徒達の士気をあげる。次々に浮かぶ案に全員の気持ちが一丸になっていく。
これは、あくまでも明日のパーティーの為の教師陣に知られてはいけない秘密の練習≠ネのだと言い聞かせては不敵な笑みを浮かべるナイトレイブンカレッジが誇るモンスター達は肩を揺らし、今宵の獲物の選別をすべく、それぞれ準備に取り掛かる。
芽唯の隣に並び立ったレオナは彼らの姿を見ては愉快そうに喉を鳴らす。
「おまえも随分この学園の校風に染まってきたな」
「やだな、レオナ先輩ったら。私はただ学園長にパーティー開催の基準を聞いただけですよ」
「そういうことにしといてやるよ」
本当に、ただ芽唯は確認しただけだ。けれど、この学園の生徒たちならあの問いかけだけで意味を理解してくれると信じていた。
狡猾で、手段を選ばず、自身の為ならなんでもする。
いつぞやのサバナクローの行為を思い出しては口元が自然と緩む。
「サバナクローも今夜は素敵な夜になりますか?」
「それはジャック次第だな」
まずは大切なお客様とモンスターを見分ける為に看板作り。やることは多いが時間はまだまだたくさんある。
「あ、でも私はどうしましょう……。看板を持ち歩くわけにもいかないですし」
「夜が来るまで俺と寮に居ればいいだろ。体力作りがしたいって言うなら止めないが」
「うっ……一人は寂しいので一緒に居てくれますか?」
「言われなくたってそうしてやるよ」
ニヤリと笑うレオナに手を引かれ、サバナクローを目指す芽唯達の足取りは来た時と違ってとても軽い。
散々追い回されていたのだから、ほんの少しお灸を据えても罰が当たりはしないだろう。
マナーを守らず、他人の大切なものを、誰かの楽しいを踏みにじる。モンスターとは古くから退治されるべき存在なのだから。
「素敵なハロウィーンにしましょうね、レオナ先輩!」
◇◆◇
陽は沈み、月が空を支配した。怪しく鳴くカラスたち、静まり返った学園。
恐る恐る会場の様子を窺う芽唯は船の影から顔を出し、マジカメモンスターの姿を探す。
「今日もやっぱり好き放題でしたね……」
「本当に懲りねぇやつらだ。そのせいで開けちゃいけねぇ扉が開かれたとも知らないで」
教師たちの目がある以上、明るいうちに練習≠ヘ流石に始められない。あと数時間の辛抱だからと日中は前日同様にマジカメモンスター達への対処にあたった。
流石に芽唯はレオナと一緒に寮に引きこもり、誰の目にも触れないことで追い回されることは回避させてもらったが、今日ばかりはオンボロ寮がスタンプラリーを担当してないことにあのグリムも感謝していた。
のんびりとご飯もお風呂も済ませることが出来たおかげで多少艶を取り戻した髪が風で揺れる。
「あんま顔出すなよ。見つかったら元も子もねぇ」
「はーい」
「シシシ、それにしてもジャックくんってばレオナさんを前座に使うとか大胆ッスよね」
「これで失敗してみろ。本当に平たく伸ばして食ってやるからな」
「もう、意地悪はやめてあげてください。ジャックなら大丈夫ですよ」
最初の作戦は芽唯もどうかと思ったが、しばらく考える時間を与えたジャックの答えは完璧だった。
海賊のお宝に手を出すとどんな恐ろしいことが起きるのか。きっとマジカメモンスター達は恐怖に腰を抜かすだろう。
「オレ様もなんかしてーんだゾ」
「毛玉はそこで大人しく見てろ。作戦の邪魔だ」
「なんだとー⁉」
「グリム、静かにして!」
「んぐぅっ、ん〜〜〜!」
騒ぐグリムの口を手で塞いでいるとレオナたちの瞳がスッと細められる。どうやら狩りの時間が来たようだ。
全員で一生懸命作ったお宝や金貨を無造作に触る来場客。設置した「展示品に触らないでください」を無視する彼らはマジカメモンスターに認定される。
「寮長、おれら予定通り追いかけてきます!」
「上手くやれよ。獲物をどう追い詰めるか、わかってるだろうな?」
「へいっ! オレらサバナクロー生、狩りの基本くらい抑えてるッス!」
鼻の下をこすりながら笑う虎の獣人の後ろで豹の獣人は「おれ、バレないように遅く走れるかな〜」と余裕の表情だ。
獣に近いその本能がそうさせるのか。いつも以上に張り切るサバナクロー生は今にもマジカメモンスターにとびかかってしまいそう。
レオナもそれがわかっているのか、念入りに注意を繰り返す。
「ジャック、頑張ってね」
「おう」
今日の司令塔にエールを送る。
運営委員としての責任感からか、マジカメモンスター対策の総指揮を行うジャックの瞳はギラギラと輝いている。
第一陣としてマジカメモンスターを注意し、追いかける担当の寮生が彼らの元へ向かう。最初のうちは丁寧に、いくらマジカメモンスターと言っても名目上はお客様なのだから。
既に踊らされてるとは知らず、看板を指差す寮生に見逃してよ等と囁く愚か者でも段階を踏んでご退去願わなければいけない。
「最初の作戦考えちゃう気持ちわかるかも」
「あれを掘り返すにはやめてくれ……」
ふふっと鈴を転がすように笑う芽唯の横でバツの悪そうなジャックは寮生に追い回されるマジカメモンスターを見てため息をつく。
「あぁいう風にかわされて終いだったんだろうな……」
強面の多いサバナクロー生でただ脅す。
ジャックの考えた作戦は実にシンプルだった。それ故にレオナやラギーに冷ややかな目を向けられることにはなったのだが。
「でも新しい作戦なら大丈夫だよ。ほら、そろそろあの人たち疲れてきたみたい」
走り回るマジカメモンスター達は息も絶え絶えと言った様子で後ろを確認する余裕もなさそうだ。背後ではわざとらしく「待てー!」と声を張り上げる寮生たちが彼らを見失ったフリをする。
本当に逃げおおせたと思って安堵しきる姿にレオナは芽唯の肩に手を乗せ「油断してるな」と声を潜めながらニヤリと笑う。
「狩りどき……ってやつですか?」
ジャックをチラリと見るとかぶりを振る。
「あァ、これからが本番だ。よく見てろよ」
少し屈み、芽唯と視線の高さを合わせたレオナは言葉の通りよく見えるように手をかざす。
獲物達はいまだと言わんばかりにアクセサリーや金貨を手に取ってはスマホを構える。
「映えとか言ってらんなくなるってのに呑気な連中ッスねぇ」
シシシ、と特徴的な笑い声をBGMにレオナの詠唱が始まった。
静かにゆっくりと紡がれるそれは芽唯の耳にはとても心地よいのに、目の前の彼らを恐怖のどん底へと突き落とすというのだから不思議でならない。
「
詠唱が終わると金貨が宝石が、アクセサリーが砂になる。ぼろぼろと手のひらから溢れ落ちるそれらは彼らにとっては恐怖心を煽るだけのものだろう。
「すごい、遠隔でも砂に出来ちゃうんですね!」
芽唯にとってはレオナが優秀な魔法士であるということを再認識させられる至福の時間でしかないというのに、マジカメモンスターが可哀想でならない。
キャッキャと喜ぶ芽唯に満更でもなさそうなレオナは頬を擦り寄せる。
「俺のユニーク魔法で喜ぶのはお前らくらいだよ」
「魔法の種類なんて関係ないです。なんでも使い方次第ですもん」
使い方を誤れば像を焦がしたり、シャンデリアを壊したり。
保護された当初を思い出しては微笑む芽唯にレオナは頬を緩めながら怯えはじめたマジカメモンスターをじっと見据える。
ジャックの指示で火魔法と水魔法をぶつけて生み出した霧が彼らを更なる恐怖へと突き落とす。
風魔法で緩い風を首筋にでも掠めてやればゾクリと背筋が凍るだろう。
トドメにジャックが渾身の演技と共に飛び出せばモンスター退治も終了だ。
「マジカメも同じッス。あの人たちみたいにいいねの為だけに暴走する連中もいれば、ゴースト達みたいに学園の貢献になる場合もある。バカとなんとかは使いようってやつッスね」
「オレ様猫って言われんのは納得いかねーけど、いろんな奴らに写真ねだられんのは悪い気分じゃなかったんだゾ!」
今回の事件のきっかけが自分たちの責任だと落ち込むゴースト達を励ますケイトも良い面と悪い面の両方を語っていたのが脳裏を過ぎる。
「どうせなら良い方に使ってくれるようになればいいのになぁ。ね、レオナ先輩」
「……」
「レオナ先輩……?」
反応のないレオナの身体を揺すれば一瞬の間の後、頭をガシガシと撫でられる。
獲物を狩り終えたジャックの元へと集まる寮生達のもとに向かったレオナの背中を見つめながら芽唯とグリムは首を傾げた。
「なんだったんだ?」
「さぁ……?」
各寮の出展場所で行われた秘密の練習。
慌てふためくマジカメモンスター達は逃げ惑い。数日分の鬱憤をぶつけた生徒達の笑顔は晴れやかだ。
果たしてパーティーは開催出来るのか。
一抹の不安を胸に、けれどすっきりとした面持ちで寮生達は眠りにつく。
今夜も芽唯を部屋に泊めたレオナはその寝顔を見つめ目を細めた。
月明かりだけが頼りの室内で、その瞳が以前にも増してギラギラと輝いたのを芽唯は知る由もない。
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