05


 芽唯の左右の肩に座った妖精達はレッスンの様子を眺めながらため息をつく。

「まさかティアラに使ってた宝石がそんな大事なものだなんて思わなかった」
「素直に返してくださいって頼むんじゃダメなのかい?」
「うーん……。それが出来る人、うちの学校に居るのかな……」

 素直にお願いする。ナイトレイブンカレッジ生には縁遠い言葉で軽く眩暈がしてくる。
 カリムやシルバー辺りなら出来るだろうか。なにせ「盗られた」という意識が強い。
 好戦的な生徒達が円満に解決する方法を積極的に選ぶとは思えない。

「チリンチリンうるせぇぞ。なに話してるんだ?」
「レオナ先輩」

 相変わらず頭から水を浴びたレオナがこちらへ向かってくる。
 タオルで頭を拭くついでに彼の手にもう一つの鈴を渡せば少女の妖精がケタケタと笑いだす。

「あなたの歩き方がおかしいって話をしてたのよ」
「なんだと?」

 本当かと問いかけてくるレオナの視線に「ち、違います!」と慌てて首を振る。まったく、なんて嘘をついてくれるんだろうかこの妖精は。

「おい、キングスカラー。悠長に妖精と話している時間はないぞ」
「わかってる」

 忌々しそうに息を吐いたレオナはまだ濡れたままなのに芽唯に鈴を押しつけるように返すとレッスンに戻っていく。
 マジカルペンを軽く振ると水がたっぷりと入った花瓶がレオナの頭上に現れ、不安定にぐらぐら揺れる。オンボロ寮から戻ってすぐレッスンを再開することになったレオナは休むことも許されないまま、ずっと歩行の練習をさせられている。
 だいぶマシになったとは思う。最初はただ立っているだけでもぐらぐらと揺れていた花瓶が、今では多少なら歩くことも可能になった。
 ……この進捗でフェアリーガラ当日に間に合うのかと言えば間違いなくノーなのだが。

「メイくん、よければ私も妖精達と話したいのだが鈴をお借りしてもいいかい?」
「ルーク先輩! もちろんです。どうぞ……!」

 レオナに渡された鈴をそのままルークの掌に乗せる。
 芽唯と同じようにレッスンを見守り続けている彼もそろそろ退屈してきたのかもしれない。

「初めまして……ではないけれど、私の名前はルーク。君たちは……」
「わたしはフュシャ」
「おれはグラジオ」

 フュシャとグラジオ。名乗る妖精達を見て「そういえば聞いてなかった」と目を丸くした芽唯にルークが笑う。

「おや、キミも知らなかったのかい? 確かに、キミとそちらの妖精は互いの名など知らなくとも良好な関係が築けたようだが、相手への理解を深めるためにも名前を尋ねるのを忘れてはいけないよ」

「ね?」とウインクを飛ばすルークに素直に「はい、すみません」と笑って頷く。
 一応は叱っているだろうに、柔らかい雰囲気で語り掛けてくれるのがまるで子供に言い聞かせるようで怒られている気はまったくしない。

「それで、キミ達妖精から見て彼らはどうだろうか」
「全然ダメだね。獣人は言うまでもないし、ダンスしてるやつらも見ていて気分が躍らない。そんなんじゃ生まれたての妖精だって騙せっこないさ」
「手厳しい。が、的確な意見だね」

 このままでは作戦を実行すること自体が危ういというのにルークが穏やかに笑えばヴィルが「ちょっと」と彼を一睨みする。

「おや、なんだいヴィル?」
「なんだい? じゃないわよ。聞くまでもない意見なんて求めてないで、アンタもなにかいいプランがないか考えなさい」
「我らが女王の仰せのままに」

 軽やかにお辞儀をするルークは笑みを崩さない。彼に苛立っている、というよりは呆れているのだろう。レオナやカリム達を一瞥したヴィルは深くため息を吐く。

「アタシ、いつまでこの野菜売り場を眺めていればいいのかしら」
「誰が野菜だ」
「失礼、アンタは玉子だったわね」
「あァ?」
「ちょ、ちょっとレオナ先輩。ヴィル先輩も時間がないんだから喧嘩はやめてください……!」

 一触即発の空気に思わず間に入った芽唯は両手を大きく動かし二人の気を逸らす。
 二人も本気で喧嘩を始めるつもりはないだろうが、前進しているとは言い難い現状への苛立ちを吐き出したくて仕方がないのだろう。
 どうにかして現状を打破する方法を見つけなければ。

「ねぇ、ちょっとメイ」
「なに?」
「みんなは練習してるのにあなたは何もしないのは何故?」

 フュシャは芽唯の肩に乗ったまま首をかしげる。

「私はサポートっていうか、タイミングを見計ってラギー先輩に連絡を入れるだけだから」

 ランウェイが一番盛り上がって、みんなの視線がレオナ達に集中した瞬間を見極める。
 その一瞬の隙をついてラギーが偽物の王冠と目的の物を交換するという手筈で進んでいる『ティアラも視線も独り占め大作戦』を実行するにあたって芽唯とラギーには練習することは何もない。
 なのでラギーは今頃いつも通り寮でレオナの部屋を片付けたり、なにかしらのバイトに時間を使っているだろう。最も、学園内がこんな状況でまともなバイトがあるかはわからないが。

「ふぅん? どうせならメイもショーに出たらいいのに。グラジオもそう思うでしょ?」
「うーん、メイは華やかさからは程遠くないか? 春っぽさもないし。おれらには旨味があるけどね」

 ちらりとレオナに視線をやったグラジオは芽唯とレオナを交互に見ると再度唸る。
 旨味という言葉に含まれてるであろう意味を察して跳ねた胸を押さえた芽唯が苦笑いをこぼせば「ばか!」とフュシャの蹴りがグラジオの脛に当たり、悲鳴を上げたグラジオはすぐさま「ごめん!」と謝った。
 オンボロ寮から帰ってきた際、グラジオにも「恋」という言葉を使わないようフュシャから強く注意してもらったが凸凹妖精コンビのついうっかりがあるんじゃないかとひやひやする。

「レオナじゃないけどチリンチリン煩いわね……。妖精たちはなんて言ってるの?」

 レッスンを続けるようレオナを送り出したヴィルが芽唯の隣に並ぶ。

「この場に居るのに私が練習に参加してないのが気になったみたいで」
「メイくんにも参加してもらったらいいのでは、というのが二人の意見みたいだね。彼女が新しい風を導いてくれるかもしれないから私としては賛成だが……」
「ちょ、ちょっとルーク先輩。私無理ですよ!」

 慌てて両手を振って拒否する。練習を眺めているだけでひやひやするのに自分が当事者になるなんてとんでもない。

「冗談やめて、これ以上素人をステージにあげるなんて。玉子すらも半熟以下の生卵のままなのにメイにウォーキングを教えるなんていくらアタシが天下のヴィル・シェーンハイトだとしても無理」

 残念そうに「見たかったなー」と呟いたフュシャはグラジオの手を取り飛ぶと彼の腕に手を絡め歩く真似をする。
 グラジオにエスコートされたフュシャはキラキラと二人で光のランウェイを作り上げ満足そうに微笑んだ。
 空という名の自由なステージで舞う二人。終わりのないそれらは時間が経つのを忘れさせる。

「綺麗……」
「見事なものだな……」
「すっげー!」

 ジャミルやカリムもダンスレッスンの手を止め、いつのまにか小さな妖精を囲むように集まっていた。
 何度か見せてもらったヴィルの手本も綺麗だったが、二人の妖精のランウェイは彼らの衣装が華やかなのもあって人目を簡単に惹きつける。
 思わず小さく拍手をした芽唯の口から無意識に「いいなぁ……」と本音が零れ落ちる。
 二人仲良く睦まじく寄り添う姿に思わずレオナと自分を重ねてしまった。
 ランウェイは流石に無理だとしても、あんな風にレオナと共に歩くことが出来たらどれだけ幸せだろう。
 フュシャとグラジオには芽唯の声が届いたのかこちらに振り向く。二人は芽唯を見ると「あ」と口を開いて驚いたような仕草をした。

「二人ともどうしたの?」
「…………手、寄越せ」
「え?」

 声の方に振り向けばスッと目の前に手が差し伸べられる。「早くしろ」と手招きするそれにゆっくりと手を乗せればあっという間に身体を引き寄せられた。

「わ、わわっ」

 あまりの勢いに驚いたが、手を引く力は意外と優しく、芽唯は手の主・レオナの腕の中にすぽっと納まる。

「あの……先輩?」

 どういう状況なのか、尋ねようと顔を上げればレオナは芽唯の手を自分の腕に絡めさせ隣に立たせる。

「え、えっと、えぇ……?」

 混乱する芽唯をよそに周囲に集まっていたメンバーは各々何かを察したかのようにニヤリと口角を上げるだけで止める素振りはない。
 恐らくこの場で何が起きようとしているのか理解していないのはレオナの突然の行動に振り回されている芽唯だけなのだろう。
「いいな?」と尋ねられ「何が?」と問いかけようとしたが、返事を待つことなくレオナは一歩前へと踏み出した。
 レオナが歩けば彼の腕に手を絡めている芽唯も当然前へと進まなければならない。
 あまりのレオナとの距離の近さに緊張した芽唯の足が最初の数歩縺れたが「いつも通り、何も考えるな」と尻尾で軽く背を叩かれた後は自然な動作で歩くことが出来た……はず。
 足は地面を擦らないように、姿勢は正して、頭は揺らさず……。ずっと見てきたレオナの練習でヴィルが指摘していたことを思い出しながら一歩一歩丁寧に。
 時折、背中を優しく撫でる尻尾は力みすぎているのを指摘してくれていたのだろう。柔らかいその激励のおかげで最後の一歩までそれなりに形にはなっていたはず。
 突然レオナの隣を歩かされ、何が起きているのかと心臓はバグバグ鳴りやまないが、そんな己の胸に片手を宛てながら呼吸を整えていると不意に背後からパチパチと手を叩く音が聞こえ始める。振り向けばルークとカリムが手を叩いて笑っており、その様子に安堵の息が漏れる。それから一拍おいて不思議そうに首を傾げたジャミルが最初に口を開いた。

「レオナ先輩でもちゃんと女性をエスコートすることが出来るんですね」
「ったりまえだろ! 俺をなんだと思ってるんだ!」
「玉子殿下です」
「てめぇ……」

 玉子玉子と貶され続けたレオナの尻尾がゆらゆらと不機嫌そうに揺れ始める。
 今にもレオナの怒りが爆発しそうな雰囲気に彼の手を握る力を強めれば、サマーグリーンの瞳が一瞬こちらに向けられ膨れ上がった尻尾も大人しくなる。

「流石は猛獣使い。獅子も手懐けているな」

 頷くクルーウェルの隣で真剣にこちらを見ていたヴィルがようやく動く。

「ジャミルの言う通り。女性のエスコートならちゃんと出来るのね」
「あァ? どういう意味だよ」
「アンタがいくら玉子とはいえ仮にも血統書付きのプリンスだったのを思い出したって言ったのよ」
「ひとを犬や猫みたいに言うんじゃねぇ……!」

 唸るレオナを無視したヴィルは彼を睨みつけると困ったように肩をすくめた。

「単独でのウォーキングもこれくらいやる気をだしてくれると嬉しいんだけど?」
「この俺がお遊戯会に付き合ってやってるんだ。それだけで感謝して欲しいくらいだが?」
「一人じゃ二本足で歩くこともままならない玉子が偉そうにしないで!」

 まったく、と息を吐くヴィルに対してぐるぐると不機嫌そうに喉を鳴らし続けるレオナがふと表情を変えニヤリと笑う。
「あら?」とそれに気づいたヴィルが首を傾げた。

「なによ、いいことでも思いついたの?」
「お前の言う通り俺は一人じゃ歩くこともままならないんでなァ? ならこいつをステージに上げればいいじゃねぇか」
「アンタ、それ本気で言ってるの?」

 ぐっと肩を抱き寄せられレオナの身体にまた背中が当たる。

「へっ⁉ わ、私はただのサポート要員で……」

 突然渦中に巻き込まれた芽唯はレオナとヴィル、両者の顔を交互に見る。

「……その子をステージに上げれば、本気を出す。そう言いたいのね?」
「え、う、嘘ですよね。私今からなんてそんな……」

 レオナが何日も練習し続けて失敗しているのを見ているのに「はい、わかりました」なんて二つ返事でステージに出ることを了承なんて出来るわけがない。
 慌てふためく芽唯に「当然よね」とヴィルが頷く。

「アンタが困る気持ちはわかるわ。アタシだって当然簡単になんて許可できない」

 それこそ相応の理由がないとね。と続けるヴィルは説明を求めるようにレオナを見る。

「交換条件だ。こいつをステージに上げるなら、明日にはお前が納得する完璧なウォーキングってやつを見せてやるよ」
「本気? アタシの審査は甘くないわよ」
「ちょ、ちょっと。私を無視して話をすすめないでください……!」

 いきなりそんなことに巻き込まないで欲しい。
 もし仮に、自分がステージに上がることを条件にレオナが真面目にレッスンに向き合うのだとしても、そこに自分というマイナス要因が加わればいくらレオナが完璧になったとしても差し引きゼロなんじゃないだろうか。

「なんだよ、お前だって見ているだけじゃ退屈だろ? あいつらを羨ましそうに見てたのがなによりの証拠だ」
「うっ……」

 退屈だったわけではない。けれど彼らを羨んだのは事実で、否定も出来ずに瞳を彷徨わせる。

「そう、ですけど……。でも、私だとテーマに合わないんじゃ……?」

 そもそもで、普段ならステージに立たなさそうなメンバーが選ばれることになった理由がそこにある。
 今回のフェアリーガラが掲げるテーマから大半の生徒が外された理由がそれであるように、芽唯だってもちろん当てはまらない。
 だからこそ、こうして苦労を重ねて三人の特訓に時間を割いていたというのに突然のちゃぶ台返しに思考が追いつかない。

「正直、さっきも言った通りこれ以上素人の面倒なんて見切れない。けど、アンタと一緒に歩いたレオナは悪くなかったのも事実。……もっと言うなら、完璧だった。二本足で立つことすらままならない野獣が急に華麗な王子様に変身してアタシもびっくり」
「おい」
「メイのぎこちなさはともかく、レオナのあれは一朝一夕で身に付くものじゃないわ」

 珍しくヴィルが手放しでレオナを褒めているというのにどこか棘があるように聞こえるのは気のせいじゃない。

「……ステージ本番はすぐ目の前。なのに肝心の主役が歩くどころか立つことすらままならないなんて、この最悪な状況を打破できるなら悪魔にだって魂を売るわ」

 その例えだとレオナが悪魔と言うことになってしまうが、深く考えることを諦めた芽唯は大人しく口を噤む。
 足を引っ張らない自信はない。だが、作戦の成功、そしてレオナの役に立てるのなら芽唯にとっても悪い話ではない。
それに、レオナの言う通り。ついさっき二人の睦まじい妖精の姿に憧れを抱いたばかりだ。自分の出来はともかく、レオナの隣を堂々と歩ける機会を得られるなんてまたとないかもしれない。ごくり、と思わず喉を鳴らしてレオナを見る。

「先輩……本当に、本気を出してくれるんですか?」

 芽唯の震える瞳がレオナを捕らえれば彼は口角を上げてにやりと笑った。

「……妖精共のお遊戯会の為に長々付き合わされて退屈してたところだ。お前が俺を楽しませてくれるってんなら悪くないかもなァ?」
「楽しませるって……。そんなこと言われても私なにも出来ないですよ……」

 何もかもが無茶苦茶すぎる。けれどレオナが条件を出した以上、本当に芽唯がステージに上がることを了承すれば彼は明日までに完璧にウォーキングを仕上げて来てくれるのだろう。

「アンタがステージに上げるといった以上、この子の面倒は全部見ること。手を離した途端お姫様は魔法が解けちゃうんだから、王子としての役割を全うするのよ」
「わかってる」

 面倒そうにレオナが頷いてしまえばもう芽唯に拒否をする権利などどこにもない。

「さて、メイ。今からやるべきことはわかってるわね?」
「は、はい……っ」

 ぐっと迫ってきたヴィルは両手に既に芽唯の分の衣装を抱えている。
 すぐさま押し付けられたそれを受け取り、何度も頷いた芽唯は隣の空き部屋へと走る。

「仔犬、昨日俺が教えたメイク方法はちゃんと覚えているな?」
「だ、い、じょうぶだと思います!」
「Good Girl! 道具は準備しておいてやる。焦らず丁寧に姫君に変身することだ」
「わかりました……!」

 クルーウェルが教鞭を一振りする。恐らく隣の部屋には今頃化粧道具が並んでいることだろう。
 さて、本番当日まで再度行うことはないと気を抜いていたメイクのやり方はどうだっただろうか。
 レッスンとはいえレオナの隣に立つのに間抜けな姿にはなりたくない。
 扉に手をかけながら記憶の糸を辿る芽唯はいつになく真剣な表情だった。

←前へ 次へ→

    TwstMenu/INDEX

ALICE+