04
「……忘れるところだった。渡しておく」
図書館を抜けてからもレオナは止まることを許さず、足早にオンボロ寮へとたどり着いた。
まだ陽もそれなりに高く、グリムはまだ部活に勤しんでいる頃だろう。
玄関に鍵を差し込んだところでレオナが思い出したようにポケットから何かを取り出した。
「お手紙、ですか?」
「俺宛てに同封されてた。……チェカからだ」
「え、チェカくん? 甥っ子さんの?」
元気いっぱいに駆け回る太陽のような小獅子の姿が脳裏を過る。
夕焼けの草原・王位継承権を持つレオナの甥。兄の息子である彼は確かまだ五歳そこらだったはず。
「多少読みづらいだろうが、それなりに文章にはなってた」
そういえばマジフト大会の時にレオナの体に馬乗りになった彼は「僕の手紙読んでくれた?」と聞いていた。しかし、まさか自分宛に手紙を書いてくれるなどとは夢にも思っていなかった芽唯は瞳を瞬かせながらそれを受け取る。
なんで、と疑問に思ったのが伝わったのだろう。鍵を開けたまま呆けていた芽唯の体をずらして扉を開けたレオナが後ろ髪をかきながらその疑問に答えをくれた。
「アイツ、お前のことを気に入ってるからな。直接手紙まで送ってくるとは熱心なことだ」
「そうなんですか……」
小さな子供、しかもレオナの家族に記憶されていると思うとなんだかむず痒い。
学園という小さな世界にだけ存在することを許されている自分を慕っている人が他国の、しかも大好きな人の家族だなんて夢のようだ。
「お返事とか、書いたら届けてもらえますか……?」
「返事? わざわざンな面倒な……。どうしてもって言うなら俺から出してやるから、書いたら寄越せ」
「はい……!」
自分の名義で王宮に手紙を出したところでチェカに届くことはないだろうが、レオナから送ってもらえるなら確実だ。
まだ目を通していない大事な手紙を胸に抱きながらレオナと共に寮の中へと入る。
談話室の窓辺に近づけば庭の花々が今日も元気に日差しを浴びて、己の美しさを誇るように風で揺れる。未だ開かない一輪を除いて。
「相変わらず咲いてないのか」
同じように外を見たレオナは一瞥するとすぐに興味を失くしたようにソファに腰を下ろす。
その姿を追うように振り向けばレオナは何かを考えるように首をひねり、談話室を見渡した。
「気配だけはするんだがな……」
目を閉じ集中しているのは魔法の痕跡を辿っているのだろう。納得がいかないのか、ムスッとしたままレオナは背凭れへと身を預け息を吐く。
「レオナ先輩でもわからないなんて、あのお花どんな魔法がかかってるんでしょう……」
「さぁな、体調に変化はないか?」
「元気ですよ。もちろんグリムも」
成長するにつれ強まった花の魔力の気配も、蕾の状態から成長しなくなって以降は変化がない。
彼曰く、オンボロ寮周辺に充満するように広がっていて、強くも無ければ弱くもなく、花を手折ろうと思うほどのモノではないという。
「ならいいが、何か気付いたらすぐに言えよ。俺じゃなくてもクルーウェルでもクロウリーでもいい。言っておくが、お前が思ってるほどこの世界の花は甘くも優しくもないんだからな」
「はーい。もう、レオナ先輩ってばその話何回目ですか?」
「お前が話半分にしか聞いてないから言ってるんだろ」
くすくすと笑いながら彼の横を通り過ぎれば不意に手が引かれる。どうしたのかと振り向いてその横顔を見れば少しだけ曇りが見えた。視線は正面を向いたままで目が合わない。
「どうしたんですか……?」
「本当に、心配で言ってるんだからな……」
真剣な彼の声は床に吸い込まれるように下に落ちていく。
「レオナ先輩……」
また過保護だとからかうのはあまりに不誠実だろう。本当にレオナは自分を心配してくれている。
しっかりと言葉にしてくれたその思いに応えるように芽唯は力強く頷いた。
「わかってます。レオナ先輩の気持ち、ちゃんと伝わってますよ」
真剣にそう答えれば握る力が緩んで手が離れる。
「飲み物準備してきますね」
「あぁ……」
少し照れているのか、ほんのり色づいたチョコレート色の肌が愛おしくて思わず抱きしめたくなったがぎゅっと堪えてキッチンへと向かう。
芽唯が部屋を出て行った後、一人レオナが火照った顔を片手で覆い隠していたのは誰も知らない。
◇◆◇
二人掛けのソファで隣に腰を下ろした芽唯はレオナの前に彼用のカップとソーサーを差し出す。
以前麓の町に買いに行った揃いの食器だ。同じデザインで色違いのものが芽唯の前にも置かれている。
「それで? お勉強は為になったのかよ」
「だいぶこの世界のお花の知識が身につきましたよ! 歌うお花とか喋るお花とか」
綺麗な薔薇には棘がある。元の世界にある言葉だが、この世界は薔薇じゃなくても言葉という棘を使う花があるらしい。
他にも喋ることはなくとも、魔力の籠った特別な花もある。
元の世界では考えられないような様々な植物が存在することがよくわかった。レオナが口を酸っぱくして危険だという理由もだいぶ理解できた。
「錬金術の材料としてだけじゃなく、花自体が魔力を持っている……なんていうのもあるんですね」
「元々魔力を持った花は特殊な栽培方法や地域でしか咲かないことがほとんどだがな。魔法士ならやり方さえ知っていれば魔力を込めることは誰でもできる」
図鑑には片隅に魔力の有無、力の込めやすさ、利用用途や逸話などが記されていて純粋に読み物としても楽しかった。
愛の物語から恐ろしい話まで。花にまつわるエピソードは魔法界ならではの内容が多かった。
もしかしたら、あの花の種も芽唯が目を通した逸話のどれかと同じものを咲かすのかもしれない。
フュシャが祝福として贈ってくれたあの種を信じたい。けれど、懸念点は知識を得た今は芽唯にも浮かぶ。
「あの種に魔法を込めたのがフュシャじゃない、って可能性もありますよね」
「妖精がヒト属と交流が盛んにあるとは思えないがな」
「種自体はただの市販の普通のモノなのか。それとも元から魔力を持った種なのか。前者なら魔法をかけたのは誰なのか……」
学んだ今なら植えた直後のレオナの憤りの理由がよくわかる。
本当に軽率だった。信頼を逆手にとって利益を得るためなら何でもする人間がいることをこの学園で学んだはずなのに、フュシャを妄信しすぎていた。
「……なに落ち込んでんだ。反省してるなら別にいい」
自然と俯いてしまった視線がレオナによって戻される。真っ直ぐ向けられるサマーグリーンを見つめ返しているとソファの上で包み込まれるように手が重なる。
「別に、アイツを信じるなとは言わない。けど妖精がもたらすものがヒトにとって幸福ばかりとは限らないことを覚えとけ」
「妖精も怖い話があるんですか?」
「……授業じゃ流石にやらねぇか」
きっとこの世界では常識的なことなのだろう。ヒト属に分類されない妖精たち。彼らの贈る祝福は言い方を変えれば呪いだというのは知っている。
──呪い。彼女が贈ってくれた祝福が自分にとってそうなってしまうことがあるのだろうか。
下手に身に着けた知識がフュシャへの信頼を歪ませていく。
「疑うことを知ってくれてなによりだが、そんな顔をさせたかったわけじゃねぇ」
「でも……」
「……警戒はしろ。けど、どうしても信じたいっていうなら俺を信じろ」
「レオナ先輩を……?」
どういう意味だろう。
問いかけるように首を傾げればレオナがニヤリと笑みを浮かべる。
「アイツの贈ったものが呪いじみてようが俺が祝福に変えてやる。だからアイツを信じたいなら俺を信じればいい」
レオナの自信はどこから来るのだろうか。
まるで自分ならすべてを変える力があるのだと、そういわんばかりに胸を張る。
マジフト大会の夜、保健室で己の行いを恥じることなく、むしろ来年も同じように全力で自分なりに頂点を目指すと言ったあの時と同じように。
群れを率いる王として、寮生たちを導き頂点に立とうと目論んでいたあのレオナが、今は自分の為にその力と牙を使うのだと言う。
それだけで、自分がレオナにどれだけ想われているのかがよくわかる。
自信に満ちた眼差しが大好きだ。弧を描く唇から紡がれる力強い言葉が大好きだ。
ぎゅっと締め付けられるように苦しくなった胸を空いていた片手で抑えた芽唯はレオナの目を見て顔を綻ばせる。
「はい、私……レオナ先輩のことはなによりも信じてますから……!」
レオナが居ればフュシャを信じる自分のままでいられる。
これがどれほど幸福なことか、きっと語るまでもないことだろう。
◇◆◇
夜も更け、レオナが寮へ戻ったあと。寝る前に花壇の様子を覗き見れば見慣れた背中がそこにあり芽唯は思わず窓を開け放った。
「こんばんは、ツノ太郎!」
「ヒトの子、これはいったい?」
不思議そうな顔で花壇を見下ろしたツノ太郎……マレウスは話しやすいようにか窓辺に近づいてくる。
レオナに花壇に近づかないよう言いつけられているので助かった。芽唯は窓枠に寄り掛かるように身を乗り出す。
「最近育て始めたの。ツノ太郎はお花嫌い?」
「花が嫌い……か。好きか嫌いかなど考えたこともなかったな」
顎に手を当て悩むように少し首を傾げたマレウスは少し思案する。
そしてすぐに口角を上げると芽唯自慢の花壇を見渡した。
「この花壇は悪くはない」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておくね」
きっと彼なりの最上級の褒め言葉だろう。
廃墟を好むというマレウスはオンボロ寮に芽唯が手を加えることを特に否定することもなく、むしろどこかその過程を楽しんでいるようにも思える。今回の花壇もきっと気に入ってくれたに違いない。
「あ、そうだ。ねぇ、ツノ太郎なら知らないかな」
「なんだ?」
「あの蕾だけね、ずっと咲かないの。魔力を持った特殊な種だったんだけど、元からなのか人為的なのかもわからないしで育て方が合ってるのかもわからなくて」
指さした先、未だに咲き誇ることのない蕾を見たマレウスが「おや」と小さく漏らす。
「何か知ってる?」
期待に満ちた眼差しを向け、芽唯がさらに窓枠から身を乗り出す。
「これは……、そうか。妖精からの贈り物だな?」
「そうなの! フェアリー・ガラってあったでしょう? あの時に知り合った子にもらったの」
「なるほど、あの祝祭に同行していたのか。ヒトとの交流を好む彼ららしい」
一人納得したように頷くマレウスにはきっと送り主の妖精に心当たりがあるのだろう。
数度頷いたマレウスは芽唯にレオナとは違う緑……ライムグリーンの瞳を向けてゆっくりと優しく微笑む。
「きっと、お前ならば綺麗な花を咲かせるのだろうな」
「私なら……って、え⁉︎」
まるでその姿が見えているかのように慈愛に満ちた眼差しをしたマレウスを光が包む。
「ま、待ってよツノ太郎! 咲かせ方を知ってるなら……!」
その光はマレウスが帰る合図のようなものだ。
パッと消えていなくなる時もあれば、蛍のような温かな光が散ると共に姿をくらます時もある。
花の正体を、咲かせ方を知っているなら教えて欲しい。待ってもらえるよう、必死に手を伸ばした芽唯だったが手は届くこともなく呆気なくマレウスは光と共に消えていった。
「咲かせられるの……?」
一向に咲く気配がないのに、マレウスはどこか確信めいてあの言葉を残して消えた。最後の黄緑色の光が消えるのを見送った芽唯はそっと窓を閉じる。
夜風に吹かれる蕾はきっと明日も花開くことはないだろう。
せっかく答えが目の前にあった気がしたのに逃げられてしまった。少しがっかりした気分だがしょうがない。
肌を冷やさぬうちにしっかりと窓を閉じその場を離れた。
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