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アウラリアリア不在の間、アルハイゼンは己に課せられた仕事の対処をするフリをしながらアザールが漏らした神の缶詰知識を追っていた過程で偶然出会った金髪の旅人とその相棒・パイモンと合流した。
エルマイト旅団の追手を振り切り、その足で向かったアアル村近くで大マハマトラ・セノや傭兵のディシア、そしてアアル村のガーディアンであるキャンディスとの出会いもあったが特別大きな収穫はなく、代わりに彼らから離れた間に独自の調査を進めた。
結果、消えた狂学者──グラマパラと呼ばれている者たちの行方を掴んだアルハイゼンは旅人とパイモンを連れ、かつて魔鱗病の治療を行っていたという廃病院へと足を運んだ。
「アルハイゼン、ここにはなにもなかったぞ。本当になにかあるのか?」
「急ぐ必要はない。シャニは夜に泣き声を聞いたと言っていた……もう少し待とう」
陽が落ちるまでの間、アルハイゼンはアウラリアリアが残していった本を読み進める。最初は興味を持ったパイモンが近くを浮遊していたが、彼女はすぐに理解するのを諦め旅人と暇をつぶすことを選んだようだ。
やはり知識というのは人を振り落とす。忍耐のないものはまず情報を得るという過程を踏むことすら躊躇うのだから、ものおじせず自分の好奇心を満たすために突き進んだアウラリアリアに好感を持つのは必然だったと言えるだろう。
ひょんなことから恋人に想いを馳せたアルハイゼンは上がる口角を隠そうともせず、なにやら騒いでいる旅人とパイモンの声をヘッドホンで遮断すると読書に勤しんだ。
◇◆◇
──不意に泣き声が遠くから聞こえてくる。
旅人も気づいたのか音の出所を探しているようだ。
「来たか。あちらの方向からだ」
すぐに立ち上がったアルハイゼンが廃病院の中を見渡してみてもどこにも人の姿はない。だが、聞こえ続ける音に耳を澄ませれば自ずとその場所は判明する。
「……下だ」
「えっ⁉ でも下には行けないぞ?」
「どうやら、仕掛けがあるようだな」
簡単な、謎解きにもならない構造だった。板を退かせばすぐに表れたぽかりと空いた穴を覗き込むように飛んだパイモンを先頭に階段を下りた三人は廃病院に隠されていたもう一つの顔を目にすることになる。
「うわっ……病院の下にもういっこ病院が隠されてたみたいだな……」
乱雑に詰まれた資料、カルテ。そのほか患者が使用していたであろう器やベッドが上層と同じように荒れ果てた室内に残されている。
「まだ他にも解いてない仕掛けがあるみたいだから、引き続き調べようぜ!」
パイモンの声を皮切りに散り散りに院内を調べ始めれば当時の状況がおのずと見えてくる。
この場所でどんな研究が行われていたか。既に廃墟と化した今、追及するのは無駄なことなのかもしれないがあまりいい気分がするものではない。
「アルハイゼン! 見ろ、あっちに人がいるぞ!」
旅人と揃って行動していたパイモンが手招きをする。声に従って向かえば蹲った一人の男の姿があった。
「君は……」
「うぅ……あ……ああ……」
頭を抱え、うめき声をあげる人物にアルハイゼンは見覚えがあった。思わぬ再会だが感動など覚えることはなく、代わりに疑問が浮かび上がる。
「まさか、こんなところで会えるとはな」
「知ってるのか?」
「この人の名はラザック、俺の教令院での先輩だよ」
「こいつも学者だったのか。森でおかしな修行をする人たちとおんなじなのか?」
「いや、そこが問題なんだ」
アアル村から消えた人間、つまりグラマパラと呼ばれている学者たちは総じて皆パイモンの言う通り森での修行でサティアワダライフに到達し、神の知識に触れて発狂という過程を踏んで教令院から追放されている。
だが、ラザックは森で修行をしたこともなく、彼らと同じ境地に達しているはずもない。
「原因はともかく……こいつが一人でここに現れたということは、俺たちは一歩遅かったということだ」
彼の傍らには何かを引きずった痕跡が残されている。誰かが重い荷物の乗った荷車を力尽くで引っ張ったなによりの証拠だ。
恐らくラザックはそれに乗せられていたが落とされた。もしくはそれ以前よりなにかしらの問題がありこの場所に一人取り残されることになったのだろう。
しゃがみこんだままうめき声を上げ続けるラザックはグラマパラの条件には当てはまらないが同様の症状には心当たりがある。
旅人とパイモンの二人に出会ったオルモス港で相対したエルマイト旅団のミズリ。
突如呻き始めた彼は赤く輝く異様なアーカーシャを停止させることでその暴走を止めることが出来たが、目の前で蹲るラザックの症状は彼を彷彿とさせる。
行方不明のグラマパラ。その行先とされた廃病院にいるはずのないラザック。そしてその症状。
アルハイゼンの頭脳は瞬時にすべてを結び付け答えにたどり着く。
「教令院こそ、すべての黒幕。やつらの行動ロジックを推測するのも……難しくはない」
教令院は自分たちのとある目的のため、キングデシェレト復活の偽情報を流し、グラマパラが鍵を握る存在であることを強調した。
キングデシェレトの復活を望む信者は砂漠地域に多く存在し、中でも過激派と呼ばれるものたちはすぐさま彼らの身柄を教令院に渡す手助けをし始めた。
仮に事故が起きたとしても罪を問われるのは実際に行動を起こした信徒のみであり、彼らの行いが教令院と結びつくことはない。とてもシンプルだが現在のスメールでは非常に有効かつ効率的な方法だ。
「でも、学者たちをアアル村に送り込んだのって、教令院なんだろ? なんで今更連れ戻すんだ?」
「この過程において変化しているものがある──学者の『身分』だ。最初は『学者』、次に『狂者』、さらには『追放者』となり、最後は……『失踪者』となる」
「なるほど……」
「追放された狂学者は人間であることに変わりはないが……失踪者となると……難しい話になる。特定の人物を見つけられない場合、その人の身に何が起こったのかを判断することもできない。言い換えれば、『失踪者』は理想的な資源になり得るんだ」
「資源? あいつらにはなにか使い道があるのか?」
当然のパイモンの疑問にアルハイゼンは己の中ですぐに組み上がっていた仮定を語り始める。
「一つの可能性として……失踪者の頭脳は、缶詰知識の抽出に使われるのかもしれない」
「えっ……あれって人の脳みそから抽出したものだったのか⁉」
「スメール教令院の技術なら、可能だ。もしかすると、これが原因で彼らは苦痛を感じ、夜中に誰もいない場所で泣いていたのかもしれないな」
アーカーシャシステムは言い換えれば脳への介入だ。以前アウラリアリアが巻き込まれた事件もそのアーカーシャを利用し人々を誘導・操作する技術が用いられた。
スメールという国には同様の、使い方を間違えれば大きく倫理から外れた力がいくつも存在している。
そんな力を持つ国の上層部である教令院は今、神の知識を求め神の意識に触れた人間を集めている。学者ならば誰しも知識の限界を追求しようとするのは当然だ。しかし──。
「人の命をなきもののように扱い、知識を搾取する。これがやつらの言う『学術の進展』なら、教令院はいっそのこと閉鎖したほうがマシだろうな」
学び舎であり、職場でもある教令院に対しアルハイゼンに執着はないに等しい。
「おまえはこのことにすごく反対してるみたいだな……」
「当然だ。これは俺の『規則』に対する認知に反している」
不変で、平穏で、平和な暮らし。
アルハイゼンにとってもっとも許せないのはその生活が崩されることに他ならない。
「待てよ、おまえはあの人たちがかわいそうだから助けるんじゃないのか?」
眉をハの字に下げ、パイモンは困惑したように問う。
恐らく隣に居る旅人と共にそうした『見過ごせない人』を助けながら旅路を歩んできたのだろう。
「可哀想な人間なら、スメールにはごまんといる。ましてやテイワット規模で考えればそれはさらに増え、とてつもない数になる。そのすべてを助けるつもりか?」
「うぅ……そ、それは無理だな……オイラにもわからない……」
頭を抱え、さらに悩み始めたパイモンの隣でなにか心得たようにまっすぐな眼差しを旅人がアルハイゼンに向ける。
「より特殊で個人的な動機なんだね」
「そう思ってくれていい。簡潔に言えば、俺は力や英雄主義を盲信していない──ただ、したいことをするだけだ。神の缶詰知識は、確かに俺が徹底的に調べたい問題だ。だからといって、見ず知らずの者の利益のために行動するつもりもない」
かつてアウラリアリアを助けた時はカーヴェの軽率な行いのせいで現場へ駆けつける羽目になったが、アルハイゼンという男の思想は常にこうだった。
結果的にそれが彼女との現在の関係に繋がっているのだから今となっては良い思い出とも言えるのだろうが何度振り返っても己らしくない。
「この人はどうするの?」
「ここに残せば、それこそ行く先は死のみだ。連れて行こう」
頷いた旅人がラザックに肩を貸し、彼を立たせる。心配そうにラザックの顔を覗き込むパイモンは先ほどの問いに頭を悩ませていたものの、やはり目の前の『可哀想』を見過ごすことができないのだろう。
「なぁ、旅人……その人……。ん……? 待て! あっちにも誰か倒れてるぞ!」
ふわふわと旅人の傍らと飛んでいたパイモンが急に身体を捻り飛ぶ先を変える。
アルハイゼンと旅人が彼女の動きに釣られるように視線を動かせば、確かに物陰に隠れて気づかなかったが誰かが倒れている。
「女の人だ、この人も缶詰知識を抽出されたのか……? アルハイゼン、お前が運んでやってくれ!」
「仕方がないな……」
女性、ということはそれなりの年齢なのだろう。小柄なパイモンに任せるのは荷が重い。
先ほど慈善的に行われる行為を否定したばかりだが、この場に残しておくのは人命にかかわる。
息を吐きだしながらパイモンの元へと向かったアルハイゼンはその近くに倒れている姿を捉えると目を見開いて駆けだすとそのすぐ傍に膝をついた。
「わっ! な、なんだ⁉ どうしたんだよアルハイゼン、この人も知り合いなのか……?」
浮遊しているパイモンはアルハイゼンの起こした風にあおられ態勢を崩したものの、すぐにバランスを取り戻し彼の顔を覗き込む。
そんなパイモンの問いかけを無視したままアルハイゼンは女性の身を起こすと頬に触れ、意識を取り戻させようと軽くはたく。
だがラザックと違い完全に気絶しているのか、いくら振動を与えようともその瞼が開くことはなかった。
(息はしている。体温も、まだ辛うじて温かい。だが、何故……)
手で触れ、その温もりを直接確認したアルハイゼンはすぐにハッとしてアーカーシャに頼る。冷静さを欠いていたが、人肌で確かめるよりも確実な方法を持っているのに頭から抜け落ちる程度には動揺している。
「──ぃ、おいってば! なあ、どうしたんだよアルハイゼン!」
「まさかもう手遅れ?」
「怖いこと言うなよ⁉ だ、大丈夫だよな?」
彼女の容態に意識を取られていたアルハイゼンは耳元で叫ぶパイモンの声にようやく振り返る。
これまで至極冷静に勤めていたアルハイゼンの動揺する姿に彼らも不安になったのだろう。
ラザックを引きずるように近寄ってきた旅人とその傍らを飛ぶパイモンは二人して眉を下げ、心配そうにアルハイゼンの腕の中の人物を見つめている。
「……っああ、大丈夫だ。彼女は俺が運ぼう」
抱きしめたまま立ち上がればまだ意識があるラザックと違い、ぐったりと腕の中でただアルハイゼンに身を任せているせいで頭が傾きはらはらと長い髪がアルハイゼンの腕を伝って流れ落ちる。
その胸元では数日前に別れたときと変わらぬ輝きを放つ神の目が輝いていた。
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