12
アアル村に戻るとラザックと共に運ばれてきた女性を見て最初に声を上げたのはセノだった。
「アウラリアリア……⁉」
「セノの知り合いか⁉ この人、こいつと一緒に病院の中に取り残されてたんだ!」
「俺の知り合い? アルハイゼンの方が彼女については詳しいだろう」
「え……?」
「やっぱり知り合いだったの?」
首を傾げるパイモンの横に足元が覚束ないラザックをキャンディスに預けた旅人が並ぶとアルハイゼンに向けて同じように首を傾げる。
廃病院からの道中、心配して騒ぐパイモン以外誰も口を聞かなかった。正確にはラザックはずっと泣いていたし、旅人はパイモンに相槌を打っていた。ただアルハイゼンの意識には届かなかっただけだ。
意識を失ったままのアウラリアリアを注意深く観察していたアルハイゼンはここまでの道中、ありえないほど無防備だった。なにごともなく帰還出来たのは不幸中の幸いだろう。
「すまないがベッドを借りるぞ」
「あ、あぁ……構わんが……」
家主である村長に許可を取る前に既にアウラリアリアをベッドに降ろし始めていたアルハイゼンは躊躇することなくその傍に膝をつく。
「意識がないみたいだが、見つけた時からこうなのか?」
「…………」
「……はぁ、返事くらいしろよな」
ディシアの問いかけに返す余裕もないのか、それともただ無視しているのか。アルハイゼンはただじっとアウラリアリアを見つめたまま動かない。
「彼は村に居たグラマパラではないようですが……」
「それが……」
旅人とパイモンはアルハイゼンと共に廃病院でわかったことを村に残っていたセノ、ディシア、キャンディス。そして村長と、祖父のように慕っていたグラマパラを心配して居座っていた少年・イザークに説明した。
「なるほど……状況はわかりました。この村に居る限り彼と、そちらの彼女の安全は私が保証しましょう」
ラザックとアウラリアリアを交互に見たキャンディスが頷けばパイモンは安堵したように胸を撫でおろすが、他の面々の表情は硬いままだ。
「……それで、アルハイゼン。彼女の様子はどうなんだ」
「目を覚まさなければわからない。……目を覚まさない可能性も高いが……、症状を見るにラザックと同じ理由であの場に残されていたとは考えにくいな」
「目を覚まさない可能性……って、その子そんなに容態が悪いのか?」
「意識がないまま砂漠に放置されていたんだ。随分と体温が下がっている。夜の砂漠の恐ろしさは君たちの方がよく知っているだろう?」
セノの問いに答えたアルハイゼンの言葉にキャンディスと顔を見合わせたディシアは自分もなにかしたいとせがむイザークを連れて村長の家を出る。
「アウラリアリアが心配なのもわかる。だが、お前たちの話が本当なら逃げたやつらを早々に追うべきだ」
「……ああ、その件についてまずは話したいことがある」
アウラリアリアを見つめたまま返すアルハイゼンは追加の毛布を運んできたディシアに彼女の看病を任せると自身の見解を話し始めた。
「俺の行動が、予測されていた……!」
今の教令院にとって強固な意志を持ち、己の判断で善悪を考え、それを貫けるアルハイゼンやセノのような人間は利益だけを追い求める現上層部にとっては邪魔者であり、逆にそんな人間の行動をアーカーシャの演算能力を利用して掌握することで事前に危険を回避した。
「俺のせいで、やつらは事前に撤退準備ができた……」
「そんなに自分を責めるなよ、こんなことがわかるやつなんていないって!」
「そうだよ」
目を伏せ、悔やむセノに旅人とパイモンが慰めるように声をかける。
だが、大マハマトラの役職を与えられ、教令院の風紀を守り続けてきたセノはこんなことで落ち込む男ではない。
「……いや、分かった。こうなれば、やつらの向かった場所にも……想像がつく」
「おっ! 立ち直りが早いじゃないか!」
「安全地帯は、常に危険と危険の間に隠されているものだ」
「そうか! オイラもわかったぞ! あいつらがセノを避けたいんなら、一番安全な場所は……」
「セノがさっきまで居たところ」
「だな!」
旅人の返事に頷いたパイモンは立ち上がるセノに視線を戻す。
「やつらからすれば、俺の行動ルートとは逆の方向に逃げればいいだけだ」
これで行き先が確定した。
そうとなれば話は早い。逃げられる前に彼らを追わなければ。
「………………」
「アルハイゼンさん安心してください。先ほども言った通りお連れになった二人は私が責任をもって見ておきます」
「……すまない」
名残惜しそうに振り返ったアルハイゼンだったが、キャンディスの言葉に後ろ髪を引かれながらも村長の家を出る。
傍にいてもしてやれることなどほとんどない。であれば彼女の身になにが起きたのか。それを追うのが今できる唯一のことと言っていいだろう。
「早く行こうぜアルハイゼン。攫った奴らを捕まえておけば、あの人が目覚めた時にもう大丈夫だって言ってあげられるだろ!」
「ああ……」
パイモンの励ましを受け、アルハイゼンは己の顔色があまり良くないことを悟る。
彼女が砂漠に、しかも廃病院に取り残されていた理由がわからない。パイモンのあの時の言葉の通りアウラリアリアも缶詰知識の抽出資源として悪用されたのだろうか。
だが、何故彼女が選ばれた? フィールドワークや自身の研究を理由にスメールを離れてもおかしくない学者はさておき、アウラリアリアが予定期間を過ぎても帰らなければ必ず騒ぎになる。彼女の人望の厚さを考えればそれは家族のみならず、少なくとも彼女に毎朝声をかけていた熱心な者はそれと同じくらいの熱量で彼女の行方を追っただろう。
「まさか、セノと同じく……俺が……」
嫌な理由が脳裏を過る。だが、可能性としては十分高い。
恐らくこの事件の首謀者である賢者アザールは神の知識を報酬としてちらつかせ、要注意人物である金髪の旅人の情報を得ると共にアルハイゼンの排除を企んでいた。
アウラリアリアと己の関係はあまり知られていないが、アーカーシャの機能を使えばアルハイゼンが親密にしている人物を調査・特定することは容易だろう。
「『こんなことがわかるやつなんていない』、か」
先ほどのセノとパイモンのやりとりをふと思い出す。
彼女が自分と恋仲だったから狙われるなど、確かにわかるはずがない。
それにわかったからといって彼女の手を取らなかったかと言われればアルハイゼンは迷わず首を横に振る。
この事件はアルハイゼンの『規則』から反する上に、大切な者まで傷つけたのかもしれない。
砂漠を踏みしめる足に自然に力がこもる。もし本当にそうであるならば、アルハイゼンは決して彼らのこの行いを許すことができないだろう。
◇◆◇
推測通り、セノが利用したルート並びに滞在地点と逆方向に進むと襲撃の痕跡が残されていた。一行は逃げた教令院関係者を襲ったであろうエルマイト旅団のボスであるラフマンとの接触に成功し、教令院との対立の意思を吐露する彼との交渉はディシアの過激とも呼べる行いにより成功した。
彼らは捕らえた学者やグラマパラを人質に教令院と交渉しようとしていたが、彼らにその価値はなさすぎる。だから自分を代わりに人質にすればいいと命の保証がない状況で我が身を差し出したアルハイゼンもまた狂人と呼べるが、狂人こそ学術において成功を収められるのかもしれないという自説を説いたアルハイゼンを否定する者は誰もいなかった。
「明日の昼まで時間がある。早く帰って少しでも恋人の傍にいてやれよ」
「恋人……?」
「なんだ、付き合ってるわけじゃないのか? あんたみたいな男が顔色を変えるからあたしはてっきり」
「いや、確かに俺と彼女は交際している。だが、そうか……客観的にそう見えるのか……」
「うん……? まあなんでもいいけどさ」
言葉を交わしたわけでもなければ、彼女についてアルハイゼンは何も語ってはいなかった。それなのに気づかれたということは、彼女を前にした自分はわかりやすく狼狽えていたということだろう。
「まったく……」
眠っていても彼女は自分を翻弄することがよくわかった。
村を出てからだいぶ経つ。せめて帰る頃には目覚めていて安心させてくれることを祈ろう。
◇◆◇
「……皆さん、おかえりなさい」
足早に村長の家に戻れば座っていたキャンディスが安堵したように息を吐くがその表情は曇ったままだ。
「あたしたちが居ない間になにか起きたのか?」
「それが……」
キャンディスが視線だけをベッドに向け眉を顰める。
「まだ寝てるみたいだけど……」
「少し前に一度だけ目を覚ましたんです。けれど、様子がおかしくて……」
「どういうことだ」
会話に割って入ったアルハイゼンを見たキャンディスは己を取り囲むように立っていた二人から視線を逸らすが、すぐにアルハイゼンをまっすぐに見つめて口を開く。
「自分の名前がわからない……というより、その……記憶がない、みたいで……」
「記憶が……?」
キャンディスの言葉を復唱したディシアの視線もアルハイゼンに向けられ、後から入ってきたセノや旅人たちもなにごとかと周囲に集まり始めた。
「どうしたんだ?」
「記憶がどうの、と聞こえたがまさか彼女についてか?」
「…………」
五人が眠るアウラリアリアとアルハイゼンを見比べると押し黙ったままのアルハイゼンに代わりセノがアウラリアリアの傍に寄る。
「外傷が特にないことやラザックと共にあの場に残されていたことを考えれば、彼女も缶詰知識抽出に利用され、その影響を受けたと考えてよさそうだが……」
「でもその人の記憶がないってわかったってことはまともに会話ができたんだよな? 他のグラマパラやラザックはずっと黙ったままで全然様子が違うっていうか、なあ?」
「彼女だけ他の実験に使われたとか?」
会話を振られた旅人が提示した可能性にセノとアルハイゼンは考え込む。
神の意識に触れたものは皆等しく気が狂い、正常とは程遠い状態になり果てた。
唯一彼女が目を覚ました時に立ち会ったキャンディスは村で共に暮らしていたグラマパラをよく知っている。そんな彼女が彼らと同様の状態だったと思わなかったのであれば、まったく別の症状だと判断してもいいのかもしれない。
「もしかしたらまた目を覚ますかもしれません。先ほどはまだ混乱していただけという可能性もあります。アルハイゼンさんは彼女の傍にいてあげてください」
「……ああ」
「アルハイゼン……」
パイモンの心配そうな声にもアルハイゼンは何も返さない。
セノと入れ替わる形で彼女の傍に寄ったアルハイゼンは恐らくキャンディスが看病している間に使っていたと思われる椅子に腰を下ろす。
いつ目を覚ますともわからない彼女に寄り添う間、アルハイゼンが懐から本を取り出すことは一度もなかった。
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