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 翌日、本当にこちら側に付いたラフマンの案内の元、教令院側の関係者を問い詰めることに成功した。
 書記官であるアルハイゼン、なにより大マハマトラであるセノの登場に怯え切った彼らはぺらぺらと上層部の企みを暴露した。
 新たな神を作るという壮大で、愚昧で、傲慢で、……非常に馬鹿げた計画のために缶詰知識の抽出を実践させられていた学者たち。
 彼らをそんな計画に踏み切らせた『神の心』を持って現れた『博士』と呼ばれるファデュイメンバー。
 長い時間をかけ既に用意された神の躯体。
 先日の花神誕祭の輪廻を利用して夢境を収穫、アーカーシャの出力効率の最大化に成功。
『博士』の助けのもと、最大出力形態のアーカーシャは『神の心』に含まれる力の抽出に成功し、それを『神のコア』にした。
 ……そうして創造された神に授ける『神の知恵』である神の缶詰知識を大量に用意するためにこの計画は実行されたのだという。

「もう一つ問いたいことがある」

 教令院の企みに関しては理解した。敵がなんなのか、なにを潰せばいいのか。ここに集った者は既に語り始めている。
 だが、アルハイゼンにはもう一つ抱えている問題がある。

「アウラリアリアになにをした」
「っ……あ……そ、それは……」

 少し冷静さを欠いていたとアルハイゼンは我がことながら思う。ただでさえ教令院の大物二人に囲まれて怯え切っていた学者二人は蛇に睨まれたカエルの如く、既にこれ以上ないというほど縮こまっていた。
 だというのに、その体をさらに小さくさせ震える姿はアルハイゼンに怯えている以外の何物でもなかった。

「か、彼女はもしもの時の人質だったんだ。二人を危険視していた上層部は書記官の弱点として彼女に目を付けた。父親を通して与えられた出張の仕事は捕らえるための罠だったんだ」
「雇わせたエルマイト旅団はこちらの息がかかった者たちで、彼女は街を出てすぐ怪しまれない場所で捕まった。も、もちろん書記官が逆らわなければ傷つける意図はなかった」
「だが、結果として彼女は意識混濁のまま廃病院地下に放置され、体温を奪われ続け危険な状態だった。それにあの状態はなんだ? 記憶にないなどとは言わせないぞ」

 アルハイゼンが睨みつければ二人の学者は互いに目を合わせ、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
 下手なことを言えばなにをされるかわからないと危機を感じ取ったのだろう。
 それほどまでにアルハイゼンから発せられる圧は鬼気迫るものだった。

「……実はこの件に関わっている学者はもう一人いたんだ。名はイリシト。俺たちと同じように命令に従うしかないと不本意ながら狂学者たちから缶詰知識を抽出し続けていたんだが、彼女が運ばれてきた途端明らかに様子がおかしくなった」
「聞かない名だな……」
「そりゃああいつは落ちこぼれだから、書記官に名を知られるような業績は一度も残していない」
「待て、その名には覚えがある」

 顔も想像できない相手にアルハイゼンが目を伏せるとセノが話に割って入る。

「これに関してはアルハイゼン。お前も無関係ではないはずだ」
「どういうことだ」
「彼女は以前にも攫われたことがあるだろう。数年前、匿名の通報者と救出者によりことなきを得たが、あれは確かお前だっただろう」
「何故そのことを?」
「俺には大マハマトラとしてそうした過去の事件に関する記録や資料をすべて遡り、知る権限や義務がある。イリシトも当時学生で資料によれば自主的にアウラリアリアを捜索しに行ったまま帰らなかった犠牲者の一人だ」

 あの事件には確かに多くの学生も関わっていたが首謀者はセグロ一人であり、他の者はただの犠牲者として共同研究を行っていた間も心神喪失ということで不問となった。
 セグロに操られていた中に居たということはイリシトという学者は少なくともアウラリアリアになんらかの好意を抱いているということ。セノの言葉に頷いていた学者たちは再び口を開く。

「アウラリアリアさんを見た途端青ざめて、こんなこと聞いていない、許されていいはずがないと一人ぶつぶつと呟き始めたんだ」
「彼は元から彼女に憧れていたからな。必ずこの時間は彼女が通るからって出待ちみたいなこともしていて、ただ挨拶されるだけで今日は良い日だと浮足立っていたのを見たことがある」

 いつもの彼女の様子が頭の中に浮かぶ。分け隔てなく誰にでも挨拶を返すその姿は一見素晴らしいものに思えるが、悪い芽を育てるきっかけにもなっていたようだ。

「すぐに作業には戻ったんだが、どう考えてもおかしくて……。そうしたら、あいつはみんなが寝静まった頃にあろうことか彼女に装置を使い始めた」
「もちろん計画にないことだ。俺たちはすぐに止めに入った。……けど、間に合わなかった。彼女から抽出した缶詰知識を抱えてあいつは控えさせていた駄獣の背に乗って逃げ出した。その後あいつがどうなったかはわからない」
「装置を外したアウラリアリアさんからはすべての記憶が消えていた。イリシトがどんな設定で抽出したのかはわからないが、恐らくその影響で……。結果として上層部の意に反したことをしてしまった我々は逃げ出さなければいけないこともあり、彼女が自ら逃げたことにしようとあの場所に置き去りにすることを選んだ」

 後のことは知っての通り。
 怯えながら話す学者たちから目を逸らしたアルハイゼンは缶詰知識を抱えて逃げたというイリシトを追う方法を考える。
 だが、生きているかもわからない。砂漠という過酷な環境は少なくともただの学者が護衛もなしに夜を駆けて安全で居られるほど甘い場所ではない。
 エルマイト旅団の中には教令院に携わる者をよく思わないものも多い。その行方を探すのは骨を折るどころでは済まないだろう。

「……話はわかった。おまえたちにはいずれしかるべき処分が下るだろう」

 アルハイゼンの言葉に学者たちは肩を落とす。

「なあ、ってことはアウラリアリアの記憶は……」
「戻らないと思って行動すべきだろうな」
「そんな……」
「何故落ち込む。おまえには関係のないことだろう?」
「そんなことないぞ! もうオイラたちは仲間だろ! 仲間の大事な人が大変な目にあってるのに助けてやれないなんて……」

 瞳を潤ませたパイモンは眉尻を下げて明らかに落ち込んでいる。心なしか飛び方も少し元気がないように見える。

「……彼女のことは気にしなくても大丈夫だ。それよりも、この計画を根本から止める方法を考えなければならない」
「よし、ちょっと落ち着こうぜ。みんな気分もあんまりよくなさそうだし、場所を変えて話さないか」

 ディシアの先導で村に戻ることになった一同の後ろを歩く学者二人はまるでグラマパラたちのように覇気を失っていた。

◇◆◇

「あ、おかえりなさい……!」

 アアル村に戻ると村長の家の前でキャンディスとアウラリアリアが待っていた。

「休んでいろと言っただろう」
「けど、落ち着かなくて……。家の中に閉じこもっているより外に出たほうが思い出せることもあるんじゃないかと」
「……君は、そういう人だったな」

 なんでも自分の目で確かめたがる。それは記憶を失った今も変わらないらしい。
 アルハイゼンの言葉に首を傾げたアウラリアリアだったが、近くに飛んできたパイモンは彼女の顔を覗き込むと笑みを浮かべた。

「オイラたちが出かける前より顔色も良くなったんじゃないか? 安心したぞ!」
「ありがとう、えっと……パイモン、ちゃん……?」
「お! オイラの名前覚えてくれたのか?」
「えぇ、そちらがセノさんにディシアさん。それに旅人さんでしょう」

 名前を呼ばれた面々はそれぞれ頷く。その後ろでなんとも言えない表情をしていた学者二人はキャンディスがディシアに説明を受けてどこかへ連れて行った。



「戻ってきたグラマパラたちは全員家に送り届け、世話係をつけています。あの二人の学者も厳重に監視しています。皆さん、本当にお疲れさまでした」

 室内に入ってしばらく会話を重ねていると旅人が真剣な眼差しで隠していた最後の情報を語りだす。
 ようやく信頼を勝ち得たということだろう。旅人が語った情報。これを共有するということは、この場の全員が今日からは、同じ目的のために戦う仲間であることを意味する──。

「……相対すべき問題は、思っていたよりも遥かに多い」

 神の創造。囚われの草神。今のスメールを形作り、そして教令院が向かおうとしている先はアルハイゼンの『規則』を大きく越えようとしている。

「だが、確かにいい機会だ。ラフマンたちも加入したことだし、助っ人は多い方がいいからな」
「賢者を倒し、神を救う……それが俺たちの最終目標だ」
「どれだけ困難だろうと全力で立ち向かう」
「他にも利用できる資源がないか、詳しく考える必要があるな。それに、アウラリアリアの安全を確保する必要がある」
「砂漠方面に置いておくのは危険だろうな……。どこか宛てはあるのか?」
「アビディアの森でレンジャー長をしている知り合いがいる。あの村ならばここから真逆に位置しているし、たとえなにかあったとしてもあいつが対処するだろう」

 まだ体力が戻り切っていないことも考慮すれば植物学に精通し、大抵の症状への対処方法を心得ている彼の知識は大いに役に立つだろう。

「じゃあ、あんたがしっかり送ってやれよ。一旦あたしたちはここで解散。次の会議で、みんなで答えを持ち寄ろうぜ」
「おう! きっと大丈夫だ!」

 パイモンの声に旅人が力強く頷くとそれぞれが目的を果たすための新たな一歩を進みだす。

「なあアルハイゼン、レンジャー長ってティナリのことだろ? オイラたち知り合いなんだ。一緒に行ってもいいか?」
「構わないが……」
「オイラたちもアウラリアリアが心配なんだ! それにいくら恋人だったとはいえ、覚えてないんだからこんな仏頂面と二人っきりじゃ息がつまっちゃうだろ。なあ!」

 ニコッと笑みを浮かべたパイモンの言葉はただの本音なのだろう。突然話を振られたアウラリアリアは戸惑いながら頷けばいいのか首を横に振るべきか悩むように肩を跳ねさせた。

「え、あ、そんなことは、ない……はず……?」
「………………」

 旅人の信頼を勝ち取ることはできたが、アウラリアリアの信頼を取り戻すのにはまだまだ時間がかかりそうだ。
 どこか緊張した面持ちのアウラリアリアが困ったようにアルハイゼンの服を掴んだのは無意識なのか。
 失ったはずの信頼が、まだ傍にあるような気がして。けれど、目が合った瞬間に逸らされることを考えると先が長い話なのかもしれない。

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