幕間2
村で過ごす時間は穏やかだけど少し心苦しかった。
身を隠さなければならないとはいえ居候させてもらうのだからなにかお手伝いがしたいと申し出た私にティナリさんは困った顔をした。
「気持ちはわかるけど、それで君になにかあったら怒られるのは僕だしなぁ……」
腕を組み、懇願する私を見下ろしたティナリさんはうーんと考えこむ。
「アルハイゼンたちは結局なにをしているのか詳しいことは教えないまま旅立ったし、できれば家の中で大人しくしていて欲しいかな」
「そうですよね……。ごめんなさい」
「ああ、別に君を責めてるわけじゃないんだ。誤解しないで。周囲の人間をどこまで信用できるかが論点なんだ。外に出ているときに誰かと接触したとして、そいつに教令院の息がかかってないとは限らない。村に出入りするのは村人だけじゃないからね」
肩を竦めたティナリさんは一瞬外を見るとすぐにこちらに視線を戻す。
もう何日も私はこの家の中に籠ったまま。アルハイゼンさんたちが居た時は彼らが傍にいてくれたから外出が許されたけど、いつまでも誰かに見守ってもらえるわけがない。
もしもの可能性を考慮すれば、私が一番周囲に迷惑をかけないのは大人しく家の中に引きこもり彼らの帰りを待つことなんだろうけど、いつまでもお客さんのままというのも気が滅入ってしまう。
「……もしかして、アルハイゼンはこれを見越して置いていったのかな」
「なに……?」
近くの棚を開け一冊の本を取り出すとそれを私の目の前に置いてティナリさんが口を開く。
「それもなにも言われずに渡されたんだ。あいつの訪ねてきた理由は君だから、君に関するものなんじゃない?」
「私に……?」
「中身がなんなのかはわからないけれど、退屈しのぎにはなると思うよ。アルハイゼンは無駄なことだけはしないから」
「……ありがとう」
「それじゃあ、何かあったらいつも通り近くのレンジャーに伝えて」
忙しいだろうに真剣に私の悩みに向き合ってくれたティナリさんが家を出る。
彼がお仕事に出かけてしまうと私はほとんどの時間を一人で過ごすことになる。魔鱗病を患っているコレイちゃんは元気な時はなるべく仕事がしたいと動き回っているし、そうじゃない時はベッドで苦しそうにしている。
……私だけが世界から切り離されたみたい。ここは私の居場所じゃない事実だけが常に傍にあり続けた。
「本……、読んでみようかな」
アルハイゼンさんが残してくれた本はなんの変哲もない絵本だった。
絵本だなんて、彼のイメージにまったく合わない。というのは見た目の雰囲気とほんの数日関わってのものだから実際の彼はこういうのが好きなのかもしれない。
もしくは私が退屈するのを見越してわざわざ用意してくれたんだろうか。
子供でも読める簡単な言葉が使われ、文字よりも絵の方が多くあっという間に読み終わってしまう。
ぱらぱらと何度読み返してみても彼の意図したことはわからない。
予定調和の単純なストーリーは簡単に奇跡が起きてハッピーエンド。どんな悲劇も簡単に覆してしまう。
「なんなのかしら……」
希望を持て、みたいな。そんなメッセージが込められている?
ますますアルハイゼンさんのイメージから遠ざかる。自分のこと以上に彼のことがわからなくなっていく。
◇◆◇
「アウラリアリアさん今いいかな……?」
「コレイちゃん。もう大丈夫なの?」
「少しはマシになったから……。師匠にアウラリアリアさんが大人しくしてるか見張っておいてくれって頼まれたんだ。で、アウラリアリアさんにはあたしが大人しくしてるよう見張って欲しいって言ってた」
「ふふっなあにそれ?」
窓から外を眺めていると体調を崩して薬を飲んで寝ていたはずのコレイちゃんが訪ねてきた。
少しだけ距離を開けて隣に椅子を引っ張ってきて座ったコレイちゃんは背凭れによりかかると私と同じように外を眺める。今日は星がとっても綺麗なの。
「誰かを見張りたいときにはお互いに相手を見張らせると良いんだって。片方が自由だと行動範囲も広がっちゃうけど、互いが互いを警戒してれば自然とそれが鈍る……らしい」
「じゃあコレイちゃんのこと真面目に見張らなきゃいけないわね」
聞いたことをわけもわからずそのまま復唱しています、と言わんばかりの説明に私がくすくすと笑いだせばコレイちゃんもふにゃりと笑う。
「アルハイゼンさんたちが心配なのか……?」
「心配よ。だけど具体的になにをしているのかわからないし。あまり彼らのことも知らないから大丈夫かなー……って考えることしかできないんだけど」
「なんだかもどかしいな……」
胸の前で手を組んだコレイちゃんは指先で自分の手の甲を撫でる。
もじもじとするその仕草は私との話題を一生懸命探してくれているんだとすぐにわかった。
「アウラリアリアさんにとってアルハイゼンさんは大事な人だったんだろうな」
「そうなのかしら……」
「きっとそうだよ! 思い出せなくても、忘れてしまっても、大事な人って心のどこかに残ってるんだ。キラキラした宝物みたいに」
「……もしかして、コレイちゃんにはそういう人がいるの?」
「えぇっ⁉ あ、あ、あたしは……その……」
なんだか特定の誰かを浮かべている気がして指摘すれば、コレイちゃんは顔を真っ赤に染めて慌てだす。
椅子がガタンと大きな音を立てて、その音にまでびっくりしたコレイちゃんは肩を跳ねさせて視線も右往左往させてから窓枠に寄り掛かるように腕をかけるとそこに顔を埋める。
「と、友達がいるんだ。モンドで偵察騎士をしている、あたしの憧れ……。親切で明るいし、勇敢で、正義感が強くて……。アンバーって言うんだけど、あたしはアンバーに出会えなかったらきっとここまで来られなかった」
ちらりと顔の上半分だけを窓の外に向けたコレイちゃんはきっと星空を眺めてモンドにいるそのお友達のことを思い浮かべている。ぱちぱちときらきら輝く星のように瞬きをしたコレイちゃんの瞳が優しく溶ける。
「病気でずっと直接は会えてないけど手紙でやりとりは続けてて、きっとあたしが知ってるころより今の彼女はもっとかっこよくなってるんだろうなって思うたび、早く追いつきたい、頑張らなきゃってやる気が出てくる!」
勢いよく窓から離れたコレイちゃんはぐっと拳を握りしめる。
「いつか一人前のレンジャーになれたらあたしも頑張ったんだ、すごいだろって! あたしがそうなれたとしたら、それはアンバーのおかげなんだって伝えたい」
「……コレイちゃんの世界を変えた人、ってことなのかしら」
「うん。上手く言えないけど、そういう……太陽みたいな存在なんだ。温かくて、いつも胸の奥を明るくしてくれる。だから、アウラリアリアさんにとってはアルハイゼンさんがそうなのかなって」
コレイちゃんの言葉にアルハイゼンさんの顔が頭の中に浮かぶ。
恋人を名乗る男性で、助けてくれて、他にもやらなければいけないことがたくさんあるだろうに最優先で私の安全を考えてくれた優しい人。
「そういう人のことって無意識に考えちゃうもんなんだ。今日はなにしたかなとか、元気かなとか」
窓の外を眺めるか、渡された絵本を読むしかなかった私の思考は確かにアルハイゼンさんでいっぱいだった。
旅人さんやパイモンちゃんだって一緒に来てくれたのに、コレイちゃんの言う通りアルハイゼンさんのことばかり考えていた。
無意識に近くの机に乗せていた彼が残したという絵本に触れた私はその表紙をゆっくりと捲る。
「あら……?」
あれから何日も読み返していたというのに本の扉に文字が書かれていることに初めて気づいた。
「それは?」
「アルハイゼンさんが置いていってくれたらしいんだけど、なにか書いてある……」
「手書きの文字みたいだな……えっと……」
本を覗き込んだ私たちはその筆跡をゆっくりと辿って声に出す。
「『必ず迎えに行く』」
それはアルハイゼンさんが旅立つ直前まで何度も何度も繰り返していた言葉だった。
まるで私に言い聞かせるように告げていたあの言葉を疑ったことはないけれど、文字として残されていると重みが違う。
指先で辿れば紙の上をペンが滑った証拠の凹凸が確かに彼がここに刻んだ文字なのだということを教えてくれる。
「だから待ってろ、ってことなのかな」
「なのかもね。私が勝手に村を出ていくとでも思ったのかしら」
「それはどうかわからないけど……少なくとも大人しくしてるとは思わなかったのかも。だから師匠もあたしを見張りにつけたんだろうし」
何も教えてもらえなかったという割に、ティナリさんはほとんど事情を察しているようだった。
アルハイゼンさんが本を残していった意味もきっと彼は本当はわかっているんだろう。
「……迎えが来ちゃうなら、無茶はできないわね」
「な、なにかするつもりだったのか……⁉」
びくりと肩を跳ねさせて、コレイちゃんは私をじっとみる。
師匠であるティナリさんに私の見張りを任された以上、彼女は私が危険なことをするなら止めなきゃいけないから少し焦ったんだろう。それがおかしくて少し頬が緩む。
「大丈夫、なにもしないわよ。大人しく安全な所にいなきゃって改めて思っただけ。迎えに来てくれたときに怒られたら嫌だもの」
きっとなにか起きたらティナリさんは間違いなくアルハイゼンさんにそのことを告げるだろう。
コレイちゃんがどれだけ離れていてもお友達のアンバーちゃんを想っているように、アルハイゼンさんだってきっと恋人だという私のことをどこかで今も想ってくれている。
自惚れなのかもしれないけれど、記憶がないせいか俯瞰的に自分と彼の関係を考えられるおかげで確信をもってそう言える。
思い出せないなら思い出せないなりに彼の大切な人を守らなければ。
それが今の
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