17
訪問、待ち伏せ、手紙。あらゆる手段を使って接触を謀ったがアウラリアリアはアルハイゼンの前に姿を現すことはなかった。
それでも毎日のようにアウラリアリアの家に尋ねたし、メイド長はその度に「来てくださったことは必ず伝えます」と約束してくれた。
まだ彼女との関係は切れていない。アルハイゼンは別れた覚えもない。
会いたい気持ちは募るばかりだが焦りはなかった。
「それで、今度はどうするんだ?」
「まだ考え中だ」
「君にしては珍しい答えだな。流石の代理賢者殿も恋人には手を焼くということか」
書斎で考えに耽っていたアルハイゼンの前に現れたカーヴェは数枚の書類を彼に差し出す。
無言で受け取ったアルハイゼンだったが少し目を通して首を傾げた。
「君とアウラリアリアに対する印象調査さ」
「意味が分からない。主旨は」
「質問一、アウラリアリアはどういう女性だったか。質問二、アルハイゼンの印象。質問三、二人が付き合っていたことを知っていたか」
カーヴェが指折りながら告げた問いは彼が差し出してきた書類のモノと一致する。
軽く目を通して要約すれば「明るく誰にでも分け隔てなく接するアウラリアリア。それに反して冷たい書記官。その二人に深い繋がりがあったと知る者はいない」というつまらない内容ばかりが記されている。
「これがどうしたというんだ」
「わからないか? それが街中の人々からの君たちへの評価であり、戻ってきた彼女が集められた情報のすべてさ」
「情報……。ああ、そういうことか……」
最後に会った時、アウラリアリアは『外を歩くといろんな人が教えてくれる』と言っていた。
つまり彼女が聞いたのがこの客観的な印象で、事実ではあるが真実とは程遠い話。
「周囲の人間の印象なんて、当事者の言葉に比べて軽い」
「彼女にはどんな言葉も等しく重いさ。自らのことすらなにも覚えていないんだ。どんな風に振舞っていたのか、それがどんな風に見えたのか。彼女自身が意図していたのとまったく違う受け止め方をされていたとしても、それに縋ることしかできない」
近くの椅子を引き寄せてアルハイゼンの正面に座ったカーヴェは深くため息をつく。
「それがわからないようじゃ、彼女とやり直すなんて無理なんじゃないか」
「やり直す? それは違う。俺たちはまだ別れていない」
「君がそう思っているだけだろう? 彼女の中ではもう終わってるんだ。いや、無理やり終わらせた。いくら君が恋人だと告げていたとしてもこれだけの数の人間にそうは見えなかったと言われたら、精神的に不安定な彼女にとっては一よりも数が多い言葉の方が信じるに値する」
机を叩くように書類に手を乗せたカーヴェはいつものぷんぷんと風スライムのような怒り方を珍しくしなかった。
まっすぐにアルハイゼンを見つめる赤い瞳は子供を躾ける親のように目を逸らすことを許さない。
「僕は君たちがこの家で逢瀬を繰り返していたのを知っている。だけど他の人はもちろん、今の彼女はそんなこと知らないんだ。それに君は記憶を失くしている彼女に恋人だという事実と一緒に例え記憶がなくても好きだの愛してるだのはちゃんと言葉で伝えたのか?」
「…………」
「ああやっぱり! だから君はダメなんだ!」
「君にそんなことを言われる覚えはない。それに、……元から俺たちの間にそんな言葉が交わされたことはなかった」
「はあ⁉ 君たち恋人だったんだろう⁉」
「すべての恋人が同じ言葉を囁き合うと思っているならそれは大きな間違いだ」
二人の間にそんな言葉たちと同義の熱を持つものは存在した。それは『知りたい』という単純な欲求であり、アルハイゼンとアウラリアリアにとってはどんな言葉よりも甘く響いた。
そうでなくても抱きしめ合い、キスも交わしたし、身体も重ねた。アルハイゼンの家という小さな世界で二人は愛し合っているのを確認できていた。
だからこそ、突然カーヴェにそんな風に言われる筋合いはないと呆れ果てた彼の瞳を強い眼差しで睨み返す。
「それが伝わらなくなったから彼女が離れていったのがわからないのか?」
「………………」
カーヴェの指摘に再度言葉が詰まる。
アルハイゼンにしては珍しくカーヴェに会話で押し負けている。
「中には最近君たちが手を繋いで歩いている姿を目撃しただの、以前度々家に通っていたのはそういうことだったのか、と点と点が繋がったという顔をした人も居たが『そうだったんだ』程度で対して響いていなかったよ」
過去の因果で関係を知られることをアウラリアリアが恐れ、アルハイゼンもまた面倒が起きるならばと隠した事実が今になって厄介事を運んできた。
こんなことになるならば大手を振って彼女は自分のモノなのだと知らしめておけばよかった。それで招かれる彼女が恐れる事態など、実際に彼女の身に降りかかった悲劇より跳ね返すのは容易だったはずなのに。
「……君が言いたいことは理解した。それに、どうすればいいのかも」
結局、自分たちの間に必要なのは『知る』ことだ。
自分が今の彼女をどう思っているのか。記憶を失くした彼女が今何を悩んでいるのか。互いにあまりにも知らなすぎる。
けれどアルハイゼンの抱えた気持ちは少しだけ以前と違うかもしれない。
彼女のことを知りたいというのももちろんあるが、相手を知りたいと思う以上に自分のことを『知ってほしい』。そう願うのが自分たちなりの愛に違いない。
きっと、これもアウラリアリアが見つけ出したアルハイゼンの新たな一面だ。
彼女は例え傍に居なくてもアルハイゼン自身が知らなかった新しい顔を見つけ出すのだから末恐ろしい。
急に口角を上げたアルハイゼンに安堵したように息を吐いたカーヴェはようやく瞳で弧を描くと新たに問う。
「それじゃあ僕はどうしたらいい?」
◇◆◇
「アルハイゼンが集まって欲しいなんて珍しくて誰かが名を語ってるんだと思っちゃったよ」
「お前が俺たちを呼ぶとは、まさかクラクサナリデビ様の時のような大きな事件じゃないだろうな」
ランバド酒場に見慣れた面々が集まってくる。
すでに注文を終えていたので彼らが席に着くのと同時に店主であるランバドがいくつかの料理を運んできた。
この面子で集まるにしては珍しく酒の類は一切頼んでいないのでランバドが何度か注文忘れかと尋ねてきたが今日は飲むために集まったのではない。
「アウラリアリアについて相談がある」
「相談⁉ アルハイゼンが⁉ やだな、明日雨林で雪が降ったりしないかな」
「それはどういう意味だ。俺と自然現象にはなんら関係性はない」
「それくらい驚いたってことだよ」
集まった一人、ティナリの耳がピンを立てて明日の天気を憂うとアルハイゼンが眉をしかめた。
その隣で目の前の料理に手を伸ばしたセノは同じく食事を続けているカーヴェをもの言いたげな瞳で見つめる。
「お前はアルハイゼンの相談についてなにか知っているのか?」
「ああ。というより、発破をかけたのは僕だからな。この件に関しては責任を持たなければいけない」
「別に君にそんなことは望んでいない。それよりもセノ、イリシトの行方については何か情報は」
「なるほど、そのために俺を呼んだのか」
自分が呼ばれた理由がわかったセノは頷くと記憶をたどるように瞼を閉じる。
「奴の行方はわかっていない。逃走に使ったという駄獣すら見つかっていないことを考慮すれば道中他の生物に喰われたか、何らかの組織に捕まったのか。どちらにしろ無事ではないことは確かだろう」
「自然を舐めてかかるからそうなるんだよ。特にあの地域は旅慣れた冒険者だって突然の地盤沈下で行方を阻まれたり、自分が砂に埋もれることもあるって有名だったじゃないか」
「やはり缶詰知識を取り戻す線は難しい、ということか? できることなら記憶を取り戻してあげたいんだが」
会話に混ざったカーヴェの問いにセノもティナリも首を横に振る。
その様子にがっかりと肩を落としたカーヴェはすぐにアルハイゼンの方へと向いて話の続きを促す。
「ガンダルヴァ村に預けた時、彼女の様子はどうだった」
「そうだな……。僕よりもコレイと一緒に居た時間の方が長かったからあの子に聞いた方がいい話が聞けるかも」
「明日会いに行っても?」
「構わないけど、代理賢者って随分暇なんだね」
「仕事は休みだ。それにもうじきそんな肩書きはなくなる。なにより、彼女以上に優先すべきことなどない」
「驚いたな、君からそんな情熱的な言葉が聞けるだなんて。恋人っていうのは本当なんだ」
わざとらしく目を丸くしたティナリはふーんと目を眇めてアルハイゼンを見る。
友人の意外な一面を見た。そう顔に書いてある。……身内とも呼べる距離感の相手から見てもアルハイゼンに焦がれる存在が居ることが驚きならば、赤の他人からしてみれば寝耳に水どころではないのだと改めて気づかされる。
それが記憶を失くした不安定な状態の人物ならば猶のこと。
「だが急にそんな話をしてくるなんて、彼女に何かあったのか?」
「というより、彼女“と”色々とあったんだ」
「ああ、ついにフラれたとか?」
「…………」
「……もしかして当たってる?」
アルハイゼンの無言を肯定と受け取ったティナリは焦ったようにアルハイゼンの顔を覗き込む。
その隣で肩を竦めたセノや苦笑するカーヴェの視線がアルハイゼンに集まる。
だんまりを決め込んだまま、アルハイゼンは目を逸らすと片手を上げてランバド呼ぶ。
「マスター、酒を」
「あ、逃げた」
「カーヴェ、なにがあったかお前なら知っているんだろう」
「えっ僕か⁉ 怒られることはあまりしたくないんだが……」
すぐに人数分の酒が運ばれてくる。狼狽えたカーヴェは酒の力に頼るようにすぐに仰ぐとアルハイゼンを睨みつけた。
「協力してもらうんだから二人には知る権利があるはずだ。だから、家から出ていけとかそういった類のこと言うのは禁止だからな!」
「……好きにしろ」
少々癪だが、アルハイゼンにしてみれば説明する手間が省けて都合が良い。
アルハイゼンの機嫌を窺いながらカーヴェが語りだすティナリとセノが知らない事件後の二人の話に対する反応は様々だったが最終的な結論はまったく同じだった。
「最低」
「最悪だな」
「最低最悪。教令院で優秀な成績を収めた代理賢者様にあるまじき低評価だが気分はどうだ」
「……うるさい」
こんなことならヘッドホンで声を遮断していればよかった。
あらぬ嘘を吹き込まれては構わないと、耳が痛くなる話だと言うのに聞いていれば最後にこんな形で煽られるとは思いもよらなかった。
腕を組み、深くため息を零したアルハイゼンはそれでも自身の行動に欠点があったと認めざるを得ないのでその言葉を甘んじて受け入れる。
「おまえたちにどう思われようと構わない。彼女からの評価を覆す役に立ってくれるならな」
「具体的にはどうするんだ。裁決が下された今となっては彼女に会うことすら叶わないんだろう?」
「僕が会おうとしてもダメだったから、共通の知り合いであるセノやティナリでも無理だろうな……」
「ならコレイは? だいぶ仲良くやっていたようだし、魔鱗病が治ったことを直接伝えたがってたから」
「だが、コレイは顔に出やすいからな……。アルハイゼンの名を出した途端警戒されるのがオチだろう」
「あー、そっか……」
教令院を若くして卒業した人間が四人も顔をそろえてまったくいい案が浮かばないとは不甲斐ない。カーヴェを中心にセノとティナリから次々と意見が出てくるがどれもぱっとしないので広がりもしない。
肝心の張本人であるアルハイゼンは渋い顔をして腕を組んだままぴくりともしなかった。
意見に交えてアルハイゼンへの皮肉が飛んでくるのが原因だとは思えないが、アウラリアリアに関しては意外と繊細な一面があることが段々とわかってきた三人は徐々にその棘をひっこめる。
「アルハイゼンはなにかないの? 例えば僕たちがまだ聞いていない彼女と縁がありそうな知り合いとか」
「……祝賀会で顔を合わせたニィロウ、ディシアにドニアザードならばまだ警戒は薄いだろう。同性というのもあるが俺を連想させにくい」
「確かに、ディシアがアルハイゼンの味方として接触してくるとは考えつかないだろうな。どちらかと言えばお前との話を聞いて腹を立ててくるタイプだ」
からりとした性格のディシアは今のアルハイゼンを見たら鼻で笑ってくるかもしれない。ニィロウとドニアザードの人となりはそこまでわからないが、アウラリアリアの気持ちに寄り添うのは間違いないだろう。
「正直、男だけで顔を突き合わせて解決するとは思えないな」
「まずは明日コレイに話を聞くところからだね。もしかしたらその人たちに頼らなくてもいい情報を持ってるかも」
「期待はしないでおく」
セノの言葉に頷いたティナリの言葉でコレイに話題が戻ってきた。となれば明日も早い。先に立ち上がったアルハイゼンが会計を済ませると残っていた三人も席を立つ。
「俺は明日同席できないが、またなにかあったら声をかけてくれ」
「随分協力的だな」
「彼女は教令院の被害者だ。そのアフターケアもマハマトラの仕事の内だからな」
当然だろうと続けて背を向けてセノは去っていく。
「僕は先に森に戻ってコレイに事情を説明しておくよ。一晩あれば色々と思い出すかもしれないし」
「ああ」
「それじゃあ」
各々がそれぞれの帰路に帰っていくのを見送ったアルハイゼンとカーヴェは不本意ながら肩を並べて家へと帰る。
「上手くいくと良いな」
アルハイゼンはその言葉には頷かなかった。
祈るような言葉では甘すぎる。これは絶対に成功させなければいけない計画なのだから。
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