幕間4
「あんたもあいつも言葉が足りない」
「ディシア……!」
「だって本当のことじゃないですかお嬢様……」
「それは、……そう、だけど」
「あ、認めちゃうんだ……」
私の話を黙って聞いてくれた三人。やっぱりと言うべきか、最初に口を開いたのはディシアさんだった。
「記憶がなくても好きだ、大事だ、愛してるってあいつが言えばよかっただけの話だろ。もしくはちゃんと言葉が欲しいってあんたが言えばよかった」
「うっ……」
ぐうの音も出ないとはこのことだろう。
ぐさぐさと刺さるディシアさんの言葉に身を丸くすれば、慌ててニィロウちゃんが傍に来て背を撫でてくれる。
「不安だったんだよ! だって、アルハイゼンさんが好きになったのはアウラリアリアさんの言う通り記憶のある彼女なんだもん!」
「そうよ! 私だって記憶がなくて何も信じられない状況になったら優しくしてくれた人に心を開くわ。だけど、そんな彼が愛していたのは記憶のある自分なんだろうなって思ったら、その優しさをどう受け止めたらいいかわからなくなる!」
ドニアザードさんも私の隣に来て、いつのまにか私が一人で向かい側に三人が座っていたのにディシアさんが一人で私が三人側になっている。
味方してくる二人に挟まれた私はおろおろとそんな二人の顔を交互に見ては自分の膝に視線を落とす。
部屋の入口で待機して、見守ってくれているばあやはどちら側の考えだろうか。
もしディシアさん側だとして、あちらにばあやが加勢したら私は口で勝てる気がしない。
「二人で外出はしてたんだろ? そのときに話すタイミングはなかったのか?」
「アルハイゼンさんは……ずっと黙って見ているというか。あまり口数の多い人じゃなかったわ」
「は? あいつが? あの遠回しで皮肉っぽいいかにも教令院の学者な喋り方を聞いたことがないのか?」
「皮肉だなんて……アルハイゼンさんはいつも誠実に接してくれたわ。とても優しくて、……暖かった」
「……嘘だろ」
身を投げ出すように背凭れに身体を預けたディシアさんはずるずるとそのまま滑り落ちる。
信じられない言葉を聞いたかのように目を丸くして、どこか遠くを見つめてる。
「あ、でも……ティナリさんと言い合っていた時は確かにそんな感じだったような……」
あの時も今と同じように肩身が狭かったので記憶があいまいだ。
けれど飛び交う言葉は途切れることなく続いていて、よくそんなに頭も口も回るなぁと感心した気はする。
「……ねえ、アウラリアリアさん。あなたはどんな言葉が欲しかったの?」
「どんな……?」
「だって『記憶がなくても好きだ!』って言われても、きっと状況は変わらなかったと思うの。『でも前の私の方が好きなんでしょう?』って絶対に思っちゃう』
ニィロウちゃんは私の話を聞いてすぐにこの性格を理解してくれたのか、的確に私が思うであろうことを言い当てた。
思わず頷けば、隣でドニアザードさんが唸る。
「それで信じられないなら……『今の君も好きだよ』とか? あまり変わらないわね……」
うーんうーんと両側から唸り声が上がり始め、私よりも悩み始めてしまった二人はようやく腰を下ろすとすっかり黙ってしまった。
「あたしは正直アルハイゼンがそんな言葉を言う人間だとは思えないけど……。というより、あいつは結局あんたの傍でなにを考えてたんだ? それがわからないと答えなんて出ないだろう」
「なにを……なんだろう……。ずっと、ずっと、見てるばかりだった」
傍にいるときのアルハイゼンさんは私から瞳を逸らさなかった。
綺麗な瞳がずっと私を追いかけて、彼はどれだけ距離が離れてもそれを続けていた。
あの時に、どうしたのって声をかければよかったのかもしれない。旅人さんやパイモンちゃんのように一緒に居て欲しいって。
そうしたらもっと彼の気持ちを聞けていたのかも。
「アルハイゼンさんってそもそも記憶があるあなたと記憶がないあなたを比べてたのかな?」
ニィロウちゃんが首を傾げて目をぱちぱちと瞬かせる。
「私は今のあなたしか知らないけど、記憶がないだけでアウラリアリアさんが以前となにも変わってない可能性もあるんじゃない?」
「変わってないなんて……。それはないわよ。だって、街の人たちは」
「街の人たちは街の人たち! アルハイゼンさんはアルハイゼンさん! そこを一緒にしちゃダメだよ!」
真横から私の両手を掴んでぐっと迫ってきたニィロウちゃん。逃げるように後ろに下がれば背中にドニアザードさんの手が添えられる。
「そうよ! ちゃんとアルハイゼンさんに会ってお話を聞かなきゃ!」
「お嬢様、さっきからそうよそうよって話に乗っかってばかりじゃないですか……」
「だ、だって私も今のアウラリアリアさんみたいにずっと家の中に居たから……。お友達や恋人とどう接するかなんてわからなくて……」
そう言えばドニアザードさんもコレイちゃんと同じで重度の魔鱗病を患っていたらしい。私も彼女のことは今の状態しか知らないけれど……。
「それと同じなのかも……」
「え?」
「全部わからないことばっかり。知らない、わからないって投げ出して、知る努力をしなかったからこんな風になっちゃったんだわ」
今からでもやり直せるんだろうか。
私は自分で作ってしまった溝の深さすらもわからない。
それでもアルハイゼンさんが私を好きだと言ってくれると信じていいのかな。
その好きを受け止めてもいいの……?
「知りたい……」
「アウラリアリア?」
「アルハイゼンさんのこと、ちゃんと知りたい……。アルハイゼンさんに会いたい……っ」
涙がぽろぽろと零れ落ちて視界が歪む。
どうして会いに来てくれる彼を拒絶してしまったんだろう。
まだ許してくれるかな。
今日、来てくれなかったらどうしよう。
不安でいっぱいで胸が締め付けられる。
泣き出してしまった私の傍を三人とばあやはずっと離れなかった。背中を撫でてくれる手が温かくて、アルハイゼンさんを思い出してしまう。
結局、私は彼を手放したつもりになっていただけなんだわ。
◇◆◇
もう時期、陽が暮れる。
お仕事の日も教令院から必ず定時で出てくる彼は決まった時間に毎日訪ねに来ていた。
「そろそろですよ」
いつもはばあやが玄関内で彼が訪ねてくるのを待っているのだけれど、今日は、今日だけは変わってもらうことにした。
ディシアさんたちは私の涙が落ち着いたころに満足そうに帰ってしまった。もう大丈夫そうだと帰った彼女たちに私は最後まで「会えなかったらどうしよう」と不安を零してしまったのだけどディシアさんに軽く頭を小突かれた。
そんなことを言う暇があるなら精一杯めかしこんで待っててやれよ、と笑う彼女に私は勝てそうにない。
扉の内側に付けられたベルを鳴らしながら外へ出る。久しぶりに風を感じる。
庭には相変わらず綺麗なスメールローズが咲いていて、夕陽に照らされた紫がオレンジと混ざって幻想的な空間を作り出す。
この庭は私のお気に入りだったらしい。あなたが見てあげないと庭師のせっかくの努力が無駄になってしまうとばあやにさっき叱られた。
確かに元の私が気に入るのも納得なほど美しい景色。
辺りには良い香りもしていてざわついていた心が落ち着く。
「ね、ねえばあや。アルハイゼンさん来なかったらどうしよう」
「来ますよ。彼は必ず同じ時間にいらっしゃいました」
「でも……もしかしてってこともあるでしょう?」
「ありえません。それが彼のルーティーンなんです」
「お決まりってこと……?」
頷いて、門の方へと向いたばあやはそちらを指さす。
「あちらの路地を曲がってやってきて、門を通って、こちらで必ずお嬢さまの部屋を見上げます。一目でもいいから顔が見たかったのでしょうね」
ばあやは再現するようにアルハイゼンさんがいつも立っていた場所まで歩き出す。
確かに、そこはカーテンの隙間から覗き込んだ時に彼が必ず立っていた場所だ。
「毎回? 絶対そこなの?」
「ええ、彼曰くあの角度に設置された窓を下から見る場合、お嬢さまの背の高さから割り出される顔が見える可能性が一番高い場所なんだとか」
「はあ……?」
なんだかすごく理屈っぽい。
何度か瞬いてようやく言葉の意味を呑み込めた私は実際にそこに立って自分の部屋を見てみる。
確かに、カーテンが開いてさえいれば私の顔がギリギリ見えるかもしれない。だとしても……。
「そこまで普通する?」
「彼は普通じゃないんです。確か教令院の気狂いと呼ばれていた気がします」
「気狂い……」
私の知らないアルハイゼンさんがたった短期間でどんどん出てくる。
変わった人ってことなんだろうか。
優しくて、手が大きくて暖かくて、綺麗な瞳をした人。というのが私の印象だったのだけれど、世間一般では違うのかもしれない。
ニィロウちゃんの言う通り、街の人には街の人の、アルハイゼンさんにはアルハイゼンさんの、そして私には私の受け止めたその人が存在する。
「ねえばあや、もっとアルハイゼンさんのこと……ばあや?」
聞かせて欲しいとばあやが居た方を振り向いたけれど、ばあやはそこに居なかった。
「どこいっちゃったのかしら……」
一人取り残されてしまった。そう思って口を尖らせた時だった。
「アウラリアリア……?」
背後の、門の方から、私の名前を呼ぶ声がする。
ああ……本当に……、今日も変わらずに来てくれた。
ばあやの言う通り、これが彼の日常なんだ──。
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