終


「アル、くん……」

 ぎこちないがどこか弾んだ声が耳を打つ。
 朝から迎えに行けば、戸惑いながらもアウラリアリアは差し出されたアルハイゼンの手を取った。
 その後ろにはメイド長が見送りのために立っていて、二人の様子を静かに見守っている。
 スメールローズが咲き誇る庭を抜け、門の外の世界には今日も彼女が知らないことばかり。
 そのすべてを教えるためにアルハイゼンは今日も彼女を連れだした。

◇◆◇

「やっと来た、本当に別れることにならなくてよかったね」

 しっかりと繋がれた手を見てティナリが口角を上げる。
 その横でニィロウとディシアが椅子を引き、二人に座るように促す。

「その節はご迷惑をおかけしました……」

 深々と頭を下げるアウラリアリアにカーヴェが笑う。

「君が謝る必要なんてないさ! 悪いのはこの自称文弱の書記官なんだから」
「なんだ、代理賢者はもう辞めたのか」

 肩書きが変わったことに気付いたセノがアルハイゼンを見れば彼はアウラリアリアの前にいくつかの料理を取り分けている。
 そのどれもがアウラリアリアの好物なのは言うまでもないだろう。

「俺はこの肩書きを気に入っている。平穏で安定した生活に欠かせない条件を満たしているからな」
「面倒なのが嫌なだけでしょ」

 呆れたようにため息をついたティナリは集まったメンバーを指さしながら確認する。

「セノ、ニィロウ、ディシアとドニアザード。僕とコレイにアルハイゼンとアウラリアリア。あと来てないのは」
「旅人とパイモンじゃないか?」
「ああ、そうだった。って言ってもあの二人はいつもどこかを冒険してるから連絡が届いてるかすら怪しいよね」
「たしかに」

 背凭れに手を置きながら笑ったディシアが店の入り口に視線を送ると同時に扉が開かれる。

「おーい! オイラたちの分はまだ残ってるよな!」
「パイモン、旅人こっちだこっち! あたしの隣に座ってくれよ!」

 勢いよく入ってきたパイモンが開けたままの扉を閉めてからやってきた旅人を手招きするとコレイは二人を自分の隣に座らせる。

「ん、おいしい……。これ私が好きなもの?」
「ああ。好んで食べていた」
「そうなんだ……じゃあこっちは?」
「それも好きだな」
「もしかしてアルハイゼンさん、アウラリアリアさんの好物しか取り分けてないの?」
「そうだが……。何か問題でも?」

 ニィロウの問いに真顔で返したアルハイゼンに対し周囲がため息をつく。

「そういうのはよそでやってもらえないか。確かに今日はあんたたちが主役だけど、胸焼けしそうだ」
「あらいいじゃないディシア。せっかく二人が円満に元の関係に戻ったんだもの」
「お嬢様……」

 にこにこと気分がよさそうなドニアザードは旅人と目が合って微笑んだ。

「旅人もそう思うでしょう?」
「……何かあったの?」

 突然話を振られた旅人は訳が分からず首を傾げた。

「そうか、君はこの件には関わってなかったのか。実に大変だったんだ。アルハイゼンが荒れると僕の生活にも支障が出る」
「なら早く居候生活をやめたらいいじゃないか」
「ぐっ……それが出来ればとっくにそうしてるよ!」

 ダンッと机にコップを叩きつけるとカーヴェは既に酔い始めているのかべらべらと色々なことを語り始める。
 耳を傾けているティナリとセノは本当に聞いているのかはわからない。相槌のタイミングが適当だ。

「ねえアルくんはどれが好きなの? 取ってあげるわ」
「俺は……」

 アルハイゼンの皿を持ち上げたアウラリアリアが手を伸ばす。彼女の視線の先の料理を見ようとしたアルハイゼンは旅人と目が合った。

「よかったね」

 それだけ言うと旅人はすぐに食べ物を独り占めしそうな勢いであちこちを飛び回るパイモンを捕まえるために立ち上がって席を離れた。
 賑やかすぎる宴の喧噪は騒がしいとも思うが悪くない。

「これは好きだったはずよね?」
「ん、ああ」

 タイミングを逃したせいで教える前にアウラリアリアが自主的に選んだのは確かにアルハイゼンが好んで食べる料理だ。

「アルくんのこともっと知りたいわ。お料理くらい聞かなくても取れるくらいには早くならなきゃ」
「焦る必要はないさ。君と俺の時間はこれからも続いていく。そのための努力を惜しまなかったからな」

 アルハイゼンが面倒ごとに関わる理由は、平穏で安定した生活を送るにはいくつかの条件を満たさなければならないからだ。
 一貫した性格とロジック、適切な戦闘能力、のんびりした仕事、職場に近く住みやすい家。
 そして、最愛の恋人が隣に居ること。
 相手を知りたい、自分のことを知ってほしい。
 その二つの欲求を満たしてくれる大切な人が居る日々をようやく取り戻したアルハイゼンは彼女に向けて静かに微笑んだ──。

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