09
なんの躊躇もなく扉を開けば装置に繋がれぐったりとした女性──アウラリアリアの姿が最初に目に入る。
意識は混濁しているのか、学者たちとはまた違ううつろな瞳はアルハイゼンがどれだけ近づこうとも彼を捉えることはなかった。
装置から彼女を切り離すことは簡単だが、停止させないまま不用意に外せばなにが起きるかわからない。辺りを見渡したアルハイゼンはアウラリアリアが繋がれている装置の管を辿り、大元である機関を見つけて弄りだす。
道中見かけた資料によるとセグロの思考パターンを元に構築されたこのシステムは核として彼の強い感情の源であるアウラリアリアが居て初めて機能するという。装置に繋がれているのはそのためだろう。
アウラリアリア本人と繋ぐことでこの装置はある種の誘蛾灯のような役割を果たす。
誘蛾灯は昆虫が光に集まる性質を利用し、害虫を誘い寄せて駆除する灯火。そんな灯火と同じように、この装置は有効範囲内にいるアウラリアリアに友情・恋心を問わず好意を持っている人間を研究所内へと誘い込む。
彼女が少し前から行方不明だったのは有名だ。アウラリアリアを探す意思のある者にさりげなく情報を与えるフリをして範囲内に誘導するのは簡単だっただろう。
そうして一種の催眠状態に陥らせた無抵抗の者のアーカーシャに手を加えれば、一人、また一人とセグロは己の意思に従う忠実な僕を手に入れるのと同時にアウラリアリアの周囲に居る邪魔な者を排除することに成功した。
けれど彼の真の目的はアウラリアリアに振り向いてもらいたいという身勝手極まりない自己中心的な好意の昇華。彼女と親しくする者に危害を加え、自分だけのものにしたいという欲望。
その目的を果たすにはセグロの作り上げたシステムには欠陥があった。操られた者は先ほど見かけたように感情が抜け落ち、抜け殻のようになり果てる。仮にアウラリアリアを操ったとしても物言わぬ人形のような彼女を手中に収めるのはセグロの本意でないことは研究所内で発見したメモで確認済みだ。
元々行っていた魔物を操る実験が人に効くかもしれないという好奇心が彼をこんな行動に走らせたようだが、あまりにも杜撰すぎる計画にため息が何度も零れる。くだらない上に有害だ。アルハイゼンの考える『規則』にも反している。
「あとは……これか」
操られたすべての者たちを正常な状態に戻すのには時間がかかりそうだが、アウラリアリアをシステムから切り離すのは容易だった。彼女が解放されればもうここに誰かが誘き寄せられることはない。
後のことはカーヴェの通報を受け、駆けつけるであろうマハマトラに託せばいいとアウラリアリアを抱えあげたそのときだった。
「お前は……どうやってここに。いや、そんなことはどうでもいい。彼女をどうするつもりだ!」
茫然とした表情でアルハイゼンを見つめた人物……セグロはまるで自分のモノを持ち去られるかのように怒りを露にした。どうやら彼はさらに奥の部屋にいたらしい。
新たに開いた扉の向こうには今まで通った場所よりは人が住むのに適した環境が見える。
「どうするもなにもこの女性をどうこうする権利は俺にも、ましてや君にもありはしない。もうすぐマハマトラたちもこの場所に来るだろう。叶うはずのないくだらない思惑は捨てるべきだ」
「なんっ……ふざけるなっ! おい、お前たち!」
セグロが後ろに向かって叫べばエルマイト旅団がぞろぞろと室内になだれ込む。金で雇われているのだろうか、学生たちと違い彼らの瞳に操られている様子はない。
己の傍にアウラリアリアを下ろしたアルハイゼンは自分たちを取り囲む人数を数えてはため息をつく。
「どこ見てんだよ!」
エルマイト旅団の振り上げた剣は一瞬でアルハイゼンの片手剣に弾かれ彼方に突き刺さる。草元素の力を使うまでもなく薙ぎ払われる男たちの姿にセグロは顔を顰め、新たな策を講じるためかアウラリアリアが繋がれていたのとは別の装置に向かって走り出す。
「もっと、もっとだ! 誰かあいつを止めろ! 彼女を逃がすな!」
セグロの合図で通過した部屋で研究に勤しんでいた学者たちもぞろぞろと部屋へと集まってきた。エルマイト旅団と違い、彼らを傷つけるのは不本意だ。
すっかり囲まれてしまったアルハイゼンは未だ意識が戻らないアウラリアリアを背後に庇いながら後退ると、振り下ろされた剣をまた弾く。
少なく見積もっても彼女が攫われてから一週間は経つ。他の者たちよりは丁重に扱われていたようだが、装置に繋がれていたことを考えると身体にかかっていた負荷がどの程度かはわからない。目覚める期待はしない方がいいだろう。
だが彼女を庇いながら戦うのにも限度がある。せめて自力で立ち上がり、この場を少しでも離れてくれれば元素力を用いて戦うことも可能だというのに、このままでは彼女を巻き込みかねない。
「一人で乗り込んできたからどの程度かと思えばたいしたことねぇな!」
「その神の目はお飾りかァ?」
「チッ……」
エルマイト旅団を先頭に、集まってきた学者や学生たちで出来上がったぶ厚い人の壁がアルハイゼンとアウラリアリアを出口から遠ざける。その後ろでセグロは勝利を確信しているのか腕を組んでニヤニヤと笑みを浮かべている。
「……ぅ……?」
アルハイゼンがまた一歩後ろに下がったそのとき、後ろから小さなうめき声が聞こえた気がした。
雑に撃ちこまれる攻撃を受け止め、隙をついて男の一人を蹴って後ろの数人ごと吹き飛ばしたアルハイゼンは即座にアウラリアリアに駆け寄り肩を揺する。
「目を覚ませ、君がいるとこれ以上どうにもならない!」
取り囲まれた今、逃げることは叶わないだろうがせめて立ち上がって限界まで離れてくれればまだ勝機はある。
すぐにでもまた剣がアルハイゼンに向かって振り下ろされてもおかしくない状況だが、アルハイゼンは構わずアウラリアリアに集中する。薄っすらと開かれていた瞳に少しだけ光が戻り掛けているこの機会を逃してはいけない。
「おい!」
「ん……っ」
長い睫毛に縁どられた瞼がゆっくりと閉じられ、眠りから目覚めるように再び開く。
「……ぁ……っ、危ない!」
穏やかな朝のようなワンシーンが一転。目を見開いたアウラリアリアが叫ぶと同時に何かが光を放つ。
「っ、なんだ……!」
「ぐあっ!」
「は、離れろ! 下がれ、元素による攻撃だ!」
叫ぶエルマイト旅団の足元にいつのまにか咲いた花のようななにかが光の正体だった。それに触れた男はまるで感電したかのように全身を痙攣させて崩れ落ちる。
「雷の元素……?」
光の行方を追って身体を反転させていたアルハイゼンは己の神の目を一瞬見た後すぐにアウラリアリアの方へ振り返る。
「君は……」
視線を戻せば彼女はまた意識を失っている。だが、その手の中で光り輝いているのは間違いなく神の目だ。
「くそ、近寄れねぇ……」
「馬鹿野郎! 距離を開けるな!」
いくつかの光が作り上げた花畑がエルマイト旅団を恐怖から後ろへ下がらせる。
操り人形の学者や学生たちは進行を止めなかったせいで既に感電し、その場で崩れ落ちてこれ以上動くことはできないだろう。
「終いだな」
己の神の目に触れたアルハイゼンはようやく帰れると息をつく。
雷元素と草元素の相性は非常に良い──。
◇◆◇
「目が覚めたとき、助けてくれた恩人は既に帰ってしまったってマハマトラが教えてくれたわ。しかも通報者も含めて名は明かさないでほしいって」
少し頬を膨らませたアウラリアリアはアルハイゼンを睨む。
「お礼くらいさせてくれてもいいんじゃない……?」
「……まるで俺がそうだとでも言いたげだな」
「違うの……?」
アウラリアリアの視線から逃げるように眼を逸らしたアルハイゼンだったが、不安そうな声に思わず振り向けば眉をハの字に下げた彼女の様子に息を詰まらせる。
別に知られて困ることはない。だが、当時はただでさえ事後処理だの事情聴取だのと関わってしまったせいで時間を取られるのに、恩人だなんだと詰め寄られてはたまらないと縁ができるのが煩わしかった。
今となってはアウラリアリアと過ごすのは苦ではないし、彼女に感謝されるのも悪い気はしないが、学生時代のアルハイゼンにはない感情があるからこそだ。
「………………」
「……ねぇ」
ぐっと腕を掴む力が強くなる。
先ほどまでは甘えるようにすり寄っていたというのに、ここで違うと言えば本人なりに力で訴える気なのだろう。
か細いアウラリアリアの腕力で何をされようとびくともしないが、かれこれ数十分彼女と密着し続けている状況の方が非常にまずい。
アルハイゼンは集中しかけた熱を逃がすように息を吐いた。
「……君の言う通り。その恩人とやらは俺だ」
まるで悪事を白状するように重苦しく捻りだした言葉とは裏腹にアウラリアリアの表情が一気に明るくなる。
「っ……やっぱりそう、そうよねっ! アルくんよね!」
アルハイゼンから手を離したアウラリアリアは両の手を合わせて喜びを表現したかと思えば、すぐにアルハイゼンを飛びつくように抱きしめた。
不意を突かれたアルハイゼンは彼女ごと背中からベッドに倒れ込むと己の上に乗りあげるように抱き着いているアウラリアリアの背に手を回す。
少しだけ身体を起こしたアウラリアリアは目元を赤く染め、アルハイゼンの頬にキスを落とした。
「違ってもいいなんてさっきは言ったけど、やっぱりアルくんが良いっ!」
「まったく……忙しいな君は。さっきまで泣きそうな顔をしていたくせに、人を睨みつけたかと思えば今度は喜び始めて……」
「だって……お礼をしたかったのは本当だし、会いたかったし、アルくんだし……それに、えっと……」
「……せめて頭の中でまとめ終えてから話してくれ」
えっと、えっとと言葉を詰まらせたアウラリアリアはむっとして黙ったかと思えば「じゃあ」と顔を寄せてくる。
「もう少しだけ、こうさせて?」
「……ああ」
すぐに白旗を上げたアルハイゼンの上で上機嫌のアウラリアリアが抱き着いたり額や頬にキスを落としたりと世話しなく動き続ける。
(礼をする方法なら他にもあるだろうに……)
頑なに唇に落とされないキスの雨を受け止めながらアルハイゼンは目を閉じる。
(まあ、今は耐えるしかないか……)
熱く火照った身体に気付くことなく、アウラリアリアのどこか無邪気なお礼はアルハイゼンをいつまでも困らせた──。
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