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どんな時でも救世主はアナタ


すっかり万事屋での仕事にも慣れてきた頃。あたしは、場末のスナックに居た。

万事屋、という胡散臭い商売。
そうそうお客さんが来るわけもなく。
ちょっとした家出猫捜しや、どこぞの武家屋敷の蛍光灯の取り替え、はたまた新装開店のキャバクラの客引き、と言ったしょうもない依頼で仕事は少なからずあるものの、未だに万事屋での家事作業の割合が多いのは否めない。
それに、依頼の仕事でお金が入っても、我がオーナーの銀髪天然パーマがパチンコやお酒にそのほとんどを費やしてしまうので、結局他三人に支給されるお金はほぼ皆無なのである。

そこであたしが考えたのが、兼業。

そもそも、ニヤニヤ顔のハゲが居た団子屋で働く前は、あたしは様々に職を変えてはいろんな仕事をしていた。スーパー、コンビニ、映画館にゲーセン、銭湯、それから、キャバクラでも働いていたこともある。その内二つか三つ掛け持ちで働いていた時期もあるし、あたしにしてみれば、兼業なんて当たり前なのだ。
そう。今さら、兼業なんて屁でもない。
大体、万事屋の仕事は無いに等しいのだから、他に仕事を探さない方が可笑しな話。
これで身体でも壊したら、その時はその時。銀髪天然パーマに訴訟を起こしてやる。あたしって身体だけは丈夫だから、まあこれも皆無に等しいだろうけど。

かぶき町の場末のスナック「お登勢」。健全なエロを嗜む親父たちの聖地。
店内に集まっているエロジジイたちを眺めながら、銀髪天然パーマの悪口をぼんやりと考えていた。

「エロジジイ!今アタシノ尻触ッタナ!訴エテヤルカラナ!」
「キャサリン様!落ち着いてください!」

あたし、苗字名前、今日からここで兼業します。

「キャサリンさん!登場回だからってはしゃがないでくださいよ!あんまり調子に乗ってると、その猫耳引きちぎってただの団地妻にしてやりますよ?」
「誰ガ団地妻ダ!!モッペン言ッテミロ、コノ新入リガ!!」

この、猫耳をまったく活かせていない、というかむしろマイナスにしている団地妻、もとい、ここの従業員はキャサリンさん。神楽と同じで、出稼ぎに地球へやって来た天人なのだそうで、それをお登勢さんに拾ってもらったらしい。とりあえず、何かと突っかかってきて正直ウザい。いや、その前に第一印象でウザかったので、扱いは何となく雑。あたしにしては相当雑。
そのそばで、優しく諭しているのは、先日万事屋の扉を破壊した、たま。

「たま。キャサリンさんは放っといていいから。あっちのおじさん、機嫌悪くしてるから行ってあげて。あたしはこの猫耳を引きちぎっておくから。」
「ンダト!?コノ小娘ガ!ソノ乳絞ッテタダノ貧乳ニシテヤロウカ!!」
「いや、それあたしのが大きいって言ってるようなもんですからね。痛くも痒くもないですからね。」
「ウッ!!」

あたしとキャサリンさんの成り行きを、お登勢さんはクールに煙草をふかして眺めているだけ。
お客のおじさんたちは、ガハハハとお酒のせいもあってか、豪快に笑っていた。

「名前ちゃーん!こっちおいでよー。おじさんが乳絞ってあげるから!」
「え、嫌です無理ですお断りします。」

お登勢さんのいるカウンター付近に居たあたしに、テーブルに座るエロジジイが呼びかける。
セクハラ、反対。
断固拒否。

カウンターから一歩も動かずに、しれっとあしらうと、エロジジイの連れのエロジジイが言う。
「お登勢さん、可愛い子よくぞ入れてくれたね〜。まあ、たまちゃんも可愛いんだけどね。また違った可愛さがあってなんかいいよね〜酒が進むわぁ〜。また妻に怒られちゃうなぁ、困った困った!ガハハハッ!」

豪快で下品な笑い声が、連鎖を生み、エロジジイたちの笑い声が店中に響いた。
あたしの隣では、キャサリンさんが「アタシモ居ルンデスケド!」とかなんとか喚いて、お登勢さんに「そろそろ煩いんだよ!アンタは!」と叱られていた。
ざまあみろ、とあたしは一人くすくすバレないように笑って、カウンターの中に入りお酒を作りにかかる。
隣では煙草の煙を大きく吐いたお登勢さんが、お店を見回して口角を薄っすら上げていた。そんな姿が実に様になっていてとても素敵だ。横目でちらちら見ていると、お登勢さんと目が合う。
「なんだィ。にやにやして気持ち悪い。」

「え!?にやにやしてました?あははっ!ごめんなさい。」
「アンタ、笑うと雰囲気変わるね。」
「え?そうですかぁ?」
「そうそう!名前ちゃんは笑顔が良いよねぇ〜!」

突然、あたしたちの会話に割り込んで来たのは、エロジジイの一人。あたしの目の前のカウンターの席にどかっと座って、お猪口と二合の酒瓶を抱えている。

「ちょっと。あたし今お登勢さんと喋ってるんですぅ。ていうかおじさん、飲みすぎじゃないですか?目が据わってますよ。そのニヤニヤ顔気持ち悪いですよ。」
「ちょっとちょっとォォ!名前ちゃん可愛い顔して意外と毒舌〜。ギャップ萌え〜。名前ちゃんって彼氏とかいるの?」
「ちょっとアンタ、その辺にしときなよ。」

だんだんエロジジイのセクハラが度を越してきたと思えば、お登勢さんが割って入っておじさんを咎めてくれる。さすがお登勢さん!かっこ良い!!
「あたしゃ、この子に嫌われても知らないよ。」

「嫌われたって俺は何度でも来ちゃうからねぇ〜ガハハッ!!で!彼氏いるの?いないならおじさんなんかどうー?」

なんか、ここまで来ると呆れ返って引きつり笑いしか生まれない。最早、返す言葉も怒りも何もない。あたしが助け舟を求めても、頼りのお登勢さんは他のおじさんのお相手に取り掛かってしまっていた。
おい、このエロジジイたちグルか!グルなのか!?
エロジジイに暴力を振るってしまう前に、何とかお帰り願いたい。
本当に今度こそ途方に暮れていると、エロジジイの隣に一人の人物がどかっと座る。
「よう。名前。」

カウンターに肘をつき、ひらひらと手首から上だけであたしに挨拶をする。酔っ払いのすべてのエロジジイたちと何ら変わらない顔。
けど、慣れてしまったせいもあるのか、その人のそれは他のどのエロジジイのそれとも違う。
へらへらとイヤらしく笑って、だらしなく目を細める。その姿は正しくエロジジイなのに。
何故だろう。嫌じゃない、なんて思ってしまうあたしがいるのは。

「銀さん・・・。」
「何?愛しの銀さんがピンチに現れて惚れ直しちゃった?」
「今日はあたしが奢りますね!惚れてませんけど。」
「最後の余計なんだけど。つーか、お前、ここで何してんの?」

そう言いながら、銀さんはエロジジイを片手で制して、向こうのテーブルに追いやってしまった。あたしはエロジジイを目で追ってから、銀さんの方に視線を戻す。
「何って、働いてるんですよ。見て分からないですか?」

「オイオイ。何だよ。万事屋の給料じゃ足りねェわけ?」
「その通りですよ、分かってるじゃないですか。さすが銀さん!はい、どうぞ。あたしの特製酎ハイです。」

作った酎ハイをカウンターに置くと、救世主銀さんはいつもの死んだ魚のような目を、子どものように少しだけ輝かせて、ごくごく飲んでくれた。
良かった。エロジジイぶん殴る前に銀さんが来てくれて。ホント良かった。初日に、そんなことしでかしたら、さすがのお登勢さんでも、即解雇されてしまうだろう。

「ありがとう、銀さん。助かりました。」
「あぁ?何も感謝されるようなことしてねェよ。たまたま通りかかっただけだ。」

あんなにへらへら顔で「惚れ直した?」とか聞いてきたのに、こちらが素直にお礼を言えば、逆に恥ずかしがって、感謝するなと言わんばかりに突っぱねる。銀さんって、ホント不思議な人なんだよね。まぁ、そんなところがこの人の魅力でもある。なんて。あたし銀さんのことまだそんなに知りもしないのに。
知ってることと言ったら、医者にパフェを週一にしてください、と言われるほどの甘党で糖尿病寸前ってことと、パチンコとお酒が好きなダメ人間ってことと、なんだかんだで万事屋の従業員二人を大事にしてて二人からも信頼されてるってことくらいだ。

「何?そんなにジロジロ見ないでくんない?」
「え、ああ。見てました?」
「なになに?やっぱり銀さんに惚れちゃったー、とかじゃねェだろうな。」
「いや、違います。銀さんのこと何も知らないなって思って。」
「即答かよ。何それ。銀さんのこと知りたいの?教えてやろォか?名前なら大歓げ・・・」
「銀さんって出身どこですか?」

いやらしい顔をさらに崩し、手を伸ばしてくる銀さんのその手をひっぱたいて質問をぶつける。銀さんは楽しくなさそうに舌打ちをした後で、また酎ハイをぐびっと飲んだ。
「どこだっけなァ。田舎だよ田舎。どこでもいいだろ。」

そんな適当な答えで満足できるはずもないあたしは、身を乗り出して怒ってみるけれど、銀さんは屁でもないというふうに、へらへらしている。その態度が余計にあたしを苛々させているということに、気づいていないのか。

「だいたいよォ。そんなこと聞いてどーすんの。」
「どうも、しないですけど。」

それでも、気になりだしたことはとことん追求したい。あたしの中の頑固な部分が顔を出し始めた頃、隣に居たお登勢さんが話に入ってきた。
「昔のことの一つや二つ、ぺらぺら喋れる奴もいりゃあ、昔のこと詮索されたくない奴もいるもんさね。」

「お登勢さん・・・。」

酎ハイをぐびっと飲み干した銀さんのとろりとした眼の奥に、悲哀が隠れている気がして、あたしの胸の奥がちくっとした。少しだけ、ほんの少しだけど、銀さんが遠くに感じた。お登勢さんがわざわざ話に入ってきてそう言うってことは、きっと銀さんには話したくない過去があるんだろう。
じっと銀さんを見つめていると、目が合った。良かった。いつもの銀さんだ。

「そろそろ、あたし上がりの時間ですから、帰りますね。」
「あ?もう帰んの?」
「はい。短時間雇用なので。お登勢さん、上がっていいですよね?」
「ああ、もうこんな時間かィ。悪いね、気づいてやれなくて。そうだ。銀時、アンタ送ってやんなよ。」

お登勢さんの気の利かせ方が、今は辛い。そう思ってるのはどうやらあたしの方だけみたいで。銀さんは、当然のように腰を上げた。
「アァ?ババアに言われなくても、そのつもりだよ。おら、行くぞ〜」

荷物を持って、お登勢さんとたまとキャサリンさん、それからお客さんに挨拶して、ひらひらと手を振るその背中を追いかけた。


「銀さんと名前ちゃんってデキてんの?」

そんなエロジジイの他愛も無い疑問の声は、あたしの耳の右から左へ抜けていった。

お店の扉をぴしゃりと閉めて、空に浮かぶ星々をちらりと見上げる。

今日は、月が近い。



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