13

この辺りでは名所と言われる広場。ほぼ満開なソメイヨシノ。それが何本も集まって、空を覆うほどに目一杯咲いている。
ひらひら舞う花びらが、俺の手の中の酒に落ち着いた。それを見て微笑む女がいつもより色っぽい、なんて。もうすでに俺は酔っちまってるみてェだ。


お酒には酔っ払いがつきものです


「銀さん!銀さんってば。何ぼんやりしてるんですか。唐揚げ無くなっちゃいますよ。」

名前は神楽の馬鹿喰いを止めながら、俺に唐揚げを勧めてきた。こいつの揚げた唐揚げは格別に美味い。新八が揚げるそれよりも、ババアの店でたまに出てくるそれよりも、馴染みの定食屋の唐揚げ定食のそれよりも、断然名前の揚げるこの唐揚げが美味い。人生でこんなに美味い唐揚げを俺は食ったことが無い。初めて口にした時はえらく衝撃を受けたもんだ。
俺は、唐揚げを箸で摘んで、唾を飲み込む。それがどんなに美味しいか俺の脳みそはもう理解している。口に入れた瞬間から、もうすでに舌が幸せだ。
「うん。やっぱり美味いわ、名前の唐揚げ。」

俺が素直にそう言えば、名前は心底嬉しそうに「良かった」と言って笑った。
ああ、何度も思うが、どうしてこいつらまで来ちまうかな。名前と二人で来ようと実は数日前から考えていたのに。しかも、こいつら、っていうのは、神楽と新八だけじゃねェ。名前が善意で呼んだお妙と、お妙が連れて来た九兵衛くん。どこぞで聞きつけたのかひょこっとやって来た長谷川さん。お妙のストーカーのゴリラ。挙句、ゴリラが率いる真選組の連中まで。
どうしてこうも、大人数で花見をしなけりゃあならねェんだよ。

「銀さん?お酒、注ぎましょうか?」
「ん、あ、アァ。悪ィな。名前も飲んでるか?」
「はい、もちろん!美味しいですねやっぱり。外で飲むお酒は。」
「お前に酌してもらって、美味しくねェ酒はねェよ」

そうやって口説くように言ってやると、いつもみたいに名前は少しだけ顔を赤くして、「セクハラは嫌いです」とぬかしやがる。俺は軽い気持ちで言ってるわけじゃねェんだけど、それもそうか。
目の前の女は、天人に囲まれてるところをたまたま助けてやっただけの女だ。何となく、俺にも懐いてるように見えたから、万事屋で雇ってやっただけの女だ。

「あの、銀さん。・・・ごめんなさい。」
「・・・えっ、俺?俺に謝ってんの?」
「な、何となく。銀さん、賑やかなの嫌いなのかなって。あたしが、呼んじゃったから。色んな人が集まって、結局こんなに、大勢になっちゃって・・・」
「お前は嫌なの?」
「え?」
「お前が賑やかなの楽しいって思ってんなら、俺は構わねェよ。」
「で、でも、」
「名前が楽しそうに笑ってんなら、俺も楽しい・・・なんてな。そんな難しいこと考えなくていいの。眉間に皺寄ってんぞ。花見は楽しいもんだろーが。笑っときゃあいいの。」

少しだけ目を丸くしたそいつの眉間を、指で軽く小突いてそう言ってやると、名前は暫くまだ少し考えていたようだったが、すぐに口角を上げた。俺も笑ってやると、名前も満足気に笑った。

「あら、銀さんと名前さんってやっぱりそういう関係だったんですか?」

そんな俺たちの間に割って入って来たのは、お妙だ。
名前は、お妙の言葉にあたふたしながら否定を示していた。そんなに慌てられると、もしかしてこいつにそういう気が少しでもあるんじゃねェかと浮き足立っちまう。俺としては正直やめて欲しい。
「名前をあんまり困らせんじゃねェよ。まぁ、俺はそういう関係でも困らねェけど。」

「ぎっ!銀さん!だからもう、どうしてそんな誤解を招くことを言うかなぁ!」
「うふふ。愛されてるのね、名前さんって。」
「ち、ちちち違いますからね!はい!唐揚げどうぞ!唐揚げ食べてください、それ食べたら今の忘れてください!お隣の・・・」
「僕は妙ちゃんの友だちの柳生九兵衛だ。よろしく。」
「あ、名前です。よろしくお願いします。九兵衛さん。唐揚げ、いかがですか?」

にこにこ笑う名前に、九兵衛くんも何だかほだされてる感じがする。名前の笑顔は、桜の木の下でいつもより明るく光っている気がした。お妙も九兵衛くんも名前の唐揚げを美味しそうに食べている。
あーあー。俺の唐揚げ無くなっちまうじゃねェか。もっと大事に食えコノヤロー。
そのうち、お妙と九兵衛くんの二人は、仲良く場所を移して、代わりにやって来たのは、長谷川さんだった。

「よぉ、銀さん。楽しんでる?」
「なんで、長谷川さんが主催みたいな言い方してんだよ。ムカつくわー。つーか、どっから湧いて出た。」
「酷い言われようだなぁ。眼鏡の子とチャイナのお嬢ちゃんに、タダ酒飲めるって言われてな。名前ちゃん。久しぶり、俺のこと覚えてる?」

長谷川さんは、俺に向けていた視線を名前へと移して、へらへらと笑った。そういや、名前と二回目に会った時、二人で入ったおでん屋台の店主してたの長谷川さんだったっけ?
つーか、長谷川さん呼んだの、あのガキどもかよ。タダ酒って、これ俺と名前の酒だしぃ。長谷川さんにはビタ一滴やらねェからね。
「・・・って、オィィィィ!!それ、マダオにやっちゃダメだってェェェ!!」

「え?まだまだあるじゃないですか。ね?長谷川マダオさん。」
「うん。そうだぜ銀さん。一杯くらいいいじゃねぇか。名前がマダオになっちゃってることも、この際全然いいや!可愛い女の子に酌して貰えるなんて、ほんっと幸せだなぁオジサン。」
「セクハラするオジサンは嫌いですよ?」
「そ、そんなつもりで言ったんじゃないんだけどなぁ。」

長谷川さんはずれ落ちたサングラスを上げながら、鼻の下は下げっぱなしで、下心丸出しだった。そこまであからさまにしてると、名前に嫌われんぞ。ということは、本人には言ってやらないけど。
俺が少し大人気ないことを考えていると、名前は唐揚げを長谷川さんにもあげていた。タダ酒だけじゃなく、名前のタダ唐揚げも食えるなんて良かったねぇ。これでもう一生分の運使い果たしたんじゃね?長谷川さん、アーメン。

「この唐揚げ名前ちゃんが揚げたの?スゲェ美味いよ!コレ店出せるんじゃないの!?」
「やだなぁ!店なんか・・・え。出せますかね?え。出しちゃおうかなぁ。万事屋の仕事も皆無だし。マダオさん常連になってくれます?」
「え!なるなる!もちろん!」
「オイオイ。名前も何乗せられてんの。やめときなさい。唐揚げなんか今時流行んないから。」

オイオイオイオイ。
何言っちゃってんの、このマダオ。ダメだからね。名前の唐揚げは俺の為の唐揚げなの。銀さん、絶対許しません!
って、なんなの、この二人。じと目で睨んでくるんだけど。俺が悪者みたいな目つきなんだけど。

「あたしの唐揚げじゃあ、商売にならないって言うんですね・・・」
「そ、そんなこと言ってるんじゃねェって。名前の唐揚げが美味いからこそ、だって!そうそう!知られたくない穴場レストランみたいな!?分かる!?」
「・・・・・・。」
「銀さん、あんまり喋らねェ方がいいと思うぜ」
「うっせー!!マダオは黙ってろよォォ!!」

さらに目を細めて、冷たい眼差しを向ける名前は、口を開いてもくれない。代弁でもするかのごとくマダオが口を開くが、今喋らねェ方がいいのはお前の方だ。
酒を煽るようにグビッと飲むと、後ろから声が聞こえて肩が震える。

「銀さーーーん!!!!酷いじゃないのよ!!」

この声は、紛れもなくさっちゃんだ。飛び込んできたストーカーの攻撃をさらりと避けると、薄いレジャーシートの上にどさりと落ちた。此処が石とか砂利の上じゃなくて、土の上でまだ良かったな。

「お花見に誘ってくれないなんて、酷いじゃないのよ!!しかも、知らない女を連れて・・・」
「ハイハイ。お前はややこしいタイミングで出てくんな。帰れ帰れ。誰もお前なんか呼んでねェ。」
「そうやって突き放して!いつの間にか知らない女と仲良くして・・・私を興奮させようとしてるのね!!」

もはや、ツッコむ気も起きねェ。名前はポカンと間抜け面でさっちゃんを見てた。

「アナタ、ところで、名前は?」
「えっ。あたし?名前です。」
「そ。私は猿飛あやめ。さっちゃんでいいわよ。銀さんは私のものだから。勘違いしないでよね。」
「さっちゃん?銀さんに彼女いたんだ・・・。あの、どうぞ、銀さんをよろしくお願いします。」
「オイイィィィィィィィ!!!!」

さっちゃんは、俺に飛ばされ、眼鏡を落として、視力の悪い彼女はその辺のハゲたおっさんとか木の幹に言い寄っていた。それを見て、名前はまた間抜け面をしていた。俺が指摘してやると、顔を少しだけ赤くして、口元を押さえた。その仕草がまた変に色っぽくて、そう思ってるのを気取られねェように唐揚げを頬張った。駄目だ。酔いが回って仕方がねェ。
暫くすると、マダオが暴走した神楽にとばっちりを食らって、昇天した。長谷川さん、アーメン。

「神楽。あんまりはしゃぎ過ぎちゃ駄目だよ。」
「お前はお母さんかよ。あんなヤツ放っときゃあいいの。」
「だって・・・、あ!コラ!今のは駄目でしょ、沖田が悪い!」
「あ?沖田?」

神楽の方に目を向けると、神楽と乱闘して吹っ飛ばされていたであろう真選組の沖田くんが、舞い戻って来て、神楽を不意打ちで攻撃したらしかった。それを母親のごとく立ち上がって叱りつけに行く名前。

「沖田じゃねー。総悟でさ。」

沖田くんは、そんなお母さんに言い訳するみたいにして、名前の元へ寄ってゆく。

「沖田、アンタねぇ。神楽に怪我させたらタダじゃ済まないわよ。」
「アァ?んだと。雌ブタが。旦那の前じゃ随分と大人しくして。あ、旦那が見てますぜ。良いんですかィ、猫被らないで。」
「ハァ?誰が雌ブタよ、誰が猫被りよ。これがあたしです。ありのままのあたしですぅ。ね、銀さん!」
「だそうですぜ、旦那ァ。」

え、何なの。この子たち。何か怖い目で俺を見てくるんだけど。俺、何もしてねェし。めんどくせェ。ぶっちゃけ、雌ブタでも猫被っててもいいんじゃねェの。そうでなくてもそうであっても、名前である事に変わりはねェんだし。
アレ?
俺は名前の何を知ってるんだ?名前って、どんな奴だったっけ?ていうか、名前と会ってまだ間も無ェよな、てことは、俺はこいつをまだそんなに知らない。というか、全然知らない。
アレ?・・・俺、酔ってる?

「なぁ、名前。こっち戻って来いよ。酒、まだあっから。」
「銀さん・・・?何か目が据わってません?」
「本当でさァ。旦那、酔った勢いとかやめてくだせェよ。名前。あんま近づくな、危ねェから。」
「総一郎くん。君は名前の何なの?何を知ってるの。」
「総悟でさ。俺ァ、何でも知ってやすぜ。こいつの部屋の炬燵の大きさも絨毯の触り心地も、ベッドの布団の色も。」
「何でもっていうか、それ、全部家の内装だよね!?こないだ家来た時の記憶しか無いよね!?」
「うるせェ。旦那はこいつん家来たことあるんですかィ?」
「アァ?無ェよ、ったりめーだろ。出会って間も無ェんだよ?総一郎くんがおかしいからね、それ。つーか、布団の色だァ?ふざけんじゃねー。で。ちなみに何色?」
「自分で確認したらどうなんですかィ。ったく、これだから大人はいけねェや。旦那しかり。土方しかり。」

どこからか、「何で俺が出てくんだよ!」というツッコミが入った。土方のヤローだ。何だよ、ややこしいタイミングで出てくんじゃねェよ。俺は今、総一郎くんと言い合いしてんの。
なんて、苛々し始めていたら、何故か名前がこっちに戻って来た。どうやら、総一郎くんと土方のヤローが喧嘩を始めたらしく、逃げるように此方へと寄ってくる。ちょこちょこ走る名前が、また何となく可愛らしくて俺はつい、ちょっかいを出してしまいたくなった。

「ひゃぁっ!!」

というか、出してしまった。
名前の軽い身体を腕を引っ張って引き寄せると、俺の胡座の間に閉じ込めた。すっぽり収まる小さな身体からは、甘くなくてさっぱりした柑橘系のオレンジかレモンのような香りがした。

「銀さん!?ちょ、な、なにしてるんですか!?」

慌てふためくこいつがまた可愛くて、ついS心が疼く。

「あー。駄目だ。やっぱ酔ってるわ。名前を食べたら酔い冷めるかも。」



その後、名前の平手打ちと、周りの奴らからの罵声を浴びた俺は、酒のせいか、はたまたそれ以外の何かのお陰で気を失った。
目が覚めた時に、覗き込んできた新八と神楽の蔑んだ目が今でも目に焼き付いている。
さらには、数日間の万事屋三人の俺への態度は悲惨なものだった。

なんつーか・・・。
やっぱ酒は飲んでも呑まれるな、だな。




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