16
頭の良いやつが考えることは解らない


あたしたちは、屋敷から出て早速次期当主である一人息子の捜索に取り掛かった。
息子さんの名前は、大吉と言うらしい。なんて縁起が良い名前なの。無事に早く見つかって、たっぷり謝礼を頂いて、今日の万事屋の晩ご飯はちょっと奮発して焼肉にでもしようか。あ、定春のエサも買わなきゃ。そんなことを、ひとりでこっそり考えていると、銀さんに変な目で見られた。
「なっ!何ですか、その目は。あたしは1日1日を大切に生きてるだけですから!」

「いやいや、意味解んねーから。何ソレ。どんなこと考えてたの。」
「銀さんには教えません。ところで、本当に大丈夫ですかね?神楽と新八。本人たちは大丈夫って言ってましたけど。あたし、心配で。」
「何だよ。まだ心配してんの。あいつらは心配要らねェよ。それより、謝礼の心配。見つけねェと貰えねェんだぜ。」

なぜか銀さんの独断により、あたしと銀さん、神楽と新八、という二手に分かれて捜索していた。
効率を上げることを考えると、二手に分かれることには賛成だけど、この組み合わせで本当に大丈夫だろうか、とずっと心配していたのだ。
こっちは銀さんがいるし、何かあっても心配いらないが、向こうが子ども二人で大丈夫かな、とあたしは勝手にお母さんのようにやきもきしていた。

あっけらかんと心配は要らないと言ってのける銀さんの顔は、本当にお金の心配しかしてなさそうで、少しムカっとしたけど、これは銀さんなりのあの子たちへの信頼の証なのだろう。だったら、あたしもあの子たちを信用するしかない。

「・・・解りましたよ。それより、どこ向かってるんですか。どこかアテでもあるんですか?」
「どうもこの話、裏の匂いがすんだよな。」
「はぁ。裏の匂い?」
「そ。裏の話は裏の世界のディープな奴らの方が知ってんだろ。・・・てことで、ここ。この通りに、俺の知り合いがいんだけど・・・」
「ここ、って・・・ちょっ!銀さん!ま、待って待って待って!」
「んだよォ。なに?なんでそんなに慌ててんの。」
「ここって・・・、い、いかがわしい店しかないじゃないですかっ!」

夜にはギラギラ光るだろうネオン看板が、そこかしこに掲げられている。
昼間のこの時間帯でも、通りには人が行き交って、店先にはキャッチと呼ばれる紳士な服を着ているが心の中は腹黒そうな男の人が声を張り上げていた。キャバクラやホストクラブの看板も見えるが、なんとかパブとか、どれもいかがわしい看板ばかりがずらりと並ぶ。
この中のどれかの店に、銀さんの知り合いという人がいるのだろうか。

「ど、どの店ですか。あたし、こういう通り、初めてで。ていうか、昼間だってのに人多くないですか?」
「何だよ。今日休日だよ?知らなかったのお前。」
「あぁ、そっか休日か・・・って銀さんんんん!!置いてかないでください!!」
「名前が歩くの遅ェんだろ。・・・まぁ、はぐれるの心配だから銀さんの腕にしがみついてなさい。」

後ろを振り返って片手を此方に差し出すいやらしい顔。これはセクハラモードだな、とすぐに察しがついたけれど、ここではぐれて一人になるのは嫌だ。
「・・・じゃあ、これで。」

はぐれたくないけれど、銀さんの腕にしがみつくのが憚られる。そんな折衷案で、あたしは銀さんの着物の裾を掴んだ。すると銀さんは、少し後ろを歩くあたしを首だけで振り返って、様子を伺った後すぐまた前を向いた。歩くスピードもあたしに合わせてくれているのか、先ほどよりも幾分かゆっくりだ。
銀さんには、こういう不器用で解りづらい優しさがある。そこが銀さんらしいな、と思いながら、あたしは着物の裾を離さないように、ぎゅっと握り直した。

とある店のひとつの前で、前を歩く人の足が止まった。あたしは銀さんの隣に並ぶと、銀さんはあたしを見ることもなく、「入るぞ」と言って店のドアに手を掛ける。あたしは、慌ててその背を追った。
中には、お姉さま方、というか、おじさまたちがいた。正確にいうと、女装をした男の人だろう方たちがいた。髭を剃った後の青くなった顎が目立ち、ガタイも良く、野太い声が響く。しかし、そのなりは女物の着物を着、くねくねした語尾に特徴のある言葉を使い、ゴツゴツした手で酒を注ぐ。
いわゆる、オカマだ。
オカマって初めて見るかも、なんて恐らく場違いな感想を抱いていると、銀さんに一人のオカマが話し掛けてきた。
「あら、パー子じゃない。今日ヘルプ頼んでたかしら?」

「今日はパー子じゃねェ。名前の銀さんだ。」
「名前って誰よ。あ、その子?」
「はい。名前はあたしです。初めまして。万事屋で最近働かせてもらってます。」

銀さんが、「あれ?名前の銀さんってとこには、何も突っ込まねぇの?」という顔で見降ろしてきたけど、何もなかったようにオカマさんに挨拶した。そのオカマさんは、顎が人より少し長いということで、“アゴ美”と呼ばれていた。しかし本名は“あずみ”らしい。銀さんにアゴ美と言われると「あずみだコルァァ!!」と怒っていた。
アゴ美さんの圧にやられていると、奥から顔を出した身体の大きいオカマさんも、銀さんのことをパー子と呼びながら此方に寄ってきた。
銀さんって顔広いんだなぁ。オカマにも知り合いがいたなんて。パー子って、ここで働いたりしてる時の源氏名かな。
などと、あたしがひとり考えていると、身体の大きいオカマさんがあたしを見ていることに気づいた。

「アンタ、見ない顔だね。」
「あっ、名前です!初めまして。万事屋で働いてます。」
「私はここのママ、西郷だよ。」

ただこの店にお酒を飲みに来たわけではないことを、西郷ママは瞬時に見抜き、「で、何の用だい?」と続けた。話が早いのはとてもありがたい。銀さんも口角を上げて、西郷ママに話し始める。


「・・・ここから少し行った所に、小さい港があるだろう。近頃あそこに出入りしてる船が一隻あるらしい。停泊は日も時間もバラバラ。何をやってる船なのかも解らないようでね。私も実際見たことはないが、噂じゃ海賊の船員を集めてるだとか、危ない薬をばら撒いてるだとか、色々と憶測が飛び交ってるよ。」

西郷ママに、屋敷の息子の写真を見せると、そう話してくれた。
一度だけ店の前を歩いているのを見たと言う。きょろきょろしていて挙動不審だったから、怪しいと思って顔を覚えていたらしい。その謎の船と屋敷の息子が関係あるかどうかは解らないが探ってみる価値はありそうだ。

「じゃあ、とりあえずその港に行ってみますか。」
あたしが銀さんに話を切り出すと、銀さんは無言で頷いた。

「得体の知れない怪しい船だよ。気をつけな。パー子、名前。」
西郷ママは、元々凄みのある顔をさらに険しくさせて、あたしたちを見た。銀さんは知り合いだったけど、あたしは初対面なのに、心配してくれているのがとても嬉しかった。しかし、心配なんか要らない。だって、銀さんの方をちらっと見たら、いつもの怠そうな顔があったから。それだけで、何も怖いものなんか無いと思えた。

「はい!ありがとうございます!パー子がついているので大丈夫です!!」









「つーことで、名前はあいつらと合流な。じゃ。」
銀さんはそう言い捨てて、あたしに背中を向けた。そのまま片手をひらひら振って狭い路地へ消えてゆく。

「え?」

呆気にとられて固まっていたあたしも、ようやく思考が追いついて、ひとり置いてかれたことに苛立ちと少しの悲しさが心の中に湧く。
「パー子の馬鹿・・・。バーカバーカ。あたしだって得物持ってたら強いんだからね。銀さんは知らないだけなんだからね!」

かと言って独り言を呟いてみても、悲しさが増すだけだった。しょうがないから、踵を返して神楽と新八の居るだろう場所へ向かおうとした時。
背後に気配を感じた。だが、気づくのが少し遅かったらしい。そのまま狭い路地に追いやられ、背中を壁に押し当てられた。
しまった。
すぐに思考がぐるぐる回って、自分の不注意さに胸の内で舌打ちした。

「お前・・・苗字名前だな。」
「どうして、あたしの名前を知ってるのかしら。もしかしてストーカー?」
「誰が、ストーカーだ!おい、それ以上喋るな。殺すぞ!」
「・・・・・・アナタ。家出して、何してるの?」

あたしより頭ふたつ分ほど高い背丈がありそうなその男は、右手に真剣を持ち、左腕であたしを壁に押し当てている。左腕を少しでも上にずらされたら、そのまま首を絞められて殺されてしまいそうだ。得物も持っていない素手のあたしは、無駄に抵抗するより男に従った方が安全だろう。
それに、その男はもう言わずもがな、行方知れずの捜索対象、大吉だったのだ。

「どうして?こんなところで何してるの?アナタ、お父様とお屋敷の人たちがどれだけ心配しているか知ってるの?」
「うるせぇ!!お前を連れていかないと、俺が殺されるんだ!こうするしかないんだ。お願いだから・・・黙ってついて来てくれ。お願いだから・・・。俺・・・まだ死にたくないんだよ。」

大吉は抵抗しないあたしを見て、あたしの両腕を身体の後ろで縛った。こっちが自分でしようか、と思うほどに慣れない手つきだったものだから、先ほどの発言といい、誰かに脅されているのだろう。誰かが裏で糸を引いているのは間違いないと思った。
「・・・あたしをどこに連れてくんですか。あたしを連れて行けば、アナタは解放されるの?」

「黙って歩いて。」

あたしを前にして押しながら、狭い路地をせかせか進んで行く。あたしはされるがままに、黙って歩いた。それでも、逃げられそうな隙があればと窺っていたのだが、大吉はよほど緊張しているのか、かなりの力であたしの腕を掴んでいた。これでは逃げられそうもない。
あたしはある意味で覚悟を決めた。しかし、誰かが助けに来てくれないかと、期待してもいた。
脳裏には、万事屋のみんなの笑顔が浮かんでいる。
同時に亡き父の顔も浮かんできて、「ああ、もうこれあたし死ぬのかな」なんて、あたしらしくない弱気な思考が頭を支配する。

銀さん。
馬鹿って言ってごめんなさい。
助けて・・・。



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